マッド・トルネコ   作:トラネコ

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32.グレイト・ヴィレッジ5

 葬儀以来、最初の満月が墓に刻まれたアポロンの顔を照らしていた。ポポロはそこに手懐けたモンスターたちを集めて、何やら集会のようなものを開いていた。ようするにポポロによる株主総会のようなものだ。

「で、これからどうするの?」

 ポポロは集まったモンスターに問いかけたが、その態度は友人としてではなく、飼い主が飼い犬を叱るような有様だった。

「どうするって言ったって……」

 いたずらモグラが何か言いたそうだったが、何を言えばいいのか分からない様子だ。そりゃそうだろう、あれからポポロは何回も焼肉パーティーを催した。そのとき、あまりの争奪戦の激しさに有料会員制にしたのだ。おかげで新たな肉の補給もできたし、これからどんどん村のモンスターをポポロの側に取り込めそうだった。一応、この有料会員制パーティーは秘密ということにしておいたが、秘密にすれば余計に言いたくなるのが心理というものだし、こんな娯楽のない田舎ではこの程度の噂でも急速に広まってゆく。それも全て計算通りだった。そう、そこまでは計算通りだったのだ。

 だが、そこから想定外のことが起こった。焼肉パーティーの最中に、シーザーが駆けつけてきたのだ。ポポロは内心ヒヤッとしたが、平静を装ってシーザーに肉を勧めた。シーザーは笑顔を浮かべて「もっと肉を並べてくれないか」と言った。嫌な予感はしたが、もちろんポポロに拒否権などない。言われた通り、大量の肉を並べた。それから、シーザーは口から炎を吐き出した。炎はポポロを焦がさないように、でも肉は真っ黒焦げになるように、絶妙な調整がなされていた。

 この炎の言葉を要約すると、物で他人を釣るな、ということだろう。さらに驚くべきことに、金銭のやり取りがあったこともバレていた。最初のうちはチャリティーだった。金の卵を産ませるには、黄金の餌を食わせる必要があることをポポロは知っていたからだ。麻薬の効果が出始めたのを見計らってから、きっちり有料で囲い込んだのだが――とにかく肉を焼き終わると、シーザーは無言のまま翼を広げて立ち去っていった。黒焦げになった肉はシーザーが残していった無言の警告だった。

「まさか君たちがチクったの? お金がなくなったから?」

「まさかまさか! 俺たちがそんなことするわけないだろ! 俺たち以外の誰かだって!」

「う~ん……」

 確かに、ポポロもこいつらがチクったなんて思えなかった。もはやすでに忠実な番犬であり、焼肉を食べたくてしょうがないのだ。考えている間に、月の一部が雲に隠れた。丘から見下ろす畑は月光に照らされながら、風が吹くたびに収穫物の海面が大きく波打ち、銀色の反射が幾何学的な動きをした。

