マッド・トルネコ   作:トラネコ

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30.グレイト・ヴィレッジ3

 買い出しに行った帰り道のことでした。

 向こうから、ライオネックの子供が走ってきました。それは走っているというより、倒れる前に足を前に出しているだけ、と言った方が正確でしょう。こちらへ近づいてくるにつれ、彼が体じゅうに怪我をしていることが分かりました。

やがてシーザーの目の前まで走ってくると、糸が切れた人形みたいに地面に倒れ込みました。

「ひどい、一体誰がこんなことを……!」

 ドラキーが駆け寄ろうとするのを、シーザーは手で制します。彼の背後には兵士らしき一団の姿が見えたからです。

「下手に手を出すとこちらも巻き込まれかねない。村のこともあるんだ、わかるね?」

 ドラキーはわかっていました。この魔界の中において、村は常に中立を保っていなくてはならないということを。どこかに加担してしまえば、あるいは加担したとみなされただけでも、村の安全は脅かされるということを……

 分かってはいるが、納得はできない――ドラキーの表情はそう言っていました。それにはシーザーも同感ですが、村の住民の顔を思いだし、本当に自分が守るもののために一時的とはいえ非情になるべきだ――そう自分に言い聞かせ、奮い立たせました。

ライオネックを追いかけて登場したのは、典型的なムシケラどもです。魔界のダニといってもいいでしょう。

 数人のオークとトロルの群れが武器を持って追いついてきました。槍や剣には血糊がべっとりこびりついています。

「ヘヘッ」

 トロルのひとりが、ゲップが発酵したような笑い声を舌の間から漏らしました。

「お前さんも一緒に楽しんでいくかいぃ?」

 しゃべる声もまのびして間抜けに聞こえます。

「遠慮しておくよ。私にはそんな趣味はないのでね」

 ダニどもは最初こそ無表情でしたが、やがて全員の顔が嘲笑に歪みました。

「へへっ、とんだ腰抜け野郎だなぁ」

「俺たちの邪魔だけはするんじゃねえぞ、ファッキンドラゴンさん」

 オークが汚い鼻をヒクヒクさせながら言いました。

「邪魔なんてするわけないさ。クソにたかるハエの食事を邪魔するなんて、不潔だろう?」

「おやおや、心遣い痛み入りますぜ。まあ、いい。邪魔しねえなら俺たちの望み通りだ。さっさと失せな」

「ああ、そうするよ。さっさと失せるよ」

「へへっ、たっぷり可愛がってやろうぜ。せっかく残しといたんだからさぁ」

 トロルがライオネックの角を掴んだので引き上げようとしたのかと思いましたが、ある程度の高さまで引き上げるとそのまま地面へ顔面を叩きつけました。地面に叩きつけた瞬間の音は、水分の多い果実を叩き割った音にひどく似ていました。

 あのときは久々の豊作を祝う収穫祭でした。みんなで村の収穫物を割って食べました。それと同じような感じで、こいつらはダニの収穫祭をライオネックの頭で行っている――いや、止めろ、考えるのはやめるんだ。別のシーザーがそう言っています。

 今はこいつを救う時期じゃない。いいか、こいつを救うにはここにいるダニどもをクリスピーな焼豚にしなくてはならないんだ。そんなことをしたら、ヘルバトラーAかBかCか、どれかはよく分からないが、こいつらを率いている軍団に目をつけられることになるんだぞ。そうなったら村はおしまいだ。目の前のかわいそうな子を見捨てるのは忍びないが、そのせいでさらに多くの犠牲を出すことは避けなければならない。それが村長の義務だ、分かっているな?

