マッド・トルネコ   作:トラネコ

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なぜか33話が二重投稿になっておりましたので、修正しました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。


34.グレイト・ヴィレッジ7

 スラ吉とは久々に会いましたが、なんとそこにたまたまトリシーも居合わせたので、話も弾んでついつい長くなってしまいました。いろんな音楽談義に花が咲いたのですが、どうやらスラ吉も最近同じような異変を感じていることが分かったのです。なんでも、相棒のアメフラシが最近姿を見ないことが時々ある、ということでした。普段は無断で仕事を休むことなどあり得なかったのに、最近それが増えているということでした。仕事をしている間も、何があったのか突然農地の真ん中でボーッと立ちすくんでいたり、話しかけても話をまるで聞いていなかったりすることが多くなってきているそうです。

 ドラキーにその具体的な原因はわかりませんでしたし、そのときは「う~ん、どういうことなんだろ?」と答えましたが、内心ではきっとポポロのせいに違いないと見当をつけていました。実際にどんな手段を使っているのかは分かりません。しかし、ポポロが何か企んでいることは、もはやドラキーの胸の内では確実でした。

そこまで話が進むと、ドラキーもついに真相を確かめようという勇気が湧いてきて、やがて会話もそこそこに切り上げると、こうしてポポロの家の上空に飛んできたというわけです。

 しばらく、ドラキーはポポロの家の上をグルグル回っていました。

 でも、ここまで来てまだ迷っている自分にようやく喝を入れると、勇気を出して家の戸口の前に降り立ちました。今日だけは、その何でもない貧相な木の扉が、強制収容所の分厚い鉄の扉より禍々しく無機質に見えたのです。あの最悪だった強制収容所生活を、なぜここで思い出したのでしょうか。ドラキーがその理由を考えるよりも早く、脳細胞はかつての忌まわしい記憶を時間の地層から掘り起こしていきました。日没と同時に起床の鐘――ドラキーは夜行性なので、夜に仕事をさせられたのでした。そうやって昼行性のモンスターと24時間交代制の効率のよい労働に駆り出されるのです。この村に来てからは、シーザーと同じ昼行性の生活に馴染みました。しかしその前は……ひたすら果てしなく続く報われない労働、飛び交う怒号、振り上げられるムチ、そして収容所内での弱者同士の陰湿な争い……すべてが地獄でした。

 それを開放してくれたシーザーは、ドラキーにとって神と同じでした。そして今、その神へ反逆しようとする悪魔が、この村を手玉にとっている……

 ドラキーはそう考えましたが、本心ではそんなのは嘘であってほしいと願っていました。トリシーが言っていたように、自分は心配のしすぎなのだと信じたかったのです。

 それを確かめるためにも、ポポロとちゃんと会って話をしてみなくてはなりません。改めて決心を固くすると、ドラキーは木の扉を叩きました。

 それはすこし日が傾きかけた静寂の中で、異様に大きく響きました。

 

 

 そうやってポポロはモグラの棟梁に村の攻略法を事細かに指示していた。

「とにかく、君たちにはシーザーを引き付けてスキを作って欲しいんだ」

「スキを作ったって、俺たちの戦闘能力じゃ、どう攻撃したってかなわないぜ。それとも、ギーガかネックを知らないあいだに仲間にしてたのかよ?」

「いや、そうじゃないよ。僕には精神感応能力があるからね。相手に触れることで発動して、その精神を乗っ取るんだよ」

「てことは、スキを見てシーザーに触れて」

「そうそう」

「その能力でシーザーを乗っ取るってわけだ」

「そうそう!」

「そりゃすげえぜ! シーザーさえこっちのもんになれば、その気になればいくらでも金は稼げるからな!」

 モグラの棟梁はシーザーを奴隷にできるという快感に、すでに酔いしれていた。そりゃそうだろう、今までなんだかんだ言ってこの村を事実上支配していたのはシーザーなのだ。みんな平等という建前だが、結局は誰かが誰かの上に立って支配しなければ秩序というのは成り立たない。ただ問題なのは、それが自分にとって都合がいいかどうかということだけだ。少し前まで、この村はモグラたちにとってすごく居心地のいい村だった。ところが、その秩序はもはや崩壊した。

