トルネコ達は下のフロアに降りると、毒キノコを見つけては撲殺、又は斬殺していった。といっても、キノコオムライスを作るためにこんなことをしているのではない。
例のゴルフクラブの一撃を受けて大きく凹んだ巨大毒キノコの傘を、毒粉が飛び散らないよう注意深く切り取ってゆく。そうやって傘を開けると、菌糸類特有のネバネバした糸が何本も引いた。グロテスクな見た目通り臭いも強烈で、消化しかかったオムレツのような、酸味がかった腐敗臭が湿っぽい空気と一緒に鼻腔へと侵入してくる。
「クソ……焼いたらもうちょっとはマシになるんだがな……」
誰もいない空間……トルネコは一人そう呟いた。ライアンは頼まれた毒キノコ狩りに出て行ったから、今この部屋にはトルネコと、もはや動かなくなった化け物キノコたちの死骸しかない。
切り取った傘をその辺にゴミのように投げ捨てると、胴のテッペンには原始的な脳がのっかっていた。少し損傷を受けてはいるが、目的は脳みそそれ自体には無い。頭頂からナイフをぐっと差し込み、背中側から切開する。
「確か……ここにあるって聞いたんだがな」
胴体でも、傘と同様に菌糸類特有の体液が糸を引いていて目的のものを発見しづらかったが、確かにそこに見つかった。
毒嚢だ。
この内臓器官に毒キノコの全ての毒が濃縮されて詰まっている。
トルネコはそれを、赤子を抱くかのように優しく掴みながら、傷つけないように周囲の肉から切り離した。
ふぅぅ~ッ……
これでようやく半分といったところか。まだまだ残っているとはいえ、もうだいぶ毒を摘出し続けた。これだけあれば相当な量の毒を、もうすでに集めたことになるだろう。
そう思惑を巡らしているときだった。遠くから足音が近づいてくる。ライアンが帰ってきたようだ。
「はかどっておるか?」
他人が聞けばいかにも事務的な口調だが、二人の間ではこれで十分らしい。
「まぁ、ボチボチってとこだな。そっちはどうだった?」
「確かにお主が言ったように、このフロア全体はかなり広い。だが少なくとも、近くの敵は全て始末したし、アイテムも回収しておいた。あとは」
というと、毒キノコの山に新しい死体を投げ加えた。
「こいつが一匹だけ生き残っておった」
「おお、サンキュー。いつもキッチリ仕事をしてくれるから助かるぜ。こっちはまだもう少しかかりそうだ。アンタはしばらく、好きにしといてくれ」
それだけ言うと、また次の解剖実験を黙々と再開した。
「トルネコ殿、何ゆえここに来て……急にそのようなことをするのだ?」
ライアンはこのフロアに来てから気になったことを直接訊いてみた。
「決まってるだろ? こうやって毒を練成してるんだよ」
「それは何となく分かるが……なぜここに来て急に、しかもそんなに大量に練成するのだ? 到底、心進む作業には見えん」
「ふぅ~」
もう一つの毒嚢を取り出してから、一旦手を休めて言った。例のキノコが発する腐敗臭が充満しているなかで。
「一応目的は二つある。一つは取引用だ。そしてもう一つはモンスター合成用だ」
「少し詳しく話してくれないか」
「オレの昔の知り合いで同じ冒険者だったヤツが、ここで闇商人をやってる。そいつとこの毒を取引して早い段階でより強力な武器を手に入れようって魂胆さ。もう一つが今、合成の壺でヤツらの死骸を練成して新しい生物を作ろうとしてるんだが、そいつの隠し味に少し使おうと思ってな」
「新しい武器が手に入るのは心強いが、なぜモンスターの練成にそのようなものを使うのだ? それに、聞いたところによると生物の練成は出来ないと聞いたことがあるが……」
それは最もな疑問だったし、この時点でライアンはもう一つの疑問も思い出した。トルネコと冒険すると決まってから、ずっと疑問に思っていたことだ。だが、それはここで話すのは適切ではない。この異臭漂う空間では。また後で改めて聞くとしよう。とにかく、まずはトルネコがなぜこのようなことをしているのかを知りたい。
「確かに、昔のエルリックとかいう錬金術師がいた時代はそう言われていた。物質と生物には超えられない大いなる壁――ヤツはそれを真理の扉とか言ってたが――があるとか無いとかいう話だ。だが、今はそれを乗り越える方法があるじゃねぇか」
「何だ、それは?」
「よく考えてみろよ、ホラ」
考えても分からないから訊いているのだが…いや、そういえば……
「もしや、世界樹の葉か?」
「ビンゴ~! だからアイテムも取り逃しのないように入念にチェックしている。もちろん、多いほうが便利ということもあるけどな」
「だが、その毒物、かなりの毒性だろう。そんなものを一緒に合成してしまったら、いくら世界樹の葉でも無理があるのではないのか……?」
「いや、うまく配合すれば世界樹の葉の生命力が毒性を取り込んで免疫を持つようにしてくれるらしい。配合は難しいっちゃあ、難しいが、詳しい方法は全部モンスター爺さんから教えてもらってるから大丈夫だ」