「あ、そうか」

「何かわかったのかい?」

 いたずらモグラや、その他集まった有料会員が一斉にポポロの方に注目した。

「きっとあのドラキーだよ。シーザーの周りをハエみたいに飛び回ってるやつ」

「ああ、そうか」

 一部のモンスターはそれで納得した。納得していないのは、あの日焼肉に参加していなかったモンスターたちだけだ。

「たぶん、あいつが密告しやがったんだ」

 ポポロの口から思わず漏れてしまった。

「クソッタレ」と。

「そういや、あの日の言動は何か怪しかったよな。アイツ、村で噂されてるんだぜ」

「なんて?」

 ポポロはさっさと喋れよ、と思いながらも、ここは我慢して相手の思い通りに相槌を打ち、先を促すことにした。

「アイツはシーザーに惚れてるんじゃないかってな」

「あの日の言動については、俺はいなかったから知らねえけどよ」と最近会員になったももんじゃが言った。

「あくまで俺が友人から聞いた噂だぜ? 何の証拠もない噂だけどよ――

 こういう噂に限って、言っている本人は信じていたりするものだ。どうせくだらない噂だろう、ポポロはそう思っていた。

「ある日の晩、この村の住民が森の中へ入っていったらしい。それが具体的に誰なのかは知らないし、まあ、どうでもいいことなんだが、とにかく、そいつは森の中へ入っていった。そこで寝ている間に溜まったものを盛大にぶちまけてたわけよ。まあ、こっちは具体的に何かは、言わなくてもわかるよな? それで、一通り出しおわってスッキリしたし、そろそろ小屋へ戻ろうとしたときのこった。森の中から何か囁くような声が聞こえてきた。最初は悪霊か何かかと思ってすぐに逃げようとしたんだが、そいつは勇気を振り絞って声のする方へ近づいていった。もちろん、絶対に音を立てないように、声の主にバレないようにだ。

 んで、近づいたところでビックリしたわけよ。なんと声の主はあのドラキーさんだったわけよ。そいつはドラキーさんも立ちションっていうかドラキーの場合は飛びションか、まあそれはよく分かんねえけど、きっとそんなことをしているのだろうと思っていたわけよ。まあ、俺だって同じ状況ならそう思うわな。ところが、だ」

 このももんじゃは話がうまいな、とポポロは思った。すでに他の集まったモンスターも釘付けだった。どうせくだらない情報なんだからさっさと結論だけ言えよ、という気持ちもないではないが、このまま話をさせておくのも悪くないかもしれない。場の空気を和ませることも必要だ。

「そいつはちょっと驚かそうと思って茂みに隠れて待ってたんだが、ドラキーさん、なかなか長いようなんだ。それでもあまりにも長すぎるってんでよく耳を澄ませてみると、ドラキーさん、何やら呼吸が荒いみたいだ。んで、そいつも何をやっているのか、ちょっと好奇心が抑えられなくなった。危険を承知で茂みから顔を出してみると、ドラキーさん、何やら励んでいるようなんだ。そのうち、ようやくドラキーさんが呟いたらしい。小さな声だったが、確かにそう言ったそうだ。“シーザーさん”ってな。しばらくのあいだは、森の中には虫の鳴き声とドラキーさんの荒い呼吸音だけが響いていた。そのうちその荒い呼吸も収まってから、ドラキーさんはどこかへ飛び去っていったらしい。んでよ、みんなはこれをどう思う? 俺はあれしかないと思うんだけどよ」

「絶対マスターベーションだろ!」

 いたずらモグラが口々にはやし立てた。

「うへえ、マジかよ! ドラゴンのケツ穴想像してよくできるな!」

「大自然と一体化してオナニーとかいい趣味してるぜ!」

「やっぱあの二人怪しいと思ってたんだよなー!」

 その場の全員が口々に思ったことを口にしだした。そのせいで、神聖な墓場は一瞬にして雑言卑語のバーゲン市と化した。

「おいおい、お前ら、俺がせっかくポポロさんに配慮してオブラートに包んでおいたのに、そんなきたねえ言葉を使うんじゃねえよ! ポポロさんの教育にもよくねえだろ!」

 ももんじゃはそう注意したが、本心では汚い言葉を代わりに言ってもらってスッキリしていることだろう。

「まあまあ、みんな、言いたいことはよくわかったから」

 ポポロがそう言うと、バーゲン市は急速に静まり返り、元の神聖な墓場に戻った。

「その噂の真偽はよく分からないけど、ただひとつ確実に言えるのは、たぶん密告したのはあのドラキーだよ。そして、裏ではシーザーが糸を引いている」

「でも金を渡してたのもバレていたんだろ? あの日は金の受け渡しなんてなかったはずだぜ」

 いたずらモグラの言うとおりだった。

「可能性として考えられるものは、あのドラキーだけさ。そうじゃないと、君たちを疑うことになる。僕も自分の身内を疑うようなことなんてしたくないんだ。わかるよね?」

 ポポロの問いかけに、モンスターたちは月光に目をらんらんと輝かせながら首を縦に振った。もうひと押し。もうひと押しで、ここのモンスターはポポロの完全な操り人形と化すだろう。

