マッド・トルネコ   作:トラネコ

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場面はまたしてもダンジョン深部に戻ります。



39.ダンジョンの深淵にて

 ポポロの目の前にうずたかく積まれたモンスターの死体の山が、一瞬で燃え盛って灰になった。グレ太の盛大な焼肉パーティーだった。かなり久しぶりだろうから、すごくうれしそうだ。

 もうもうと立ち込める煙。その中には一匹のベリアルが横たわっていた。中々のレアモンスターだ。レアなモンスターは残しておいてくれるように頼んでおいた。今までにもすでに二匹ほどのモンスターを新たに仲間に加えている。やはり戦力は多いに越したことはない。

「クソッタレ……一体何だってんだよ……」

 ベリアルが跪きながらそう言った。膝のところを中心にして、黒い染みが広がっている。きっとトルネコの銃撃が命中したのだろう。

「クソッタレめ! いきなりダンジョンに入ったと思ったら、何がどうなってんだ!」

 えらく威勢がいい。これはもう少し痛めつける必要がありそうだ。

 ポポロのそんな気持ちを察したのか、いつの間にか近くにやってきていたライアンが先ほど拾った棍棒で思いっきりベリアルを打ち据えた。

「イオナ――

 小賢しくも呪文を唱えようとしたが、その詠唱はライアンの棍棒でベリアルの意識ごと切断された。

「これくらいでどうだ?」

「うん、ちょうどいいと思うよ。ありがとう、ライアンさん」

「いや、パーティーのために当然のことをしたまでだ」

 ポポロは地面にうずくまって痙攣しているベリアルの後頭部に、そっと手を置いた。

洗脳は一瞬で、完璧に済んだ。

「ああ、一体どうなってんだ……すごい……いてえよぉ……」少し意識を取り戻してきたようだ。しかしベリアルの視点はまだ定まってない。

「大丈夫だよ、すぐに治してあげるから。ねえ、クリフトさん!」

 いかにも渋々といった表情でクリフトがやってきて、面倒くさそうにベホマを唱え――一瞬にしてベリアルの傷が完全に治った。

「はい、じゃあ皆に紹介するね。今回また新たに仲間になったベリアルさんです、拍手!」

 ポポロがベリアルの手を取って、上に掲げた。ベリアルは先ほどまでの悪態はどこへやら、少し恥ずかしそうに頭を下げながらトルネコその他諸々に愛想を振りまいていた。

 「あ、はい、よろしくお願いします、今日から皆さんの一員として恥ずかしくないよう、一生懸命頑張っていきたいと思います」

「まあ、そんなに緊張すんなって」

 トルネコが緊張でガチガチのベリアルの肩を、肉厚の手で叩きながら言った。

「せっかくだし、ここらへんで他の仲間モンスターも紹介してやれよ」

「そうだね」

 ポポロは短く返事をすると、モンスターの壺を取り出して自慢の精鋭たちを解き放った。

まずはグレ太。

「このグレイトドラゴンは僕のモンスターの中で一番お気に入りの最強のドラゴンなんだ。体力、知力ともに最高クラスで、耐性も抜群。もちろん攻撃面でも尻尾のなぎ払いに噛み砕き攻撃、そしてドラゴンと言ったらやっぱりこれ!」

 ポポロが合図すると、グレ太は灼熱を噴き出した。ベリアルの鼻先をかすめる。炎の熱気によって、向う側の洞窟の壁が崩れかけの肉塊のように歪んだ。

「ちなみにグレ太は普段はおとなしいけど、怒りっぽくてキレると大変なことになるから、少し気を付けてね。ええと、それから」

 次の壺を取り出す。

「お次はスライムナイトのピエール君。彼はとっても真面目で礼儀正しい性格なんだ。回復魔法も使える頼れる万能戦士さ」

「はあ、どうもよろしくお願いします」

「ピエールはいろんな装備ができるんだけど、今はあまりいいのがないから、戦力的には決定力不足かな。器用貧乏って感じ。とりあえず、彼には一刻も早く何かいい装備をさせてあげたいな」

 そこでまた次の壺を取り出した。

「ここからは君と同じ、今日仲間になったばかりの新入りたちだ。でもレベルはすでに上がっているから、君にとってはだいぶ先輩になるね。まずは新入りその一、ホークブリザードのホーク」

 狂暴そうな鳥がベリアルの前に出現した。鳥類はどこを見ているかよく分からないあの目が好きになれない。かなりのレベルがあるようだが、グレイトドラゴンを仲間にしているのになぜホークブリザードなどという微妙なランクのモンスターを仲間にしたのか……確かに強いほうではあるが、せいぜいミドルハイクラス程度の強さだ。レベルは自分よりホークの方がはるかに高いが、強さ的にはすぐに追いつける自信はある。なにせ自分は上位悪魔なのだ。魔王没後の魔界戦争では負け組のヘルバトラーについたせいで所領も財産も失い、それからは不思議のダンジョン潜りで生計を立てる羽目に陥ったが、そうなる前は魔界の貴族だった――地位も実力も両方とも。部下のアークデーモンやミニデーモンたちを指揮して勇敢に戦った記憶を思い出す。あの時は俺も輝いていたな……思い出にひたっている間に、ポポロがもう一匹のモンスターを取り出していた。

