――翌朝――
トルネコたちは突然の事態に直面していた。
「そっちはどうだ?」
「駄目だ。完璧に包囲されておる。なんとか切り抜けられる確率は五分五分といったところか……」
「クソッ……やっぱ昨日の『夜のお楽しみ』がダメだったのか。奴ら、完全に頭に来たようだな」
二人の本日の目覚めは一本の矢から始まった。
見張り役のトルネコが寝込んだ隙を見計らって、リリパットたちが奇襲を仕掛けてきたのだ。幸い、一発目はトルネコの最も皮下脂肪のブ厚い場所に刺さったため、大した怪我にはならずにすんだ。その上、敵の奇襲にも早くに気付くことが出来たために、第2波もなんとかやり過ごすことができたのだ。一旦奇襲に気付いてしまえば、後は大したことはなかった。並みの冒険者であればハリネズミにされたとしてもおかしくはなかったが、現在の二人の強さと経験は、リリパット達を遥かに凌駕している。
とにかく、トルネコとライアンは別々に動いて矢を躱わしながら、間合いを詰めて一体づつ、リリパットたちを倒していった。
戦いが終わって二人が元の場所へ戻ってきてみると、トルネコが何本もの矢を受けて針山のような格好になっているではないか。どうやら矢を避け切れなかったようだが、全てトルネコ自前の肉の鎧が盾となったおかげで、致命傷に至るものはないようだ。
「ゼェ、ぜぇ……クソッ、朝っぱらから手間かけさせやがって……これで全部倒したのか?」
針を一本ずつ抜きながらトルネコはたずねた。こういうことは軍事専門家であるライアンの方が詳しい。
「おそらく、何匹かは逃げただろう。もう奴らの射程圏にはいないし、奇襲してきた群れは全部追い返した。だが安心はできん。依然、包囲された状況には変わりないのだからな」
「しかたねぇな。とりあえず、レミラーマ草と地獄耳の巻物を使おう」
「なるほど、敵情を把握して最も手薄なところを切り抜けるということか
「いや、違う。全部、ブッ殺すんだ。こいつでな」
ご自慢の2番アイアンを指しながら吐き出すように言った。
「一匹残らず、だ」
調べた結果、どうやらモンスター達は、トルネコがいる部屋の周囲の全ての部屋に布陣しているらしかった。このような場面は通常のモンスターハウスでは絶対にありえない。モンスターは種族ごとに分かれており、その中でもさらに様々な種類に分かれるのだ。しかも、モンスターは極度な自由主義であり、このように団結することなどまず普通にあり得ない。それも二人の冒険者相手なら、尚更ありえない。
これだけの数をまとめようと思えば、モンスター爺さんが100人いてもできるかどうか怪しいものだ。
とにかく、敵軍突破を諦めるのなら、一匹づつ確実に仕留めていく――思いつく戦略はこれしかない。そのために、トルネコたちは用意してきたゴルフボールのほかに、大量の小石を用意した。
そして、最初の小石をセットし思いっきり振りかぶると――第一球を豪打した。
「やはり、あのスライムを追い出さなければ良かったな……」
今やモンスターの大軍を率いるリリパットの指揮官がそう呟いた。
「しかし、もう既に終わったことを悔やんでも仕方があるまい。スライム一匹で変化する戦況でもあるまいし、それにここから出て行ったのは半ばそのスラ吉とかいうスライム自身の意思でもある。今さら気にする必要は全くないだろう」
さまよう鎧特有の、鎧の中で反響した木霊のような声が聞こえる。
「だが、その先にいる『奴等』のことを唯一知っているものではあったがな。もしスラ吉の情報がもっとあれば……さっきの奇襲で仲間を失わずに済んだのかもしれん……」
「それは自らを責めすぎではないか? 何せそのスラ吉とかいうものがここに来たときは、すでに半狂乱状態だったと言うではないか。私が人づてに聞いたところによると、『青髭の魔人が破壊をもたらす』だとか『地獄の商人が最後の仕入れにやってくる』だの、エセ預言者めいた妄言を繰り返すばかりだったというが……」
