ネックは全力で走ってギーガの後を追いました。図体の大きさからこんなにも速く走れることが意外でした。それに速いだけでありません。そこそこの長距離を走っているのに、全く速度を落とそうとしないのです。持久力もなければ軍隊の厳しい行軍についていけないのでしょう。
しかし今のネックにはそんなことを考える余裕すらありません。ただひたすら、なんとかギーガの背中を追いかけていくだけです。
走っていく中、今まで村で暮らしてきた思い出が蘇りました。あのみんなが助け合って共同で生活していた村……多少の不満はあったものの、それがいまや存亡の危機に瀕しているとなると、絶対に失いたくないかけがえのないものだとようやく悟ることができました。そしてポポロと過ごしたかけがえのないと思っていた、いいえ、思わされていた日々……
しかし今のネックには情に流されるようなことはありませんでした。村全体とポポロ一人とどちらが重いのかは、はっきりとしています。ポポロが魔物使いと判明した今、全力でそれを排除すべきです。そう、ポポロを殺してでも。
走り続けていくうちに、ようやく屋敷の近くまでやってきました。
おや、屋敷のそばにシーザーが佇んでいます。そばにはポポロらしき人物が寄り添っていました。
まさかシーザーも……
こうなったら少し話は変わってきます。シーザーはこの村そのものと言っていい存在です。シーザーが死んでしまえば、たとえ村人が全員生き残っていたとしても村の大事なものは引き継がれないでしょう。ポポロだけでなくシーザーも殺すことになったら……自分にそれができるのか、段々不安になってきました。
さらにシーザーの目の前に集まっている村人、いいえ、元村人たちが何かを取り囲んでいる様子が見えました。しきりに何かを振り下ろしている? ように見えます。
「クソッタレどもめ」
ギーガがボツリとそう呟きました。
「あれは一体何をやってるんだ?」
「公開処刑さ。見せしめのためのな」
スコップを振り上げるモンスターの動きが止まりました。それと同時に、ポポロが視線を上げて、こちらを見ました。ネックは、ポポロの目をはっきりととらえました。それは村に来た時と何も変わらない子供らしい目だったのに、井戸を見下ろすのに似た底なしの闇にしか見えませんでした。
「やっと来たんだね」
本当に平和ボケしたとろくさい奴らだ。
「ああ。お前を殺すのには遅すぎたようだが、仕方ない」
ギーガの一つ目が静かにそう語った。兵士らしい、感情を感じさせない喋り方だ。そういえば父さんの友達にもそんな人いたな。まあ、どうでもいいけど。
「ネックも、ネックも僕を殺しに来たの?」
「ああ、そうだよ。もう観念するんだな。苦しまないように一瞬で殺してやる」
意外にも即答だった。もうちょっと「これはお前がやったことじゃないよな!?」とか「今まで一緒に過ごしてきたじゃないか! 友達だろ……!」みたいな展開になると思ってたのに、ガッカリだった。せっかく完璧な演技をしたと思ったのに、なんだか残念。せっかくそれ用のセリフも考えてあったのに。
まあ、いいや。もう茶番にはウンザリだ。とにもかくにも、強力な手駒が向こうからホイホイやってきたのだ。今のポポロにはグレ太という強力な持ち駒がある。これを使ってちょっと痛めつけてやればすぐに洗脳できるだろう。
「そうか、お前たちもすでにポポロに洗脳されていたんだな」
ギーガが珍しく感情を込めて雑魚モンスターにそう言った。
「ギーガの旦那もポポロについてきたらどうなんだよ? いろいろ楽しいぜ。それにシーザー、いや、元シーザーから奪った金もあるだろうしよ。焼け跡の中に埋もれた金庫を掘り出すのはちょっと骨が折れるが、今の俺たちには大金が目の前に転がっているようなもんよ」
「反吐が出るな。お前らのようなクズのためにシーザーがひどい目にあったのかと思うと」
