マッド・トルネコ   作:トラネコ

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31.グレイト・ヴィレッジ4

「あ、ドラキーさん! 今日も見回りお疲れ様です」

「ああ、スラ吉さんじゃないですか!」

 ドラキーはスラ吉のところへ降りていきました。そこにはスライムとアメフラシが雨の中だというのに頑張って鍬をふるっていました。トリシーもこの真面目さをもうちょっとは見習ってくれればいいのに、とドラキーは思いました。

「こんな雨の中なのに……泥だらけになって大変じゃないですか?」

「いや、いいんだよ。泥よりもっと汚いものにまみれてきたから、こんなの何ともないよ」

 それが何かは深くは聞いたことはありませんでした。多分、聞かない方がいいことなのでしょう。ポポロのときも余計なことを言って気まずくさせたことを思い出して、それについては忘れることにしました。

「アメフラシさんは大丈夫なんですか?」

「ああ、俺はむしろ雨が降っていると元気が出るんだ」

 そう言うと元気そうに跳ねながら鋤を下ろしました。

目の前には広大な畑が、整地されていました。これをこんな小さなモンスター二人でやったとはとても思えませんでした。日々の努力の積み重ねが、このような成果になるのです。それを見たせいでしょうか、ドラキーはついついさっきのトリシーのことを引き合いに出して、愚痴を言ってしまいました。トリシーはグレートドラゴンですが、それでもこの二人よりは遥かに大きいのです。トリシーは本人の希望によってひとりで耕作をしていますが、どうみてもこの二人の三分の一以下しか耕せてないでしょう。

 つまり、働きはスラ吉やアメフラシひとり分よりも少ないのです。

「あまりそう言ってあげるのもかわいそうだよ」

 スラ吉はドラキーの話を聞いてそう言いました。雨の中の立ち話も何なので、すでに三人は木陰に入って雨をしのいでいました。

「トリシーさんには、僕らにない才能があるんだ。それは他人にはわかりにくいかもしれないけどね」

「仕事をサボる才能ですか?」

「ははは、それもあるかもね。でももっとすごい、精神的なものだよ」

 そう言われたところで、あのトリシーから精神的なものなど感じられたことが、ドラキーにはありませんでした。

「音楽の才能さ。彼にはそれがあるんだ」

「それは本当なの? まさかあの口笛が音楽だなんて言わないよね?」

「ああ、彼はあまり人に聴かせたがらないんだよ。だからここにいるモンスターたちも、トリシーの音楽を聞いたことがある人はほとんどいないはずだよ」

「う~ん……」

 ドラキーはスラ吉の言葉をまだ完全に信じきれていないようでした。

「なんでも姿かたちで判断してはいけないってことさ」

 とスラ吉は締めくくりました。

「いいえ、決してそういうわけではないんですが……そういう才能があるならまっ先に自慢しそうなドラゴンだと思うんですよ。話を聞くと隠しているみたいだし、その理由がよくわからなくて」

「トリシーは、むかし音楽家になろうとしていたんだ」

 スラ吉がゆっくりと口を開きました。

「でも、時代はヘルバトラーたちによる戦争の時代で、グレイトドラゴンに誰も歌の才能を求めてはいなかった。周囲がトリシーに求めたのは、戦闘と殺戮の才能だったんだ。それでもトリシーは自分の生き方を変えなかった。自分の生きたいように、自由に生きることにしたんだ。」

 周囲には小雨がシトシトと樹の葉を打つ音だけが響いていました。

「彼は音楽祭に出て、その才能を認めてもらおうとした。彼の口から吐き出されるのは音でできた灼熱や吹雪だった。それは会場を沸かせたり、逆にしんみりさせたりした。彼の歌はすごかったんだよ。でも途中で当たった対戦相手が悪かった。天才吟遊詩人のホイミンさ。僕は決してトリシーが負けていたとは思わないけど、結局ホイミンの音楽が受けた。才能、技量では伯仲していたと思うんだけど、結局音楽性の違いが勝負を分けた。ホイミンの方が受けが良かったんだ。多分、それで挫折しちゃったんだろうね。あの姿かたちから察するに。僕もそれ以降の経緯は知らないけど、この村に来た時にまさかあのトリシーがこんなところに……て言っても別にこの村をけなすつもりはないけど、とにかく驚いたよ。それからときどき会っては音楽談義に花を咲かせたりとかしてるんだ」

