二人は、今や無人の原野と化したダンジョンの中を、ただ黙々と歩んでいた。
それにしても、とライアンは思う。まさか自分が薄暗く湿ったダンジョンの通路を、いい年したオッサンと二人っきりで探索することになろうとは……一体このことを誰が予測できただろう?――あの無敵の軍団長、バトランド王国史上、最高の武勲を挙げた男とまで言われたのに、今やこうして社会の底辺に、貧者の流刑地とまで呼び習わされているところにいるのだ……
ライアンの出自は武家でも貴族でもない。上流階級とは何ら関わりなどなかったが、それでもここは最悪の場所だと確信できた。
こんな場所へ来たのも、運命の導きなのだろうか?
少なくとも、ライアンは栄光と勝利の塔を運命の手に導かれながら頂上まで登りつめた。そして運命はその足で塔を蹴り倒し――またしても運命に導かれて、今度は闇商人の元へやってきたのだ。
ライアンは最初、闇商人という言葉の響きから怪しげなフードを被った中年の男を想像していた。それにトルネコの言うところでは、冒険者を引退してこの商売を始めたというではないか。その情報によって、もしかしたらお爺さんに近い年齢かもしれないとすら考えが膨らんでいたが、今トルネコと商談を繰り広げるその男は自分よりもずっと若く、トルネコの子供だと言ってもいいくらいの年齢だった。見た目から判断するに20代前半だろうか。
「オイオイ、確かに強力な毒物だけどよ……あんたの要求する武器とは交換できんぜ。俺がブツを手に入れるのにどんだけ苦労したと思ってるんだよ……」
若者は頭に被った編み笠を傾けて言う。着ているものも、ここら辺で着られているような普通の服ではなく、異国――それも遥か東方の国で用いられている服を着こみ、肩には白いイタチを乗せている。
もしかしたら冒険者を辞めたというのは嘘かもしれない(この2つの職業がはっきりと分けられるのかどうかも怪しいが)。こんなリスクの高いダンジョンで商売をしようと思えば、『普通』の商人では到底無理な話だ。まぁ、半分引退、といったところか。
「な~にが『苦労した』だよ。実際にブツを仕入れるのはあの『ハゲ』のやるこったろう。アンタはそれを買ってここで売ってるだけじゃねえか。仕入れ値はいくらだ? もっと安くしてくれよ。オレだってこんなところにまで来て、予備の金なんて持ってねぇよ。それに、この毒物だって苦労して手に入れたんだ。苦労したのはお互い様だろ?」
「あんたなぁ……あんたにとってはただのハゲかもしれないけど、俺達風来人の間じゃあ、すっげえ尊敬されてるし、信頼も厚い。あの方は俺らにとっては父親同然とまで言える。だから、皆はあの方のことを『イソノ家最後の一本』て呼んでるほどなんだ」
「へぇ、そうかい。まぁ、その『最後の一本』の話は置いといて……売ってくれるのか、どうなんだ?」
「じゃあ、あんた知らないのか?」
「何をだ?」
「本当に知らないのか? 冗談で言ってるんじゃないよな?」
笠を被った男は信じられないという目で(半ば笠で隠れて見えなかったが)トルネコを見つめる。
「オレはそんな面白くもない冗談は言わねぇだろ」
「そうか……いや、実はな……その『最後の一本』が引退してこの業界から完全に足を洗ったんだ」
トルネコも驚いていたが、今ここに来て初めて名前を聞くライアンにも、その驚嘆の何分の一かは理解できた。といっても、それはローン返済について喧嘩する両親の話をこっそり聞いた子供の理解力と似たようなものであったが。
「それまた急な話だな……なんで引退なんかしたんだ? 米軍からの物資の横流し――かなりウマ味のある商売だったんだろ?」
「地元警察の大規模なガサ入れさ。捜査の手から逃れるために、住所も変えて完全に足を洗っちまった」
「それでもよぉ……今までの在庫とかなんとか、なかったのかよ」
「そんなのとっくの昔に尽きたね。というより、サッサと売り払ってどこかに行ってしまった。これで分かっただろ? 俺がブツを仕入れてくるのがどれだけ大変だったか」
「オイオイっ、だからってこっちも予備の金は持ってねぇんだよ」
「まあまあ、俺も冒険者だったから、話は分かる。そこでだ、どうせ武器を買うんだから、その、あんたが今背負っているヤツ、その武器をつけてくれるんなら、こちらとしても取引に応じてもいい」
「ちッ……しゃあねえなぁ。けっこう気に入ってんだから、大事に使えよ。それと、こっちだって愛用の武器をつけるんだから、アンタも何かオマケしてくれよな」
「わかったよ。ちゃんとオマケしてやるから、今後ともよろしく頼むぜ、トルネコさんよ」
「ああ。こっちからも末永くよろしく、だぜ、シレンさんよ」
その後、細かい話を二人だけでしたあと、トルネコとライアンはシレンに別れを告げて階段を下りていった……
ちょっとパロディに走りすぎましたねぇ……