「あぁ、本当だ。だが、今となってはその予言が真実を語っていたらしいな。おかげで下の部族に援軍を頼まねばならなくなった」
さっきから、ずっと通路の暗がりを凝視してリリパットの指揮官は話をしている。
「……我々は、あの後スラ吉の汚れた体を洗い、食事を施した。にもかかわらず、まさか食料庫に侵入し火を放とうとするなど……あれさえなければ何も追い返すことはなかったのに……」
そう語るリリパットの指揮官の視線は、相変わらず通路の奥の闇に注がれていた。そうしていればトルネコの姿がここからでも見えるかのように。ここで、黙って聞いていたさまよう鎧が口を開いた。
「確か、『やつら』を兵糧攻めにするつもりだったらしいではないか、本当か?」
「あぁ、確かにスラ吉はそう言っていた。最初は何を言っているのか訳が分からなかったが、今となっては彼がそう言うのも分かるような気がする」
「私にはさすがにそれは大げさな気がするが……何しろ、これだけの数が集まって団結しているのだ。個々の強さもスラ吉がいたフロアとは桁違いに強いといえるだろうし、その上全ての出口をこうして完全に包囲している現在、『やつら』は兵糧攻めにされているに等しい。それも、ひとえに貴公の作戦と指揮力によるもの。おそらく、最も少ない犠牲で『やつら』を倒せることだろう」
「そなた程の歴戦の勇士にそう言ってもらえるのなら……まだ少しは救われた気分になれそうだ……そういえば、ここの者達を束ねるときも随分と助けてもらったな」
実際に、このリリパットが全軍の指揮官に推されたのには2つの理由があった。
一つは、トルネコとライアンのダンジョン内での暴虐、そして『夜のお楽しみ』の犠牲になった2人のリリパット。2人とも服がちぎれており、一目ですぐに犯されたのちに惨殺されたというのが分かった。
そしてもう一つが、さまよう鎧が真っ先にリリパット達の指揮下で戦うと約束したことだ。リリパットは死体が発見されると、すぐにフロア中のモンスター達に、種族の壁を越え一致団結して戦うことの必要性を必死に説いた。
だが極端なまでに自由を好み、また個人主義者であるモンスター達は、半ばその必要性を認めつつも自ら積極的に行動しようとはしなかった。キメラたちも内心ではなんで俺たちがリリパットのために戦わねばならないんだ、と考えていたし、きめんどうしも日課の昼寝の方が大事だと思っていた。もちろん、口や表情には出さないが……
そのせいでリリパットの演説がおわった後は、誰も喋ろうとしない、誰も、何の返事もしない重苦しい沈黙に包まれてしまう。皆、肯定することで困難を抱えることを憂い、また、否定して悪者になるのも嫌だったのだ。
それを打ち破ったのがさまよう鎧である。
彼は、たった一人であっても自分はリリパットの指揮下で戦うこと、義はリリパット一族にあり、それにはこのフロアにいる全モンスターの尊厳がかかっている、そして、この状況を看過するものには個体としての尊厳すら有り得ないということを、切々と説いた後、証拠としてリリパット一族に跪いて拝剣の礼まで行ったのだ。
これにはさすがのモンスター達も隠しきれぬ衝撃を受けた。
さまよう鎧はモンスターの中でも、最も自己の誇りに忠実であり、ましてや上からの命令に従うなど、その誇りが許すわけがなかったのだ。ところが、そのさまよう鎧が真っ先に自らの誇りの象徴でもある剣を捧げ、(この戦いのみとは言え)命を預けて戦うと誓ったことで集まったモンスターの心境は一変した。
ここまでされてしまうと、もはや罪悪感と呼んでもいい感情が湧いてきてしまうほどだった。