 こいつら自身の脆弱な精神によって。

 そこでポポロはモグラの棟梁から目をそらして、机の上に広げてあるノートを見た。そこには村のモンスター全員の名前がズラリと並んである。

 ひとり洗脳が済むたびに赤の横線を引いて名前を消していった。

 今では、ほとんど全員の名前が赤線で消されている。

 あともうひと押しだ。

 ポポロがそこまで考えていたとき、突然何者かが扉をノックする音が室内に響いた。

 

 

 ドラキーはノックしてから、静かに固唾を飲んで待ちました。

 どれくらい待ったでしょうか。ドラキーの時間感覚がおかしくなってきているからか、それはよく分かりませんでした。

 あまりにも連続でノックすると失礼にもなるので遠慮していましたが、それでも返事が全くないのに少しイライラしました。それはポポロに対して、というより、この緊張感に長くさらされていることに対する感情でした。

 ――あと10秒数えて返事がなければもう一回ノックしよう。

 それから心の中でゆっくり10秒を数えました。

 10秒がたちました。

 扉は微動だにしません。

 ドラキーは、意を決してもう一回ドアをノックしました。

 

 

「ちょっと賭けをしようよ」

 ポポロが棟梁にもちかけた。

「賭け? 何を対象に賭けるんだよ?」

「いまノックしているのは誰かって賭けだよ。もし僕が当てたらこれから言うことを実行して欲しい。外したら、君たちに一回だけ焼肉をおごるよ」

 焼肉をおごるよ――すでにここの村モンスターにとって、それは食事以上の価値をもつ、生活必需品となっている。当然、棟梁はその賭けを受けた。外したところで結局は焼肉のためにポポロに従う他はなく、結局やることは同じ。つまり丸儲けという“おいしい”賭けだった。

「じゃあいくね、いまノックしているのは多分ドラキーだな。あいつ、いーーーーっつも僕らのこと見張ってたんだもん。きっと今日だって何かおかしいと思ってやってきたに違いないよ」

「んで、もしドラキーだったらどうすればいいんだい?」

 ポポロは答えようとしたが、その時またしても二度目のノックが響いた。ポポロも棟梁も、とっさに扉の方に顔を向けた。今回のはさっきより少し乱暴な感じだ。

 ――そんなに入りたいなら入れてあげるよ。それで、とっておきの収穫祭を見せてやるよ。お前らボンクラの平和主義者がびっくりするようなね。

「部屋に入ってきたら、とりあえず適当に話を合わせておけばいいから。後は、スキを見つけてドラキーを後ろからスコップで叩き落とすんだ。でも殺したらダメだよ? ちゃんと手加減できる?」

「ああ、できるさ」

 棟梁はうなずくとペッペと自分の手に唾を吐きつけてから、スコップを握り直した。

「しっかりやってやるぜ」

「それじゃあ、行くよ?」

「おう」

 完全にポポロの奴隷だった。

 ポポロはほくそ笑みながら、そっと扉を開けた。

 

 

 ――ひょっとしたら留守だったのかな?

 あまりに中から返事がないので、ついついそう考えてしまいました。しかしありえない可能性ではありません。

 ドラキーはちょっと肩すかしを喰らったように感じました。

 そして、急に冷静な考えが自分を支配しだしたことを感じました。

 本当はドラキーには別の、やらなければならない仕事があるのです。それをほっぽり出してここに来ている――それを思い出すと、何かとてつもなく自分がバカらしくなってきたのです。しかも、途中でスラ吉たちと長いおしゃべりまでしてしまいました。仕事が遅れれば、それだけ収穫祭にも支障をきたすかもしれません。もう収穫祭まで日はないのです。ギーガだって祭り用のやぐらを組んだり、彫像をしたりしています。なんとあのネックすら、今年は何を思ったのかものすごく真面目に収穫祭の準備に取り組んでいると聞きます。

 それなのに――自分は何をしているのだろう? 根拠のない心配をもとに、わざわざ時間をかけて遠回りをして――今ここにいます。

 ――やっぱり僕はかなり神経質だったんだな……

 ドラキーはそう思いました。ここまで考えると、村の一員であるポポロをことさら疑ったことすらバカらしく思えてきました。いいえ、バカらしいだけでなく、自分は村の一員すら信用できないのか、と悲しくすら思いました。しかも、ついさっきまでポポロを悪魔のように考えていたのです。