 それはシーザー自身いまさら言われなくてもよく分かっています。誰よりも。

「おいおい、どうしたんだ? さっさと失せるんじゃなかったのか」

 オークがまたしても突っかかってきました。早く失せたいのは理性では分かっていました。しかしライオネックが地面との長いキスを終えてこちらに顔を上げたのを見て、そこから目をそらすことができなくなってしまったのです。彼の瞳には明らかに恐怖が混じっていました。だがそれ以上に復讐を成し遂げたい、何もしないうちに死んでたまるかという、暗いながらの希望が、まだこの状況からもありありと発せられていました。自分はもう夢を諦めてしまった、少なくとも妥協してしまったのに、このライオネックの子供は、まだ諦めない気でいます。そして今、自分はまたしても自分に対して妥協しようとしています。

「それにそこのドラキーの目つき、気に入らねえなぁ」

「ははっ、そうだな。この俺たちを非難するような目、気に食わねえよ。雑魚モンスターのくせに。なあ、みんなもそう思うだろ?」

 後ろにいる幾人かのモンスターたちが首を縦に振りました。

 その下卑な目つきを見ていると、シーザーの体の奥底から、熱く、同時に冷たい何かが湧き上がってきました。だが、今はそれを抑えなければならなりません。

「そう思うんだとよ」

「ああ、そう思うのかい。それで、どうするつもりなんだ?」

「こうしてやるのさ」

 オークが血糊をついた槍を構えたかと思うと、見た目からは想像もつかない俊敏な動作でドラキーに向かって投げつけました。それは正確にドラキーの胴体を貫いていたでしょう、シーザーが手を出して守ってやらなければ。

「ああ! シーザーさん! そんな……」

 ドラキーは完全に度を失いました。シーザー自身も、まさかこの槍に自分のウロコを切り裂くような威力があるとは思っていませんでした。槍はドラキーの代わりにシーザーの手のひらを完全に貫いていました。血がドクドクと鼓動を打って流れ出します。槍を作った鍛冶屋の腕が良かったのか、それともこのオークがレベルの高い戦士だったのでしょうか。きっと両方とも当てはまってなければ、それは無理だったに違いありません。その内、槍の刺さった場所から焼けつくような熱さと刺すような冷たさが同時に這い上がってきました。それは体内へ入り込み、また別の場所からシーザーの皮膚を突き破って外に出ようとしています――ダメだ、それを外に出すな!

「クソ生意気なドラキーにファッキンドラゴン。めんどくせえ、全部ぶっ殺しちまおう」

オークの号令とともに、トロルが鋭利な大鉈を持ち上げ、アークデーモンは自慢の三叉槍をかしげました。他の同種のモンスターたちも、それぞれに自慢の武器を装備しました。

――やめろ!

 その叫びは目の前のダニではなく、シーザー自身に向けられていました。ゴールデンゴーレムのときは何とか抑えられた、だから今回も抑えられるはずだ――自分の中に眠る、いいえ、グレイトドラゴンの中に眠る獰猛さ、凶暴さ、凶悪さ……それらを解き放ってしまったらもう以前の自分には戻れなくなりそうで、それだけが怖かったのです。

“やっちまえよ。”

 ライオネックの子供が、目でそう語りかけてきました。明らかに死を覚悟しています。それと引き換えにダニどもを殺せれば十分なのでしょう。

”頼むからやってくれ。こいつらを道連れにできるなら本望だ”

 もはや、シーザーの目はライオネックの目に釘付けでした。3つ目の目玉がギョロリとシーザーを見つめ返します。

 シーザーの中の「何か」が急速に皮膚を突き破ろうとしました。一瞬だけ止めたが、もはやここまでくれば溢れ出した洪水を止めることは不可能です。

 もうダメだ、と思った瞬間、周囲がまばゆい光に包まれました。それはシーザーが輝く息を吐いたからだと知ったのは、立ち並ぶ氷の彫像を見たときでした。中でもトロルの彫像は素晴らしい出来で、滴り落ちようとするヨダレも見事に再現していました。

