次の日、ロランドは物音で目が覚めた。昨日ロランドが寝るまではいなかったノーヴェが、ベッドから起き上がった音だった。
「あっ起こしちゃった?ごめん」
「いや、ちょうど目が覚めただけだよ。おはよう」
ロランドは目をそらしながらノーヴェにそう返した。いつもより少し早い時間だが、たまにはこういう日もあっていいだろうとロランドは起き上がって伸びをした。
洗面所で顔を洗ったロランドはタオルが手元にないことに気がつく。濡れた顔のまま手探りで探していると、手にタオルが当たった。
「はいこれ」
「あっ、ありがとう」
顔を拭いたジョンは、ノーヴェから目をそらしながら礼を言った。
「いらっしゃいませ~」
ノーヴェの明るい声が店内に響き渡る。昼前だというのにすでに半分以上が捌けており、今日も昼をすぎれば店頭に売切れの札が並ぶだろう。
「ちょっとロランド、こっちをじっと見つめてどうしたの?」
「えっあっなんでもないよ」
ロランドは無意識にノーヴェの働く姿を見ていたようで、さっと目をそらした。
=*=*=*=*=
「それで、どういうつもりなの?」
「えっなんのことかな?」
頬をふくらませるノーヴェからそう声を掛けられて、ロランドは食事の手を止めた。
「今日はずっと目をそらしてばっか。さすがに私でも傷つくんだけど?」
「いや……そのえっと……」
「なに?」
ズイッとノーヴェは食卓越しにロランドに迫る。
「……恥ずかしい」
「えっ?」
「守る力なんてないのに大口をたたいた自分が恥ずかしい」
「……え~そんな理由~?」
ノーヴェは呆れた顔しながら椅子に座った。露骨に避けられているので、何か隠し事をしているのではと予測していた。しかし、実際のところはただの照れ隠しだったようである。
隠し事じゃなくて良かった
ノーヴェは自分の中をよぎった言葉に、疑問を抱く。いったいなぜ、良かったと考えてあのだろうか、と首を傾げる。しかし答えはいつまでたっても求まらない。
メンテナンスを受けなければとノーヴェは思った。最近のこの現象を解析できないからだ。解決できない問題というのは無駄に負荷がかかり、自分の寿命を縮めてしまうのだ。
しかしメンテナンスを受けるには、それ相応の設備と技術が必要だ。
「ノーヴェ?考え事かい?」
「ああ、うん。そろそろ私もメンテナンスを受けなきゃいけないと思って」
「メンテナンスか……常連に技師がいたっけな。今度できないか聞いてみようか?」
ノーヴェはロランドの提案に首を横に振った。
「私たち戦術人形は民間用と違って機密性の高いプログラムを使っているの。だから民間用人形の技師じゃ無理だよ」
「そうか……それなら力になれない」
ロランドは残念そうにそう呟くことしかできなかった。
=*=*=*=*=
「ごめん、ノーヴェ!買い出しに行ってきてくれないか?」
いつもどおり店を開けようとした頃、ロランドが調理場からそう叫んだ。
「了解!じゃあ行ってきます!」
ノーヴェは買い物リストを受け取ると、街へと駆けて行った。
「ちょっとそこのあなた、止まって」
ノーヴェが表通りを歩いていると、突然声をかけられた。辺りを見回してみれば、路地裏のほうへ続く道から手招きされている。
ノーヴェは平静を装いながら声の主に近づいていく。そして手招きしているその手を掴み、路地裏へ引きずり込んだ。そのまま関節を決め——
——頭を抱えて座り込んだ。
「ああもう、なんでこうピンポイントにダメなことをするかなぁ」
声の主の言葉を理解する余裕はなかった。どんどんと知らない情報が頭に入ってくる。新しく入ってきた情報は容量を圧迫し、新しいプログラムがノーヴェの中を壊していく。
「はあ、しょうがないか」
蹲ったまま動かなくなったノーヴェの首元に、声の主は手を這わせる。そして慣れた手付きでパネルをスライドさせ、スイッチを押した。
「ロラ……ンド……」
システムがどんどんと終了していき、彼女の意識は停止へと向かっていく。ノーヴェは、最後に彼の姿を思い浮かべた。
最後に駆け足になってしまい申し訳ないです。が、書きたかったことは全部書けたので満足はしています。この話まで読んでくださり、本当にありがとう御座います。今後も短編を数話投稿したいと思っているので、よろしくおねがいします。
総員!対ショック姿勢!
「ノーヴェ!お~い!いないのか~?」
夕暮れで赤く染まる街で、ロランドはノーヴェを探す。なかなか帰ってこない彼女を心配しつつも、仕事をほっぽりだすわけにはいかずにいたのでこんな遅い時間になってしまった。
街の人に聞いても、目撃すらされていない。まるで、何者かに連れ去られてしまったかのようだった。
「ちくしょう、どこにいるんだよ」
ロランドはそう呟いて、あたりを見回す。ふと目に入った裏路地は、先日の少女に連れ込まれたところと偶然にも一致していた。
「……まさかな」
路地裏へと入っていく。心臓がバクバクと高鳴り、冷や汗がとまらない。
「……ノーヴェ?」
そこには少女横たわっていた。見間違えるはずもない。彼女の着ているエプロンには、自分の店の店名が入っている。
「おい!ノーヴェ!」
ロランドは少女に駆け寄る。微動だにしない彼女は、まるで電源が落ちているようである。
「そうか!スイッチ!」
ロランドはいつぞやと同様に首のパネルをずらす。そして、起動スイッチを入れた。
「頼む……!おねがいだ!」
「……ロランド?」
「ノーヴェ!良かった……」
ロランドは壁に身体を預ける。
ノーヴェは立ち上がり、壁により掛かるロランドへと近づく。
「おい、どうした?」
ノーヴェは何も言わずにロランドへと近づく。そして、彼の顔の横を抜けて壁に手をつく。しかも両腕で彼の顔を挟むようにして、逃げ場を無くしている。
「あの……ちょっと?ノーヴェさん?」
無言で笑顔を浮かべたまま、ノーヴェはゆっくりと顔を近づいてくる。
思わずロランドは顔を引くが、すぐに後頭部が壁に当たる。
身動きがとれないロランドに、ノーヴェはゆっくりと近づいてくる。
唇が離れるまでの時間が、ロランドはとても長く感じた。
ノーヴェは口をゆっくりと開く。
「私ね……ずっと自分の中で違和感があったの。ロランドと会ってからずっと感じてたこの違和感の正体をずっと探してたの」
ノーヴェは優しくロランドに抱きつく。
「やっと……9に会ってやっとわかったの。これが恋ってものなんだね」
耳元でささやくようにそう言われて、ロランドは顔が赤くなるのを感じた。
「ロランド、好きだよ。これからも一緒にいてね」
「……そういうのは男から言うものだろ」
ロランドは、先祖から自分の不甲斐なさを叱られている気持ちになった。
「よし、じゃあ帰ろうか。俺たちの店に」
「うん!」
二人は夕暮れの街へと消えていく。
その二人の後ろ姿を描いた絵が世界を揺るがすほどの評価を得るのだが、それはまた別の話である。
そうです、書きたかったのはこの部分です。