「おいおい、クズでも楽しく生きていかなくちゃ損だろうがよ。この村で何の楽しみもなく畑を耕すのか? もういいだろ、そんなこと」
「よくねえよ!」
ネックが叫んだ。
「お前ら、何をやったか分かってるのかよ? お前らも全員殺してやるからな」
やれやれ、勇ましいことだ。もっとも、別に殺してくれても何ら問題ないのであるが。むしろポポロの手間が省けて好都合なくらいだ。
「ネック、少し落ち着け。敵のペースに乗せられるな」
「ああ、ギーガの旦那の言うとおりだぜ。ガキは黙ってな。これは大人のお話なんだよ。ガキはママのケツの割れ目に鼻突っ込んで寝てな」
これはいい煽り文句だとポポロは感心した。ネックの両親はすでに死んでいる。
ただ、この煽り文句は結果的にももんじゃの寿命を数分ほど縮める結果にしかならなかった。肝心なところで賢くなれる人間(じゃないけど)は珍しい。残念ながら。
次の瞬間、凄まじい雷鳴がしたと思ったときにはすでにももんじゃは神のケツの割れ目に鼻を突っ込んでいた。きっと天国でもその弁舌の才能を生かして神に仕えることだろう、アーメン。
それを契機にして雑魚モンスターの中にパニックが起こった。全員、一斉にグレ太の元へ走り寄ってきたのだ。グレイトドラゴンに集まるモンスターたちは、この状況でなければ牧歌的で心温まる光景だっただろう。目の前の黒いミンチがなければ。
全員がパニックで引き下がったせいで、ミンチはネックやギーガの目の前にさらされることになった。
「この悪魔め。まさかここまでとはな」
「これ、一体何なんだよ?」
そろそろ教えてやってもいい頃だろう。
「ドラキーのハンバーグだよ。みんなで苦労してコネコネしたんだ。味見してみてもいいよ」
「ポポロ、お前……」
「どうしたの? ネックは僕の料理好きだって言ってくれたじゃない。だから――
「もういい加減にしてくれ。こんなことやって楽しいのかよ。人の心を弄びやがって……!」
「うん、すっごく楽しいよ!」
ポポロはいつも通りの笑顔でそう答えた。
しばらくの間、ネックとギーガは全く何も喋らなかった。その間、黒いミンチをそれぞれ個数の異なる目玉で眺めていた。
それから、ギーガが一歩踏み出そうとしたネックを引き止めた。
「どうして止めるんだよ」
「少し作戦を練ろう」
ネックはそういうことか、と思って納得したが、それはギーガの罠であり、また最後の頼みであり、また同時にネックに課した訓練でもあった。
ギーガはバシルーラを唱えた。まさしく驚く間もなく、ネックは月のかかった夜空をどこかへと飛んでいった。
「バシルーラとか使えるんだ。ギガンテスなのに器用なんだね」
「まあな。戦闘で負傷した味方の兵士をとりあえず安全に退避させるために必要だった。あとは火を熾すのにメラも覚えたが、俺の魔法の才能ではそこまでが限界だったな」
「ネックは負傷してなかったのに」
「アイツは完全に逆上していた。このまま戦えば必ず死んでいただろう。だから俺が安全に退避させた」
「けっこう弟子想いなんだね。もっとスパルタ方式なのかと思ってた」
ギーガから見れば自分がやったことは今までで一番厳しいスパルタ式訓練でした。暴力が支配する魔界で、またしても一人になって生き延びろ、というのですから尋常なことではありません。自分がネックの立場だったら、あまりに厳しい仕打ちに恨みを持つかもしれません。
――ひょっとしたら、このまま戦って死なせてあげた方がよっぽど良かったのか……
そんな考えが頭によぎりました。少なくとも、今の二人なら作戦次第で勝てる可能性は極めて低いといえども、ありえない話ではないのです。要は一番弱いポポロさえ殺してしまえばそれでいいのですから。もちろん、そのためにはポポロの周囲にいる雑魚モンスターが邪魔です。ポポロへの攻撃は全て肉の壁が身代わりになることでしょう。もっともそれ以前にシーザーの灼熱の炎で近づくことも難しいでしょう。
だから、可能性は極めて低いのです。
