ガーリー・エアフォース Sisiter's Vaportrail 作:liris
そして今回も私は言いたい。
なぜF-117のプレイアブル実装とSu-47のオヴニル・グラーバクカラーのスキンが実装されないっ!!(泣)
敵機としては登場させてもプレイアブル機として使わせないのはどういう了見かっ!?
仕方ないのでF-117はAC05で楽しみます。
今回はこれまでで最長の長さです。
……正直これなら前回の海鳥島戦も区切る必要なかったと思わなくもない。
制圧作戦に失敗した私達は小松基地ではなくここ、沖縄の那覇基地へ帰還していた。
那覇基地は空自の拠点としては一番海鳥島に近い。再出撃の事を考えると距離のある小松よりも那覇基地で補給や機体の整備を行うのは自然だった。
(沖縄に来るのは半年ぶりね。前来たのは米軍の嘉手納基地だったけど)
前回沖縄に来た時は米軍の航空隊に対ザイの戦技指導という事で来たけど……ザイ自体が来襲してイーグルと迎撃に出てそれどころかじゃなくなったけど。
「なんでお父様の言う通りにしないのっ⁉」
「私は作戦活動の指揮権を頂いていましたので、状況で作戦を変更するのは当然のことです。それで怒鳴られるのはお門違いです」
「でも、ミッション失敗したじゃん!」
「それはあなた達の実力不足だっただけの話です。きちんと制空権を取って頂ければ私も仕事しましたよ? まあ、上からの奇襲に気付けていなかったので無理だったのでしょうが」
作戦が失敗したのは自分ではなく護衛の私達のせい、ね。
……言ってくれるわね.
「じゃあどうするのっ! このままじゃいつまでたってもあの基地壊せないじゃん!」
「戦力が整わない以上無理をするのは自殺行為です。最悪あの海域を放棄することになるでしょうが――――――」
「そこまでよ、二人とも。そもそも今回の失敗の責任は指示をした私にあるわ」
これ以上二人を放っておくと収拾がつかなくなりそうだから止めに入る。……まぁ、イーグルの立ち位置に私が入るだけなんだけど。
「イーグル。何も言わず先に退がったファントムに言いたい事があるのは判るわ。ただ、同じ立場なら私も撤退を選んでいたわ。…………あれだけの数がいる以上、独飛の戦力だけじゃ対処しきれないもの」
「むー、ミュベールはファントムの味方をするの?」
「同じ判断をする、ってだけよ。別に味方をするわけじゃないわ」
そもそも私は失敗する可能性の方が高いと見てたからある意味ではファントムよりもタチが悪い。
ただし――――――
「ファントム、貴女もよ。しくじった私が言える事じゃないけど貴女も作戦の指揮官だった。ロクに指揮を執らずに味方をなじるのはどうかと思うわ」
――――――言うべき事は言わせてもらうけど。
「本当に言えることではないですね。采配を間違えた方に私のことをどうこう言う権利があるとは思えませんが」
「そうね。ただ指揮権をもらっておきながら何もしなかった誰かさんも大して変わらないと思うけど?」
ミュベールとファントムの視線は互いを見据え、逸らさない。表情はお互い涼しげに笑っているがそれはそう見えるだけ。二人の間に流れる空気を察したのか、イーグルは既に離れて慧とグリペンも遠巻きに見ている。
――――――一触即発。この様子を見ていた慧は後にこう語る。『あんな怖い笑顔は二度と見たくない』と。
「面白い事をおっしゃいますね。この私が『間違い』をしたあなたと同じだと?」
「結果的には変わらないでしょう? 私も貴女も今回の作戦に限って言えば同じ“戦犯”よ」
その一言が決定的となったのか、ファントムからは表情が消え、瞳は金属のような無機質さへ変わっていた。
「……いいでしょう。そもそもあなたとはDACTでの決着もついていませんでした。いい機会ですから上下関係をはっきりさせましょうか」
「そうね。指揮官相当が二人いて方針がバラバラじゃ纏まるものも纏まらないもの。ここらで白黒はっきりさせましょうか」
止める間もなく勝負をする事を決める二人。その二人のやり取りを戻ってきたゲイザーは『仕方ないなぁ』と言いたげに見るだけで止めに入る事はしなかった。
