トルネコ達は長い通路を踏破し、ついに玉座の間(勝手にトルネコがそう呼んでいるだけだが)らしき場所に到着した。そこの天井は天を型取ったように高く、見知らぬ星座が描かれていた。特にライアンは軍団長でもあり、それ以前は元猟師だったこともあってか、こういった気象天文に関する知識を一通り備えていた。
「「………誰だ?」」
ライアンはこの巨大な遺跡そのものが喋ったかのように錯覚した。
「そっちこそ誰だよ?」
だが、トルネコにとってはそんなことはどうでもいいようだ。あるいは計算済み? あるいは、勇者との冒険に慣れきっていて、この程度では何とも思わなくなっているのか?
「私の名は……ゾーマ。だがそれは昔の自分……今はゾーマだったもの。そしてゾーマになろうとして眠りにつく者……」
「ゾーマさんよぉ、アンタに一つだけ頼みがあるんだがよ」
ライアンはこの会話に二重の意味で驚いていた。このゾーマの定型とも言える演出によってもたらされた、少なからぬ畏れと、それに全く動じずに図々しくも他人の寝室に土足で上がりこんで取引を持ちかけるトルネコの胆力に。
「「何だ? 余の墓守になりたいのなら、大歓迎だがな」」
「アンタの体に巻いている包帯、少しでいいから分けて欲しい」
「ハハハ……何を言い出すかと思えば。どうやら、お前も墓荒しのようだな。そしてここまできたということは、余の大切な墓守も今では墓の下にある、というわけだな」
セリフの端々に、ゾンビが持ちえない、ある種の刺々しさが含まれているのがライアンにはハッキリとわかる。
「もちろん、世界樹のエキスに浸した年代モノだから、タダでくれとは言わねぇ」
「「クク……なかなか見上げた商魂だな。まさしくお前の言うとおり、今、余が身に巻いているのは世界樹特製の包帯…おかげで肉体も精神も長きにわたって保存されておる。」」
「「だが」」と続ける。
「「今、余が欲しいものは商人との取引で手に入るようなものではない。それでもあえて言うならば、そなたらの命ぐらいか……」」
「残念ながらそれは取引できないね」
「「別に命そのものをくれとは言わん。ここの墓守を倒してここまで来たことだけでもよくできたものだ……人間の割りにはな。どうだ、人間よ、余の配下にならぬか? ただのゾンビではなく、そなたらのような兵を欲していたのだ」
「そいつぁ、お断りだ。」
「「何だと? もう一度よく考え直せ。余さえ復活すれば、そなたらは余に次ぐ地位を持つものになれるのだぞ?」」
「もう、誰かに使われる立場にはうんざりなんでね。それに、復活したら真っ先にオレたちを消すつもりなんだろ?」
「「なかなかの洞察力……本当は吸収して余の一部になってもらうつもりだったが、むしろ惜しいな。そのときは他の者を代わりに吸収することにしよう。復活すればあとはいくらでも自由なのだからな」」
ライアンはこの話のやり取りを聞いて、突如としてとてつもない不安に襲われた。
ゾーマと言えば、遥か彼方の昔のそのまた昔、ほとんど伝説といっていい範囲に出てくる魔王の名前で、世に定期的に出現する魔王の中でも、実在すると考えられる最初の魔王である。もし……もしこれが本当にあのゾーマなら、死んでゾンビ化しているとは言え、かなりの魔力を有していると考えられる。当然、こんな草臥れた戦士と商人二人でどうにかなるような相手ではない。そして、この話の流れから察するに、戦うことになるのは自明の理……
「どうしても譲ってくれないのかねぇ」
「「お前たちこそ、余の要求を受け入れられぬのなら仕方がない。せめてお前らが殺した墓守の代わりにしてやろう」」
それっきり、数秒間、全くの沈黙が玉座の間の、つかの間の支配者になった。だがそのたった数秒間はライアンにとっては何百年と続く腐敗した王朝末期の圧政のごとく、皮膚に重くのしかかってくるように感じた。