「多分だけど、あの日、ドラキーは何か気づいたんだと思う。それをシーザーに報告した。シーザーは何か怪しいと思ったけど、別に悪いことじゃないからそのときは特に咎めることはしなかった。でも、それからもドラキーは密かに僕らを見張っていたんだと思う。たぶん、シーザーの命令を受けて。まさか見張られていたとは思わなかったから、金銭のやり取りもあれから普通に行っていた。それで発見されたんだ」

 ポポロの推理はほとんど的中していた。

「問題は、なぜあの日のことで見張られたか、てことなんだよね。あの日、特に怪しい言動はなかったと思うんだけど……」

 ポポロはじっと考えていたが、やがて月光の下、一匹のいたずらモグラが歩み出た。

「俺、心当たりがあるんだ……」

「心当たりって?」

「もしかしたら、っていう程度なんだけど……あの日、俺たちはスコップをそこらへんに放り投げていたと思うんだけどよ、あの日いたみんなもどう思う?」

 最初は黙って頭をひねっていたいたずらモグラたちだったが、やがて思い出したものが口々に「そうだ」「そうだったよな」と肯定の合唱がはじまった。そのときにはポポロも思い出していた。確かに、そうだったような気がする。

「でも、それがどうしてそんなに怪しいことになるんだい?」

「ああ、ポポロさんは知らねえか……実は、あのスコップはギーガさんに作ってもらったものなんだよ。だから、俺たちも大切にして使っていたんだ。それが、あのときだけは……なんていうか、匂いを嗅いだだけでいてもたってもいられなかったっていうか……なあ、そうだろ?」

「そうだ、そうだ!」と他のモンスターたちが唱和した。

「それで、かなり怪しまれたんだと思う。まあ、俺たちの推測だけどな」

 それならありそうなことだった。しかし、ポポロは実感した。しょせん、自分はこの村の新入りに過ぎないということに。まだまだ知らない歴史がいくらでもある。雑魚モンスターでも、こういう情報を仕入れるのには十分役に立つ。いや、噂話などはむしろこういう雑魚モンスターほど詳しいだろう。

 ポポロは情報をもたらしたいたずらモグラの目の前まで歩み寄ると、しゃがみこんで頭をゆっくりとなでた。

「よしよし、よく思い出してくれたね」

 いたずらモグラは、最初はこの思いがけない報酬に戸惑っていたが、やがて思いがけないほどの安らぎを感じるようになった。

 感応能力。ポポロがモンスター使いとして備えている才能の成果だった。普通は戦闘で弱らせたモンスターの弱った精神につけ込むようにして使うのだが、ここでは懐柔して精神を無防備にすることで使用した。要は精神さえ無防備にしてしまえば、ポポロはそこにつけ込めるのだ。そして精神を無防備にする方法は、戦闘だけはなかった。

「そうそう、焼肉のことだけど」

 ポポロはなでる手を止めると、立ち上がって言った。

「君たちも食べたいでしょ?」

 当たり前のことだった。すでに目の前のモンスターは、重度の麻薬中毒患者なのだから。

「でも場所がない。何とかして場所を作ってくれたら、次の一回だけは無料で招待してあげるけど、どうかな?」

「おおー! さすがポポロさん!」

 という歓声が一斉に上がった。

「じゃあさ」

 いたずらモグラの棟梁が言う。

「とりあえず地下を掘って部屋を作ろうと思うんだけど、どうよ?」

「いいね。でも煙はどうするんだい?」

「それはバッチリ考えてあるぜ。部屋から小さいトンネルを排気口として掘って、村の窯に伸ばすんだ。煙は全部窯から出て行くって寸法よ。窯から煙が出たってなんにもおかしくないからな」

