“♪~~その島は太陽のきらびやかな光を浴び はるか遠くの丘は灰色のマントを羽織る
孤独な風が木々を揺らして囁く ただひとり、過去を目撃したもの“
……トリシーによる、ハープの弾き語りでした。スラ吉の話では、今トリシーが歌っている歌こそが音楽祭でトリシーを打ち負かした天才、ホイミンの作った曲なのです。
悲しい歌でした。
悠久の時間と、それに埋もれる想いの、悲しさと残酷な美しさ……
それでもそれを乗り越えようとする魂の、雄大さと儚さ。希望、強さ。
本来はボーイソプラノの歌なのですが、そこらへんはトリシー風にアレンジがなされているため、やや力強くアレンジされてはいますが、それでも十分に悲しい歌でした。
ドラキーは自分でも驚きました。まさか自分が音楽を聞いて涙を流していたなんて。
「おや、どうしたんだい?」
帳簿をつけているドラキーの様子がおかしいのに気づいたのでしょう。シーザーが声をかけてきました。
「いえ、なんでもありません」
そう言って、何とかシーザーに涙を見せないように、体の向きを変えて後ろを向きました。また笑われるかと思ったからです。しかし、シーザーは意外なことを言いました。
「この歌を聴いていると、昔に死んでいったものを思い出すんだよ」
「ねぇ、シーザーさん」
「なんだい?」
相変わらず、ドラキーはシーザーに背を向けたままです。
「天国とか地獄とか、って本当にあると思いますか?」
「君はどうも思う?」
ドラキーはしばらく考えあぐねていました。そもそも、分からないからシーザーにきいているのです。
「僕は、シーザーさんがどう思っているか知りたいんです。それと、もしあるとしたら、アポロンさんは一体どっちに行ったのか、気になって」
シーザーも黙ってしまいました。窓から差し込む光が二人を柔らかく、歌詞にもあるようにきらびやかに照らしました。小鳥のさえずる声だけが、この世で導き出せる唯一の答えのように聞こえました。
歌も終わりにさしかかり、最後のハープの音がどこかに溶け去りました。
それからようやく、シーザーは口を開きました。
「実は、私にも分からないんだよ。アポロンは……一体どうなってしまったんだろうね。 彼にしか分からないことだ」
「それでも僕は知りたいんです」
ドラキーはそこでようやくシーザーの方に向き直りました。
「だって、いつかはみんな死んでしまうから」
「ああ、そうだね」
魔族には永遠に近い寿命があります。人間50年、魔族は5千年。それでも、永遠ではないのです。かなり長いというだけで、永遠ではありません。老衰で死んだ魔族、というのも実際に存在します。様々な理由はありますが、魔族でも衰弱して死んでしまうこともあるのです。とはいえ、天寿を全うするのはかなり稀な例で、ほとんどは戦乱や闘争の果てに死んでいきます。もしくは、魔法の力で歪められた奇妙で恐ろしい疫病や呪いなどによって。
そして自分自身の手によっても。
「僕、そんなの嫌です!」
アポロンはこの村が始まって以来の、最初の死者でした。そのことがドラキーの心に大きく影響を与えたのでしょう。普段はこんなに取り乱すようなことはなかったはずです。死を間近に見たことによって、ドラキーはそれに取り憑かれたといってもいいでしょう。
しかし嫌だと言われても、それはどうしようもありませんでした。死神はいかなる炎や吹雪でも追い払えないのですから。
「みんな死んでしまうなら、一体なんのために生まれてきたんですか……?」
「それも、分からないことだ。ただ、私の生まれてきた目的なら分かっている。それは、 みんなが安心して平和に暮らせる社会を作ることだ、とね」
「その平和も、いつか死んでしまうんじゃないですか?」
シーザーは言い返そうとしましたが、完全に言葉に詰まりました。そこまで言われるとは思ってなかったからです。確かに現状でシーザーが死ねば、村を守るものは何もなくなり、あっという間に魔界の暴力にさらされてしまうでしょう。現状のままではシーザーの死は、そのまま村の死であるということです。
「シーザーさんは自分の生きた目的を果たせるのかもしれません。けど、それも死んでしまったら? 魔族も死ぬなら、村だって死んでもおかしくないはずです。生きていた証拠は何もなくなるんですよ?」
「以前にも言ったとおり、私だって強くない。その意味が分かったかい? とにかく、生き物は明日を信じて今日を生きていくしかないということだ。一つだけ言えるのは、そこに強いも弱いも関係ない。それだけは断言できる」
ドラキーはゆっくり頷きました。
「……ええ。すいません、シーザーさんにこんなこと言ってしまって。でも、なぜか急に気になっちゃって……」
「気を使うことはないさ。アポロンの死に最も動揺していたのは君だった。ちょっとでも私にその気持ちをぶつけてくれて、楽になってくれればいいさ」
「すいません……確かにちょっと動揺していたかもしれないです……」
「いや、いいんだ。君がそこまで考えてくれていると分かって嬉しかったよ」
きらびやかな陽光に照らされながら、シーザーはそう微笑みました。
ドラキーもそれに微笑み返しかしたが、内心では気まずく思って、
「収穫祭も迫っているし、早く帳簿を見直そうと思います」
と言ってくるりと机に向き直りました。と言っても、さっきの話が気になって帳簿どころではありませんでした。
しばらくして背後からシーザーがノシノシ歩いて部屋から出ていく音だけが、聞こえました。ひょっとして、また気を使わせたのかもしれない――そう思うとますます申し訳なくなってきました。
それからしばらくしてようやく気分が落ち着いてからは、一心不乱に帳簿をつけていきました。その様子はシーザーとの会話を忘れたかのように猛烈な勢いでした。
コーン! コーン! コーン!