 シーザーはそれらの彫像をしばらく眺めていたが、その後汚らわしいものを振り払うように尻尾を旋回させました。

 さっきまでいたダニどもは、いつの間にかキレイな赤い宝石になって地面を転がっていました。

 もうシーザーの中にあった『アイツ』は、完全にどこかへ消え去りました。

「シーザーさん……!」

 ドラキーがようやくことが終わったことを確認するかのように言いました。

「私のことなら大丈夫だよ。それより、その子を頼む。すぐに治療してあげないと」

「え、ええ……」

 ドラキーは一瞬シーザーの手を見やりましたが、すぐに倒れたままのライオネックの子供に急いで駆け寄ると、買ってきたばかりの薬草で応急手当を施しました。

(それにしても、危なかった。さっきは思わず灼熱の炎を吐いてしまうところだった……)

 ライオネックには炎半減の耐性があるというものの、まだ子供ならその半分の威力でも十分死んでいたでしょう。しかも重傷を負っているのです。ただし、冷気にはライオネックは無類の耐性を有します。冷気は無効にできるのです。

 直前で自分が『アイツ』に負けながらも、かろうじて残った理性でなんとかライオネックの子供は助けることができました。あのまま『アイツ』に飲み込まれていたら、きっとシーザーは深い後悔を味わうハメになったでしょう。シーザーの想像力により、灼熱の炎に飲み込まれながら苦しむライオネックの姿が目に浮かびました。その豊かな想像力は、なまじ耐性があるゆえにすぐには死ねず、だんだんと皮膚が溶け、額の目玉が破裂して飛び出し、そして最後に骨だけ残して灰になる過程を、目の前で起こったことのように見せつけました。

 だが、実際にはそうはならなりませんでした。

 自分は『アイツ』に完全に負けたわけではありません。

 だが、『アイツ』は完全に消えたわけでもありません。ずっとシーザーの内部で表に出る機会を狙っています。

 ずっと、ずっと……

 

 

 シーザーはハッとして目を覚ましました。

 シーザーがもし獣系のモンスターだったなら、蒸されたような盛大な寝汗をかいていたことでしょう。しかしシーザーはドラゴン系のモンスターなので、寝汗をかいたりはしませんでした。

 それでも、自らの心臓がドクドクと素早く打つ音が響いています。

 やがて時間が経つにつれて、早い鼓動もだんだん遅くなってゆき、いつも通りに戻りました。

 朝でしたが、爽やかな小鳥のさえずりさえ聞こえません。空を見るとどんよりと曇っており、これからの天気を示唆していました。

(それにしても、なぜあんな嫌なことを思い出したのだろう……ましてや夢に見るなんて)

 おかげで起きたばかりなのに、ぐったりと疲れたような気分です。こんなに気分の悪い日なのだし、今日ぐらいはゆっくり休んでもいいのではないか――そういう考えが頭の中をチラッとよぎりましたが、こういうときこそ自分に鞭打って頑張るべきだと思い直しました。

 気分を切り替えて、まずは朝の買い出しに行くことにします。この村もどんどんモンスターが増えて、村で生産される農作物以外に必要な物品もどんどん増えてゆきます。ここは辺鄙な土地なので、誰かが買いに行かなくてはなりません。空も飛べて重い荷物も運べるのは、結局自分しかいないのです。

 シーザーは重い体をようやくと動かすと、ドラキーを呼んで必要なもの――ゴールドの入った財布、ゴールドに換金できる物産、荷物を入れるカバンに保存の壺など――を用意させると、暗い大空に向かって飛び立ちました。

 

 

「はぁ~、マジかったりぃぜ~」

 グレートドラゴンのトリシーがいかにもめんどくさそうに言いました。グレートドランゴンは「グレイトドラゴン」と似ていますが、実際には一文字違いで大違いでした。

 まず体の大きさが違います。シーザーなど、本当の「グレイトドラゴン」はどんなモンスターも見上げる高さで堂々とした体躯です。顔にも知性と威厳が感じられます。

 しかしグレートドラゴンの体はせいぜい人間の子供と同じくらいです。見た目もドラゴンというよりウーパールーパーに近く、顔にも威厳は全く感じられません。さらに空も飛べませんし、強力なブレスも吐けません。ただし酒に酔ってゲロばかり吐きます。