「うん、それはよさそうだね」

 実際にこれでうまくいきそうだ。

「あと、招待するモンスターだけど、シーザーの息のかかってそうなモンスターは避けてよね。一番怖いのは、それだから」

 逆にスパイを送り込まれて、内部から、というのもありえない話ではない。肉さえ食わせてしまえば問題なさそうだが、一回くらいではシーザーのような高位魔族はそこまでの中毒にならないだろう。彼らの強靭な肉体は、弱小モンスターと違ってそれくらいの刺激に溺れるような、ヤワな作りではないのだ。

「ネックやギーガとか、かなりやばそうだよ」とポポロは言った。

「そうだな。あいつらは、きっとシーザー組だろうな。もちろんドラキーもそうだし、意外にもトリシーなんかも。トリシーのやつ、最近じゃシーザーの屋敷に出ずっぱりなんだぜ。葬式のときの歌でよっぽど才能が認められたらしい。あとはスラ吉だな。あいつはドラキーと仲がいいし、それに頭の固いやつだからな」

 シーザー組。そういう発想が生まれ始めたことにポポロは内心ほくそ笑んだ。もちろん、今回は表面には出さない。

 こうやって村の魔物たちを分断していくことだ。もはやこいつらの所属意識は村ではなく、ポポロに向けられているはず。全てポポロの狙い通りだ。

「じゃあ、とにかく後は任せたよ。僕は君たちに喜んでもらえるよう、腕をふるって焼肉パーティーの準備をしておくからね」

 ポポロはそう言うと、またしてもしゃがみこんで、いたずらモグラの頭をなでた。

なで終わると、ポポロは解散を告げて立ち去った。モンスターたちもしばらく話をしていたが――ああ、早く肉を食いてえよ――その前の穴掘りだな。ちょいとばかし骨が折れそうだぜ――んなの皆でやれば一発よ――リーチ一発ホモ!――ぎゃはははは!――やがて夜も更けてきたので各々の小屋へと帰っていった。

 後に残された墓石だけが、物言わぬ証人として満月に煌々と照らされていた。

 

 

「早くかかってこい」

 ギーガはもう一時間以上向かい合ったままのネックに向かってそう言いました。

「早く、って言われても、俺はひのきの棒でオッサンはそのバカデカイこん棒、ていうのはちょっとずるくないか?」

 そのこん棒は、嵐の時に根こそぎ倒れた木を削って作られたものでした。

「何を言っている。戦場では――

「不利な状況でも戦わなくてはならないときがあるんだろ?」

「師匠が喋っているときは黙って聞け。たとえ分かりきったことでもな」

「だからってこりゃあねえぜ」

 ネックは軽口を叩いているように見えますが、その実、打ち込む隙はないかと常に狙っていました。しかし、そんな隙はありません。いや、あることはあるのですが、それらは全て、ネックを誘い込むためにわざと作られた隙でした。鍛冶だけでなく、戦場の駆け引きも上手なのです。

「お前には魔法が使えるだろ」

「使ってもいいのかよ?」

「当然だ」

「死んでも知らねえよ?」

「お前の魔法をくらった程度で死ぬなら、今頃生きてはこの村におらん」

「へへっ、言ってくれるじゃねえか」

 ネックは早速ライデインを唱えました。晴天の空に雷鳴がとどろき、稲光があたりを不気味に照らしました。

 しかし、ギーガには直撃しませんでした。わざと外したのです。ギーガが稲光に視界を奪われた隙に、ネックは足元に潜り込んで真空斬りで足を叩こうとしました。

「ふんっ!」

 それを読んだギーガがこん棒で地面を払います。地面の一部をえぐりとるような、豪快なスイングです。

 あたりがのどかな昼の光景に戻った頃には、地面に仰向けに倒れているネックの姿がありました。

「くっそ~、やっぱダメだったか~」

「いいや、そんなことはないぞ」

「マジで?」

 ネックが首だけ持ち上げながら言いました。

「ああ。本来攻撃に使うライデインを、視界を奪うという補助に使用するという発想。すかさず行った真空斬りも、俺の弱点を的確についてきた。お前はまだ魔力より武術のほうが強い。だからその選択は間違っていない」