斧に木を打ち付ける音が、軽快な音楽にように森の中に響き渡りました。
………
おや、急に音が止んでしまいました。どうしたのでしょう。
そこには荒げる息を何とか鎮めるネックの姿がありました。最初は斧を半分地面に預けるようにしていましたが、やがてそこらへんに完全に投げ出してしまいました。
「もう無理!」
そういうと、自分自身も草むらに身を投げ出してしまいました。
ポポロはそれを見て呆れました。
「どうしたの?」
横たわるネックの顔を覗き込むようにして言いました。
「休憩だよ」
ちょっと不機嫌そうに、ネックは言い返しました。
「まだ全然切れてないよ。それにまだ10分くらいしかたってないと思うけど」
「ポポロ、代わりにやっといてくれ。俺はもう疲れた。ていうか飽きた」
ポポロはそれを聞くと、ネックの投げ出した斧を拾い上げて、大上段に構えました。
「怠け者は――こうだ!」
その斧をネックの首筋に叩きつけようとしましたが、斧を振りかぶったままバランスを崩して後ろに尻餅をつきました。斧はポポロの背後の地面にドスンと鈍い音を立てて落ちました。もちろん、本当にそんなことをする気は最初からありませんでした。ネックにも分かりきっていましたから、特に驚くこともありません。
「はあ……なんか、僕も疲れちゃった」
ポポロがそのまま座り込んで言いました。
「そうだろ。こんな気持ちいい日にわざわざしんどいことしようって発想が間違ってるよな。お前も横になっちゃえよ」
「うん、そうするよ」
ポポロも集めていた山菜やキノコを入れた籠をそこらへんに投げ出すと、森の芝生の上に仰向けになりました。
しばらく二人はたわいもない話をしていましたが、やがてそれも途切れました。それから、二人は示し合わせたように目をつぶり、仲良く夢の世界の玄関へ入り込もうとしたときです。
それまで和らかかった陽光が、いきなり強烈になって、二人のまぶたを突き刺したのです。何事かと思う間もなく、落雷のような音と地響きがありました。
ネックが飛び起き、ポポロは小動物が頭をもたげるようにして辺りを見渡しました。
「全く、二人して何をしているんだ。俺が悪い奴だったらそのまま押しつぶされてあの世行きだっただろうな」
ギーガがポポロ自身と同じくらいの大きさはあろうかという斧を肩に引っさげて立っていたのです。見てみると、ネックが切ろうと奮闘していた木は地面に横たわっていました。あの雷鳴も、地響きも、全部このせいだったのです。
「やっぱオッサンはすげえや。俺が手伝う必要なんてねえだろ」
「全くお前はどうしてそうなんだ。これが武術に必要な基礎的な筋肉をつけるためのトレーニングになると、どうして考えない?」
ネックはこんな面白くもないことにそんな意味があったのかと、また、ネックのためにギーガがこの仕事を与えてくれたのだと、初めて気づきました。そして、今までのことを思い出してみるに、同じように思い当たることが次々と思い浮かびました。
頭を使って戦え――ギーガが常に教えてくれたことですが、まさかこんなところにまで頭を使っているとは、思いもしなかったのです。ネックは今までギーガに勝てないで悔しがっていた自分が馬鹿らしくなりました。それは才能の差でもなく、神の与えた天分でもなく、当たり前のことだったからです。
シュンとしてる二人をしばらく見つめていたギーガですが、やがてもうこのくらいにしておいてやろう、と考えました。確かに、このきらびやか――この単語はなぜか天から降って湧いたようにギーガの頭の中に浮かびました――な陽光の下では、誰しも仕事などサボりたくなるものです。それに、最近は普段の仕事に加えて、村の収穫祭のための準備もしなくてはならず、肉体的な疲労も相当だったのでしょう。それに、正直言うとギーガにもサボりたい気持ちはありました。元々祭りなど賑やかな行事があまり好きではないのです。一応、村の不文律のようなもので収穫祭にはお義理で参加していましたが、何にせよ気乗りしないことは確かです。それでも、村のモンスターたちが喜んでくれるのなら、ギーガはそれでいいと思っています。いや、だんだんそう思うようになったのです。