 ――こんなことやってないで、はやく帰ろう。どうせネックと収穫祭の準備でもしているんだろうな。

 ドラキーがそう考えて立ち去ろうとしたときです。

 あれほどビクともしなかった扉が、ゆっくりと目の前で開いたのです。

 

 

「あれ、ドラキーさん、どうしたんですか、こんな時間に?」

 扉を開けたポポロの顔にはすでにあの笑みはなく、村の忠実な一員という仮面が張り付いていた。

 

 

「う、うん……」

 ドラキーは一瞬言葉に詰まりました。完全に留守だと思い込んでいたので、逆に意表を突かれた形です。

 それに要件も考えていませんでした。ポポロとは仲が悪いわけではありませんが、かといってスラ吉のように特別個人的な付き合いがあるというわけでも、気が合うというわけでもないのですから。

「ひょっとして、収穫祭の準備がどれだけ進んでるか、とか見に来たの?」

 ポポロがあどけない顔でドラキーを見上げながらそう言いました。こうしてあらためて見てみると、ポポロは本当に可愛らしい子供でした。そんな子供を、さっきまで悪魔呼ばわりして……

 自分にはまだまだ“本当の強さ”なんて程遠いと、内心自分を責める気持ちでいっぱいでした。

 しかし、ここまで来た以上、どうにもなりません。適当に話だけ合わせて適当に済ませて、屋敷に戻ろう。それから残してきた仕事を片付けよう――ドラキーはそう考えました。

「うん、そうなんだ。ちょっと最近、なぜか仕事に手がつかなくなっちゃって、それでみんなの仕事を見てちょっと自分を奮い立たせようってわけさ」

 意外にもそれなりにいい感じに話を合わせることができました。

「へぇ、ドラキーさんにもそんなことがあるんだ。スラ吉さんとドラキーさんは、絶対そんなことないと思ってたよ」

「いやいや、僕もまだまだなんだ。どうにも調子の悪い日ばかりで……」

 自分でも何を言っているのかよくわからなくなってきました。

「まあ、立ち話もなんだし、中へ入ってゆっくり話でもしようよ。ちょうどモグラの棟梁もここに来てくれているんだ」

 ドラキーは、本当は適当に言い繕って屋敷に帰るつもりでした。モグラの棟梁がいれば安心だろう――そう思って、家の中を覗き込みました。

 中には、確かにモグラの棟梁がいました。ただし、以前とはだいぶ違った姿で。今までは穴掘りの重労働に負けない、たくましい体だったのに、今では完全にお腹の突き出たブヨブヨの体です。

 ――こんな人じゃなかったのに……

 ドラキーは気になりました。そして気になるとどうしても確かめられずにはいられません。直感的にこのまま家の中に入るのは何かまずいような気がしました。しかしここまで来て今さら帰るのも無理があります。

「それじゃあ、お邪魔するよ。大丈夫、ちょっと話をしたらすぐ退散するからさ。そんなにポポロ君の時間を取らせないから」

 

 

 むろん、ポポロも時間をかけるつもりは毛頭なかった。

 

 

 ドラキーが家の中に入ると、ポポロは後ろ手にドアを閉め、カチャリと鍵をかけました。

「鍵なんてかけなくても、この村に泥棒なんていないよ」

 ドラキーは笑ってそう言いました。

「うん、僕もそう思ってたんだ」

「そう思ってた? てことはまさか……」

「そうなんだ、そのまさかさ。スラ吉さんの金庫からゴールドが盗まれたんだ。多分、この村の人たちじゃないとは思うけど、一応何があるか分からないからね」

 ポポロはそう言いながら鍵がしっかりかかっているか、確認しているようでした。

 それにしても、スラ吉のお金が盗まれていただなんて……意外な話でしたが、さっきスラ吉と話をしたときにそんなことは言っていませんでした。

「それって本当に? ただの噂とかじゃないのかな」

「本当だよ。ね、棟梁?」

「うん……あぁ、まぁ、そうだよ。みんな知ってるぜ。だからドラキーさんも、戸締りには気をつけるこったな」

「う~ん、そうなんだ……」

 ドラキーは棟梁を見ながら、そう相槌を打ちましたが、何かおかしいと感じました。

 なんだか棟梁が嘘を言っている? ような気がしたからです。しかし、嘘にしてはおかしいところがあります。そんな嘘をついても、棟梁は何の得もしないということです。

「でもまさかこの村の人たちが盗むなんて、信じられないし……」

 それでもドラキーはショックを受けていました。さっきまでスラ吉と話をしていましたが、そんな様子は全く感じられなかったからです。それにまさかこの村に住む人たちが……という思いも当然あります。

