戦闘狂は正義を振り翳す   作:HDアロー

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三話 撈月

「次、お願いします」

 

 膝に手を突き、呼吸を乱しながらも、私は止まらない。止められない。

 バトルフィールドの、向こうにいる対戦相手が顔を引きつらせる。

 休憩をはさむことなくバトルを続け、今は何連勝だったか。

 数字が二桁を超えてからは数えていない。

 

(足りない。こんなのじゃ物足りない)

 

 こちらのパフォーマンスは、疲労から徐々に落ちてきている。

 けれども、それでもなお、私たちの牙城を崩すような相手には当たらない。

 そもそもここは、研究員気質の強い人員が多いのだ。

 私のような戦闘員は、いない。

 

 私が対人戦に打ち込み始めたのは、コニーと戦ってから。

 コニー自体は非常に弱かったが、同時にこうも思った。

 むやみに飛び込んでくるポケモン達よりも相手しづらい、と。

 

 この施設で放し飼いされているポケモン達に対しては後の先が成立する。

 相手の攻撃を誘い出し、回避不能なタイミングでカウンターを決める。

 これだけでよかった。

 

 だがしかし、トレーナーが相手であれば私の意図が読まれる。

 そう簡単に釣られてくれないし、場合によっては積みの起点にしてしまうだろう。

 私は、自らの対人経験の少なさを自覚した。

 

「スーちゃん、龍の波動」

 

「オコリザル、避けなさい!」

 

 スーちゃんに龍の波動を指示する、相手に聞こえるように。

 相手は私の声を聞き、回避行動を指示する。

 避けろと言われて、オコリザルは龍の波動を避ける。

 波動を避けるために、上空に向かって。

 

 その瞬間、私は次の試合に向けて意識を切り替えた。

 瞳を閉じ、呼吸を整える。

 勝敗は、既に確定した。

 

「オコリザル!?」

 

 スーちゃんのエアスラッシュが、空中で回避不能のオコリザルに突き刺さる。

 だめだ、これじゃあ満たされない。

 相手の様子を見る限り、何故自分が負けたのかもわかっていないだろう。

 

「あんた、何をしたのよ!」

 

 対戦相手だったモノがこちらに歩み寄ってくる。

 しかしすでに、私の興味からは外れている。

 肩に置かれたそいつの手を払いのけて、次の対戦相手を待つ。

 

「次、お願いします」

 

「あんたねぇ!」

 

 私のそんな態度が癪に障ったのか。

 そいつは私に殴りかかってきた。

 その拳を、右手一本で受け止める。

 

「うるさい。私の目の前に現れるな。目障りだ」

 

 そのまま右手を握り締め、握りこぶしを握りつぶす。

 ゴリゴリと、鳴ってはいけない音がした。

 そいつが甲高い悲鳴を上げる。

 うるさいって言ってんだよ。

 

 そいつを蹴り飛ばす。

 壁にぶつかったそいつは、意識を手放した。

 

 ああ、まったくもって無益な日々だ。

 そう思っていると、件の少女が話しかけてきた。

 

「メア先輩、やり過ぎですよ……」

 

「どこが?」

 

 その少女は先日こっちにやってきた、私の事を先輩と呼ぶ少女だった。

 極悪非道のロケット団が、たかが殺傷行為にやり過ぎ?

 何ともちぐはぐな相手だ。

 

「メア先輩。あなた、周りの人たちから何と言われているか知っていますか?」

 

「……さあね。私の価値は私が決める。他人の定規なんかで定義されてたまるかって話だよ」

 

「先輩はもう少し、周りの目を気にしたほうがいいと思います」

 

「はは、私ほど気配察知に長けた人間なんてそうそういないよ、相手の意図を読むことに長けた人間もね」

 

 全て必要なことだから。

 人事を尽くし、勝負を運否天賦に賭す。

 そこだけは唯一、サカキと理念を共有できるところで、私がここに来た理由だ。

 だが、相手の意図に気付くことと、汲み取ることは別だ。

 

「私はね、あんたを含めロケット団っていう組織が大嫌いなのさ。どうしてそんな奴らに施しを与えなければいけないの?」

 

 好きでもない相手の好感度を必死に稼いで、それで一体何の役に立つというのか。

 だから私は、私が生きたいように生きる。

 

「……それなら先輩は、どうしてこんなところにいるんですか」

 