 トリシーの意外な才能にもびっくりしましたが、まさかスラ吉にそんな趣味があったというのにもドラキーは驚きました。ただ、そんな才能があるからといっても、ときどき仕事をサボったりするのには辟易してしまいます。

「でもねえ……」

 ドラキーは言いました。

「それでももうちょっと村の仕事を頑張ってくれたら、文句もないんだけど……」

「まあ、ドラキーさんの言いたいこともわかるよ。確かに、トリシーさんにはちょっとひねくれたところがあるっていうか、斜に構えた部分がある。でも、それは深い挫折からきたものなんだ。誰にも音楽を聴かせたがらないのも、みんなから少し離れた場所に一人で住んでいるのも、もしかしたらそれが原因かもしれない。でも、彼は完全には諦めてないよ。この前、トリシーさんの家に行ってみたら、音楽関係の本が山積みになっていたし、しかも新譜はそれ以上に山積みになっていたんだよ。トリシーはきっと復活する。灼熱と吹雪の音楽家として、前以上に熱く、冷静になってね」

 そう言って最後にスラ吉は微笑みました。スラ吉が言うからには、きっと本当にそうなるんだろう、とドラキーは思いました。今まではトリシーはただの怠け者だと思っていたのですが、今日のスラ吉の話を聞いてドラキーはちょっとだけトリシーを見直しました。きっと仕事をサボっていたのは、新譜の山を築き上げるためなのでしょう。もちろん、だからと言って仕事がサボりがちなのが許されるわけではありません。ただ、トリシーもさっきはあんなことを言いながら、実は自分の求める偉大さに向けてしっかり努力していた、ドラキーはそのことで評価を新たにしたのです。

「まあ、とにかくそういうことだからさ、あまりトリシーさんにも厳しく当たってやらないで欲しいんだ。彼は彼なりに昔の自分を乗り越えようとしている。それはもうすぐできるはずなんだ」

「おい、そろそろ仕事を始めようぜ。いつまでも話してるといつまでたっても終わんねえよ」

 アメフラシが舌をチロチロさせながら言いました。アメフラシはあまり音楽などに興味はないのでしょう。会話の中に入ってくることも全くありませんでした。

「そうだね、じゃあ、ドラキーさん、ここら辺でちょっと失礼するよ。畑が広くて、ちょっとしんどいけどね」

 ドラキーは無理をしなくてもいいんですよ、と言おうとしましたが、それは言わない方がいいような気がしたので、黙って木陰から二人を見送りました。

 スラ吉はあえて自分に鞭打つようなことをすることによって、自分自身の心の傷をごまかそうとしているのかもしれません。何となく、ドラキーにはそういう風に見えました。そもそも、ドラキーが雨の中に見回りをしているのも、よく考えれば同じようなことです。

 ドラキーはしばらく、雨の中で鋤や鍬を振るう二人を眺めていましたが、やがてそっと木陰から移動すると、またしても次の場所へ飛んで行きました。

 

 

 雨の中、様々なことを考えながらドラキーは飛んでいました。眼下にはモンスターのいなくなった耕作地が残されているだけです。スラ吉たちを除いて、みんな家の中へ入ってしまいました。

 もう自分も戻ろう、そろそろシーザーさんも帰ってきているかもしれない――そんなことを考えていた時です。どこからともなく香ばしい匂いが漂ってくるではありませんか。

 眼下を見やると、屋根の下から煙が出てきています。まさか火事かとも思いましたが、臭いで明らかに違うことが分かりました。これは、何かの肉を焼いているような匂いです。それもかなり高級そうです。

 (ここは誰の家だったっけ?)