 でもこの村に来てからトリシーにそんなことはなくなりました。それはシーザーと「本当に偉大なドラゴンになる」と約束したからです。それからは酒を飲まないように、また飲んでも酔うまでは決して飲まないようになったのです。さらに、それまでの自堕落な生活を見直して真面目に働くようにもなりました。

 そんなトリシーですが、それでもどんよりとした曇りの日に畑に出て働くのは、何となく気分が乗りません。しかし、かと言って農作物は待ってはくれません。しかるべき時に、しかるべき世話をしてやらねば満足できる収穫は得られないでしょう。

 なのでブツブツ文句を言いながらも農具をふるって耕作に励んでいるのですが――

「やっぱかったりぃぜ~」

 やはりイマイチやる気がないようですね。

「トリシーさんってば、本当に怠け者なんだから!」

 いつの間にかドラキーがそばに飛んできていたようです。

「なんだ、ドラキーかよ」

 トリシーはちょっとめんどくさそうな顔をしましたが、内心では話し相手ができてよかったと思いました。話していれば、何かと気が紛れます。

「シーザーと一緒に買い出しに行ったんじゃなかったのか?」

「シーザーさん、今日はどうしても一人で行きたいっていうから、僕は留守番をしているんですよ」

「へえ、そりゃ頼もしいな。いざってときはドラゴラムで変身してか弱い俺とかその他大勢を守ってくれよ」

「もう! こんな人がシーザーさんと同じグレイトドラゴンだなんて信じられません!」

 ドラキーはもはや怒るというより呆れるような感じです。

「正確に言うと、俺は“グレート”ドラゴンだからなぁ。シーザーはグレイトだよ。マジで」

「そんなことくらいトリシーさんに言われなくてもわかってますよ。だいたい、シーザーさんとの付き合いは僕のほうが長いですし。それにしても、一文字違うだけでここまで違うものなんだなぁ……」

「そりゃ、俺はドロップアウトした落ちこぼれだからな。どっかの偉い学者が分類するためにそういう名前を考えたんだろうよ」

「今からでも頑張れば追いつけるかもしれませんよ?」

「無理無理。俺って努力したら死ぬから。それに差がつきすぎて埋めるのもめんどくせえし。それなら酒でも飲んで寝てる方がマシってもんよ」

「はあ……典型的なダメドラゴンですね。せっかくちょっとはマシになったんだから、もう少しだけ真面目に頑張ればいいのに……」

「そういうのってなかなか難しいよな。俺も酒さえあれば頑張れるような気がするんだが、実際酒を飲んだらもっとめんどくさくなるんだよな」

「もう、本当にどうしようもないドラゴンだなぁ」

 ドラキーもちょっとトリシーの口癖が移ってしまったようです。

「それじゃ、僕はそろそろ次のところへ見回りに行きますから、ちゃんとサボらずに仕事してくださいよ。分かってますね」

「へいへい、任せとけって」

「もう、トリシーさんの地区だけ、他より作業が遅れてるんですよ。本当に頑張ってくださいよ」

「大丈夫だって。俺はスタミナのないスロースターターだからな。へへっ」

 トリシーは自慢げに言いました。

「それって結局全部ダメってことじゃないですか! あなただけ餓死しても知りませんからね。自業自得ですよ」

 そう言い残すと、ドラキーはピューっとどこかへ飛び去っていきました。

 トリシーはしばらくその様子を眺めていました。暗い雲の中へ、小さな黒点となってゆくドラキー。やがて見えなくなると、トリシーはようやくつぶやきました。

「やれやれ、アイツも心配性だねぇ。ちょっとは気楽に生きていけばいいのによぉ……」

 もちろん、それはドラキーには聞こえませんし、むしろ聞こえないからこそそう言ったのです。トリシーは知っていました。ドラキーが元々どういう経緯でシーザーと知り合ったのかを。