「――――――そういうわけでファントムと一戦交える事になりました」
事の顛末を通信で八代通室長に伝えるとやはりというか頭を抱えていた。
が、仕方ないか、と言って私がファントムと戦う事を了承してくれた。
「
「那覇基地のシュミレータを貸してもらえました。再出撃にの為に機体は整備しないといけませんし」
「それについてだがな。こっちの判断で船戸とE.F社の整備班を向かわせた。もう出発したからそんなにかからないだろう」
元々那覇基地にはイーグルがいたからアニマに関する設備は一通り揃ってる。加えて彼らも来てくれるなら機体の方は万全に仕上がるわね。
「それで、勝ち目はあるのか?」
「ええ、正面から堂々と。……八代通室長にはその間やっていただきたい事が」
「正面からやって勝てる理由も聞きたいところだが……俺にやってほしいことってのはなんだ」
「海鳥島に向ける戦力の事です。あれだけのザイに加えて地対空の新型もいますから私達だけじゃ手が足りません」
「それについてだが地対空型のやつにはこっちにアテがある。問題は島の上空にいる連中だが」
あの新型を潰せるアテがあるならこっちの案の成功率も上がる。アレがいると迂闊に飛び込めないし。
「それについてですが……空自の方で出来るだけ部隊を集めてもらえますか? 出来れば中・長距離空対空ミサイルをフル装備した部隊をお願いしたいのですが」
「……どんな狙いか説明してくれ。理由もなしによその基地から応援を引っ張るのは無理だ」
「ゲイザーに本来の戦術で動いてもらいます。あの娘本来の戦術は――――――」
八代通室長に説明すると先ほどとは別の意味で頭を抱えていた。
……ま、聞いたらそうなるわよね。ゲイザーの運用思想は既存のアニマとだいぶ違うし。
「……確かにそれなら数さえ揃えられれば何とかなるな。いいだろう、上も今回の一件は重く見始めたことだし考えなしに数を投入するよりはよっぽどマシだ」
制空の目処はこれでついた。
あとは――――――
「なら、あとはファントムを何とかするだけですね。いっそ調教しましょうか?」
「……お前が言うと冗談に聞こえんな。多少手荒に躾ける程度なら許す。……あのじゃじゃ馬娘をまっとうに更生させてくれ」
「ええ、了解しました」
そう言うミュベールのどこかファントムに似た、しかし決定的に異なる笑みを浮かべていた。
「それでフナさんとわたしがシュミレータの準備を?」
「ええ、再出撃は明朝〇六ニ〇。休息を取る事を考えるとあまり時間がないからね」
八代通室長との連絡の後、ゲイザーと那覇基地に到着した船戸さんにシュミレータの準備をお願いしていた。船戸さんは元々小松でグリペンの整備やシュミレータの調整をしていたためこういった作業はお手の物。今回ファントムと勝負するにあたり、シュミレータに手を加えて対戦できるようにする必要があったのだ。
それにファントムと勝負をするのは私だけじゃない。あの後鳴谷君もグリペンと一緒にファントムに挑戦状を叩きつけたみたいで彼ら用の調整もあったからだ。
「よし、こんなもんか。突貫作業で見かけは不格好だが問題なく動くぞ。ゲイザー、機体データの方はどうだ?」
「バッチリです。クルビットだろうが片肺のスピンターンだろうが再現できますよっ!」
当然の事ながら那覇基地……というよりE.F社以外にS-32のデータはない(開発元のロシアも中途半端な飛行データしかない)から機体データをインストールする必要があった。
そしてもう一つ、ゲイザーにはファントムのクラッキングに対抗するためにも協力してもらわないといけなかった。
「それにしてもミュベール。ホントにこれでいいの? 確かにこのやり方ならファントムがクラックしてもなんとかなると思うけど確実に勝てる、ってわけじゃないよ?」
「判ってるわ。けど今回はただ勝つだけじゃダメなのよ」
