マッド・トルネコ   作:トラネコ

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9.リリパット族の復讐

 トルネコは丘の坂道を登っていた。

 顔料で染められたかのような濃い青が、見上げれば目がかすみそうな程澄み渡っている。

 トルネコはこの場所を知らない。今までに来たこともない場所だった。それでも、自分は確かにこの場所を知っているような、妙な確信だけあった。

 そうだ、この丘の上には一本の木がある。

 知らないはずなのに、その木が白昼夢のようにそこに立っている情景が、ありありと浮かんできた。

 そこでトルネコが来るのを待っている、ポポロやネネの姿とともに―

 

 

 奴らは今、石のように深い眠りについている。その様は傍で大砲が鳴っても目を覚まさないと思われる程だ。

――いける

 リリパットの族長は今までにないくらい成功を確信したが、その足音は静寂ですら聞き分けることあたわず、だがそこに過信は全くない。今、手を伸ばせば届きそうな暗闇の中に憎き商人が間抜け顔ぶら下げてグースカ寝ているのだ。

 ――しくじる訳にはいかない

 何せ全滅した氏族全員の仇なのだから。

 部下が全て配置についたところで、族長は合図の火打石を2度打った。

 

 

 トルネコの目の前にはポポロとネネの死体があった。

 二人とも矢が刺さったまま、例の木の下に倒れていた。

 空だけが鮮明に青い。

 トルネコは声を上げようとしたが、舌が張り付いてうまく声を出せない。

 二人の死体に手を伸ばそうと屈み込んだとき――トルネコの左肩に矢が刺さった。

 

 

 

 

 目を覚ますと、火矢だけが妙に明るかった。

 

 

 

 

 気がつけば右足をライフルで吹き飛ばされていた。

 矢はすでに射ち尽くした。

 ついてきてくれた仲間も、あの二人に皆殺しにされた。

 自分がこんな無謀な作戦をしなければ、という自責の念は少なからずあったが、どうでもいい。もうすぐ自分もそこへ行くのだから。

 青い商人の方が、地面にうつ伏せになっている自分を見下ろしている。

 あの歪んだ笑顔で。

 

 「おい」

 トルネコが畑の虫に話しかけるような口調で、リリパットの族長に初めて口をきいた。

 「お前が仲間のところに還る前に一つだけ訊いておきたいことがあるんだがよ」

 「く…くそ…まさかこれ程までとは……」

 族長が地面に向かってボソリと呟く。

 「おい、ちゃんと聞いてんのかよ。色んな意味で時間がないから、俺のたった一つの質問にサッサと答えろよ。『黄金の弓』てのは」

 ――勿体ぶった僅かな沈黙。

「どこにあるんだ?」

 言い終わった一瞬、族長の体が硬直したように見えた。

 「し、知らん。聞いたこともない……」

 トルネコは、地面に倒れたままの族長の、右足の無い左右非対称の体を見下ろしながら続けた。

 「上の階でアンタのお仲間が言ってたんだがよ。『黄金の弓さえあれば』てな。地獄耳の巻物で聞いたんだから確かだと思ってアンタに教えてもらおうと思ったんだ」

 「知らない……知らない……」

 「知らないワケはねえだろ。こっちだって穏便にことを運びたいからな。今なら命を助けてやってもいい」

 「誰が……お前なんぞに……知ってても教えるわけがない!」

 「正直にいうと、アンタが早く喋ってくれないと、こっちとしても『したくないこと』をしなくちゃならん。分かったら早く喋ってくれないかな。黄金の弓の場所を」

 「断じて断る……! お前らにしゃべるくらいなら死んだほうがマシだ。さぁ、早く殺せ!」

 「ふぅ、やれやれだぜ。またメンドクサイことになりそうだな」

 これまでの会話をずっと黙ったまま聞いていたライアンだったが、ここで面倒になることを思いとどまらせようと、トルネコの耳元でささやいた。

 「こ奴はいっぱしの戦士、それも族長だ。なかなか口を割らせるには時間がかかる。それに、弓がなくとも我らにはもうすでに十分、強い武器があるではないか。武器のほかに、不完全だが合成生物もいる。先はまだまだ長いのだから、ここは急ごう」

