豆球の明かりが頼りなく照らしている部屋の中は甘美な匂いに包まれていた。潤とりみは1つのシングルベットにギュウギュウに詰めて、生まれたままの姿で寝転がっていた。
「りみ。起きてる?」
「うん。起きてるよ。どうしたの?」
りみは潤の胸に顔を埋めていたが、潤の問いかけに顔を上げた。顔をあげたのは良いものの、吐息がかかるほど、2人の顔は近く、りみはパッと頬を赤く染めたが、豆球の明かりだけでは、潤は気付かなかった。
「あのさ…。ライブの前に市ヶ谷さんから聞いたんだけど。大学、やっぱり一緒に行きたいの?」
「…うん。」
りみは小さく頷きながら言うと、再び、潤の胸に顔を埋めた。潤は自分の胸にかかるりみの吐息に、擽ったさを覚えていた。腕や背中には鳥肌がたっていた。
「僕が就職したいって意見は反対なのかな?」
「ううん。そうじゃないよ。潤くんのやりたい事だし、私との生活の為を思って、就職に決めたって事は分かってるよ。ただね…。有咲ちゃんにもっとワガママになっても良いじゃないのかって言われて…。だから、私の1番の希望は一緒の大学に行きたい…です。」
りみはそう言うと、また顔を上げた。そして、潤の唇に自分の唇を当てた。
「んっ…。りみ?ど、どうしたの?」
「あっ。ま、真面目な話をしてるのにごめんね?…甘えたくて…。」
りみはそう言うと、潤の手を掴み、自分の背中に回した。つまりは抱きしめろと行動で表していた。
「よいしょ。これで良い?」
潤はりみの行動を読み取り、腕に軽く力を入れた。
「うん。…幸せ…。」
「あはは。幸せなら、なによりだよ。…進路の事はちょっと考えさせて。CiRCLEのオーナーとも話さないといけないからさ。」
潤はりみを更に強く抱きしめながら言った。
「私のワガママなのにゴメンね…。私が本格的にデビューして、大学に通ってたら、潤くんに会える時間が減っちゃうのが…どうしても、寂しくて…。」
りみは本当に申し訳なさそうに言った。潤からは見えなかったが、目には薄らと涙が膜を張っていた。
「大丈夫だよ。まぁ、僕もりみとなかなか会えないのは寂しいから…。」
潤はそう言うと、りみ頭を撫でた。
「…ねぇ…。潤くん?」
「なに?」
「もう…1回…。良いかな?」
りみはそう言うと、潤の顔にもう一度、キスを落とした。そして、潤にしか分からない、チョコレートの香りに包まれ、深い深い沼へと沈めていった。
―――――――――――――――――――――――――――
Poppin`Partyのライブが大成功に終わった翌日、CiRCLEはいつも通り営業をしていた。潤も、もちろん出勤しており、Poppin`Partyのライブの片付けをしていた。詳しく説明すると、ライブ後に行ったアンケートを読みながら集計し、次のライブやイベントに生かせるものがないか考えていた。
「…痛っ。」
同じ姿勢で座っていた為か、潤は腰を少し浮かし、体勢を変えた。
「潤君、おじさんみたいだよ?運動してる?」
「してないです。」
潤は腰を押さえながら言った。1度、立ち上がり、う~んと伸びをした。
「まだ、高校生でしょ?」
「まぁ、月島さんより若いですね。」
潤はそう言うと、再び、パソコンに向かった。
「むぅ。一言余計だよ?」
「まぁ、こんな冗談が言えるくらい仲良くなった
と言うことで手を打ってください。」
「…まぁ、いいや。潤君、オーナーが今日、会いに来るからね?」
「分かりました。丁度、僕もお話があったので…。」
「進路の事?」
まりなはそう言うと、潤に近づき、両肩を掴んだ。そして「えい!」と言うと、潤をクルっと回した。潤が座っている椅子は回転するタイプの椅子だった為、まりなの方を何も抵抗する事無く向いてしまった。
「月島さん?…ビックリしたんですけど…。」
「良いから。進路…どうするの?」
まりなは潤が振り向いてからも、再び、両肩を掴んでいた。約2年間、一緒に仕事をしていたが、こんなに近く、まりなの顔を見たことがなかった潤は驚きもあり、ドキドキと心臓を激しく動かしていた。
「…進路、決まって無いので、オーナーに相談をしたかったんです。」
「決まってない!?もうすぐ10月だよ?」
「…分かってます。」
「…焦ってないの?」
「焦ってる…と言うより悩んでますね。」
「CiRCLEで…働きたくないの?」
まりなはそう言うと、顔を歪ました。
「月島さん?」
「私は潤君を頼りにしているし、潤君と一緒に仕事をしていると、楽しいよ?だから、CiRCLEに就職して欲しい。CiRCLEには君の力が必要だよ?だから、オーナーもCiRCLEに就職しないかって誘ったんでしょ?」