「成功するように思えないが……」
「どっちにしても、武器は手に入るんだから、そのためにも必要だしな。ま、オレは暫くこれを続ける。気が向いたら夕食の準備でもしといてくれや」
まだ聞き足りなかったが、臭いが不快だったので、ライアンはすぐにそのまま別の部屋へ立ち去ると、早速夕食の準備を始めることにした。
「よし、これでやっとお仕舞いだぜ」
もはや僅かな残光だけがあたりを照らす中、トルネコは毒キノコたちの死骸の山の隣で怪しげに壺を傾けながら、また独り言を漏らしていた。この癖も、もともとダンジョンに潜るようになってから発症し始め、ついに家庭でも孤立するようになるとますます酷くなってゆくのだったが……
一連の不快なこと極まりない作業が終わると、最後に合成の壺から保存の壺へ、ドロドロのおぞましい紫色をした粘質の液体を移し替えた。
ここまできてようやく満足そうな表情を浮かべるとキノコの山に火を放ち、大事そうに壺を抱えてライアンのいる部屋へと急いだ。
トルネコが来てみると、もうすでに夕食の準備はできていた。
「なんとか日が暮れるまでに出来たのだな、あれだけの量を」
「あぁ、アンタのおかげで作業に専念できたからな。それにこの夕食も、なかなかどうして――けっこううまいじゃねぇか。」
開始5分で最初のカレーを飲み干すと、すでに2杯目を皿に盛っている。この光景にはライアンもビックリした。
「少し食べるのが速すぎないか?」
ライアン自身、早食いに自信はある。というのも、軍隊では作戦上、早く食事を済ませるように求められることもあるからだ。加えてカレーが食べやすいものだということもあるのだろうが――このペースは人類のなかで尋常ではなかった。
「昔っから言うじゃねぇか、『カレーは飲み物』だってな」
2皿目を食す前に、トルネコはおもむろにマヨネーズを取り出し、皿全体に塗りつけた。その白い渦巻きは、何か悪意あるトグロのように、ライアンには見えた。
「やっぱ、1皿目はそのまま、で2皿目からはマヨネーズ、これが通の食い方だよな。」
「そうなのか。某はあまりグルメには詳しくないのでサッパリ分からんがな……」
自らの趣味が理解されずに残念そうだったが、すぐにカレーとマヨネーズをかき混ぜるとまたもや飲み始めた。
必死にマヨネーズの魅力を語っていたが、ライアンがこのようにカレーを食べることはこれから先もないことだろう。
長年のストレスによりこのような奇食の習慣ができたことは想像に難くない。
ライアンがそんなことを考えている間に、トルネコは2皿目も平らげ、3皿目に移ろうとしていた。今度はマヨネーズのほかに卵も乗っけるらしい。これでは糖尿病以外の病気にかかるのも時間の問題だろうと思われた。
そして当然ながら、早く食べるためにその間ほとんど会話ができない。普通なら礼儀知らずだし、食事の楽しみをぶち壊しているともいえる。だが、トルネコの場合を想像するに、家族が半ば崩壊し形だけになってからはずっと一人きりの食事が続いていたはずだし、そのためにこういった他人に配慮する必要のない食事スタイルになっていったのだろう。そう思うとこのカレーを飲む姿にも一種の、何か滑稽な哀切を感じずにはいられなかった……
ライアンは話し相手がいないので一人そう考えながら1皿目のカレーを、トルネコが3皿目のカレーを食べ終わるのと同時に食べ終えた。
(これでやっと話ができる)
そう思って先の疑問を言おうとしたとき、トルネコはその疑問を吹き飛ばす――少なくとも、一時的に頭の中から消し去るほどの暴挙にでた。
カバンから地上で買ってきたカレーパンを取り出し、貪り始めたのだ。それを食べ終えると、今度はメロンパンとアンドーナッツを食べ始めた。
「い…いくらなんでも、初日から食べすぎではないか?」
「そうか? これでも腹8分目くらいでちょうどいいんだがな……」
会話もそこそこに、2つのパンをほとんど噛まずに丸呑みする。もう、このことについては何も言うまい……とにかくこれでやっと話が出来、疑問も訊くことができるのだから。
それでもまずは、あたり障りのない会話から始めることにした。
「それはそうと…… 先ほど言っておったモンスター合成――本当に大丈夫なのか? 何か嫌な予感がするのだが」
「アンタも心配性だな。大丈夫だ、あのモンスター爺さんからキッチリ教えてもらったし、万が一にも失敗することはない。それに、失敗しても例の錬金術師みたいなことにはならねぇ」
「そうか……それを聞いて少し安心した、少しだけだぞ。それと、一階から何やら熱心にスライムの死骸を集めておったが、あれはどういう魂胆があってああしていたのだ? 某からみれば、スライムなど合成したら逆に弱くなるのではないかと思うのだが」