その王朝は、部屋の中央にあった祭壇から生じた轟音と――勢いよく飛び出した、褐色の巨大な積乱雲によって儚く崩壊したのだが。
侵略者が残した銃痕は左足だけでなく脇腹にもあったが、幸い2発とも致命傷には至っていない。全て急所を外れていたのだ。といっても、どの傷も1cmずれていれば、今頃バーサーカーはこの世に存在できなかっただろう。
このギャンブラーが欲しがるような類まれな幸運を、しかし彼は全く幸運のおかげだとは考えていなかった。
運ではない。戦士の力量が引き寄せた当然の結果だ。
少なくとも、たとえ幸運の女神が目の前に現れようとも、本人はそう考えていた。
あの商人が持つ武器は確かに強力だ。だが、所詮、武器というのはどれだけ進歩しようと、使い手の影響から逃れられる代物ではない。
冷静な心で武器を支配する者だけがその武器を使いこなせるのであり、武器を過信するものは逆に武器に振り回される。そういうものなのだ。
少々(というかかなり)痛かったが、体内に残った最後の弾丸を摘出し、壁にもたれかかり、しばし戦士の小休止を味わいながら作戦を巡らせていた。
いや……そのようなことを考える必要は、ないかもしれない。
というのも、普通の冒険者ならこの時点で下のフロアへ脱兎のごとく逃げ去っているであろうからだ。今までの戦闘経験からそれは確実といえる……
そう、確実と理性の分析では言えたにも関わらず、心の奥底で否定しようのない嫌な予感……海底のヘドロのように払拭しがたい、ある種の虫の知らせを感じずにはいられなかった。
そのとき、バーサーカーの精神にこのフロアの主の声がテレパシーで送られてきた。
――全ての忠実なる墓守たちよ、蒼穹の間へ集え……――
主人のテレパシーはそれだけだった。必要最低限の言葉だが、それだけで主人が戦っている相手が『やつら』であることは瞬時に理解できた。
そして、自らの戦士の予感が計らずも的中してしまったことも。
「「フン、何か策でもあるのか? 随分と余裕そうだな、人間よ」」
「あばよ」
躊躇などミジンコの鼻毛ほどもなかった。
まあ、机上の交渉はすでに決裂したのだから、あとは戦場での決闘以外にこの世での解決策は残されていない。
魔王によくあることとして、ゾーマはこの戦場を一種の神聖な――といっても子供が砂場を縄張りにしているのと同じ程度の神聖さだが――場所だとみなしており、そこでは自らと強者どもとの戦いという至高のエンターテイメントが繰り広げられ、互いに最高のスリルと全ての賭け金、そして永遠のドラマ性を兼ね揃えた魔王唯一の劇場活劇が――自らが監督・主演・脚本を兼ねて上演されるものと考えていた。つまり、魔王族にとって世界征服などはただの副産物に過ぎず、真の価値はその過程――強者との戦いの中でしか生まれえぬものだったのだ。そしてその戦いを通して、自らの生を感じ取り、また勇者の最後の足掻きから死に逝くものの絶望と哀切と諸行無常を観察することで、ありとあらゆる超越感と優越感に浸ることができるのだった。そうでなければ――世界征服が目的であれば、自分一人でサッサと人類を片付けている。わざわざ勇者に強くなる機会など与える必要もない。
このような理由でゾーマは戦闘中であっても饒舌であった。もちろん、相手を対等に見ているのではないが、会話をすることによってこの自作の劇を盛り上げ、後々までその思い出に浸れるようなものにするための演出なのだ。
だが、トルネコにその発想はない。
あのライアンですら……ライアンですら、剣を抜くのを忘れていたとき――トルネコはすでに火炎放射器のノズルを最大限に開放し、灼熱の炎をゾーマのミイラに浴びせかけた。
「「地上に残してきたものに別れのことBhiugkjp@3-peliぎゅpfs?!!!」」
ゾーマが何か言おうとした。恐らく、
「「地上に残してきた者に言いたいことがあればここで言うが良い。天国へ送る前にその者に伝えておいてやろう。」」