 今度はベリアルも目を開いた。

「そして最後に紹介するのがこちら。はぐれメタルのハグリン。仲間にするのは苦労したけど、やっぱりレアモンスターと言えばこれだよね。全ての攻撃を防ぐ万能の盾。パーティー全体の盾になってくれる頼もしい存在なんだよ。以上でモンスターの紹介を終わります」

「オイオイ、肝心なのを一匹忘れてるぜ」トルネコが言った。

「俺たちの“命の恩人”を紹介しなけりゃな」

 ポポロもすぐに気づいてまた新たな壺を取り出した。

 こいつらの“命の恩人”と聞いてどんなモンスターが出てくるのかと期待していたが、まさか出てきたのはももんじゃだった。こんな雑魚モンスターが最後に登場するとは予想外だ。確かにレベルだけはマックスまで育っているが、元々弱い上に上限レベルも低いことも相まって今の自分より弱い。こんなモンスターが“命の恩人”と呼ばれていることに若干の不安も感じたりした。もうどうしても負け組にだけはつきたくない。こいつらが弱いのなら……いや、そんなことはあり得ない。自分は手も足も出ずに降伏した相手なのだし、今までのモンスター軍団を見ても最強と言ってもいいくらいだ。魔王とすら張り合えるだろう。

 きっと今までに何かあったに違いない。ダンジョンではどんな不思議も起こりうる。それかただ単にペットなのだろうか? 最初に仲間にしたモンスターを記念に置いておく魔物使いもいる。色んな考えが頭の中を巡ったが、ふと気が付いてみるとももんじゃが足元にいた。丁寧にお辞儀をしている。ももんじゃは見た目の割に好戦的で狂暴なのだが、このももんじゃはよく飼いならされているようだ。

 自分も思わずお辞儀を返した。

「まあまあ、仲良くやってくれや」トルネコが言った。

「それよりもよ、とりあえずお前さんの名前を決めておこうじゃないか」

「う~ん、そうだなあ……単純に『べリア』でいいんじゃないかな。あまり変な名前を付けても覚えづらくなるだけだし」

 それには全員が消極的に賛同してくれた。代案もないし、覚えやすいという点ではその通りだからだ。特に向う側に見える双子の人間の姉妹はめんどくさそうな顔をしていた。それか自分の前の名前を言おうかと思ったが、不思議とそれだけは思い出せなかった。親の名前も友人の名前も全て思い出せる。しかし自分の名前だけは思い出せない。

「べリア、君の名前はべリアだよ」

 そう言われて自然と跪いた。それはベリア自身も意識した行動ではなかった。

 ポポロがベリアの額に手をかざし、もう一回名前を言った。

 なぜだか心の中が安心感で満たされ、充足した気分になった。以前の自分には欠けているものがあった。それを今、この人が与えてくれたのだ。俺の名前はベリア。今はもう、それ以外の何者でもない。

 

 

 悪魔神官はどっかりと椅子に腰を下ろした。落胆しているのか、疲れているのか、怒っているのか、あるいはその全てなのか、無表情な仮面の上からでは何も分からない。

「部屋の明かりを消しなさい」

 声にも全く抑揚がなかった。多分、少し機嫌が悪いのだろう。そう勘ぐりながらアークデーモンは言われた通りに部屋の明かりを消した。狭い部屋は一瞬にして、無限の真っ暗な空間となった。ほどなくしてから、机の上に置いてあった水晶玉が光り始めた。はじめは弱く、脈動しながら、だんだんと明るくなっていく。悪魔神官は水晶玉に手をかざしてブツブツ呪文のようなものを唱えていた。

 呪文の詠唱が終わると、光の脈動が止まった。そして水晶玉の上の空間に、突如として人間の上半身が浮かび上がった。見た感じはどこにでもいそうな普通の格好をした女にしかみえない。ハイミドル階級の主婦、といったところだろうか。

「ご機嫌麗しゅう、マダム」悪魔神官は慇懃に頭を下げて言った。

「堅苦しい挨拶は抜きにして、本題に入りましょう。頼んだ仕事はうまくいったのかしら?」

 悪魔神官は顔をゆっくりと上げた。

「いいえ、残念ながら。あと一歩のところまで追いつめたのですが――

「そこからがしぶとかったんでしょう?」女が割り込んできた。なぜか失敗したのに嬉しそうな口調ですらある。

「ええ、まあ、そうです。あと一撃、というところでうまいこと逃げられてしまいました」

「あなたが開発したキラーマシンは? あれの戦闘能力には期待していたのだけど、実際に使えそうなの?」

「敗れはしましたが、かなりの戦闘能力で相手に重傷を負わせました。試作段階ではまずまずといったところだと思います。さらに今解析したところチップも無事だったようなので、さらなる改良を加えることもできます」