まりなはそう言うと、潤の顔を真っ直ぐみた。まりなの真っ直ぐな思いに、潤は嬉しさを覚えながらも、目を反らした。ちなみにだが、まりなの剣幕に、他の従業員は何事かと集まっていた。
「りみちゃん?」
「へ?」
何も言わない潤にまりなは痺れを切らし、再び口を開いた。
「りみちゃんが関わっているの?」
「…はい。」
「…やっぱり。一緒の大学に行きたいとか言われたの?」
「…ご名答です。」
潤の返答にまりなは「はぁ。」とため息をつき、両手を離した。
「潤君はどうしたいの?」
「それを悩んでいるんです。1度はCiRCLEに就職しようと思いましたが、りみと一緒の大学に行きたいとも思ってまして…。ただ、りみと一緒の大学に受かるかどうかは分かりませんが…。」
「なるほどね。なんで1度は就職しようと思ったの?」
「高校を卒業したらりみと同棲をするので、お金が必要と思いまして…って、月島さんどうしました?鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔をしてますが?」
「え!?同棲するの!?」
「そうですよ?あれ、言ってませんでした?」
「聞いてないよ!ちょっと詳しく聞かせない!」
まりなは当初の会話をすっかり忘れ、潤とりみの同棲話について根掘り葉掘り聞くのであった。
―――――――――――――――――――――――――――
「りみりん?テンポ大丈夫だった?」
「うん!大丈夫!沙綾ちゃんのドラムは本当に弾きやすいよ!」
「ありがとう。」
潤がバイトをしている最中、Poppin`Partyのリズム隊の2人は練習を行っていた。ただ、練習場所は有咲の蔵では無く、Poppin`Partyの事務所があるビルの中の練習スタジオだった。
「りみりん、練習に付き合ってくれて本当にありがとう。」
「ううん。私は全然大丈夫だよ!」
りみは笑顔で言いながら、ベースを降ろし、スタンドに立て掛けた。手入れが行き届いたピンクのベースは照明の光を反射させていた。
「りみりんは、将来、潤君と結婚するの?」
「ふぇ?け、結婚!?」
「そんな驚くことないでしょ?春からは同棲でしょ?もうすぐ、秋も本番だし、春なんてあっという間だよ。」
「そうだけど…。うぅ。改めて言われると恥ずかしいよぉ…。」
りみは元々持ってきていた水の入ったペットボトルを赤くなり、暑くなった頬に当てていた。潤と出会ってから今まで、あっという間に過ぎていった。沙綾の言う通り、今まで以上に早く感じるかも知れない。
「結婚式にはちゃんと呼んでよね?」
「さ、沙綾ちゃん?け、結婚まで、話が進んだらね?」
「りみりん?弱気じゃない?」
「そうかな?」
「そうだよ。だって、同棲するんだよ?結婚生活の予行練習みたいなものじゃん。りみりんは潤君と仲良く暮して、結婚までしそうじゃん!」
沙綾はニヤニヤとしながら、りみをからかうように言ったが、当の本人は浮かない顔をしていた。
「そうなれば、良いけどね。」
「りみりん?」
「えっとね。確かに、同棲は楽しみだし、嬉しいよ?でも…。前みたいに喧嘩とかしちゃって、別れる…みたいなったらどうしようって考えちゃって…。」
りみはこの夏に一時期の間、距離を置いていたことを思い出してしまったのか、暗く、沈んだ表情を浮かべた。
「最近、何かあったの?」
沙綾は小さい子を慰めるように、りみの頭に手を置き、優しい声で言った。
「うん…。潤くんは何も悪くないの。私が勝手に悩んでて…。」
「りみりんの悩み、教えてくれる?役に立つか分からないけど、話なら聞いてあげれるから。」
「沙綾ちゃん…ありがとう。実は…進路でワガママ言っちゃって…。有咲ちゃんにもっとワガママになって良いって言われてね。私もそうだなぁって思って、潤くんに一緒の大学に行きたいって伝えたの。」
「潤君はなんて?」
「ちょっとだけ待ってって。CiRCLEのオーナーとも話し合わないといけないって。」
りみはそう言うと小さくため息をついた。本当にワガママを言っても良かったのか、潤のやりたい事を尊重すべきだったのではないか。沙綾と喋っている最中、ずっと悩んでいた。
「この先、どうなるのかな…。」
「それは分からないよ?でもさ、根本的なところなんだけど、潤君、りみと一緒の大学に受かるの?」
「それは、やってみなきゃ分からない…よ?」