 ドラキーは降下しながら、しばらく思い出そうとしました。どこに誰が住んでいるかは全部把握しているつもりでしたが、なかなか思い出せません。

 そうして屋根の下まで降りてきました。

「あ、ドラキーさん。一緒にどうですか?」

 ポポロが笑顔でそう勧めたので、ようやくドラキーは思い出すことができました。そういえば、ここはポポロの家でしたね。新入りだったのでまだよく覚えていなかったのです。

「これ、すげえうめえよぉ~」

 イエティのイエッタが箸を休める暇もなく、肉を大きな口の中に放り込んでいます。

 周りのイタズラもぐらやキラースコップたちも同様です。スコップをそこらへんに放り出して、忙しそうに箸を動かしています。肉のほかには、畑で収穫された野菜なども一緒に焼いていました。どれもが香ばしい匂いを放っていますが、とりわけ強烈なのは肉の匂いでしょう。ドラキーも思わず唾を飲みました。

「ああ、そんなに慌てなくても、ちゃんとお肉はいっぱいあるから!」

 もはや網の上では軽い争奪戦が繰り広げられていました。

「そうそう、ドラキーさんは何の肉が好きなの?」

「え?」

 ドラキーは少し呆然としながら争奪戦を眺めていたので、面食らってしまいました。

「ドラキーさんはどの部位が好きなのかな、て思ってさ。カルビ? ロース? それともタン?」

「あぁ、いや、今日はちょっと遠慮しとくよ。シーザーさんと昼ごはんを食べる約束をしていたしね」

「う~ん、残念だけど、それじゃあ仕方ないですね。でも、一口だけでもどうですか?」

「一口くらい食っていけよ!」

 いたずらもぐらの一人が言いました。

「そうだ、そうだ! マジですげえうまいんだぜ、この肉! 全く、ポポロはどこで買ってきたんだよ。このまま焼肉屋をやれば大儲けだぜ!」

 ギャハハハハハ!

 肉をついばむモンスターたちが一斉に笑い声をあげました。ドラキーも「そうだね」と愛想笑いを返しておきましたが、自分でもかなり不自然な笑いになっていたことでしょう。それは自分でも疑問でした。新入りのポポロが、みんなと打ち解けるために微笑ましい焼肉パーティーをやっているだけなのですから。

 しかし、ドラキーはこの雰囲気にどこか異常を感じたのです。あのキラースコップたちが、普段は肌身はなさず大事に持っているスコップを、そこらへんに無造作に放り投げていました。スコップはもはや完全に雨ざらしになっています。しかもあの中にはギーガが丹精込めて作ったスコップもあるはずなのに……

 普段のキラースコップたちの行動からは考えられないことでした。別に雨に濡れたからどうこうということはありませんが、なるべく道具は大切に扱うようにしてきたはずです。

「じゃあさ、とりあえずこれ、食べてみてよ」

 ポポロが薄い肉片を網から箸で持ち上げました。せっかくの肉を落とさないように、ゆっくりとドラキーの方へ持っていきます。ドラキーは最初こそ断ろうと思っていましたが、肉が自分の口元へ近づいていくにつれ、肉の放つ強烈な芳香に逆らえなくなってしまいました。口からヨダレが湧き出てくるのが、自分でもわかるほどです。

「一番高級な部位だから、きっと気に入ってくれると思うよ」

 ポポロがにっこり微笑みながらそう言いました。ドラキーもいつの間にか笑っていました。それは滴る肉汁よりだらしない笑みだったでしょう。そして口の中に肉が、美味しさの塊が放り込まれようとしたときです。