今回の勝負は勝ち負け以上にファントムの考えを変えさせる必要がある。だからただ勝てばいいってものじゃない。その為に多少のリスクを負う事になるけど実際のところ、私はそのリスクを問題だとは思っていない。
なぜなら――――――
「リスクは承知の上よ。それに、私のやり口を一番判ってるのは貴女よ。――――――他に誰もいないわ」
「ミュベール……。わかった、任せて。絶対に外さないから」
これで私達の準備は整った。あとはファントムの出方だけど……こればかりは出たとこ勝負になりそうね。
――――――そうして、いよいよその時がやってきた。
シュミレータが設置された訓練室には私とゲイザーを始めとした独飛のメンバーが揃い踏みだ。
「はーい、それじゃ今回の勝負について改めて確認するよー」
マイクを持ってノリノリで司会をするゲイザー。その姿にファントムだけじゃなく慧とグリペンも呆気に取られている。
(ちなみにミュベールはゲイザーのそういうところには慣れているので突っ込まない)
「まずミュベールとファントムはこの勝負の結果で隊の指揮官を決める。……二人とも異存はないね?」
「ないわ」
「ええ、ありません」
「次に慧くんとグリペンのペアとファントムの勝負。慧くんとグリペンのペアが勝ったら次の作戦に参加する。ファントムが勝ったら慧くんがファントムのパートナーになる。間違いはない?」
「ああ、それでいい」
「間違いありませんよ」
お互いの勝負の結果で賭けるものを確認する。
「で、肝心のルールだけどお互いに実機の稼働データをインストールした機体データを用いてのDACT。設定は……空戦エリアは那覇基地から150㎞の海上。天候は曇りで雲量が7/8。 風は110度から5ノット。僚機はお互いなしの一対一。オーケー?」
全員了承の意を返し、私とファントムが先にシュミレータに入る。システムを立ち上げ、異常がないかを確認する。
(全システム異常なし。機体データのフィードバックも問題なさそうね)
≪少しよろしいですか? 戦闘前に確認しておきたいことが≫
なにかしら? 今更確認する事なんてないと思うけど。
≪私のシュミレータに仕込んであった遅延プログラム。無力化はしましたがアレはあなたの仕業ですか?≫
≪……ちょっと、それどういう事?≫
遅延プログラムですって……? 私はそんなもの仕込んでもいないしゲイザーも仕込むハズがない。いいえ、仕込む必要がない。
≪……その様子だとあなたではないようですね、失礼しました。ああ、一応言っておきますと私からはあなたの機材への細工はしていません。まぁ、勝負が始まったあとまでは保証しかねますが≫
それ、始まったらクラッキングをしてくる、って事よね。
それにしてもファントム側の機材への細工か……。ゲイザーが独断でしかも報告なしでするとは思えないから船戸さん……もっと言えば鳴谷君達の仕業かしら? 『ファントムとは
≪……細工をした人と指示した人に心当たりはあるから後で私の方から言っておくわ≫
≪構いませんよ、あの程度の細工なら簡単に見つけられましたから。では御機嫌よう≫
ファントムとの通信が切れ、ファントムがこちらとは反対方向に旋回して離れていく。お互いに速度と高度を揃え、その後のヘッドオンですれ違ってからがスタートになる。
――――――5
意識を切り替える。
――――――4
息を吐きだし呼吸を整える。
――――――3
機体を操る四肢に力を入れる。
――――――2
されど思考はクールに。
――――――1
接近してくるエメラルドグリーンの輝きを捉える。
互いの機体が交差し、ミュベールのS-32は一気に機体を左旋回させ、ファントムのRF-4EJは雲の中へ飛び込んでいく。ミュベールもその跡を追って雲に飛び込む。
――――――雲によってレーダーが乱れ、それを利用しファントムの機影がレーダーから見えなくなる。
(……くるわね)
雲から抜けレーダーを確認すると10時方向に反応がある。
――――――がミュベールはその反応を信じなかった。
(仕掛けてくるなら4時方向――――――!)
自身の読みを信じ、反応とは真逆の方向へ機体を向ける。
(いたっ!)
