‐side 千代
本日は晴天也。とは行かず、パラパラと雪がちらついていた。前日から降り続いていたらしい。昼時になって少し収まった方か。
私は前日士道に届けた手紙の通り、駅前にやってきた。時刻は11時を少し過ぎたところ。
寝坊ではない。服を悩んでいたら時間が過ぎてしまった、という凡ミスだ。まさか私の優柔不断がここで足を引っ張る事になろうとは思わなかった。
結局私はニットにフレアスカートというありがちな服を選んだ。着物もどうかと考えたが、寒い。
「いるかな」
駅前は待ち合わせ場所としてよく使われるので一人の男を見つけ出すのは容易ではない。しかも『駅前』としか書いてない。
小まめに腕時計で時刻を確認しながら士道を探し出す。
「あ、いた」
この駅のシンボルにもなっている巨大な像の前に士道はいた。だが、どうやって行けばいいのだ?
こちとら果たし状みたいな文面で手紙を出しているし、時間だって過ぎてしまった。痺れを切らしている様子は見えないが、呆れられているかもしれない。
「お、いた」
どうしようかと人ごみに紛れて思案していると、向こうから声をかけてきた。そのまま私の心の準備なぞ知るか、とこちらにやってくる。
「お、お待たせ・・・」
「ん? 大丈夫だって。たった五分だろ? それよりも早くデート、しようぜ」
そういえば、デートになるのか、これは・・・。うん、よし。デートだ。士道とデート・・・、いやいや、大丈夫。多分私は大丈夫だ。
「最初はご飯にしよう」
「そうだな」
「何か食べたいものある?」
ここら辺で美味しくて安いレストランはしっかりと予習してきた。どんなものだって行ける! 和風洋風中華どんとこい。
「う~ん、俺は千代の食べたいものが食べたいな」
「え? あぁ、そ、そう」
まさかの返答に少し驚いてしまったが、大丈夫。
ならば、と私が選んだのは近くのバイキングだ。昼からだと少し重いかもしれないが、しかし、和洋折衷が揃っており、学生にも優しい値段ということで好評な店だ。実を言うと、私自身の腹が減っていたことが大きな理由でもある。
「いいのか? こんなお店」
「いいのよ。さ、食べましょう」
この店は二時間制で後払いのようで、平日ということもありすぐに席につくことができた。すぐさま私たちは鞄を席に置いて一緒に取りに行った。
ある程度自重しないと、沢山食べる女が毛嫌いされるとどっかのバラエティ番組が言っていたような気がする。いや、だったらバイキングに来るなって話なんだけど、仕方ないじゃん。お腹空いてるんだから。
一時間と五十分が経過しただろうか。談笑しながらの食事だったので思ったよりも長居し過ぎてしまったようだ。店員があと十分である、と伝えにきた。
「すまん。ちょっとトイレ」
士道が携帯を持って席を立つ。このときを私は狙っていた。
すぐに士道の分の鞄も持ってレジへと向かい、カードで支払いを済ませる。どうよこの完璧っぷり。ドラマでしか見たこと無いけど結構誇らしくなる。
「士道、こっち」
「え? あ、え? 払ってくれたのか?」
「まぁ、そうね。それよりも早く続けましょう」
ありがとう、と感謝されてしまった。そういえば、感謝の念を面と向かって言われるのは久方ぶりかもしれない。
それから次は映画館に行って流行の漫画原作のアニメ映画を見て、同じ店内にあるゲームセンターでスコア勝負をしたり、同じキーホルダーを取ったりした。
正直言って、幸せだった。私がこんなに楽しくていいのか?と疑いたくなるようなほどで、死ぬ前触れじゃないかとも疑ったが、ここは自分に素直になって今を存分に楽しんだ。
さぁ、最後に私は今までの想いをぶつけるべく、ひと気の少ない公園に士道を連れ込んだ。ここは遊具のある公園ではなく、中央に噴水があり、周りに幾つかのベンチが置かれている。その周りには木々が生えており、都会の中にある数少ない自然となっている。休日は子供がカードやゲームを持ち寄って遊び、平日の昼間は老人達の憩いの場としても使われているここは、夜になると殆ど人が通らなくなり、噴水もあってロマンチックな場所として知られている。
入り口から左側のベンチに座り、隣に士道を座らせる。ゲームセンターで粘りに粘ったお揃いのキーホルダーが揺れる。
「あ~楽しかった」
「はは、そうだな」
私は笑われるほど笑顔だったらしい。
ん~っ、と大きく背伸びをして、それから心を落ち着かせる。そんな私の内心を知ってか、空間は黙ってくれた。
「あのさ、士道。小学生の頃の話って覚えてたりする?」
「小学生の時? う~ん、あんまりだな。あ、でも、折紙を教えてもらったな」
「そう、なんだ。奇遇ね。私も折紙は好きなの」
「そうなのか?」
こくりと頷く。喉から声が出なかった。
それは私だ、と今、彼に伝える事は容易だ、そう思っていた。あの時のことを話して、それから、その時から好きだったと告げればいいだけだ、そう軽く見ていた。人もいなければ、大丈夫だろう、と。
だが、現実は思ったよりも胸が煩い。あ、と声を出しても次が出てこない。頭が沸騰しそうだ。目は緊張からか瞬きが多くなり、彼の声のほかの音は遠く聞こえる。
「あ、あの、あのさ」
「ん、どうした?」
私がどれだけ緊張していても、彼は飄々と返す。そりゃぁそうだ。気持ちを読み取れることはない。
「その、変なことを言うかもしれないけれど・・・さ。私は、士道が・・・」
大丈夫だ。と何度自分に言い聞かせただろうか。十を超え、百に届いたやもしれぬ。
最後に私に「安心しろ」と言い聞かせ、顔を上げる。
「え?」
嗚呼、何たることか。神よ、否悪魔でも何でもいい。時を遡らせることが出来るなら、私の命を、世界を差し上げますのでどうか、どうか、数秒ほど遡らせることはできないのでしょうか。それが出来ないのであれば、人間の命を交換することはできないでしょうか? 私が彼の代行をすることはできないのでしょうか。
であれば、せめて、せめて、私に人を殺せる力をください。最愛の彼を殺した
私は死んでも構いません。
「おや、思ったよりも反応が薄いですね」
嗚呼、嗚呼、そうだろうそうだろう。私は今、至って冷静だ。夢から醒めた私は冷静に夢を覚えている。いつもはすぐに忘れる夢だが、これは忘れることはなかろう。この夢は、私が望み、私が実現した、たった一つの夢だったからな。
手前さえ居なければ。
「殺すだけじゃぁ足りない。<
私の体に線が走る。それは四角形を作ると、私からぺりぺりと捲れ始め、それがまた、一つの物体を象っていく。
今になってようやっと私の耳が正常に戻る。けたたましいサイレンが同時に入ってきた。彼を弔う歌はそんなものではない。
空を舞う、無数の雪。否、あれは紙か。そうかそうか。見紛うた。
彼を包んでくれ給えよ。それが最初だ。あれは・・・私が、そうだな。どうしてやろうか。
私の目は、しっかりと女を捉え、耳は機械同士が激しくぶつかる甲高い音をしっかりと聞いている。周りに漂うは紙特有の落ち着かせる香り・・・今や私の大好きな香りとなっている。それから・・・それから、血の臭い。
そうだな。私がやってやらねばならないな。そのためには世界をも壊しても構わないな。そうだそうだ。そうだろう。天使よ。