 ライアンのもっともな陳述に、トルネコはしばし考え込んだ。今、トルネコの心の中ではライアンの提示した戦略案と、レアアイテムへの渇望が領土争いをしている。しかし、結果は見えていた。このチャンス(そのためにわざわざ一匹残しといたんだからな。じゃなきゃあ、とっくに殺してるね)を無視して先に行くなど、トルネコの商魂――もはや最後に残されたアイデンティティーだ――が許す訳がない。それに、急ぐのなら黄金の弓を入手してからでも十分だ。

 そう考えたトルネコがカバンの中から拷問に使えそうなアイテムを取り出そうとしたとき――背中に衝撃が走った。

 トルネコの一瞬の隙を突いて、族長が隠し持っていたナイフを背中に深々と突き刺したのだ。

 

 

 それから0.5秒後、族長の左腕の肘から先は、トルネコの放ったショットガンによって盛大に血を噴き上げて吹っ飛んだ。

 「ライアン、そいつが動けないように、押さえといてくれ」

 背中の分厚い脂肪の鎧に突き刺さったナイフを引き抜きながら言われて、ライアンは正直なところ面倒になったと思った。族長が余計な事をしてくれたせいで、拷問はさらに長引きそうだ。

 いっそのこと押さえながら首の骨を折って、ひと思いに始末してしまおうか、とも思ったが、こうなったトルネコを止めることは簡単ではないし、これから先の冒険が気まずくなる。それにライアン自身も兵士特有の武器への好奇心があった。黄金の弓を見てみたい。そして、出来ることなら使いこなしてみたい。

 ライアンがそう考えている間にも、トルネコは黄色い草を取り出すと腕を吹き飛ばされた痛みに耐える族長に無理やり飲ませた。

 ――毒草だろうか――族長は一瞬そう考えたが、もしそうなら幸いだ。右足と左腕の切断面からの大量出血サービスに加え、毒草の効果が上乗せされるのならば超特急であの世に行けるだろう。

 だが冷静に考えて、拷問をするのだからそんな早く死なせる訳がない。族長はトルネコが本気を出す前から死にすがりついていた。もはやこの時点でトルネコが半分勝ったようなものだった。

 草を飲んだ瞬間から、やけに意識がハッキリとし、周りのものがよく見えるようになった。目の前の商人の服に付いたカレーのシミまでよく見えるし、自らの心臓の鼓動まで聞こえるし――何よりも右足と左腕の痛みは常に針で突かれているかのように鋭く感じられるようになった。これは……?

 「目覚まし草だ。途中で気絶されたら困るからな。ライアン、もう放していいぜ」

――自分は……これから一体、何をされるのだ……?――

 

 

 恐怖はすぐに痛みで押しつぶされた。

 「ぎぃやあああああああああ!!」

 トルネコが手にしているのは火炎草だ。正確には、先ほど吹き飛ばした族長の腕に火炎草を握らせたのを、掴んでいるのだ。

 火炎草をグイグイと押し付けるたびに、腕の断面からジュウジュウと煙があがる。肉の焦げる臭いがあたりに充満した。その中に骨の焼ける臭いを感じ取ったのは、おそらく目覚まし草を飲んだ族長だけだろう。

 むき出しの骨と神経を、トルネコは容赦なく焼き払っていく。

 「目をつむれば中々、おいしそうな匂いじゃねえか」

 また、あの歪んだ微笑だ。

 「ちょうどいい焼き加減だ。余った草はやるよ」

 そう言うと、族長の眼前に火炎草を投げた。

 分からない。この商人は何をしたいのだ?

 「さっきも言ったが、こっちは時間がない。そこで最後のチャンスだ。もし喋る気になったんなら、このまま立ち去ってやる。まだ喋りたくないのなら、火炎草を飲め。抵抗するチャンスを与えてやろうじゃねえか」

「なぜだ……なぜそのようなことを?」

 「ちょっとは抵抗してくれないと張り合いがなくてねえ」

 「……そこを動くなよ」

 「あぁ、わかったよ。なんなら、寝転んでやっててもいいがね」

 「……動くなよ」

 リリパットの族長は残った右手でまだ熱が残っている草を掴むと、熱さにかまわず口に放り込んだ。この距離なら、最も熱い炎を商人にぶつけることが出来るだろう。

 「がっ……!」

 炎がでない。

 「どうしたんだい? なんだかずい分、苦しそうじゃねえか。」

 「ぎぃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 口から出なかった炎は、代わりに族長の胃袋とのどを焼いた。