それなら魔界で生き残ることに賭けたほうがマシだと思えました。今のネックは村に入ってきたばかりのひ弱な頃とは違います。この数年間で立派に成長しました。それは戦闘能力だけでなく、ネックの精神もでした。
ギーガはネックに全てを託したのです。今まで村人たちがシーザーと一緒に育んできたもの、全てを。勝手にそうしてしまうのは自分勝手な気もしました。
しかし、シーザーと誓ったのです。この村を全力で守る、と。こん棒を握り締める手に、自然と力が入りました。
ギーガは戦いのさなか、初めて心から神に祈りを捧げました。
ネックを取り逃したのは痛かったが、そのおかげで確実にギガンテスを仲間に加えることができそうだった。いくら肉の壁を用意したとはいえ、ネックのライデインに隙を突かれる可能性もありうる。その危険要素をわざわざ自分から排除してくれたギーガは、思っていたよりかなりいい人なのかもしれなかった。だとすれば洗脳するのも容易いだろう。
とにかくポポロはグレ太に灼熱の炎を吐くように命じた。
グレ太の口から炎が吐き出されると、それは原始の太陽より明るく熱く夜の闇を照らしだした。取り巻きの雑魚モンスターたちは今までに見たことのない圧倒的火力に、早くも勝利の喝采をあげていた。
もちろん、ポポロはこんなもので決着がつくほどギーガは甘い相手でないと分かっていた。案の定、炎の渦が消えた後には汗でびっしょりに濡れたギガンテスが焼け野原につっ立っていただけだった。
「なかなかいい準備運動になったぞ」
なるほど、これから本気を出すってわけか。
「ど、どうするんだ? まさか灼熱の炎が効かないなんて……」
雑魚モンスターの誰かがそう言った。
「効かないなんてことはありえないよ。多分、真空斬りかなんかの特技で炎をそらしただけさ」
「さすがモンスター使いなだけあるな。その通りだ」
「それで、他にはどんな技が使えるの?」
「軍事機密だ。知りたければ使わせてみろ」
「うん、言われなくてもそうするよ」
今度は輝く息を吐かせた。ブレス系は通用しないだろうが、今は色々な技を試したかった。どの道、ギーガからこちらへ遠距離攻撃を仕掛けられるわけではない。今は固定砲台に徹して好機を待つ。それにギーガのあまりに強力な攻撃は、肉の壁など一度に吹き飛ばしてしまうだろう。なるべくグレ太のそばにいるのが安全だ。
ギーガはそれでもブレスの嵐を弾き返していたものの、やがて少しずつ体力を消耗していった。致命傷は避けていたが、ブレスの広範囲攻撃を完全に防ぐことは難しい。フバーハの魔法でもかけておけばもっと楽になっただろうが、残念ながらギーガに魔法の才能はなかった。
あるのは強烈な打撃攻撃、ただそれだけだった。
とにかく、ギーガはかろうじてブレスを防ぎながらその一撃必殺のチャンスをうかがっているようだった。痛恨の一撃が決まれば、恐らくグレ太でもひとたまりもないだろう。
そろそろ来る――ポポロはそう感じた。ギーガの腕や足のいたるところに凍傷や水膨れができていた。だが、まだ戦闘能力には支障はない程度だ。そうやって戦闘能力を温存しておいて――必殺の攻撃を仕掛ける、てわけか。ポポロはそう考えた。
だったら完全に僕の予想通りだね。
チャンスだと思ったのだろう、ギーガが突っ込んできた。
それを見て、ポポロは思いっきりほくそ笑んだ。我慢しようと思ったが無理だった。雑魚モンスターが焼肉を我慢するのと同じくらい無理なことだった。
もうそろそろ仕掛けないとマズイな――ギーガは体の痛みからそう判断しました。ブレス系攻撃というのはそう連続でホイホイ吐けるものではありません。必ず息継ぎが必要です。ギーガは、今その隙間を見計らっていました。炎と吹雪の壁の継ぎ目を。
そしてそのチャンスがやってきました。ギーガはここぞとばかりに踏み込みました。完璧な打ち込みです。戦士の勘で、痛恨の一撃になるだろうということが分かりました。痛恨ならいくらグレイトドラゴンのHPでも死を免れることはできないでしょう。