「ははっ、愚問だね」

 

 近くにスーちゃんが寄ってくる。

 その顔を、右手で軽く撫でる。

 

「生きるためだよ」

 

 それだけ、それだけだ。

 それ以外、私は何も望まない。

 それを成し遂げるだけの力量さえ手に入れば、もはやこんな場所に用はない。

 

「先輩! 海を見に行きましょう!」

 

「やだよ、めんどくさい」

 

 その日の夜の事だった、彼女が私の部屋に押し掛けてきたのは。

 いや、よく考えると彼女は毎日のように私の部屋に押し掛けてきていた。

 訂正しよう、彼女が私を夜の海に誘いに来たのは、その日の事だったと。

 

「行きましょうよ! きっと綺麗ですって!」

 

「あんたはここにきて日も浅いから感動するかもしれないけどさ、こちとらもう三年も見続けてきた光景だよ。今更なにに心動かされるのさ」

 

「いいから行きましょうって!」

 

 浜辺で待ってますからねと言って、彼女は走り去っていった。

 あほらし。

 なんで私がそんなことに付き合わされなければいけないんだ。

 ドアに鍵をかけ、アームカバーを取り外し、ベッドにダイブした。

 

 いつもなら、必要とあれば眠りに落ちるこの体だというのに、どうにも眠りに付けなかった。

 眠れないという思考が、私を睡眠から遠ざける。

 しばらく布団の上でゴロゴロしていたが、やがて寝ることを諦めた。

 

(ああもう! あいつのせいだ)

 

 布団を引っぺがし、アームカバーを身に付ける。

 ドアの鍵を開け、私は海へと歩き出した。

 

「あ、先輩! 来てくれたんですね!」

 

「あんた、まだいたの?」

 

 詳しくは覚えていないが、私は部屋の中で一時間弱ゴロゴロしていたはずだ。

 とっくに諦めて、部屋に戻っているだろうと思っていた。

 右腕に手を掛けると、先ほどつけたアームカバーが触れた。

 

(そういえば、どうしてアームカバーを付けてきたんだろう?)

 

 彼女が既に立ち去ったと考えるなら、この醜い傷跡も、誰に見られることもないはずだったのだ。

 結果的に彼女がいたから付けてきて正解だったわけだが、それはあくまで結果論だ。

 私がそういう行為に出た理由は何だったんだろう。

 彼女がここに居ることを、心のどこかでは期待していた?

 

(まさかね)

 

 らしくないとはいえ、彼女もまたロケット団なのだ。

 そんなのを相手に、会いたいと思うなんてことがあるはずない。

 虫の知らせとか、きっとそういうのだろう。

 

「先輩、海っていうのは広いですね」

 

「何を当たり前のこと言ってるのよ」

 

「あはは、私は海の見えない街で育ったので」

 

 彼女は微笑んだ。

 夢を語る子供の様に、明るく朗らかに。

 

「潮風っていうのは、こんな感じなんですね。見たり聞いたりしただけじゃ、感じ取り切れない。においや、肌をなでる感覚。自分の足で踏み込んで、初めて知れる領域です」

 

「……そうだね。人の話が、いつも正しいとは限らない。人それぞれ養った感性があるんだから、自分の身で経験しなければ分からないことは多々ある」

 

 誰かが言った。

 死は危険なものだと。

 けれど、その人は死の隣にある生を知らなかった。

 その一点で既に、その誰かの言葉は完璧ではなかった。

 

 そもそも言語なんて不完全な伝達手段だ。

 こうして形にしている私の言葉も、相手に伝わる時にはフィルタが掛かり、微妙に受け取り方が変わるだろう。

 アグノムバンドリュと聞いて、バンギラスを物理型と予想するか特殊型と予想するかのようなものだ。

 

「先輩、水面に映る月は、ときに空に輝く月よりもきれいだと思いませんか?」

 

 すこしだけ頬を赤らめて、彼女はそういった。

 

「私は先輩の事をよく知りません。でも、それでもいいです。私の目で見た先輩がメア先輩という人物です。波に揺られようと、光がねじ曲がっていようと構わないです」

 

 彼女は私の方に向き直った。

 

「先輩が私に本当の月を見せてくれる日が来るのかはわかりません。でも、私は私の見える月も好きなんですよ?」

 

 彼女は、そう言ってほほ笑んだ。




月が綺麗ですね
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