 横から赤い蛇が突然飛び出してきたかと思うと、肉を丸呑みしてから素早く引っ込んでしまいました。

「やっぱりうんっめぇぇぇ!」

 イエッタが雄叫びにも似た感想を言いました。赤い蛇だと思っていたのは、実はイエッタの舌だったのです。あまりに突然、かつ素早いことだったので、赤い蛇に見えたのでした。

「あ! おめえ、するいぞ! ドラキーさんの分を横取りしやがって!」

 イタズラもぐらたちも批難を浴びせかけました。

「ごめんよぉ。でもこれは味見だったんだよぉ」

「オメエさんは味見しすぎだぜ、もうちょっと遠慮というものをわきまえたらどうなんだよ。それにドラキーさんの肉はどうするんだ?」

「大丈夫だよ、大丈夫。そんなの、また焼けばいいだけだから、ね?」

 ポポロはそう言って周囲のモンスターをなだめながら、またしても肉を置き始めました。

「ドラキーさん、ごめんなさい。またすぐ焼けると思うから、その間に少しこの村の歴史でも聞かせてもらえませんか? どうやら本に載ってないこともたくさんあるようですし」

「う、うん……そうだね。でも、ちょっと、なんていうか……」

「どうしたんですか?」

「うん、もうそろそろシーザーさんが帰ってくる頃だから、ぼくも帰らないと」

 ポポロの返事も聞かずに、ドラキーは素早く振り返って背を向けました。そうしないと、鼻に鎖をかけている肉の芳香から逃れられそうにもなかったからです。

 そしてポポロの引き止める声も振り切って、ドラキーはそのままピューと上空へ舞い上がってゆきました。

 十分な距離を飛んだと思ってから、そっとポポロの小屋の方へ振り返ってみました。ポポロの家は思ったよりだいぶ小さくなっていました。一目散に飛んで逃げたからでしょう。しかし、雨の中だというのにもうもうと煙が立ち上っています。

 ポポロが差し出した肉の匂いを思い出すだけで、また生唾が湧いてきました。

 やはり、何か様子が変だと思ったのは自分の思い過ごしかもしれない――そう考えると、肉を食べずに逃げてきたことが非常に悔やまれました。なんなら今から戻ってあの肉を一口もらいたい――でも、いまさらそんな変なこともできません。

 ドラキーはただ名残惜しそうに、雨に打たれながらその場を立ち去りました。

 

 

 それから、ドラキーはシーザーの屋敷に戻りました。屋敷といっても、周囲の家より大きいだけで、作りは質素な館です。シーザーの、村長としての執務室も兼ねています。

ドラキーが屋敷に帰ってみると、戻ってきたばかりのシーザーと出くわしました。

「おや、ずぶぬれじゃないか。どうしたんだい?」

 ドラキーは今まで見回りに行っていたことを話しました。

「おやおや、無理をするのはよくないよ。雨に打たれると思ったより冷えて、風邪をひくかもしれないからね」

「シーザーさんも雨に打たれているのに、僕だけそんなこと言ってられませんよ」

 ドラキーはちょっと安心しながら言いました。自分の目の前にいるのは、ただのグレイトドラゴンではなく、自分の理想や希望そのものだからと実感できたからです。そして、それは変わることがないでしょう。これからもずっと。

「まあ、私は雨に打たれても、すぐに乾かすことができるからね」

 そういうと、シーザーは口から激しい炎を自分自身へ向けて吐きました。これでも手加減しているのでしょうが、ドラキーには離れていてさえ熱さを感じました。さっきの焼肉パーティーの肉片になったような気分です。

 たちまち炎がシーザーの体を包み込みました。全身が覆われて、炎と一体化したようでした。数秒後に炎が消えたとき、シーザーは不死鳥のように生まれ変わりました。

「ほらね、これで体についた水は全部なくなったよ」

 シーザーの体の表面の汚れは、全て消え去っていました。

「さあ、風邪を引くといけない。君はすぐに風呂に入って暖まるんだ。私が暖めてあげよう。なに、黒焦げにならないように手加減してあげるから、心配いらないよ」

 風呂に入るときに、たまにシーザーが炎を吐いてお湯を沸かしてくれるのでした。もちろん、熱すぎないようにちゃんと調節してくれています。自分で沸かすより、シーザーに沸かしてもらった方がちょうどいいくらいでした。それくらい、シーザーの炎の調節は見事なのです。シーザーが沸かしたお風呂に浸かっているとき、ドラキーはいつもシーザーが戦争にいかなくて良かったとしみじみ思うのでした。