そしてそこには読み通り彼女がいた。
――――――ミュベールの読みにはきちんとした裏付けがあった。空戦において相手の後方は優位な位置。だからこそファントムなら確実に
≪FOX2!≫
ミュベールの方がロックするのは早く、先手を打つも射程距離ギリギリだったためファントムはミサイルを難なく躱して再び雲の中に潜る。躱されると思っていたとはいえ、その通りになった事にミュベールは思わず舌打ちする。
レーダー上にファントムの反応は3時方向にあるが逆方向へ目を抜けるとそこにいる。機体を旋回させて機首を向けるともうそこにファントムの姿はなかった。
(消えたっ!?)
そしてその動揺を揺さぶるようにミサイルアラートが響く。チャフとフレアを撒きながらバレルロールをしてミサイルを躱すも今の不自然さに疑問を抱いていた。
(今のはレーダーの方が正しかった? いえ、違う。さっきのミサイルは
――――――それはシュミレータだからこそされた方法だった。実機ならレーダーがやられてもまだ有視界で対応出来た。が、ファントムはシュミレータにクラッキングしてレーダーだけじゃなくディスプレイのも偽の表示を出していた。
(ならやり方を変える!)
ミュベールの機動が変わる。相手を墜とす為の動きから相手からの攻撃を躱す事を重視した動きへと。
(確かに一対一で相手の位置が掴めないのは脅威だけど……これなら!)
ミュベールの採ったやり方。それは一対一の考えは捨てて一対多数……それもステルス部隊を相手としたもの。相手の位置が判らないならどこにいてもおかしくない、という想定だ。
実際、E.F社でもミュベールレベルのパイロットは社内やオーストラリア空軍とのDACTで一体多数のプログラムを組まれる事はそれなりにある。その経験があるからミュベールは攻撃よりも回避に重点を置いて動いていた。
(とはいってもこのままじゃやられるのは目に見えてる。……どこで仕掛けるか、それが勝負の分かれ目ね)
以前のDACT同様複雑な尾を引くドッグファイト。しかし前回と異なり、互角ではなくミュベールが一方的に追い立てられている。
鳴っては止むロックオンとミサイルのアラート。そんな中でもミュベールは焦りに囚われず平静を保とうとする。焦ってミスをしたら本命が来るのは目に見えてるからだ。
……勿論、この方法では撃墜される可能性は低くなるが同時に勝てないとミュベールは承知している。ファントムに勝つ為の策はあるが何も変化がないという事は
(考えなさい。どんなに反応があっても実際に仕掛けるのは本物だけ。ならどうやってその本物の位置を特定する!?)
ミュベールが思考を巡らす間もアラートは止まらない。スロットルを開けてインメルマンターンで後方から喰らいつかんとするミサイルを避けようとし――――――砂粒程の閃きを得てそのままフルスロットルでパワーダイブ。高度と引き換えに速度を秒単位で上げていく。
(急降下している相手には後方から仕掛けるしかないからファントムの位置をある程度限定出来る。後は仕掛けるタイミング次第――――――っ!)
ディスプレイのミラー越しに映るファントムのRF-4EJ。これがフェイクならこっちの手札を全て見せかねない。そうなれば勝つ為の目はほぼ消える。
だが戦闘機乗りとしての直感か、それとも裏付けされた経験か。――――――おそらく両者だろうがミュベールには今後ろにいるファントムがフェイクでない確信があっった。
S-32とRF-4EJの出力差。その差が現れ二機と距離は徐々に離れていく。ロックオンアラートが鳴り始め、それを黙らせるためにチャフとフレアをリリース。
それによってファントムのサークルが一時的に乱れる。
≪そんな一時凌ぎが通じるとでも? これで――――――っ!?≫
終わりです、と言おうとしたファントムの言葉は続かない。――――――“異変”を感じたからだ。
いきなり指先の感覚が断絶されたかのような感覚。ミュベールのシュミレータに行っていたクラッキング。行っていた接続全てが切断されたからだ。
(よしっ! 最高のタイミングっ!!)