「それでも勝てなきゃ意味ないぜ……」

「お前の攻めは直線的で読みやすいからだ。撹乱するなら、もっと撹乱に徹しろ。攻撃はそれからでも遅くはない。せっかちで勝ちを急ぐのも悪い癖だな。だが、俺は嫌いではないが」

「昔の自分に似ているから?」

 ハハハ、とギーガは高笑いしました。

「お前なんかと一緒にするな。さあ、今日はこのくらいでいいだろう。さっさと飯にしよう」

 飯、という単語でネックは上半身をむくりと持ち上げました。

「そういや、今日はポポロが飯を作ってくれるんだよな。あいつが何を作るか楽しみだぜ」

 そういうと、さっそくポポロが鍋を持って出てきました。

「あいつ、何するつもりなんだろう?」

「さあな。今日は天気がいいから外で食べるつもりなんだろう」

 事実、その通りでした。二人は適当に練習用の武器をしまうと、ポポロのところへ行って食卓の準備を手伝いはじめました。

 

 

 ピシャーン!

 突然の雷鳴が、アポロンの墓へ来ていたシーザーとドラキーの鼓膜を震わせました。しかし、空は雲ひとつない晴天です。はて、おかしいな、と思ってシーザーが丘から眺めてみると、向こうに見える小屋の近くでギーガとネックが試合をしているではありませんか。つい最近まで試合はまだまだ早すぎる、などと言われていましたが、もう試合を行えるほどの腕を身につけたということでしょうか。一見ちゃらけたように見えて、実はかなりの努力家なのでしょう。シーザーの教える魔法も、どんどん上達していきます。このまま成長すれば、いつかは自分も追い抜かされるかもしれません。それを思って、シーザーはうれしいような、悲しいような、なんともいえない複雑な気持ちになりました。シーザーは家庭をもったことはありませんが、きっと子供がいればこんな気持ちになるのでしょう。

「シーザーさん、今のは一体……?」

 ドラキーが怯えながら墓石の影から這い出してきました。どうしたのでしょうか。あのドラキーが、珍しく地面をはっています。

「あれはネックのライデインだよ。それよりどうしたんだい、地面をはったりして」

「うぅ……笑わないって約束してくれますか?」

「ああ、もちろんさ」

 ドラキーはしばらく黙っていましたが、ようやく口を開きました。

「今ので腰が抜けちゃったんです……」

 それを聞いて、シーザーは大きな笑い声をあげました。

「あぁ! もう、笑わないって約束したのに!」

「いやぁ、ごめんよ。ついつい、ね?」

「ね、じゃないですよ。他人が苦しんでいるっていうのに」

「すまないね、お詫びとしてはなんだが」

 そう言うとシーザーは両手で包み込むようにしてドラキーを持ち上げました。

「このまま屋敷まで送ってあげよう」

 シーザーの手に包まれて、ドラキーは安堵したようです。笑われた怒りもどこかへ飛んで行きました。

「ねえ、シーザーさん」

「なんだい?」

「前にも、こんなことがありましたね」

 魔王の使者がやって来たときの出来事を言っているのでしょう。あのときは今でもはっきりと覚えています。ずいぶん昔のことになりますが、まるで昨日のようにも感じられます。不思議な感覚でした。

「あぁ、そうだね。あのときからの理想を、私は実現できたのだろうか。たまにそう思うときがあるよ」

 彼は、今も生きているのでしょうか? なぜかそれがとても知りたいと思いました。彼にこの村のことを教えてあげたら、一体何と言うでしょうか。馬鹿にするでしょうか、それとも賛同してくれるでしょうか。

「シーザーさん、理想がすごく高いからね。でも僕は、この村にきてから前のときより遥かに幸せです。いや、幸せというのを初めて知ったような気がします。それは全部、シーザーさんのおかげだと思います。だから……」

 ドラキーはなぜかそこで言葉を切ってしまいました。

「だから?」

「だから……その……シーザーさんは……もっと自信を持てばいいと思います!」

「自信を持つまでには、まだまだ足りないよ。でも、お前がそう言ってくれるのは、すごくうれしい。おかげで、これからより一層理想の国作りへ向けてやる気が湧いてきたようだ」

「僕も、その役に立ちたいです。それで、できたら一緒にそれを見てみたい……」

「きっと見れるようになるさ。自信を持って頑張ればね」

「なんか聞いたことある言葉だなぁ」

 あははは!