 自分もああいう師匠のような、友人のような、頼れる存在がいれば、今のように落ちぶれてはいなかっただろう……そういう考えが頭の中をよぎりましたが、今はそれらを全て払い除けました。今さら過去のことに愚痴を言っても仕方ありません。愚痴の多い自分の性格はトリシー自身も知っていましたが、心の中でまで愚痴で満たされると、何か嫌な気分になります。愚痴で心が満たされると、自分でも灼熱が吐けそうな衝動に襲われるときがあります。

 そう考えると、自分がグレイトになりそこねたのは、むしろ幸いだったのかもしれない、とも思いました。もし本当のグレイトドラゴンになっていたら、炎を吐きまくらないと気がすまなかったでしょうから。

 とにかく、トリシーは作業に戻りました。確かに早く作業を終わらせないと、村のみんなに迷惑をかけることになってしまいます。トリシーでもそれは心が痛みますし、みんなの優しさにいつまでも甘えていてはいけないことも分かっていました。

 そう、全部分かっていました。酒を飲みすぎて堕落した時も、きっとそうなるだろう、自分の偉大さを失うだろうと、分かっていました。

 それでも、止められなかったのです。

 分かっていても、何も止められなかったのです。

 そこまえ考えて、トリシーはため息をつきました。多分、今日こんなにも気分が悪いのは天気のせいだろう。だから、とりあえず今日の作業は早く終わらせよう――そう考えて無理矢理自分を納得させると、忙しく手を動かして鋤で土を盛り返していきました。

 ザクッ、ザクッ、ザクッ。

 そうやってリズムをとっているかのように鋤を動かす音と、気分を紛らそうとトリシーが吹いた口笛だけが、あたりに虚しく響きました。

 

 

 そのうごくせきぞうには片腕がありませんでした。さらに体中にはコケがむしていますし、体の彫刻もほとんどボロボロになって消えかけていました。鼻も根元から折れていて、ドラキーは見ているだけで痛ましく思いました。

 かつて、うごくせきぞうのアポロンはそこらじゅうを動きまくっては敵の魔物を殺しまくっていました。相棒のマドハンドが捕まえて動けなくなった獲物を、自慢の怪力で撲殺していったのです。二人は最強のコンビとして敵軍から恐れられていました。それに浮かれたのでしょう、アポロンは自分こそが最強である、と考えるようになりました。

 その結果、相棒のマドハンドを使い捨てにするようになりました。マドハンドは大した戦いもできませんし、実際に殺すのはアポロンでないとできません。アポロンは自分がトドメを刺しているのだから、勲功をもらうのは自分だけでいい、こんなマドハンドなんかにちょっとでも勲功をあげるようなことはしてやるか、と思うようになりました。

「そう、そうして私は仲間を使い捨てるようになったのだよ」

 ドラキーは黙ったまま、沈痛な表情をしています。その様子はまるでドラキーのほうが石像になってしまったかのようでした

「頃合を見計らって、マドハンドたちをわざと見殺しにしていったんだ。マドハンドが助けを呼んでも、一回では行かない。何回も私を呼ぶ声がして、そのうちようやく行くのさ。そうやって助けに行くと、すでにマドハンドだった泥の塊がそこらへんに転がっているだけさ。私はマドハンドとの死闘で体力を使ったモンスターを殺すだけで済む。その内、それが楽しみになってきた。自分が他人の生命を握っているような気がして、とてつもない優越感を味わえるからだ。ただ、その優越感が私を狂わせてしまった。

 私がアームライオン10頭分くらいのマドハンドを犠牲にした頃、ついに私はその報いを受けることになった。そのマドハンドは、私がいつか頃合を見計らって見捨てると分かっていたんだろう。すでに敵のモンスターと内通していた。私はマドハンドの何回も仲間を呼ぶ声に、ようやく重い腰を上げて助けに向かった。向かった先に待っていたのは、敵モンスターの群れと、本当ならすでに死んでいるはずのマドハンドだった。