 「さっきアンタが飲んだのは煉毒草といってね、まあ、名前はオレが勝手につけたんだがよ、合成して作った新種の草だ。火炎草と違って、飲んだ者自身を内部から焼き尽くすんだ」

 苦しむ族長を無視して、トルネコは得意げに語りだした。

 「レシピは毒草と火炎草で単純なんだがよ、配合する割合がケッコウ難しいんだ、これが。火炎草が多すぎると毒は全部燃え尽きて結局火炎草と同じになっちまう。といって、毒草が多すぎると火が出なくなってしまう。余った草で色々試して、やっとこれって奴が出来たんだが、どうにも実験する機会がなかったモンでねぇ」

 商談でもしているような口調だ。

 「今のアンタから察するに、どうやら成功したらしいな。まあ、言わなくても分かっているとは思うが、『煉毒草』て名前は『煉獄』と『毒草』からきててね。体の中から焼かれる苦しみをうまく表現できたと思わねえか。そうだ、無事に地上に帰ったら早速、商標登録しとかねえとな」

 「ぎい゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛!!」

 その叫びとのたうつ姿は、ライアンには理性ある生き物とは到底思えなかった。

 

 

 今度は、商人の使った目潰し草で、目の前が真っ暗になった。

 鼻に腐臭がつく。おそらく、腐ったパンだろう。

 胃が熱い。喉が痛い。目から涙が溢れ、目潰し草の汁と混ざって流れ落ちている。思わず左手で拭いそうになった。不思議と、ぬぐった感触はあった。

 今までこの左手で何本の矢を放ったのだろう。仲間と共に……その仲間も、みんな死んでしまった。彼らのためにも、黄金の弓の在り処を喋るわけにはいかない。

 あれはただ単に強い武器というだけではない。リリパット族の誇りそのものと言ってもいいのだ。絶対に言うものか……

 おや……何やらジョロジョロと音が聞こえるが……

 

 

 

 「おい! ライアンもやれよ! 男の友情、ツレションだぜ」

 二つの黄金の滝が交わる所に、腐ったパン(とそれを掴む族長の元左腕)はあった。

 

 

――絶対に言うものか……

 

 

 その瞬間、後ろ掴みに頭を持ち上げられ、口に例の黄金水入り――こっちの黄金だけは御免こうむりたいが――腐ったパンが口の中に詰め込まれた。

 「しっかりとよぉく噛むんだぜ。あと、弓の在り処を言いたいのならいつでも言いな。大歓迎だからよ」

 口の中にヘドロと生ゴミを混ぜたような味(どちらも食べたことは無いが)が広がり――ひと噛みごとにパン(もどき)から液体がジクジクと滲み、舌にまとわりついた。

 そして、パンを掴んでいる自らの元左手の味を知覚したところで、ついに族長は嘔吐した。

 自らの焦げた胃の一部とともに。

 

 

 絶対に言うものか!絶対に言うものか!絶対に言うものか!

 絶対に言うものか!絶対に言うものか!絶対に言うものか!

 

 

 トルネコは足で族長を押さえながら残った右腕をねじり上げ、インシュリン注射器を静脈にブスリと突き刺した。

 「さて、楽しいクイズの時間だ。この注射器の中に入っているのは何でしょう」

 「グぁ゛…ぁ゛……」

 もはや虫の息だ。

 「中に何が入っているかを訊いてるんだよ、この注射器の中身を」

 「……………」

 返事がない、もう屍になったのか?

 「この中にはな、踊り草の濃厚なエキスが入ってるんだよ。アンタの最期として、面白おかしいダンスを見せて貰おうじゃねえか」

 

 

無様な最期は嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!

でも、弓の在りかを言うのはもっと

嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!

 

 

「よし、本当だな? まあ、嘘だと分かったら、そのときはまた戻ってきてお注射してやるからよ」

どうやら、自分は無意識の内に弓の在り処を言ってしまったらしい。

 情けなくて、また涙が流れた。

 涙のおかげで早く目潰し草の汁が流れ去ったのか、ようやく視力が戻った。その眼が映し出したのは、意気揚々と立ち去る二人の人間の姿だった。

 族長は永遠の闇を求めて、ゆっくりと――まぶたを閉じた。

 




舐めプ、ここに極まる!
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