とでも言いたかったのだろう。
いまやその口を炎が完全に塞ぐ。トルネコにとっての戦闘など、錬金術上の作業行程に過ぎない。当然、戦場は作業場という認識なので、そこでは決められたことをただ、淡々とこなすだけだ。
「ヤッパ、ミイラはよく燃えるねェ~」
「「おのレエエエェエエーーー!!!人間ドモがああああああ!!!!!」」
ゾーマが当初の脚本に無かった叫び声をあげる。
「苦しいのも今のうちだけだよ。なんたってドイツ軍のタイガー戦車すら5秒で溶かすらしいからなwww」
時ここに到り、ライアンの心の中から畏怖と恐怖の念はすっかり吹き飛ばされてしまった。むしろ、少々の哀れみの感情すら感じるようになっていた。ちょうど屠殺場に引かれていく子牛を見守るときに、非常に近い感情が。まあ、子牛ほど食欲をそそる相手ではないにせよ。
「「ク”ソ”お”お”お”お”!!!道連レ”ニ”シ”テ”ヤ”ル”ッ…!!!」」
ゾーマは最後の力を振り絞ってトルネコの方へ寄ってこようとしたが、一方のトルネコはすぐに距離を取ると手榴弾を何発も投げつけた。その動きは、ライアンからすればそれ程速いわけでもないのだが、鈍重なゾーマと比較されてどうしても素早く見えてしまう。軽快なデブは、この場面では不快の極みにしか映らなかった。
手榴弾は、相手が燃えているせいで、当たった瞬間に爆発し、ゾーマの体を玉ネギ刻みに少しずつ吹き飛ばしてゆく。投げすぎると爆風で逆に火が消えてしまうので、2,3発投げては、また炎を吹き付ける錬金術上の作業を4,5回繰り返すと、そこにあるのは巨大なミイラの燃えさしだけになってしまった。
あとに残った二人の中年男は、それが燃え尽きて全部灰になるまで、ただ黙って見つめていた。
灰が冷め切らない内に、トルネコはゾーマだったものを集めると(こうして地獄の帝王、ゾーマは復活しようとしたところを名も無き商人によって倒されました。そうやって未来の世界は救われたのです。メデタシ、メデタシ)合成の壺の中へ放り込んでいった。
世界樹の効果は灰になっても一部は残っているらしい。これだけの灰があれば、一部の効果しか残ってなくとも葉一枚分以上の効果はあるだろう。
これでついに合成生物のお出ましか、とライアンは思ったが、トルネコはもう少し他のモンスターとの合成を進めるという。おそらく、それがいいだろう。これまでのモンスターは弱いし、下へ潜ればもっと強いモンスターを合成に使える。
そうやって全ての灰を壺の中へ入れ終わったときだった――ライアンは何となく背中に寒いものを感じ、自分が来たときのとは違う、この部屋へ通じるもう一つの通路を見たとき――そこには明らかに怒りに目をたぎらせるバーサーカーの姿があった。
こういう悪い予感だけは、外れたことがない。
「ここはオレが時間を稼ぐ!! アンタはさっき話した計画通りにしてくれ!!」
そう言うやいなや、トルネコはサブマシンガンを素早く手に取り、壁画へ向かって考古学者が泣いて止めるであろう、フルオートの連射を浴びせかけた。
もちろん、先の戦いからバーサーカーに命中するなどとは全く考えていない。ライアンがトルネコに頼まれた通り、通路にナパームをばら撒いて退却し終えるまでの間の時間を稼げればそれでいい。後はトルネコが退却した時点でナパームの帯に火をつける――バーサーカーは通路で丸焼け、という策だ。成功するかどうかは正直厳しいところだと思った。
だが、バーサーカーも先の戦いで負傷しており、この短時間では回復しきっていないし、いくら動きが速いといっても撃ちまくれば近づくことは容易ではない。
しかし、その計算はライアンが通路に消え、トルネコもその後を追いかけようとトルネコもその後を追いかけようとした時点で、早くも破綻し始めた。