こうして共に戦うことを約束したモンスター達であったが、いざトルネコの周囲の部屋に分割して配置してみると不安になるほどの数になってしまった。しかし、話を聞きつけた残りのモンスター達が続々と集結し、結果的にモンスターがモンスターを呼ぶことになって、今までに無い数のモンスター軍団がここに結成されたのであった……
「まぁ、いずれにしても『やつら』の手持ちの兵糧はそれほど遠くない未来に尽きるだろう。そうなれば必然的に我々が待ち構えているところに突撃せざるを得ない……『やつら』も必死だろうから、少なからぬ犠牲は出るだろう。だが、現時点で最も成功する可能性がある作戦だ」
「あぁ。だが……それでも……それでも、また犠牲者が出てしまうのか」
リリパットの指揮官は未だ暗闇に注がれていた。
「それはある意味、仕方ないだろう。だが、こうやって団結して戦うことで全員が犠牲になることは防げるだろうし、下のフロアの者も守ることにつながる。最終的には、最も少ない犠牲ですむだろう」
「だといいのだが」
「いいや、絶対に防いで見せる。どうも今日はあまりに多くのことが起こってしまったらしい。貴公もだいぶ疲れているから悲観的になっているのだ。心配しなくても、『やつら』はまだ出てこないし、少し休んだ方がよかろう」
「……確かに、少し気が張りすぎていたようだな。それでも、下にやった使者が援軍を連れてくるまではこうしているつもりだ。指揮官がおいそれと休むわけにはいかないだろう?」
そういってようやく闇から目線を逸らし、傍にたたずむ、さまよう鎧を見上げたときだった。何か言おうとした(おそらく、ねぎらいと希望の言葉だったのだろう)さまよう鎧の首が一瞬で消えて吹き飛び――次に鼓膜を,とてつもなく大きな鋭い金属音が震わせた。もう少し強ければ、鼓膜ばかりか脳まで揺らされて気絶していたかもしれない。
部屋中の全てのモンスターがさまよう鎧(の今はなき頭部)に注がれている――木霊のような残響だけが幽かに聞こえる中で。
時が止まったかのように全員が呆然としている中、第2撃目は首なし鎧の真ん中を貫通し――同じように大きな鋭い金属音――やがてさまよう鎧の胴体はお辞儀をするかのようにゆっくり倒れ、数秒間、拝剣の礼を取ったと思うとそのまま地面にうつ伏せになり――ドシンと地面が揺れる――もう2度とさまようことはなくなった。
「ないっしょ~ッ!!」
勢いよく飛んでいった小石はダンジョンの奥の暗がりへ吸い込まれていく。ライアンはただトルネコの側で、畑に突っ立ている案山子のようにその作業を見守っていた。クラブの先で、小石の山から石を一個だけ取り出す――足元に運ぶ――打つ――腹の周りの肉が揺れる――さっきからずっと同じ作業を繰り返していた。
「ヒャハ~! ホールインワンだぜ!!」
「トルネコ殿……」
「ん、何だ? 急に」
小石を打ち出す手は止めずにそう答える。
「本当に、命中しておるのか?」
ライアンが疑ったのも無理からぬ話だ。何せ向こうのモンスターがいる広間まで、少なくとも200メートルはあるのだから……仮にライアンが地獄耳の巻物を読んだとしても、次々と消えていくモンスターの反応に我が目を疑ったことだろう。
「心配すんな、間違いなく命中しているって。オレの2番アイアンにとっちゃあ、300ヤード以内はパターだ」
そう言うと、トルネコはセットされた小石に向かってクラブを打ち下ろした。
「落ち着け! 各自持ち場を離れるな!」
だが一番動揺していたのは、そう叫んでいるリリパット本人であるかもしれない。広間は、早くも阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。いたる所にキメラや鬼面導師、スライムナイトなどのモンスターの血糊が、巨人がコップからこぼしたかのように撒き散らかされていた。
(何なんだ、これは……?!)