そしてミュベールは最高のタイミングでチャンスが来た事に獰猛な笑みを浮かべる。
ディスプレイだけでなくレーダーにもファントムの姿がはっきりと映る。
瞬間、そのタイミングを逃さず機体をクルビットしながらローリング。180度の位置でクルビットを止め、天地の戻った機体を加速させる。
「『スレイマニ・クラーケン*1 』ッ!」
クラッキングの切断。そして目の前で見せられた変態機動を前にしてもなお、ファントムは最適解を誤らない。
≪ですが私にその機動は通じません。――――――FOX2≫
ファントムはこれまでのミュベールの動きからクルビットやコブラに属する機動を得意としていると読んでいた。これらの機動は行えば速度が大きく低下するし、それはクラーケンとて例外ではない。
現にクラーケンをしたミュベールは速度がかなり落ち、ファントムはそこを狙い必勝を期して残りのミサイルを全て発射。
――――――が、必中を確信していたミサイルは全て命中する直前に大きく逸れ、当たる事はなかった。
≪なっ!?≫
≪生憎ね、ファントム。私が得意としてるコブラやクルビット系の弱点をそのままにしてると思った? FOX3ッ!≫
今度こそ動揺したファントムの隙を突き、加速して距離を詰めるミュベールはすれ違いざまに機銃の
電子の世界でS-32とRF-4EJが交差し、片方は天へ昇り、もう片方は地へ墜ちる。
≪
――――――一瞬の交差。放たれた機銃弾はファントムの機体を正面から打ち抜き、八代通にした宣言通りミュベールは正面から堂々とファントムを打ち破った。
≪……やられました。クルビットで反転した瞬間ECMでこちらのミサイルとFCSを妨害し、その間に私をキルしたんですね?≫
≪ご名答。私のS-32にはECMが装備されてる。貴女も気付いている通り、クルビット系の機動は行えば速度を大きく落とす。――――――なら、その為の護りをするのは当然でしょう?≫
それは通常の機体に比べ電子能力を強化しているAZCCだからこそ可能になった防御法。通常の戦闘機だったらファントムの撃ったミサイルは間違いなく全弾命中していた。
≪しかしわかりません。どうやってあなたは私のクラッキングから逃れたのですか?≫
ファントムの疑問はもっともだ。現にミュベールは回避機動に手一杯でそんな余裕はなかったし、そもそもミュベールにそんな技術はない。
ではなぜファントムのクラッキングを無力化出来たか。それは――――――
≪シュミレータのシステムは今回全てゲイザーが動かしていた。だから貴女が細工していないまっさらなシステムに切り替えたのよ≫
≪ありえません。シュミレータのシステムには何度もテストシグナルを流して異常がないことを――――――≫
≪それがそもそもの間違いよ。ゲイザーは細工をしてたわけじゃない。
例えるなら水の流れのどこかに異常があるんじゃなく水流そのものが異常。今回の勝負でシュミレータの全システムはゲイザーが動かしていた。だからいくらテストシグナルを流しても異常なんて見つからない。
――――――システム内での異常は何一つなかったのだから。
≪まさか……彼女はシュミレータを起動している間ずっと、私が干渉していないシステムを維持し続けていたのですか⁉≫
≪ご名答。それも切り替えても誤差がないようにフィードバックしながらね≫
ゲイザーの演算能力は今まで比べる相手が私の
≪しかしあなたからもゲイザーからも合図のようなものはなにも――――――≫
≪当然よ。私達は合図なんて送ってないもの≫
≪……は?≫
≪だから合図なんてしてないのよ。私がゲイザーに言っていたのは『クラーケンを仕掛けられる位置関係になったらシステムを切り替えて』だけだったんだもの。――――――私はゲイザーならタイミングを間違えないと飛んでいた。それだけの話よ≫
互いに対する強い信頼。それはファントムにとってあまりに予想外のものだった。
勝敗を分けるタイミングを自分以外の相手に託す。それはこれまで全てを一人で背負ってきたファントムには衝撃的だった。