りみはまた「はぁ~。」とため息をついた。そんなりみを見て沙綾は立ち上がると、自分のカバンの中をゴソゴソと漁り出した。
「沙綾ちゃん?どうしたの?」
「はい。りみりんが元気がない時はこれでしょ?」
「わぁ~!チョココロネやぁ~!」
りみは1つ受け取ると、尻尾の方からパクっと噛み付いた。
「おいひぃ~!」
「りみりんはその顔が2番目に良いよね。」
「へ?…1番は?」
「1番は潤君と一緒にいる時だよ!」
沙綾は笑顔で言うと、りみは「うぅ…。」と照れながら、声にならない声を出した。
「あはは!りみりん照れてる~!…りみが食べ終わったら、神楽坂さんの所に行こう?差し入れのパン、持って来たんだ。」
「うん!」
チョココロネのお陰か、少しだけ元気になったりみは沙綾の言葉に笑顔を浮かべていた。そしてまた、チョココロネに齧り付くのであった。
―――――――――――――――――――――――――――
「忙しいのにすまないね。」
「いえ、助かりました。」
まりなから根掘り葉掘り聞かれている最中にオーナーがやって来たところで、まりなとの会話が終わり、潤はホッとしていた。
「何を聞かれていたのかい?」
「りみと…彼女と同棲をする事を話したら拷問の如く、色々、聞かれました。」
「え?同棲するの!?いつから?」
「高校を卒業したら…です。」
潤がそう言うと、オーナーは「う~ん。」と唸り始めた。そして「そうか…。いや…でも…。」と呟いた。
「え、えっと…。オーナーどうしましたか?何か、困ったことでもありましたか?」
「一宮君は結局、進路はどうする事にしたの?」
「へ?進路ですか?」
なかなか本題に入らないオーナーに潤は「なにか失敗をしたのかな?」と不安になり、背中には嫌な汗が流れていた。
「実は…まだ悩んでいるんです…。オーナーに働かないかと誘って頂いたのに、悩んですみません…。」
「そうか…。なんで悩んでいるの?」
オーナーは潤の話を聞いている最中、軽く目を閉じていた。潤はその姿に「なんで怒っているの?」と疑問に感じていた。
「じ、じ、実は…。オーナーにも相談しようと思っていたのですが…。僕はCiRCLEで働きたいと彼女に伝えました。同棲するとなると、お金は必要ですし、何より、僕がCiRCLEで、りみ…いや、Poppin`Partyを見て、バンドを頑張る人達のサポートをしたいと思ったからです。けど…彼女からどうしても一緒の大学に行きたいとお願いされまして…。彼女はPoppin`Partyのベースで、デビューが決まっていて、忙しくなるから僕になかなか会えなくなるからと言われてまして…。」
潤は言い終わると「失礼します。」と良い、ペットボトルに入った水をがぶ飲みした。オーナーの雰囲気から叱られるかもしれないという緊張感の中、喋った為、口の中がパサパサになってしまった為である。
「なるほど…。ちなみに、一緒の大学とはどこかね?」
「花咲川大学です。」
「そうか。丁度いいかもな。」
先程の重々しい雰囲気は何処へやら、オーナーはニヤリと笑いながら言った。
「丁度良い…ですか?」
「うん。一宮君にとって1番都合が良いのは、彼女さんと大学に通いながらCiRCLEで働くって事だよね?」
「大変そうですけど…。そうですね。」
潤はオーナーの言葉を聞き、「選べないなら両方って、りみが言ってた総取り作戦だよなぁ。」と思い出していた。ちなみに、りみの総取りは1度別れてしまった後に、潤との交際とデビューを認めてもらうというものだった。終わってみれは呆気ない結末であったが。
「実は…花咲川大学から一宮君にうちに来て欲しいと言われているんだよ。」
「…へ?」
「だから、同棲と聞いた時は、この話が流れてしまったらどうしようかと思ったが…。一宮君にとってかなり良い話だから受けた方が良いと思う。」
「えっと…花咲川大学の何処からその話は来ているのですか?」
潤はあまりの話に、頭の中が混乱していた。そこから、オーナーの話を理解するまで、時間がかかったが、全てを把握した潤は立ち上がり「ありがとうございます!」とオーナーに深々と頭を下げた。心の中ではガッツポーズをしており、早くりみに伝えたい一心だった。そして、オーナーとの話を終えるとスマホを取り出した。
“今晩、うちに来れる?話したいことがあります。”
潤はりみにそうLINEを送ると、晴れやな気持ちで残りの業務に打ち込んでいた。
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