 二人の笑い声は晴天に吸い込まれてゆきました。

「それじゃあ、もう一回、アポロンにお祈りを捧げてから戻ろうか」

「ええ、そうですね」

 お祈りを始めた頃、シーザーはポポロが料理をテーブルの上に広げてゆくのをチラッと見ました。最初はあれだけ気乗りしなかったのに、今ではギーガとも分け隔てなく接している……ように見えます。そう考えだすと、お祈りどころではなくなりました。ポポロがあんなこと――焼き肉で金銭を巻き上げる――をするんなて、シーザーはとても信じられませんでした。きっと、今までのつらい経験から気に入られようとしてやったことが、だんだんエスカレートしていったのではないだろうか、と考えていましたが、自分の中で何かそれ以上の不吉なものが感じられたのです。シーザーはそれを考えると、目の前の牧歌的な光景さえ崩れ落ちていくよう気さえしました。

「シーザーさん?」

「ん? どうしたんだい?」

「いやだなぁ、もう。お祈りの最中に他人の昼ごはんの方を眺めてるなんて」

「あぁ、ごめんよ。今日は朝から何も食べてなくて、つい」

「食べなきゃ、理想も実現できませんからね。でもお祈りのときくらいは集中してくださいね!」

「ああ、すまなかった。アポロンに悪いことをしたな」

「でもまぁ、僕たちもお腹が空いたし、そろそろ戻りましょう」

「ああ、そうしよう」

 シーザーは飛び立つ間際、もう一度チラッとポポロたちの方を見ました。ネック、ギーガ、三人は楽しそうに食事をしています。何も問題は発見できませんでした。

 何も問題はないはずなのに、シーザーの内心では不安が積乱雲のようにもくもくと湧き上がり、胸を圧迫していきます。

 それから、なるべく何も考えないようにしてシーザーは墓場から飛び立ちました。

 

 

「なあ、ポポロさん、みんなから頼みがあるんだ」

 いたずらモグラの棟梁が、村のモンスターを代表して交渉してきた。

「一体何なの?」

 言わなくても分かることだった。どうせ焼肉の値段交渉だろう。

「もうちょっと値下げしてくれないかな? 俺たちももうスッカラカンなんだ。分かるだろ?」

「うんうん、確かによく分かったよ。それじゃあ、タダにしてあげるよ」

「本当にいいのか……?」

「うん、いいよ。その代わり、肉がなくなったらそれでオシマイだけどね」

「いや、待ってくれよ、それじゃあ困るんだよ」

「別に僕は困らないからいいよ」

 ここはちょっと突き放しておこうと思った。ポポロの小屋は粗末で狭い場所だが、そこに村中からモンスターが詰めかけていた。当然、そんなには入りきらないが、入りきらない分は地下で待っている。以前、いたずらモグラが作ると言っていた地下バーベキュー会場だが、そこからポポロの家まで、直通で通路が伸びていた。ポポロがバーベキュー道具を担いで移動していてはどう見たって怪しいし、途中で地下に潜るとなると場所を悟られる可能性もあった。ドラキーの警戒が解かれているかどうかも分からないのだ。できる限りのリスクは避けたかった。これはポポロとモンスター側の合意の上でなされたことだった。

 そして今、そのバーベキュー会場への通路は、ポポロの家から溢れた直訴団の長蛇の列、というわけだった。地下通路にいるモンスターたちは、ポポロとの交渉がどうなるか、まさに固唾を飲んで待っていることだろう。