そしてその結果が、今の惨めな私の姿、というわけさ」

 そこでアポロンは一息つきました。石像なので呼吸する必要もないのですが、一息つくという心理的な休息がアポロンには必要でした。

「私は犠牲にしたマドハンドたちに会いたい。会って謝りたい。私は愚かだったと。だが、今では彼らは全てただの土くれになってしまった。そして私も、彼らと同じになろうとしている。自殺することもできたが、せっかくの奇跡で生き延びた命だ。私は、その時がくるまで、こうして後悔に沈むことにしたのだよ。マドハンドたちが私を地獄へ連れ去るまでね……」

 ドラキーはこの話を、実は何回も聞いていました。それでも、毎回初めて聞くかのようにふるまいました。それが自分の仕事だと分かっていたからです。そして、アポロンの話を黙って聞くことも。

 いつもはこれで話は終わりなので、ドラキーは次の仲間の元へ飛びさろうとしました。ところが、アポロンは今日、初めてその続きの話をしたのです。

「もうすでに仲間を呼ぶ声は聞こえている。ただ、私は一回では行かない。かつてもそうだったように。何回も呼ばれてから初めてそこへ向かおうと思う。実をいうと、もうすでに何回も呼ばれているんだ。しかも呼ぶ声はますます頻繁に聞こえてくる。

 そこで頼みがある」

 ドラキーはちょっと驚きました。アポロンはすでにうごかない石像に成り果ててしまっていましたが、まだまだ本当にただの石像になり果てるのは先のことだと思っていたからです。

 アポロンの目が、確かに動きました。おそらく最後の力なのでしょう。

「その時がきたら、私を埋葬してくれないか」

「うん……もちろん、当たり前じゃないですか。村のみんなもきっと協力してくれますよ」

「私にとってそれに何の意味もないのは分かっている。ただ、怖いんだ……」

 何が怖いのか、言わなくてもドラキーにはよく分かりました。

 死んだあとの孤独。特にかつての見捨てた仲間に地獄へひきずり下ろされるというなら、せめて肉体だけでも安らかな眠りにつかせてやりたいと思うようになっても不思議ではないでしょう。

「本当にムシのいい要求だ……私の魂は確実に地獄へ行く。だから肉体だけでも安らかにこの村に安置して欲しいなどと……かつて私は自分が一番勇敢だと思っていた。一番でなくとも、かなり勇敢だと。今ではこの雲に怯える小鳥より臆病だということがよく分かったよ……」

 その声は泣き入りそうになりながら段々と小さくなっていきました。

「大丈夫、絶対に埋葬するよ。村のみんなで。シーザーさんも祝福してくれると思うから」

 返事がないので、一瞬、ドラキーはもう『その時』が来たのではないかと思いました。

「あの偉大なドラゴン……彼に会えたのが我が魔生で最良の出来事だった。彼に伝えておいてくれ。あなたのおかげで、善良な魔物として死ねて感謝している、と。そして地獄でもあなたのおかげで希望を持って業苦に耐えることができるだろうとも」

「伝えておきます、必ず」

 そのとき、ポツポツと地面に黒いシミができました。どうやら、雨が降ってきたようです。雨はアポロンの苔むした体にも降り注ぎました。雨が目に降り注いだとき、アポロンは静かに目を閉じました。そのまま眠ってしまうかのように。もう、今までの全ての嫌なことを忘れて、安らかな眠りにつきたいというように。

「必ず、そうします」

 もう一度そう言うと、ドラキーは次のモンスターのところへ立ち去りました。

 この雨なら誰もが小屋の中へ引っ込んでしまっているので見回りなど必要ないのですが、今はそれとは別の理由で一刻も早く立ち去りたかったのです。

 

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