兵士の時は、無駄なことが大っきらいでした。しかし、この村に来てから、そういう今まで無駄だと思っていたものにこそ価値があると初めて知ったのです。友人の霊を弔うこともそうでした。今まで“死ねば土くれ”だと思っていたのですが、ギーガには友人が土くれだとはどうしても思えませんでした。ときどき、友人は実は生きていて、ある日ひょっこり――例えばこの瞬間に森の木の間からでも――顔を出すのではないか、という気が無性にしてくることがあります。
「そろそろ疲れているだろうし、今日は特別にこのくらいにしておこう。それでも、お前らはたるみ過ぎだ。俺がアレをやって気合を入れてやる」
「え、マジで? ポポロ大丈夫かな?」
ネックが心配そうです。その様子を見て、ポポロも不安が隠しきれないようです。
「まあ、死ぬ気でつかまっていれば大丈夫だ」
ギーガは何やらよく分からないことを言い残すと、切り倒した木の不要な部分を切り落として、瞬く間に大きな丸太に仕上げました。
「さあ、これに乗れ」
ネックはすでにギーガのやろうとしていることを知っているのでしょう。すぐに丸太に跨りました。ポポロも最初は不安だったのですが、ネックの様子を見て大体の見当がついたので、ネックの真似をして、ネックの反対側の端に跨りました。
「よーし、しっかりバランスを崩すんじゃないぞ。一度乗った以上、落ちても責任は取らんからな」
ギーガは重そうな丸太をヒョイと持ち上げると、そのまま肩に担いで森の中を歩いて帰りました。
丸太はかなり揺れましたが、普段はありえない高さからの光景に、ポポロもネックも大はしゃぎです。
やがて村に着いたとき、ギーガが言いました。
「よし、お前たち、命懸けでしっかりつかまるんだ、いいな。振り落とされたら軽いから村の外まで吹っ飛んでしまうかもしれん」
そう言い終わるやいなや、ギーガは丸太をブンブンと旋回させました。最初はそれほどの勢いでもなかったのですが、そのうち本当にすごい勢いになっていき、ポポロもいつの間にか命懸けで丸太にしがみついていました。本当に村の外まで吹き飛んでいきそうだと思ったからです。
それから段々と回転は弱くなっていき、やがて完全に世界が静止しました。
そこには、丘の上の墓場に沈もうとする夕日が、笑い合う3人の姿を照らしているだけでした。
ただひたすら静かに、美しく、叙情的に。
ドラキーは収穫祭が近づくにつれて、だんだんとそわそわしてきました。それは収穫祭に対する期待なのか、とも思ったのですが、それほど簡単な感情ではありませんでした。心の底にあるのは、何とも言えない不安です。その不安の中心は、ポポロでした。なにしろ「姿かたちに本当の価値はない」と言って、ポポロの受け入れに積極的に賛成したのですから、ドラキーも責任を感じていました。
まさかあのポポロ君があんなことをしていただなんて……
ドラキーは信じたくありませんでしたが、見たものは仕方ありません。結局はシーザーに報告し、それでシーザーが出向きました。具体的にどのようなことがあったのか、ドラキーは知らされませんでしたが、あれ以降ポポロの行動には何も異常はないように見えます。
“悪い子なんて大嘘さ……”
シーザーの言葉が木霊のように聞こえました。確かに、あのときの事件を除けばポポロはとってもいい子に見えます。しかしドラキーにはポポロが悪い子なんて大嘘とは、とても思えませんでした。
(でもだからと言って本当に悪い子にも見えないし……)
何か不安な感じがしました。
そこで、ドラキーはいつもの仕事をいったん止めて、見回りに出かけることにしました。もちろん、主な目的はポポロの様子を観察することです。観察したところで何か成果があるとは思えませんでしたが、とにかくこの目でポポロの様子を捉えたくて仕方ない衝動に駆られたのです。
