朝特有の肌寒さにロランドは目を覚ます。ベッドの方を見ると、そこにノーヴェの姿はない。
ロランドはため息をついて、下の階へと降りる。顔を冷水で洗えば、少しは気持ちが晴れた気がした。
身支度を済ませたロランドは、朝食を作りに台所へと向かう。冷蔵庫を開けようとしたとき、身に覚えがないメモが貼られていることに気がついた。
「少し出かけます、探さないでくださいって……家出かよ」
メモの下には、小さくノーヴェと書かれている。ロランドは再びため息をついて、朝食を作り始めた。
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今日も売れ行きは順調である。しかし、常連の口からはノーヴェを心配する声が漏れ出ていた。
昼時を超えると用意していた分はなくなり、ロランドは店を閉めて買い物に出かけることにした。こういうときは美味いご飯を食べて気分を変えるべきだというのが、彼の意見だったのだ。
片付けを終わらせて店を出たころには日が傾いており、街が夕焼けに染められていた。
いつも行く食材店へと向かう最中、見覚えのあるパーカーを着た人物が前を歩いているのを見つけた。
その黒地に黄色のインナーカラーのパーカーは、ノーヴェの私服と同じである。
「ノーヴェ?」
ロランドはそう声をかけるが、その人物は振り返ることなく歩いていく。
声が小さくて聞こえなかったのかと思い、ロランドはもう一度大きな声で呼びかける。
「おーい、ノーヴェ?」
「もしかしてノーヴェって私のこと?」
振り返った少女は、確かにノーヴェと瓜二つであったが、明らかに違う特徴を持っていた。
右目には眼帯をしており、それでも隠しきれていないほど大きな傷が縦に伸びている。
「ざんねんだけど私はノーヴェって人じゃないわ。それじゃあね」
他人の空似であると思ったのか、彼女はそう行って去ろうとする。
「ああすみません!えっと……もしかして人形ですか?」
そうロランドが言った次の瞬間、彼は腹に冷たい筒状の何かが押し当てられる感触を感じた。
いつの間にか少女はロランドのすぐ目の前に近づいてきており、ロランドの腹に何かを押し付けている。少女は笑顔のまま、その何かの引き金に指をかけた。
「少しお話したほうが良いみたいね、お互いのためにも」
そう言って路地裏まで押されていく。無力な一般人であるロランドに、拒否権はなかった。
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「それで、どうして私が人形だって思ったの?」
「それは……君とそっくりな人形と住んでいるからだ。彼女……ノーヴェは戦術人形で、自分の元になった人形がいるって聞いた。だからそれが君のことを言っていたのかなって」
「なるほどね、良かった。どうやら情報が漏れてる訳ではないみたいだし……」
しばらくブツブツと呟いたあと、よしっと明るい声を挙げた。
「そのことは他の人に言っちゃだめだよ?一応私の身元は重要機密ってことになってるから。じゃあね!」
「待って!君もこの近くに住んでいるのかい?それなら一度ノーヴェと話し合って――」
「それはできない」
「どうしてだい?」
「もしそのノーヴェという子と会っちゃったら、きっと私の中のウイルスが彼女を壊しちゃう」
「壊しちゃうって、それにウイルス?君たちは人形なんだから人間みたいに感染なんてしないだろう?」
「いいえ、感染するわ。それこそ近くにいなかったとしてもね」
彼女はいたずらに笑みを浮かべる。
「それはいったい――」
「おーい9?ここか?」
路地裏に男が入ってくる。兵士のような屈強な身体をしているが、足を怪我しているようで杖を付いている。
「時間切れだね。またこんど話してあげるよ」
そう言って彼女は男の方へと駆け寄っていってしまった。そして二言三言話した後、二人は路地裏を出ていった。
その寄り添う二人の姿が、ロランドには仲の良い夫婦に見えた。