カランとアイスコーヒーの中の氷が鳴った。コップには水滴が沢山ついており、入れてからかなりの時間が経っていることが分かる。潤の部屋は静寂に包まれており、カリカリとシャーペンの音だけが響いていた。
「数学、終わったぁ~!」
潤にとって、一番の難関であった数学が終わり、シャーペンを机の上に投げ、う~んと伸びをした。それから、置いてあったアイスコーヒーを一気に飲んだ。
「ぷはっ。美味っ!ちょっと休憩しよ。」
と、呟き、リビングに降りながらスマホを取り出した。
「(あれ?LINE が来てる。全然気付かなかったなぁ。)」
と届いていたLINEの内容を確認すると紗夜からであった。今朝の日菜のやまぶきベーカリーでの悪行を全てチクったのである。
“日菜が本当に迷惑をかけました。パンのお金もすみません。帰ったら言っておきます。お金なんですが、返したいので、今日、そちらに伺います。”
内容を確認して真面目な文章に潤は苦笑した。リビングに入りながら「お金、気にしなくて良いのに。」と呟いた。
「いえ、そうはいきません!」
「ほぁぁぁああぁぁぁぁあ!」
誰も居ないはずのリビングに入り、いきなり声をかけられた為、潤は飛び上がる程驚き、尻餅をついた。
「そんなに驚かなくても…。インターフォンなら押しましたよ?」
「さ、さ、紗夜姉さん?本当にビックリしましたよ~。」
潤は胸を撫で下ろした。
「潤さん。いくらでしたか?」
「さっきの独り言聞こえてましたよね?本当に大丈夫です。」
「ダメです!バイトしてるからと言っても高校生だからそんなに稼ぎないですよね?だから払います!」
「いや、姉さん達にはお世話になっているので、そのお礼ですよ。」
「ダメです。お礼ならキチンとして欲しいです。こんな形のお礼はダメです。いくらでしたか?」
潤は平行線な話をしているうちに紗夜の機嫌が悪くなっているのを感じていた。
「…わ、分かりましたよ。500円でした。」
「本当は?」
ギロッと睨みながら紗夜は言った。潤は固まりながら「(僕は蛙かっ!)」と思っていた。
「680円です…。」
と潤は小さい声で答えた。紗夜が財布からお金を出し、潤に渡した。
「LINEでも言いましたが、本当にすみませんでした。牛込さんにも伝えて下さい。」
「分かったよ。牛込さんにも伝えます。紗夜姉さん。何か飲みますか?」
「お願いしますよ。えっと、でしたら、アイスコーヒーを頂きます。」
紗夜の返答を聞き、潤は台所で準備を始めた。水出しコーヒーをコップに注いでいると紗夜が声をかけた。
「今日、バイト休みになったそうですね。さっき、月島さんから聞きました。」
「そうなんですよ。なんか、シフトミスみたいで。でも、お陰で数学が終わりました。」
「それは良かったですね。では、数学の問題集を持ってきて下さい。」
「へ?」
「合っているかどうか見ますので。」
潤が紗夜を見ると紗夜は右手を出し、「早くしなさい。」と言っているようだった。
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蔵の中では、軽快なメロディーが響いていた。いや、響くはずであった。
「わぁ~!ごめん!また間違えちゃった!」
香澄は叫びながら「はぁ~。」とため息をついた。
「そこの部分、そんなに難しいのか?」
有咲がおたえに聞くと、おたえはコクっと頷いた。
「香澄ちゃん、大丈夫?」
「りみりん、ありがとう!大丈夫だよ!まだまだ練習しないとダメだね!」
底抜けに明るく、また失敗しても諦めない香澄にりみは「(私もこうなりたいなぁ。)」と思っていた。
「よーし!もう1回いくよ!」
香澄が皆に向かって言うが、横からランダムスターのネックをおたえに掴まれた。
「お、おたえ?」
「香澄。今日はもう辞めよ?」
「な、なんで!つ、次は大丈夫だから!」
「…出来る雰囲気はないよ?」
とおたえが言う。
「おたえ?ちょっと言い過ぎじゃない?」
と沙綾が言うと、おたえは表情を変えず
「うん?だから、出来るまで香澄は私と練習って言おうと思ったんだけど…?マズかった?」
と首を傾けて言った。
「おたえー!よろしくお願いします!」
と香澄が抱きつきながら叫んだ。
「お、おたえ?最初から言ってよ!」
と沙綾も叫んだ。
「どうするんだ?練習おわりにするのか?」
と、有咲が聞くと香澄は頷きながら口を開いた。
「うん。あっ!でも、おたえと練習するから蔵にはまだいても良い?」
「それは会話の流れで分かってるから。沙綾とりみはどうする?」
「私は残ろうかな?宿題、させてもらうよ。」
沙綾がそう言うと有咲は頷いた。そして、りみの方をみた。
「わ、私は、えっと…。」
りみの反応を見て沙綾がニヤリと笑った。
「りみりん、この後、潤君と予定あったりする?」