「いやいや、そんな冷たいこと言わないでくれよ。俺たちとポポロさん、今まで仲良くやってきたんだからさぁ、これからも仲良くやっていきたいっていうのが、俺たちの正直な思いなんだよ」

 そこんとこ頼むよ、というわけか。

 人情と神に頼るな、知恵と戦略に頼れ。

 これも父親であるトルネコの言葉だったが、まさにその通りだと思った。だいたい、この村のモンスターたちはあまりにも平和ボケしすぎている。

 ――弱いのは罪ではない。ただし、弱くて馬鹿な者はもはや神でも救いようがない。

 トルネコの格言が次から次へと思い出されていくが、どれも見事に的を得ていると感心するばかりだ。それならおとなしく畑でも耕していれば平穏な一生を過ごせただろうが、簡単に欲に溺れるチョロい精神の持ち主ときている。

 当然ながらポポロは神ではないので救いようもないし、救う気もなかった。

「本当にお金持ってないの?」

「そりゃあ、一銭もないわけじゃない。ちょっとはあるさ。でも全然足りないんだよ。それか、後払いにして欲しい。今年はきっと豊作だから、売ればゴールドもガッポリだぜ! な、みんな!」

 棟梁の問いかけに、部屋に詰めているモンスターたちが一斉に賛同した。

「ふ~ん、確かに、作物の実りは良さそうだね」

「値段は割増でも構わねえ。後払いにしてくれ、頼む! この通りだ!」

 棟梁は低い位置にある頭をさらに低く下げた。そのまま放っておいたら地面にめり込んでいくのではないかと、ポポロは本気で心配した。

「まあまあ、顔を上げてよ。言ってることは分かったけど」

「けど……?」棟梁はポポロを見上げた。

「それってうまくいくのかな? 豊作ってことは、大量の作物が市場に出回るから、作物の値段は下がるんだよ。だから大量に売っても、収入はいつもとそれほど変わらないと思うんだけど」

「え……? そうなのか?」

 こいつらはこんな簡単な市場原理も分からないらしい。金融屋と先物契約でもしておけば儲かるところだが、もちろんリスクはあるし、何より魔界にそんな金融商品があるわけもなかった。

「じゃあ、一体どうすればいいんだ……頼むよ、みんなの期待を背負って、今日は交渉しに来てるんだ。箸にも棒にもかからねえじゃ、誰も納得してくれねえよ」

「まあまあ、君たちの気持ちは、僕もよく分かってるから。君たちはお金を持っていない、でも肉が食べたい。そこで何とかしたいってわけだよ」

「そうそう」

「そうだよね。だったら、お金を手に入れれば何の問題もないじゃないか」

「いや、だからそれが大問題なんだって。誰も金なんて持ってねえもん」

「そんなことないでしょ? 村の中に、お金を持っているモンスターは他にいるじゃないか」

「……あ、そうか」

 ようやく気づいたようだった。鈍感でトロ臭いが、ようやくここまで誘導できた。

「このバーベキューに参加してないモンスターなら、たくさんお金持ってるんじゃないかな。スラ吉とか、ドラキーとか。それに村のお金もあるでしょ? シーザーの屋敷の金庫の中にはガッポリ入ってそうだと思うけどな~」

「でもでも、それはちょっと……無理があるっていうか……それじゃまるで泥棒っていうか……」

「大丈夫、借りてから、後で作物を売って得たお金で返しとけば、借りたのと同じことさ」

「そうか、ただ借りるだけだな……」

「そうそう、別に泥棒なんて、そんな悪いことするわけじゃないんだ。ただ単に、お金を一時期借りとくだけさ。どうせ後で元に戻すんだから、そんなに気に病む必要はないと思うよ」