そうやって半ば衝動的に屋敷を飛び出したドラキーでしたが、まずはアポロンの墓場へお参りに行くことにしました。特に供え物も何も用意してなかったのですが、とにかく墓地へ行きました。それは供養のためというより、祈りのためでした。祈って、アポロンの加護をもらい、そしてアポロンが持っていたであろう“本当の強さ”を、少しでも自分に分け与えてもらいたいからでした。
――ただの村の見回りに大げさな……
ドラキーは自分でもそう思いましたが、翼はそんな理性とは正反対に、感情のまま真っ直ぐ墓地を目指して行きます。
やがて丘の上に到着しました。そして長いか短いのか、自分でもよく分からない時間、祈りを捧げました。祈りがおわって顔を上げてみると、アポロンの端正な顔がこちらを見つめていました。それは大丈夫だよ、と励ましているようにも見えましたし、何やら悲しそうに引き止めているようにも見えました。
そうやって決心を固めて、ようやく丘から飛び立ちましたが、それでもすぐにポポロのところに行く気はしませんでした。
まずは気軽に会えそうなものから――そう考えると、まっ先にスラ吉の名前が思い浮かびました。
ドラキーは向きを変えると、今度は自分の思い通りに翼を動かして、天高く舞い上がって行ったのです。
「なんつーか、もう単刀直入に言うと、また金が足りねえんだ」
本当にこいつらに足りないのは、金ではなく知能だろう。知能さえあれば、いくらでも金を生み出せるのに。それはポポロ自身、嫌というほど実感していた。いや、ネネの金儲けはもはや一般の知能とか、そういうレベルではない。悔しいことだが、あれこそくすしき神のみ技と呼ぶにふさわしいと認めざるを得ないくらいだ。
「前にも言ったでしょ? 本当にお金がないのかって。本当にお金がないのか、よく考えてごらん」
モグラの棟梁はしばらく考え込んだ。ずいぶん長い間考え込んだあと、ポポロの顔から目線をそらす。
「もう簡単にとれるところはねえよ……」
ポポロにその意味はよく分かった。簡単には盗れないから、盗れるようにしてくれ、ということだろう。
「なるほどね、確かにそうかもしれない」
「クッソ、こんなことならアメフラシをメンバーに入れずに金だけ盗めばよかったぜ。その分、もうちょっと食えただろうに」
スラ吉から奪った金を使い果たした会員たちは、すぐに次のターゲットを見つけた。それがアメフラシだったのだが、これ以上盗むのは気が引けたのか、逆にこちらの仲間に引き込んでしまったのだ。アメフラシもスラ吉ほどではないにしても、それなりに金を蓄えていた。
それで会員の腹はしばらくもった。
だがもはや会員の腹は、腹減りの指輪を全ての指に装着しているかのような減り具合にまで到達している。あっという間に食い尽くし、またしても金の腐心をしている、というわけだった。
「あとはアレしかないんじゃないのかな?」
「ギーガの旦那か?」
「もっと大きいとこだよ。ギーガの持っている金くらいじゃ、また同じことになっちゃうよ」
「……でもなあ、村の金を盗んじまったら、もはや本当に終わりだぜ……俺たち、この村にいられなくなっちまう」
モグラの棟梁は頭を抱え、声には泣きそうな響きすら混じっている。
そろそろ助け舟という名の地獄行きの泥船を出してやる時期だろう。ポポロは特に感情をこめずに言った。
「シーザーの金さえあれば、またどこかで暮らしていけるよ。それに――君たちもずっとお腹いっぱいでいられるだろうね」
「シーザーのやつ、いっぱい持ってやがるからな」
「そうだよ、いっぱい持っているよ。腐るほどね」
そこでポポロは意味ありげに微笑んだ。
「クソ、でもシーザーからギルなんて無理だよぉおおおおお……そんなことやったら仏のシーザーもブチギレて俺たちが焼肉にされちまうぜ……」
「それは言えてるね。僕もそれは嫌だ。だから、何とかその作戦を考えようと思うんだ」
ついに持ち駒を使って、キングを詰めるときがやってきた。このときのために集めておいた、ありったけの持ち駒を使って。
「やっぱそうこなくっちゃ。さすがポポロさん、頼りになるぜ」
そう言う棟梁の目には、怪しい光が満ちていた。不浄なる、腐った精神から放射されるような光が。
冒頭の歌の歌詞は、ICOの主題歌の日本語訳から引用しました。やっぱりいい歌ですね。