「ふぇ!」
りみのまさに「図星です!」という反応に他のメンバーもニヤリと笑った。
「早く、旦那のとこに行きな。」
と有咲が言うとりみは顔を真っ赤にし、
「うぅ~。旦那ちゃうし…。」
と呟いた後に、
「み、みんなごめんね。先に帰るね。」
と言った。
「うん!りみりん。またね!」
と香澄が言うと他のメンバーとも挨拶をしてりみは大急ぎで階段を登った。潤にLINEを打ちながら慌てて出て行った。
「りみは本当に一宮さんの事好きなんだな…。」
と有咲が呟く。本当に小さな声で呟いたので誰かに聞かれているとは思わず、おたえに、
「有咲寂しいの?」
と聞かれてしまった。
「そ、そ、そんなんじゃねぇー!」
蔵に有咲の絶叫が響いた。
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「はぁ~…。ふぅ。お、お邪魔します。」
「そんなに走って来なくても良かったのに。」
りみから“練習が終わったから、今から行くね。”とLINEを貰い、出迎える準備をしていた潤。インターフォンが鳴り、出てみると肩で息をしているりみがいた。
「い、急ぐつもりは無かった…よ。で、でも気付いたら走っちゃってて。」
潤に早く会いたい一心でりみは急いで来たが、その思いは伝わることなく、潤は苦笑いを浮かべるだけだった。
「本当に大丈夫?麦茶飲む?」
「うん。い、頂きます。」
「ちょっと待っててね。」
潤が台所に向かうとりみは「ふぅ~。」と息を吐いた。ふと机を見ると数学の問題集が置いてあった。普通の問題集だが、りみは不思議そうに見ていた。
「はい。麦茶だよ。…あぁ。凄いでしょ。その問題集。」
「あ、ありがとう。…うん。どうしたのその付箋?凄い数が付いてるけど…。」
潤の問題集はもの凄い数の付箋が付いており、最早、付箋の意味を成していなかった。
「実はさっきまで紗夜姉さんが来てて、数学が終わったって言ったら、チェックが入って…。その付箋、間違ってるところだって。」
潤がため息交じりで答える。
「…潤君、大丈夫?」
「大丈夫じゃ無いかも。」
またまた、ため息交じりで潤が答える。
「わ、私じゃ役不足かもだけど…。一緒に間違え、直そ?」
「え!?良いの?でも、りみも宿題あるんじゃないの?」
「私は大丈夫だよ!それに…。」
「それに?」
「うん…。ちょっと潤君が可哀相かなって…。」
りみが苦笑いをしながら言う。
「ど、同情でも何でも良い!りみ先生!よろしくお願いします。」
潤が深々と頭を下げるとりみは慌てて
「ど、同情なんかじゃないよ!?」
と叫んだ。
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「お、終わった。今度こそ終わった…。」
数学の問題集の間違えをりみに教えて貰いながら全て直した潤は机に伏せた。
「お疲れ様!」
りみは明るく言ったが、潤の横に積まれた付箋の山を見て苦笑いした。
「りみ。とりあえず、少し休憩にしない?」
「うん。いいよ。」
りみの返事を聞き、潤は立ち上がり台所に向かった。りみはその間、リビングを見渡していた。そして1つの写真に目が止まった。
「(あ。あれって…。)」
りみが写真を少し遠くから写真を見ていると潤が台所から戻ってきた。
「本当に教えてくれてありがとうね。アイスティーで良かったかな?」
「ありがとう。好きだよ!」
「あと、はい!これ。」
「わぁ~!チョココロネやぁ~!」
「やまぶきベーカリーに寄った時に買っといたよ!」
「本当にありがとう!チョココロネおいひぃ~。」
潤からチョココロネを受け取ったりみはすぐにかぶりついていた。
「本当にチョココロネ好きなんだね。」
「う、うん!大好きだよ!あぁ~。幸せ~。」
「あはは。りみってチョコなら何でも好きなの?」
「いや。チョコミントはちょっと苦手…。」
「あぁ~!分かるよ!僕もミントは苦手なんよ。歯磨き粉食べてるみたいで…。あっ!そうだ!これ、もらい物だけど、良ければどうぞ。」
潤はそう言って、アーモンドチョコレートを出した。
「わぁ。ありがとう~!早速頂くね!」
りみはそう言うと、一粒食べた。そして
「これもおいひぃ。」
と言うと、もう一粒摘まんでいた。左手にチョココロネ、右手にアーモンドチョコレートを持つりみを見て潤は
「(チョココロネと一緒にアーモンドチョコレートって…。いや。出したのは僕だけど…。良かったんだよね?)」
と思っていた。
「そういえば。潤君。あの写真って?」
りみはさっき見ていた写真を指した。
「ん?あぁ~。あの写真ね。」
潤は立ち上がり写真の方に向かった。りみも潤の後を着いて行った。そして、潤は写真立てを大事そうに手に取った。
「りみが思っている通り、秋帆だよ。」
「これが秋帆ちゃん…。」