もしもこの時のギーガにポポロの表情を見る余裕があれば、そのまま踏み込んでいかなかったでしょう。あのほくそ笑んだ表情を見れば、それこそ戦士の勘で何かあると気づいたはずです。しかしこの時のギーガにそんな余裕はありませんでした。
気づいたときには、ギーガの体はガクッと地面に落ち込み、狙いを外したこん棒は地面をえぐっただけでした。
「さあ、グレ太、とどめの灼熱だ」
ポポロが嬉しそうにそう言うのが聞こえました。こん棒で防ごうと思いましたが、体勢が固定されているため、さっきまでと違ってうまく避けることができませんでした。
それでもギーガの技量は優れていたので、何割かは防ぐことはできました。しかし、いくら体力の多いギガンテスでもこれはかなりの致命傷になりました。
「まだ元気なの? いい加減瀕死になってよ」
まだだ、まだ諦めない――ギーガは言葉でなくそう思いました。なんとかこん棒を投げて――しかし肝心のポポロはそれを察知したのか完全にグレ太の影に隠れてしまいました。
落とし穴は原始的な罠ですが、それだけに効果的な罠でもありました。
――そういえばもぐらどもを洗脳していたな……
まさか歴戦の戦士である自分が、いくらブランクがあるとは言えこんな子供と雑魚の罠に引っかかるなんて、信じられないことでした。同時に、自分はこうやって死んでいく運命だったのかもしれない、と思いました。いずれは自分が殺してきたものに殺される、そういうふうに信じていた時期もありました。まさか今さらそれを思い出すことになろうとは、考えもしていませんでした。
グレ太の口がまたしても大きく開かれました。そして灼熱の炎。今度もこん棒の真空斬りで何割かは炎をそらしましたが、かなりが直撃しました。もうほとんど体力は残っていません。
こん棒を持つ手の感覚もなくなっています。もはや上体を起こしている力もなくなって、地面に前のめりに倒れ込みました。倒れる前に地面に手を突こうとしましたが、思い通りに動きませんでした。視界もだんだんボヤけてきました。そのうち、グレイトドラゴンがシーザーに見えてきました。見えただけではありません。シーザーの声で話したのです。
「やあ、ギーガ。どうしたんだい、そんなに怪我をして」
紛れもなくシーザーでした。村を築き上げ、暴力だけが支配する魔界のしきたりに反旗を翻した英雄。
「今日はギーガに新しく村に入ってきた仲間を紹介しようと思ってね。君もきっと喜んでくれるはずだ。こちらへきたまえ」
ゆっくりと影が近づいてきました。
「まだ覚えているかな?」
シーザーが半ばからかうように、半ば嬉しそうに言いました。覚えているも何もありません。やってきたのは死んだはずの戦友だったのです。涙が自然に湧いてきました。さらに後ろにはどうやって戻ってきたのかネックもいます。
「オッサン、心配したぜ。なんだか大変なことに巻き込まれたんだって?」
ああ、そうだよ、そうだった。俺は何かひどいことに巻き込まれたんだ。そしてお前を逃がして勝ち目のない戦いへ飛び込んでいったんだ……口にしようとしましたが、言葉には出ませんでした。しかし、みんな何となく分かってくれたようです。
「もう大丈夫だよ、ギーガ。村のみんなも君が戻って来てくれて喜んでいる。本当に良かったよ」
シーザーの影から村人がたくさん出てきました。それらは皆、きらびやかな陽光を浴びて輝いていました。シーザーも輝いていました。しかし戦友は逆光になっているのか、黒い塊のようでした。
戦友は倒れたままのギーガにゆっくりと歩み寄ると、そっと手を伸ばしました。
「さあ、みんなのもとへ戻っておいで。もう一度村を作り直そう」
シーザーが優しい声で言いました。
「オッサン、何もったいぶってんだよ。ひょっとして立ち合いで俺に負けるのが怖くなったから村に戻りたくないのか?」