≪では、パワーダイブで急降下したのも≫
≪えぇ、ああなれば貴女は後ろから仕掛けるしかないでしょう? 位置が掴めないなら掴める位置に誘導する。相手が見えないなら炙り出す、てやつよ≫
半分賭けだったけどね、と言うミュベールだがその言葉はファントムの耳には入ってこない。ファントムにとってミュベールの言う事は自身の価値観とはあまりに異なっていたからだ。
≪……もう一つ、教えてください。……なぜ、始めからシステムを切り替えなかったのですか? あなたの技量ならそんなリスクを負わずとも勝てたでしょう。なのになぜ……?≫
≪一つは早い段階で仕掛けて貴女が対応するのを防ぐ為だけど……こっちはオマケ。一番の理由は貴女に信頼する事を教えたかったから≫
≪私に?≫
≪ええ。勉強になったでしょう?≫
不思議とファントムには楽しそうな笑顔で言うミュベールの顔が浮かぶ。それはこれまでにない事だった。
≪……私の完敗です。戦術で上をいかれ、私にその事を教えるために不利な条件で戦い、勝利した。ええ、これ以上ないぐらいの負けですとも≫
ファントムにとってこの結果は勿論悔しさもある。だがそれ以上に得たものがあり、だからこその敗北宣言だった。
≪……言葉の割には嬉しそうね、貴女≫
≪そうですね。久しぶりに上を目指す楽しみを思い出しましたから≫
そう言うファントムから変化を感じたミュベールは自分達のやり方が間違ってなかった事にホッとする。
≪私はこのまま残ります。まだ彼ら二人との勝負があるので≫
≪そうだったわね。それじゃあファントム、後で付き合ってくれない? 貴女とやりたい事があるのよ≫
≪なんでしょうか?≫
≪私達の勝負に余計な事をしてくれた子への“お仕置き”よ≫
≪……それは楽しそうですね。ええ、ご一緒いたします≫
そうファントムと一緒にお仕置きする事を決めたミュベールをゲイザーが迎える。
「お疲れ様、ミュベール。上手くいったみたいで安心したよ」
「ええ、貴女もね。最高のタイミングだったわ」
ハイタッチしながらお互いを労うミュベールとゲイザー。
そうして次にファントムと勝負する慧とグリペンの頭をこずいてバトンタッチする。
「二人とも頑張って意地を見せてみなさい?」
そう言うとやる気十分でシュミレータに入る二人。肩の荷が下り、幾分気が楽になったミュベールはゲイザーと一緒に三人の勝負を見守るのだった。
――――――結果から言えば、勝ったのはファントムだった。
鳴谷君とグリペンはファントムとやり合う上で鳴谷君が機体の操縦、グリペンがレーダーと火器管制と役割を分担して挑んだ。その発想自体はよく、いいところまでいったのだが打つ手を誤った。
ファントムの速度が乗ったところでコブラで急減速。ファントムをオーバーシュートさせようとするも失敗し逆に撃墜された。
ファントム曰く『狙いは悪くありませんでしたがあなたとの勝負で見慣れましたから』という事だ。……それに関しては少し二人に悪い気がしないでもない。
(特にグリペンは負けたら鳴谷君とパートナーを解消する事をファントムに言われたせいか、見ていて心配になるぐらい落ち込んでいた)
「さて……私が勝ったので慧さんには私とパートナーになってもらう約束でしたね?」
ファントムの言葉にグリペンがビクっと震え、言われた慧も拳を震わせながら俯いていた。
「……しかし気が変わりました。次の作戦に私は参加しますし、あなたたちもそのままで結構です」
ファントムの言葉に顔を上げる二人。さっきまでのファントムなら有り得ない言葉に目を白黒させている。
「ただし、次の作戦では慧さん。あなたが機体を操縦してください」
え、っと驚く鳴谷君だけど私もそれには賛成だ。そもそも彼が乗っている時点でHiMATは出来ない。それなら今回みたいに役割を分担した方が機動性以外はアニマ本来の
「いい案だと思うわ」
「わたしも。……あ、逆はしちゃダメだよ? 慧くんがレーダーや火器管制をしてもメリットはないから」
とんとん拍子に進める三人にファントムの言葉から回復した鳴谷君が異を唱える。