流星?メテオ?異常気象?一体何をされているのかも分からない……
今、自分の隣を走って逃げようとしていたきめんどうしの背中に、何か(多分、小石か何か……少なくとも、自分にはそうみえる)が高速で激突し、そのまま腹を突き抜けて今度はキメラの翼を根元から折って羽と血を撒き散らした後、すでに頭を吹き飛ばされていたゴーレムの腹にねじり込んで止まった。
「ヒャハ~ッ!!さっきのは一発で2匹吹っ飛ばしてやったぜ!!やっぱバーディーを取ると気持ちいいな!!」
モンスター達は早くも潰走を始めた。恐らく敵が最初から肉弾戦を挑んできたのなら、多大な犠牲を払うことになっただろうが、それでもモンスターたちが勝っていただろう。
だが、全く予期しなかった遠距離からの攻撃で意表を突かれた上、訓練も何もしていなかったせいもあってか、軍勢は脆くも崩壊した。
例のリリパットも、足に跳弾を喰らってもはや立つことすら出来ないでいた。
もちろん、そうなる遠の昔に指揮系統は完全に機能不全に陥っている。これでは、例え肉弾戦に持ち込めたとしても負けてしまうことだろう。ただ単にモンスターがたくさんいるだけで、団結していないからだ。
「ナイッッショーーー!!通路に入ってきたヤツを跳弾でまとめて倒してやったぜ!!一発で4匹始末したから……アルバトロス!やった!不思議のダンジョン初!アルバトロス!!ひゃはははははッ!!!!」
リリパットは地面にうつ伏せになったまま、起き上がることも出来ないでいたが、(今や両足に弾を喰らっているのだから仕方があるまい)まだ使える両手で地面を這って、血の海に浮かぶ岩塊の趣すらある、ゴーレムの残骸の元へたどり着いた。下から眺めるリリパットは血だらけであったが、そこに立つ岩の塔は、場違いなまでに美しく、威厳があるように見えた。いや、むしろ、こんな状況だからこそ、そう見えたのかもしれない。リリパットの頭には、子供のときに聞いた昔話に出てくる塔をそこに見出していた。最後の力を振り絞ってゴーレムの残骸に手をかけ、体を起こす。そしてゴーレムの胴体に空いたクレーターの中に手を突っ込む。
塔の中から出てきたのは、何の変哲もない、ただの一個の小石だった。
と、ついに両腕の力が尽き、体を支えきれなくなって、元の血の海に沈む。大分まえから意識が朦朧としてきてはいるが、それでも何度見ても、これは、ただの小石だ……
とすれば『やつら』はとてつもない武器を持っていることになる……
これに対抗できるのを挙げるとすれば、リリパット一族に代々伝わるあの武器しかあるまい……だが『アレ』は使い手の技量を相当選ぶものであり、今のリリパットで使えるものは誰もいないのだ……
「くそ……黄金の弓さえ使えたなら……」
あまりの不甲斐無さに思わずそう呟いたときだった。
どこからともなく飛んできた小石が壁に当たり、地面を跳ね返って血の海に立つ塔の背面に命中した。そしてそのままゆっくりと、スローモーションにでもかかったかのようにゆっくりと、塔は痛みをこらえるかのような表情でリリパットがいる方向へ倒れ落ちた。
「あアーッ!くそッ、外しちまった!!本日二度目のボギーだぜ……」
こうして、モンスター軍団は逆にトルネコからの奇襲を受けて、無残にも敗れ去った。
その後、トルネコは残ったモンスターの残骸を集め、合成の壺へ放り込んでいった。一般人からみれば、その光景は死体を漁るハイエナにしか見えないだろう。
一通り死体を集め終えると、屠殺場を後にしてダンジョンのさらに奥へと進んでいく――例の闇商人に会うために。そこでさらに強力な武器を手に入れ、さらに多くのモンスターを殺戮するために。そして、その先にある、莫大な富のために。