 それからシーザーは、先にのっしのっしと館の奥へ入っていきました。

 ドラキーは、自分の理想の人がわざわざ沸かしてくれたお風呂に入るのにちょっと気が引けましたが、それ以上に嬉しい気持ちの方が強かったのです。

(こんな理想の人はシーザーさん以外にいない)

 炎が消えてだいぶ経ちますが、まだドラキーは体の中から温かみを感じました。それは炎とは別の温かみです。

(シーザーさんは理想の人)

 そう、かけがえのない存在です。この村の魔物なら、誰もがかけがえのない存在と思うでしょう。

(僕の理想の、大好きな人)

 ドラキーはすぐにシーザーを追って、館の中へ入っていきました。

 

 

 それから幾日が過ぎた頃です。村のモンスター全員が、とある丘の上に集まっていました。その日の天気は抜けるような晴天で、アポロンの魂もこの青空に吸い込まれていったのではないかと思われるほどです。

 ガタゴト、ガタゴト……

 縄で台車に縛られた重そうな棺を、シーザーが黙って引っ張っていきます。イエッタや他のモンスターたちは、後ろからその台車を押してゆきました。

斜面の途中、地面から突き出した大きな石に車輪が乗り上げるたびに

 ガタン!

 という大きな音を立てて、柩を揺らしながら台車が上下に揺れました。長く悲痛な葬列が半時間ほど続いた頃、ようやく丘の頂上にたどり着きました。丘の頂上にはポポロやネックをはじめとする村の住民たちが、葬儀の準備を終えて待っていました。ギーガは直前まで柩を収める穴を掘っていました。アポロンはかなり大柄なモンスターなので、墓穴も大きなものが必要でした。

 みんな、何も喋りませんでした。深い群青の下で、小鳥の囁きだけがときどき聞こえる程度です。そういえばアポロンは小鳥が大好きでした。

 一息つく間もなく、台車から柩が下ろされました。そしてフタを開けると、そこにはいつものアポロンが眠っていました。しかし、もうアポロンは喋ることはありません。それは昨日と同じに見えても、すでに違うモノに過ぎなくなっていました。

 モンスターたちが花束を持って、柩の傍へ寄ってきました。

 まずはギーガが柩へと歩み寄りました。上から柩の中を長いあいだ見下ろしていましたが、やがて意を決して口を開きました。

「アポロン、お前にはずいぶん助けてもらった。井戸魔人が水脈を探し、お前が掘った井戸、あれのおかげで今までよりいい剣が作れるようになった。いや、剣だけじゃないな。この村ではいい作物が育つようになった。特に剣については、俺の未熟な腕のせいで完璧には程遠いが、友人にはなんとか満足してもらえる仕上がりにはなったと思う。俺と、俺の友人から、アポロンに、改めて感謝の念を捧げる」

 そう言って、繊細な魂を傷つけないかのように、手に包み込んだ花束を柩の中へそっと置きました。

 ギーガが後ろに下がると、今度はスラ吉とアメフラシが前へ歩み出ました。スラ吉が言います。

「アポロンさん、まさかこんなに早く逝去してしまうなんて、とても残念です。アポロンさんは他の井戸も掘ってくれましたね。今ではその井戸は、村の大事な財産です。不思議と、アポロンさんの掘った井戸水を使うと、作物の育ちが良くなりました。きっとアポロンさんの心がこもった水だからでしょう。村で火事があったとき、誰よりも勇敢に火の中へ飛び込んで行きましたね。あの時の様子を、僕はまだ昨日のことのようによく覚えています。誰よりも勇敢で、優しかった。僕は、アポロンさんは本当の強さを手に入れたんだと思います。それが、まさかこんなに早く逝ってしまうなんて……でも、僕は信じています。アポロンさんは死んでも、アポロンさんが残していってくれたものは、死んではいないと」