「ちょ、ちょっと待ってくれっ! 俺が操縦したらザイのHiMATにはどう対抗するんだっ!?」
「え、される前に
「は?」
ゲイザーのドストレートな言葉に苦笑する。私だけじゃなくファントムも同じような反応だった。
「ゲイザーの言うのももっともですが、そもそもグリペンには操縦とレーダー・火器管制を両立する余裕がはっきり言ってありません。それはそこで目を逸らしている彼女が一番分かっていると思います」
そう言われたグリペンは気まずそうに目を逸らしている。やっぱり自覚はあったんでしょうね。
「そもそも空戦において重要なのは高度と速度・運動エネルギーを最小限の動きで転換し、最適な位置に遷移することです。無暗やたらとマニューバを行うのはただのサーカスです。……彼女のようにそれを“強さ”に結び付けられるなら別ですが」
「褒められてるのか貶されてるのか微妙な評価ね、ソレ」
人の飛び方を例えるのにサーカスはないでしょう、サーカスは。
「安心して下さい。私だけでなくミュベールさんもサポートしてくれると思いますから」
「……わかった。やってみる」
少し考えて鳴谷君は納得してくれた。
ならあとは――――――
「さて、鳴谷君? 少し私達とOHANASHIをしましょうか」
――――――先にやる事をやっておかないとね。
「え゛? な、なんでですかっ!?」
「シュミレータに余計な事をしてくれたでしょう?」
「そ、それは……」
そもそも私は
「あー。頑張ってね、慧くん」
「なに言ってるのよゲイザー。貴女も一緒に決まってるでしょ」
「へ?」
「システムを動かしてた貴女ならアレに気付いてたでしょ? それを黙ってたんだから貴女も一緒に決まってるじゃない」
「「…………」」
顔を見合わせるゲイザーと鳴谷君。お互いに頷き合って逃げようとするが――――――
「逃げられると思ったのかしら?」
私がゲイザーの、そしてファントムが鳴谷君の襟首を掴んで阻止した。
「お二人とも覚悟はよろしいですか?」
「「グリペン、助けてくれ(ちょうだい)っ!」」
グリペンに助けを求める二人。私とファントムはそのままの笑顔でグリペンに顔を向け――――――
「……二人とも、頑張って」
「「グリペンッ!?」」
――――――二人はあっさりと見送られる。ゲイザーはともかく慧を見送ったのはファントムやミュベールの迫力ある笑顔に押されたり、一言も相談なくファントムと戦う事になったのをを根に持っているわけではないだろう。……たぶん。
「さて二人とも絞られる覚悟はいいかしら?」
「簡単には離さないのでそのおつもりで」
抵抗する二人をズルズルと引きずって訓練室から出ていく二人。
そうしているミュベールだけでなくファントムもどことなく楽しげで、彼女の中で変化があったのは明白だった。
――――――海鳥島への再攻撃まで、残り11時間20分。
通称『クラーケン』と呼ばれるミロシュ・スレイマニ大尉が編み出したクルビットの派生となる機動。通常のクルビットと異なる点は機体を一回転させるのではなく180度で止める事。そして機体をローリングさせながら行う点にある。
通常のクルビットを180度の位置で止めると機体が背面状態になるので武装の使用に一部制限がでる上、相手が上昇した場合に即応しにくい。スレイマニ・クラーケンはそれを克服した機動で反転した時点で機体は水平に近くなっているため、反転後の機動と攻撃の自由度が高い。
が、この機動は前提として機体がクルビットが行える能力を有している事。そしてクルビットしながらのローリングにパイロットが耐えられなければならない。
多少ご都合主義感が否めませんがこれが作者の限界です。
それにしても一対一でこれなら原作6巻で予定している対バーバチカではどうなるか……うん、今はまだ考えないようにしよう(ォィ)
オリジナル
ちなみに補足するとミュベールは思い付きでやったんじゃなく実機でも過去に何度か試しています。
次回、皆様(と作者)がお待ちかねだったゲイザーの本領発揮。
……このペースだとまた来月か……