バーサーカーも通路の中に入られれば、いくら自分が素早くても銃を持つ者を相手して、自らの射程圏に捕らえることが不可能だと分かっていた。といって、射程を延ばす方法はこちらにはない。ならば採るべき方策は一つ――通路に入られる前に倒す――それしかなかった。
弾丸を避けて中央祭壇に避難していたバーサーカーは意を決するとそこから飛び出し、マシンガンの弾を避けるために斜めに全力で走る――だがどうしてもあと5メートル足りない。そこで壁に突き当たってしまうのだ。トルネコはその瞬間、勝利を確信した―ここで倒したらナパームも無駄になるな、それにしても、これでこの鬱陶しい追跡者から逃れられる。まあ、軽く飛び出すなんてコイツらしくないが、ま、所詮近代兵器の前に石器時代の斧振りかざしたところで勝てやしねえよ、蟷螂の斧、て諺、知ってるか?――冷たくなり逝く予定のバーサーカーの死体に投げかける言葉まで、すでに準備していたトルネコの目の前で、バーサーカーは垂直な壁を蹴りあがって跳躍すると、そのままトルネコの頭部に回し蹴りを入れた。
普通ならこの一撃で相手の首の骨は砕け散って、勝負が決まっていたであろう。普通なら、というより普通の首なら。
そういう意味ではバーサーカーの計算も破綻したといえる。
この商人には外見上、首に当たる部分などなく、周りについた膨大な肉の緩衝材が蹴りの衝撃を吸収していたのだ。そのせいで、思ったよりダメージは与えられなかったのだ。
「うおおおおおぉぉぉぉりゃあああああぁぁぁぁぁ!!!!!!」
蹴りの衝撃で地面に倒れた商人は、そういう特殊事情もあってか、バーサーカーが体勢を立て直す前に、獣のような絶叫とともに銃を乱射した。
この遺跡最後の墓守はとっさに祭壇のほうへ身を引いた。商人が生きている以上、ここで通路に入ればあの剣士と挟み撃ちにされる。あの剣士がそう易々と倒せる相手でないことは十分分かっている。しかも、今回はトラバサミというハンデもないのだ。
バーサーカーはこの時点では、悠然と通路に引き返す商人を見送ることしかできなかった。
だが、ここで諦める訳にはいかない……何せ、あの二人は主君の仇なのだから。
とにかく、バーサーカーは二人の跡をつけることにした。このフロアで追いつけなければ(その確率はかなり高そうだと思った)下のフロアまで、どこまでも追いかけるまでだ。どうせここにはもう守るべき主君もいないのだから……そう決心すると、祭壇から身を乗り出し、二人が消えていった通路へと慎重に尾行を開始した。
「へへッ、これでヤツも主人と同じ道をたどったというワケだ。」
燃え盛るナパームの炎の回廊を見てトルネコがぼそりと呟いた。
「じゃ、さっき捨てたバシルーラの杖でも拾ってくるか。また意外なところで役に立つかもしれないしな。」
トルネコがしばし部屋を出た後も、ライアンは燃え盛る炎をただただ呆然と見つめていた。
何か少しおかしい、と思ったときにはもう手遅れだった。通路の先の闇から疾走してくる炎の蛇に丸呑みにされ――ついに自分も主人と同じところへ、同じ方法で逝ってしまうのだろうかと――ぼんやりとそう思った。
バシルーラの杖を拾ってくると、二人は階段を降りて適当な場所で野営することにした。今日の晩餐はトルネコ特製のハウスのハヤシライスだ。
食後はいつも通りの夜のお楽しみをしようかと思ったが、二人とも今日の出来事に心底疲れきっていたので、今日のところはお楽しみを諦めて早く寝ることにした。
寝袋に入る直前、トルネコは例の合成の壺を取り出し、例の独り言で語りかけた。
するとどうだろう、中から微かな振動――内部から壺を蹴るような振動が、手に感じられたのだ。どうやら、ゾーマの灰はすでに効力を発揮しているらしい。苦労も多かったがその分収穫も多かった今日という日に感謝しながら、トルネコたちは暗く冷たいダンジョン内で眠りについた。この体の疲労が、いい夢をもたらしてくれそうだと期待を込めて。
けっこうちゃんと三等分できましたね!