聞きながら、トルネコは壮大なゲップを吐き出した。狂った消化器官が行う旺盛な消化活動の副産物だ。
「オレも最初はそう思った。まぁ、何も知らなきゃそう思うよな。ところが、スライムってヤツはモンスターの中でも一番原始的らしいんだわ。だから弱いんだけどよ、その分全てのモンスターの『もと』になれる存在でもあるんだとさ」
「なるほど、つまりそれぞれのモンスターのいい部分を集めてスライムを接着剤代わりに合成するというわけだな。先の毒も、耐性をつけさせるためにか」
「さっすが、軍団長さん、鋭い洞察、その通りだ」
「軍団長か。今となっては元軍団長、だがな」
一瞬、アストロンで固めたような重い沈黙が漂う。だが、トルネコは口を開いた。食事中に出来なかった会話を取り戻すように。最も、こういった場の空気に流されないところは交渉するときには役に立つが、勇者にとってはそれがデリカシーの無さと映ってしまったらしい。永遠に補欠のままだった。といってそれは相手への気遣いの欠如から来たものではない。むしろ、互いに何でも話し合いたいという願望からきており、その心の距離の取り方が少し勇者の世代と違っただけなのだ。
「……アンタを解雇するなんて、国王もアホな奴だぜ」
「いや……そんな国王に忠誠を尽くした自分の方が莫迦だったのだろうな」
つい話がそれて関係のないほうに来てしまった。気まずい空気を紛らわすために、ライアンはカレー鍋の中を覗きこんだ。中途半端な量が残っている。まさかここまで食べるとは思っていなかった。
「トルネコ殿……」
「なんだ? カレーならもういらないけどな。まあまあ美味かったぜ」
「いや、そうではない。この町に来てからずっと気になっていたことがある」
「何だ? 言ってくれよ。答えられるものならなんでも答えてやるよ」
「ここまで入念に準備しているのだ…また今回も何か格別な儲け話があるのだろう? でなければトルネコ殿のこと、こんなところに進んで来るわけがない」
それを聞いた瞬間、真剣な表情になったトルネコだったが、すぐに負けを認めるかの様な乾いた微笑みに取って代わった。
「あぁ、その通りだ。あるぜ。儲け話、それも途方もなくおおきなヤツがだ」
ライアンのルーをかける手が思わず止まってしまった。
「だが…… 今の段階ではまだ教えるってワケにはいかねぇ。アンタを信用してないからじゃない。ただ、こういった類の話にはガセも多いから、変な期待を持たせたくねぇ。だから、今後確証を得たらすぐに話す」
「二言はないな?」
「あぁ、約束するよ。数少ない友人にウソはつかねぇ」
「それならば、言った通り、あまり期待しないで待つとしようか」
話の核心を知ることはこの段階ではできなかったが、ここまで聞くことができれば十分だろう。とにかく、トルネコは通常の目的以外に何かアテがあってここに来ていることが判ったから、それでいい。
ライアンが、取り敢えず中途半端に余ったルーを皿に盛ろうとしたときだった。
「あまり食べ過ぎないように、腹八分目にしとけよ。なんたって、これから夜のお楽しみがあるからな。オレはアンタが食べ終わるまでしばらく横になっとくからよ」
ライアンがカレーを食べ終わってから、二人は将棋を楽しんだ。トルネコの1手差の勝利の後、ついに夜のお楽しみとなる獲物を探すべく、暗くなったダンジョンへと乗り出した。
そうしている内に、早速リリパットがこちらへ向かって襲い掛かってきた。待ってましたとばかりにトルネコが変化の杖を振り下ろす。とたんにリリパットはライアンが見たこともない女性に変化した。後で聞いたところによると、最近レイクバナに引っ越してきた新婚夫婦らしい。仲が良くてムカつくから、こうしてそれをブチ壊してやるのが楽しいという。
いきなり非力な人間の女性に変化し戸惑うリリパットの服を、トルネコは早速ビリビリと力づくで剥がし始めた。相手も必死になって抵抗してみるのだが、完全にマウントポジションを取られており、失神寸前まで殴られ続けた。
「よぉし、大分おとなしくなってきたじゃねぇか。そうだ、アンタも参加するかい? 別のが好みなら杖を持っていっていいぜ」
今やほとんど顕わになった巨峰を揉みしだきながら言う。相手は諦めたのか、特に大きな抵抗は見せていない。
「少し趣味が違う様だな。お言葉に甘えて、少し借りていくとするか」
ライアンはそう言って杖を拾いあげると、通路の奥へ消えていった。
通路の角を曲がったところで、ライアンは背後から元リリパットが悲鳴をあげるのを聞いた。
「分かってない」
変化の杖を握り締めながらそう思う。
(やはり所詮は成金商人。やることが野暮でエレガントさがない。真のエロスは少年愛だろ)
そんなことを考えながら、ライアンは杖を振った。
ちなみに今日の昼もカレーでした。