りみが写真を眺めるとロングヘアーがよく似合う美人な女性が太陽のように眩しい笑顔で映っていた。
「ね、ねぇ、潤君?秋帆ちゃんって、どんな人だったの?」
「う~ん。凄く元気で、明るくて、色々と厳しかったけど、その中にも優しさがある人かな?」
「そっか。(なんだか、私と真逆だなぁ。)どっちから告白したの?」
りみは潤の元カノである秋帆と性格が違いすぎて、落ち込みそうになったが、隠す為に続けて質問した。
「恥ずかしながら僕からだよ。一目惚れしちゃってね。好きって、気持ちが抑えきれなくなって、当たって砕けろで告白したらまさかのオッケーだったんだよ。」
「秋帆ちゃんも潤君の事、好きだったの?」
「それが、分からないんだよね。最後まで聞けなかったから…。」
潤が写真を眺めながら言った。その姿をりみが見て
「(あぁ…。潤君、秋帆ちゃんの事まだ好きなんだなぁ。あ、あかん。な、泣きそう…。)」
と考えていた。目にいっぱいの涙を浮かべながら。
「(ダメダメダメ!泣いちゃダメだよ~。潤君に心配かけちゃう。)グスッ…。」
「り、りみ!?ど、どうしたの?」
潤は会話の流れ的に、次のりみの質問を待っていた。しかし、あまりにも間が空いた為、チラッとりみを方に視線を送ると泣きそうになっていたので驚いていた。
「ご、ごめんね。泣き虫で…。」
「それは大丈夫だけど、どうしたの?」
潤がティッシュを取り、りみに渡した。
「ありがとう。あ、あのね。潤君って秋帆ちゃんの事、まだ好きだったりする?」
さっきまでりみの質問にすぐ答えていた潤だが、少し間が空いた。りみからは悩んでいるように見えた。
「分からないんだよ。」
「わ、分からないって?」
「そのままだよ。秋帆の事、まだ好きなのか、そうじゃないのか。」
「そ、そう…。なんだ…。でも、潤君にとって大事な人って言うのはよく分かったよ。教えてくれてありがとうね。」
「!そう言ってくれて嬉しいよ。ありがとうね。ところで、なんで泣いてたの?」
「うぅ…。(せ、折角、話題変えて収まったと思ってたのにまたぶり返されちゃったよ~。)」
この後、りみは一生懸命、言い訳をし、潤を無理矢理、納得させた。
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りみが帰って、しばらくして潤は宿題を開いて考え事をしていた。決して宿題の問題の内容で考えてる訳ではなく、りみの事を考えていた。ちなみに、場所はりみと勉強をしていたリビングである。
「潤?どうしたの?あなたには全然似合わない難しい顔して。」
側で読書をしていた潤の母親が声をかけた。ちなみに、潤とりみが勉強をしている間、ショッピングモールに珍しく買い物に行っていた。
「似合わないは余計だよ。いや…。りみの事でね。」
「りみちゃん?何かあったの?」
「うん。今日、うちに昼間来てたんだけど…。」
潤は、母親に昼間の出来事を話した。
「なるほど。で?」
「へ?で?とは?」
「だから、あなたはりみちゃんの事好きなの?」
「…分からない。めっちゃ良い子だと思うけど…。てか、何で泣いたのかも分からないし。」
「へ?潤?あなたりみちゃんが泣いた理由分からないの?」
潤の母親が鳩に豆鉄砲を食らったような顔をして潤に問い詰める。
「わ、分からないけど…?母さん分かるの?」
「はぁ~。潤がそこまで馬鹿とは…。あのね。りみちゃんは秋帆ちゃんと自分を比べてたの!」
「なんでりみが秋帆と比べるの?」
「なんでって!りみちゃんが潤の事好きだからに決まってるじゃない!」
潤の母親が叫ぶと持っていた本を乱暴に閉じた。
「ち、ちょっと!落ち着いて!」
潤がどーどーとジェスチャーを入れながら言った。
「はぁ~。多分、あなたの事だから全部言わないと分からないだろうから言うけど、りみちゃんは、あなたのことが好きなんだよ。それなのに肝心の好きな人は、まだ秋帆ちゃんの事が好きなのかもしれないって思って泣いちゃったんだよ。」
一気に言うとまた「はぁ~。」とため息をついた。
「わ、分かったから。ちゃんと理解したからお、落ち着いて!」
と潤が叫ぶ。そして潤も「はぁ~。」とため息をつき、
「本当に僕は色々な人に迷惑かけちゃってるね。紗夜姉さんとか日菜姉さんとか。そしてりみにも。」
と目を伏せながら言った。そんな潤を見ながら
「まぁ、秋帆ちゃんが亡くなった時の事を思えばあなたは随分と大きな一歩を踏んで、立ち直ったと思うわ。りみちゃんの事はしっかり考えてあげてね?じゃないとりみちゃんにも失礼だから。」
母親がニコッと笑うと、潤は「うん。」と言った。そして「よし!」と言って、立ち上がりスマホを持って、文章を打ち始めた。
9話でした。
これから先、潤はどういう行動をとるのでしょうか?
乞うご期待!