 スラ吉とアメフラシが、花束を柩の中へ入れました。

 今度はドラキーが歩み出ました。

「アポロンさん……」

 ドラキーは涙を流していました。それが頬を伝って、地面の掘り返した土の上に黒いシミとなって落ちました。

「アポロンさん、最後に言いたかったことを言いますね。もう後悔しないでください。確かに、アポロンさんの言うとおり、過去の過ちは変えられないし、罪は消えるものではないのかもしれません。僕には難しい話はよくわかりません。ただ、ひとつだけ忘れないでいて欲しいんです。アポロンさんが行った善い行いも、決して消えないということを」

 ドラキーはそっと花束を置いて、後ろに下がりました。

 それからは他のモンスターも同様のことをしました。柩の中に花束が満ちてゆきます。ポポロとネックも花束を捧げました。

 そして最後に、トリシーが歩み出ました。しかし、花束は持っていません。代わりに持っているのは見事な竪琴です。

「俺が村からちょっと離れた場所で一人で暮らしたい、って言ったとき、アンタは文句も言わずに森を切り開いて俺のために畑を開墾してくれた。ありがとう。理由も聞かなかったよな。普通は理由を聞くけど、アンタは誰しも秘密にしたい過去があるから、って俺のわがままを文句も言わずに受け入れてくれた。それについて、感謝の念を口で表すことは、口下手な俺にはちょっと無理だ。だから、代わりに俺の音楽を捧げようと思う。俺のわずかばかしの才能を、アポロンの勇敢で慈悲深い魂に捧げる」

 そういうとトリシーは竪琴にドラゴン族とは思えない優雅さで指を這わせました。竪琴の音色はどこか悲しげで憂愁を帯びていました。それに反してトリシーの歌は力強さがありました。その歌には、どこか煩悶するような響きがあります。きっと、トリシーの魔生をアポロンの魔生に重ねているのでしょう。

 悲しい歌ですが、悲しいだけでない、確かな力強さがありました。まさにアポロン自身を表現した見事な歌と言っていいでしょう。その場の全員が、我を忘れて聞き入っていました。

 そうして、最後の音符が天へ登っていきました。これが音楽祭だったなら、割れんばかりの拍手が沸き起こったでしょう。トリシーの才能は“わずかばかり”どころか、溢れんばかりでした。特に、村のスラ吉をのぞくモンスターたちはトリシーの歌を実際に聞いたことがなかったので、この見事な葬送歌にただただ内心で驚嘆するばかりです。

 みんなの心の中の静かな拍手に包まれながら、トリシーはゆっくり後ろに下がりました。

 そして最後に、シーザーが歩み出ました。シーザーはみんなと同じようにアポロンがどれだけ村の発展に役立ったか、またその高尚で優しさに満ちた人格者を切々と説いたあと、お祈りの言葉を言って、冥福を祈りました。

「さあ、そろそろ、始めようか」

 シーザーがそう言うのを合図に、柩の蓋が閉じられ、アポロンは永遠の安らぎについたように思われました。その後、柩は穴の中へ下ろされてから、村の全員によって少しずつ土をかぶせられてゆきました。

 完全に柩が隠れてしまうと、最後にギーガの作った墓石がそこに置かれました。墓石にはアポロンの顔の見事な浮き彫りがなされていました。そのアポロンの彫刻は、鼻も欠けていない、完全なアポロンの顔でした。

 その後、モンスターもポポロも、全員が墓の前で手を合わせて、ひとりの高尚なモンスターの魂を鎮めるため、長く静かな祈りを捧げたのです。

 

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