「そうだな……そうだよな……」

 モグラの棟梁はもはや自分に言い聞かせているようだった。まだ若干の迷いはあるが、もはや金を生み出す方法は泥棒しかないのだから、手段を選んでいる暇はないだろう。

後はこいつらの行動しだい。うまく盗み出せば、収穫祭までは時間が稼げる。さらにこいつらの洗脳を強固にできることだろう。もし今バレたら……そのときは状況を見て判断するしかなさそうだ。誤魔化せそうなら、なんとしても誤魔化す。それが無理ならやや気が早いが、作戦を実行に移すしかない。それでも多分成功するだろうが、ここはジワリと外堀をキッチリ埋めきって――内堀も埋めきって、最後にむき出しになった本丸を攻めたいところだ。

「まあ、どうするかは君たち次第だね。お金が用意できたら、またいつでも声をかけてね」

 ポポロは期待に口の端を歪めながら、居並ぶモンスターたちにそう言った。その表情は、親子だからだろうか、トルネコの表情に似ていた。トルネコが虐殺のときに浮かべる、あの表情に。

 それからモンスターたちは、これからのことを話し合うために地下の通路からすごすごと引き上げていった。

 

 

 後で聞いた話によれば、モンスターたちはスラ吉のゴールドを盗んだらしい。ネックはまだそんなに財産を持っていないし、ギーガは万が一の報復が怖いのだろう。シーザーの屋敷はガードが固くてダメだった。

 それで、結局は一番弱っちいモンスターのスラ吉が狙われることになったらしい。スラ吉はよく働くために、家にいない時間はいくらでもあった。モンスターたちはその時間を見計らって悠々と家に侵入し、楽々とゴールドを盗み取った。

 なんとも意外なことに、あのスライムはかなりの貯金を持っていた。それはモンスターたちの腹を収穫祭まで満たすのに十分な額だった。

「全く、なんで着色ゼリーごときがこんなに金持ってんだよ!? この村はおかしいんじゃねえのか?」

 モグラの棟梁がそう言って不満をあらわにした。

 着色ゼリーが金を持っているのは、その労働に見合った収穫をあげているからであって、別に不公平ではなかった。そんなことはポポロですら、というより、部外者のポポロだからこそ分かった。おそらく魔界で弱者として虐げられているうちに、くだらない差別意識が染み付いてしまったのだろう。そんな差別をなくそうと思って作られた村でも、所詮はこういう風になってしまうのだ。

 シーザーは賢い、とみんな言う。賢くて強い、と。

 確かに賢い。ドラゴン族はノータリンが多いが、今まで見てきたドラゴン族の中でもダントツで賢く、生まれてくる種族を間違えたのかと思うくらいだ。

 そんな魔法や学問的な賢さはあっても、結局のところ弱者の本当の心理などは悲しいことに全く理解できなかったのだ。

 今回の事件、多分大丈夫だ――ポポロはそう確信した。あのお人好しのシーザーでは、村のモンスターを疑うことなどできまい。また、できたとしてもかなりの時間を捜査に費やして、覚悟を決めてから、ということになる。どちらにしても、ポポロにまだ時間的余裕は与えられそうだ。

 それにもっといいことに、こんだけ着色ゼリーが金を溜め込んでいた、ということは、普段は全く金を使わない生活をしているということだ。つまり、着色ゼリーが金を盗まれたと気づくのは後々になって、久々に金を使うときが訪れた場合、ということになる。

 盗難の露呈も遅れて、その捜査も遅れる――となると、時間的なことは心配しなくて良さそうだ。今のうちに、洗脳をより強固なものとしておこう。

 ポポロは鼻歌を歌いながら、肉の壺をのぞき込んだ。

 大丈夫、まだまだある。

 鼻歌はトリシー作曲の葬送歌だった。ポポロはこれが気に入った。

 これから滅ぼすものへと捧げるのに、滅ぼされるものが作った歌ほどふさわしいものがポポロには思いつかない。

 近づく収穫祭にますます期待を膨らませながら、ポポロはベッドに横になった。

 ポポロが眠りについて、ようやく鼻歌は止まった。

 

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