ネックが勇ましい声で言いました。相変わらず生意気な奴だな、と思いましたが、今ではそれがどれほどギーガを元気づけたことでしょう。
「ねえ、また皆の農耕具作ってよ! やっぱりギーガさんのが一番なんだ!」
村人が元気よく言いました。
さらに涙が溢れてきました。まだギーガの目の前には戦友の手があります。
――ずっと待っていてくれたんだな……
ギーガはその手をしっかりと握り返しました。
こうして魔界からグレイト・ヴィレッジは消えさった。跡形もなく。
スラ吉はようやく屋敷が燃え尽きたことを悟ると、トリシーの死骸の中から這いずり出た。トリシーにはグレイトドラゴンと同じ、炎と吹雪を無効化する力があった。それが死んでからもそうなのか心配だったが、あの状況ではそれに賭けるしかなかった。
どうやらその賭けにはなんとか勝ったようだ。生き残った安堵感はあったが、まだ警戒心は解いてはいなかった。というのも村人ならざる者たちがそこらへんにいるかもしれないからだ。シーザーがどこに行ったかは分からないが、とにかくまずは村人に見つからないようにシーザーの元にたどり着く必要がある。シーザーなら何とかしてくれるはずだ。
そこまでなんとか考えを整理したところで、すぐ近くから歓声が上がるのが聞こえた。
――ニセの村人たちだ……!
危険なことなのは百も承知だったが、何をしているのか気になった。幸い満月とはいえ周囲は闇で昼間より遥かに隠れやすい。その上奴らは何かに夢中になっているようだった。
スラ吉は絶対に気づかれないように茂みの影伝いに移動しながら――今度気づかれたら何をされるか分かったものではなかった――そっと近づいていった。
スラ吉は驚いた。そこにはニセの村人たちもいたが、探し求めていたシーザーもいたのだ。
(何をしているんだろう?)
切実な不安が突き上げてきた。まさかシーザーも偽物に入れ替わってしまったというのだろうか? もしそうなったら――いや、信じるんだ、シーザーを。あの英雄を。彼が偽物になるなんてありえない。
しかしスラ吉はシーザーの前に出る気にはなれなかった。ただ単に頭でそう信じていたいだけの話だったのだ。そしてそれがむしろスラ吉の寿命を伸ばすことになった。
シーザーの近くにはギーガが倒れ込んでいた。ひどいケガをしているようだったが、すぐにポポロが壺から取り出した薬草類で治療したようだった。
「やったな! これでギーガも俺たちのもんだぜ!」
「俺たち無敵だぜ! こいつらを使えばいくらでも金儲けができるな!」
「イヤッホウーーー! これからの人生バラ色だぜ。もう強い魔物に怯える必要なんてなくなるぜ」
みんな口々に何やら喚いていたが、スラ吉には耐え切れない耳障りな騒音でしかなかった。何をやっているのか、全く想像がつかなかったが、今目の前の光景がとんでもなく不吉で汚らわしいことだというのは何となく肌で感じ取れた。
そうこうしているうちに、怪我がある程度治ったギーガが立ち上がった。
周囲からは拍手が巻き起こった。
ギーガはなぜか片足が地面に埋まっていたようだが、それを無理矢理引っこ抜いて立ち上がった。ギロギロ輝く一つ目は夜空にもうひとつの満月が掲げられたかのようだった。それはスラ吉を射抜いているような気がして、思わず身震いしながら茂みのさらに奥へと身を潜めた。
「あ、そうそう。せっかく新入りが来たんだからさ、みんなで特別焼肉パーティーやろうよ」
ポポロがそう言うと、周囲のモンスターが沸き立った。
「おお! いいぞ、いいぞ。盛大にやろうぜ!」
「さすがポポロさん、やってくれるぜ!」
「おお、これからが収穫祭本番だな!」
一体何をしようというのだろうか? 分からないが、何かの儀式のようなものだろうか。
「村中のモンスターを全部呼んできてよ」
ポポロがそう命じるまでもなく、すでに全てのモンスターは集まってきていた。
「これで全員揃ったんだよね?」
「ああ、そうだぜ」
「本当に? 遅れても知らないけど、もう始めてもいいのかな?」