「それにはいくらかかるの?」

「製造費も含めて二、三千万ゴールドあれば十分かと」

「量産化には?」

「私にはそこまでは分かりかねます。原材料の調達費や人件費などで変わってきますから」

「魔界ではどれくらいなの?」

「さあ、私は専ら研究職なので会計の方は……ただ、聞いたところによるとおおよそ数百億ゴールド程度でしょうか。さらに特殊な技能を持つ専門家や技術屋も必要ですし」

 女はそこで何も言わなくなった。多分、先の悪魔神官の答えから、自分の事業にどれだけのコストがかかってどれだけの利益を生み出せるか、暗算しているのだろう。事業家にとって事業とは子供のようなものだ。出来がいいのか、悪いのか、きちんと予測して必要なら事前に教育しておく必要がある。長考していることから、ずいぶんと教育費が高くつく事業のようだ。

「あなたにもう一つききたいことがあるのだけど。キラーマシンは魔法使いに対してどう戦うの?」

「魔法使い? ダンジョンに潜っているのは商人と戦士だけでは?」

「事情が変わったのよ。あの人、どうやったのか知らないけど元の勇者ご一行のメンバーをまた集めて、ダンジョンに潜ったそうなの」

「またまた珍しいことがあるものですね。ですが変わりませんよ。キラーマシンの戦い方というのは、目標を見つけたら最短距離で排除します。たとえ相手が誰であろうと」

「つまり、勇敢だけどワンパターンな戦いしかできないのね」

「ええ、まあ、おっしゃる通りですね。ですがどちらかが死ぬまで動きを止めることはありません」悪魔神官は渋々認めた。

 自分もあの戦いぶりを見ていたが、あれは勇敢とは違うと思う。恐怖心が元々ないものが勇敢になどなれるはずがない。あの無表情を見ているとまだ悪魔神官の方が愛嬌を感じるくらいだ。

 それからはアークデーモンにとってはよく分からない会話が続いた。

「戦術思考AIの強化は?」

「トライ&エラーでデータを集めるしかありませんね。そのデータは魔界のキラーマシン製造大手3社で独占しており、今からそこに食い込むには――

「特技の習得は?」

「新たにチップを搭載することである程度可能です。さらにチップ容量に余裕があれば、特技は後からでもある程度習得可能かと」

「今からじゃ時間がないわ。手っ取り早い方法はないの?」

「そればかりはなんとも……チップの増設にも限度がありますし、あまりチップが大きすぎると故障の原因にもなります」

「手頃な兵隊だと思っていたのだけど、けっこう手間のかかることね」

「ええ、魔界では子育てより大変だと言われていますよ」

「まだ子供のほうがマシだわ。子供はほっといても育つもの。これなら普通の冒険者を雇った方がいいかしら?」

「冒険者は集まっても言うことをきくかどうかわかりません。所詮人間ですから。しかしこいつの忠誠心は絶対です。裏切ることを知らないのですから。それに戦闘能力も並みの冒険者より遥かに上ですし、いくらでも強化できます」

「それにはずいぶんお金がかかるみたいね」

「まあ、何事も先行投資が重要かと思われます」

「先行投資でケチる奴はいい収穫祭を迎えられない」

 女が呪文のように呟いた。それは最初、まさしく呪文にしか聞こえなかった。

「はい? 今、なんと……?」

 どうやら悪魔神官も同様のようだった。

「いいえ、まあ、こっちの話よ」

 女は腕を組みなおすと、大きく息を吐いた。もうこいつ、決心したんだ――アークデーモンがそう思った瞬間に、女は口を開いた。

「チップの改良に量産化、全部お願いするわ。お金はいくらかかってもけっこう」

「はい、わかりました。しかし、ずいぶんと大盤振る舞いですね」

「改良・量産化の準備段階として100億ゴールドほど銀行口座に振り込んでおくわ。詳しい技術的な話はすぐに専門家と担当の人間を派遣するから、そっちと話し合ってちょうだい」

「仰せのままに」

「念を押すようだけど、お金はケチらなくていいから。いくらかかってもいい。いくらかかってもいいから、あの人たちを確実に始末できるような精強なマシン軍団を作り上げるのよ」

「言わずもがな、ですね」

「それじゃあ、私を満足させる結果を待ち望んでいるから」

 女は女神のようであり、また破壊神のようでもある笑顔を浮かべていたが、やがてそれもだんだんと薄くなっていって闇の中へ溶け去っていった。しばらく沈黙が続いた。

おかしいと思ったアークデーモンは照明のボタンを押した。明るくなった部屋に、闇に慣れた目が少しくらんだ。

 もうすでに、悪魔神官の姿は見えなかった。

 




とりあえず、今まで読んでくれた方、ありがとうございました。
また気が向けば続きも書きたいとは思いますが、その可能性はほとんどないでしょう。
無限に遊べる不思議のダンジョン、ということで、終わりにしたいと思います。
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