「うん、僕もそう思う。多分外部の犯行だと思うんだ。ルーラでやってきて、こっそり盗んでいるんだと、僕は考えている」

「なるほど……そう言われてみれば、そんな気がしてきた」

 大体、村の中で盗みを働くようなモンスターがいるようには思えませんでした。みんな必死の思いで地獄のような日々から脱出して、この村にやってきたのです。そして不安の中、みんな必死に働いて、ようやく今の安定を築き上げたのです。

 そう、ポポロ以外は。ポポロはまだこの村にやってきてそんなに日が経っていません。つまり、限りなく外部の人間に近いのは、ポポロです。

 そこに思い至って部屋の中を見てみると、全部が怪しく見えました。

「とにかく、このことは早くシーザーさんにも伝えてくよ。スラ吉さんにも話を聞いてみないと。もし嘘だとしても、こんな噂があること自体、あまりよくないからね」

「うん、僕も一刻も早く解決して欲しいと思っているよ。村のみんなも怯えて暮らすのは嫌だろうし」

「そうだね、僕も戸締りには気をつけるよ」

 そう言って部屋を見ると、何やら怪しげな壺が置いてありました。ドラキーは気になったので、さりげなく言いました。

「そういえば、そこの壺の中には何が入っているの?」

「ああ、これ? これはただの……しょうもない壺だよ! 本当に中はなんもないから、多分見てもつまんないだけだと思うよ」

 急にしどろもどろになったポポロを見て、これは完全に何か隠しているな、とドラキーは思いました。

「別につまらなくてもいいよ。ちょっと確認させてもらうね」

「いやいや、そんな必要ないよ、本当につまらないものだから。それに……」

「それに?」

「きっと見たら後悔すると思うから……」

 ポポロはしゅんとしてしまいました。これで壺の中に何かあることはハッキリしました。でも、ポポロ君がお金を盗んでいたとは、いまだ信じられません。でもそれならそんなわざわざ疑われるような話をしないでしょうし……となると何が入っているのか見当はつきませんでしたが、きっと何かポポロに不都合なことに違いない、そう考えました。

 ドラキーはサッと壺のところに舞い降りると、中を覗き込みました。

「あ……見ないほうがいいのに……」

絶対何かある――保存の壺の中は暗くてよく見えません。昼行性になれた自分が、この時だけはもどかしく思いました。そこで、思い切って壺の中に手を突っ込んで、中身を取り出しました。

 それは、ドラキーを型どったちょうちんでした。

「収穫祭で使おうと思って、作ってたんだ。本当は内緒にしておいて、収穫祭であっと言わせようと思っていたんだけど……」

 ドラキーは自分がなんてことをしてしまったのだろうと、自分で自分が嫌になりました。

 ポポロを信用することもできずに、弱い自分に屈してしまった……疑心暗鬼の虜になってしまったのです。

「ごめん、ポポロ君……最近……ちょっと疲れているのかな……」

 ドラキーは、そのちょうちんをなるべく壊さないようにして、そっと壺の中に戻しました。

「なんて謝ればいいのか……」

 ドラキーは壺に向かってため息をつきました。

「本当に疑ってごめんね」

 そう言って、ポポロがいるだろう方向へ振り向きました。そこには、ポポロではなくモグラの棟梁の顔がありました。

「きっと疲れてんだろ。しばらく眠っとけや」

 なんということでしょう、そう言うと棟梁は振り上げたスコップを自分の頭に叩きつけたのです。

 ボカッ!

 ドラキーはそのまま床に倒れました。棟梁の影からチラリとポポロが見えます。その時、薄れゆく意識の中でドラキーがはっきりとみたのは、ほくそ笑むポポロの顔でした。

わけがわからないまま、ドラキーの意識は遠のいていきました……

 

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