「ああ、いつだってバッチリだぜ」
「じゃあ、このあたりでちょっと集合してよ」
「ここらへん?」
「うん、そうそう。もっと寄り添って」
「これでいいか?」
「うん、バッチリだよ。よし。それじゃあ、二人とも存分に食べていいよ」
スラ吉にはポポロが何をしたがっているのか全く見当がつかなかった。周囲のモンスターの様子を観察してみたが、いたずらもぐらやイエッタなど、みんなスラ吉と同じようにわけがわかっていないようだ。
「二人共? 二人って誰と誰だよ?」
誰がそう言ったのかわからないが、その直後にギーガのこん棒が振り下ろされた。轟音とともに集団の3分の1くらいは一瞬にしてミンチになった。
生き残った村人たちがようやく何が起こったのか把握しかけた頃、シーザーらしきグレイトドラゴンが灼熱の炎を吐いた。
ゆらめく炎の中を不吉な影絵が踊り狂った。それは絶叫しながらメリーゴーランドのように炎の中をクルクル回ったが、一周するたびにだんだんとやせ細っていった。痩せていくたびに絶叫は徐々に低く、小さくなってゆき、やがて影絵が完全に消えたと同時に炎は闇の中へ消えていった。後にはチロチロと燃える熾火がついた真っ黒な灰だけが残った。スラ吉は気づかなかったが、そのとき炎に赤く照らされたスラ吉はスライムベスのような体色になっていた。
グレイトドラゴンはその灰を砂糖菓子でも食べるように、ひとつずつ食べていった。まごうことなき、本来のグレイトドラゴンの性質。
スラ吉は恐怖し、物音を立てないようにして後ずさった。
――慎重にやるんだ……
そう考えていたが、もはや体は制御不能になっていた。代わりに操縦席に座っているのは恐怖という名の不動の帝王だった。
スラ吉は一目散に逃げ出した。逃げる時に茂みの葉や枝が体に当たって音を立てたが、もはや構っていられなかった。
一歩でも遠く、この惨劇の舞台から遠ざかりたい、そして二度と振り返りたくない――それだけをひたすら念じながら、スラ吉は走った。ただひたすら黒く、宇宙のように真空で息苦しい森の中を。
何か森の方から物音がしたような気がしたが、今のグレイトドラゴンとギガンテスを仲間にして上機嫌のポポロにとっては何ら問題にはならなかった。どうせ動物か何かだろう。そう思っていた。仮に雑魚モンスターの一匹や二匹が生き残っていたからといって、それが何だというのだろう。ただ無視して階段を下りるだけだ。
ポポロの本当の友達も、ポポロが用意してくれた“焼肉”に心から満足しているようだ。この時のために雑魚モンスターを麻薬漬けにして、その体内に麻薬の成分を濃縮させておいて良かった。入念な下準備こそが成功へ至る一番の近道なのだ。
ギガンテスに下半身を潰されたイエッタが、這いずりながら移動してきた。体毛の一部が焼けて黒く縮れていた。相変わらず、長い舌が口からだらりと垂れている。イエッタは最後の力を振り絞って首を持ち上げた。
そしてポポロを見た。
力尽きようとする瞬間、ニュっと手が伸びてきて、イエッタを掴み上げた。その間、蝋人形か剥製のような目をずっとポポロに向けてきた。ギガンテスはそのままイエッタを口の中に放り込んだ。ギガンテスの口から飛び出したイエッタの頭は、窓から身を乗り出しているように見えた。無表情なまま、その目だけは相変わらずポポロを凝視していた。
もう死んでいるはずなのに。
ギガンテスの手がイエッタの顔に当てられた。手で一気に口の中に押し込むと、バキバキと噛み砕いた。最後にあの長い舌がギーガに口から伸びていたが、それもチュルリと吸い込まれていった。
それで、今回の特別焼肉パーティーは無事に終わった。
グレイトヴィレッジ編を書いたことで、もう自分の書きたいものは全部書いたな、と感じたので、これ以上は続きません。一応、最後におまけのような話が一話加わりますが、それで最後です。ちょっと早いですが、今まで読んでくれた方、ありがとうございました。