駆け抜ける。
スーちゃんに抱きかかえられて、施設の狭い廊下を。
時折迫りくるシャドーボールやサイコカッターを、順次処理していく。
「あはははは」
一度でも、一度でも攻撃を食らえばそれまでだ。
瞬く間に機動力を奪われ、あっという間に追い詰められるだろう。
オワタ式。
そんな状況を前に、私は感情の高ぶりを抑えられなかった。
この異常事態に気付いたのか、夜中だというのに団員たちが歩き回っている。
それを知ったことじゃないと言った風に吹き飛ばし、ミュウツーとの命がけの鬼ごっこに心血を注ぐ。
「スーちゃん」
それだけで言いたいことを理解してくれたスーちゃんが、できるだけ勢いをそのままに直角の角を曲がる。
そして、ミュウツーが追いかけて角を曲がるタイミングでベノムトラップを発動する。
実は培養器から救出した段階でこっそり毒毒を放っていた。
ミュウツーの攻撃を全て躱しきり、毒に倒れ伏すまで逃げ切れば私の勝ち。
体力が尽きるまでに一撃でも当てることができればミュウツーの勝ち。
いたってシンプルなゲームだ。
強いて言うことがあるとすれば、ミュウツーには自己再生という体力を回復する技があるということか。
先ほどから削っては回復され、削っては回復されのいたちごっこだ。
そのため、ベノムトラップなどの搦手で少しでも有利に試合を運びたいのだが。
「まあ避けられるよね。思考を読まれているから当然だけど」
不意の一撃であるはずのベノムトラップを、ミュウツーは難なく躱しきる。
だがその回避行動の為に停止せざるを得ず、結果として私との間に距離が開く。
そうして鬼ごっこを続けていると、またも団員が立ち歩いていた。
そいつを吹き飛ばそうとして、私は逆にブレーキを掛けた。
「スーちゃんストップ!」
しまったと思ったときには、大体すべてが手遅れだ。
どうしてあなたがここに居るのか。
そんな疑問を抱きながら、私とスーちゃんは迫りくる刃に吹き飛ばされた。
「がはっ」
刃の軌道上に割り込んででも守りたい人がいた。
私は、失敗したのだろう。
だけど、私は後悔しない選択をできたことを嬉しく思う。
「メア先輩!」
身を挺してでも守りたかった少女が、私に駆け寄ってきた。
*
『愚かな、そいつもお前が言うロケット団だったのではないのか? 何故かばう必要があった? 独善主義が貴様ら人間の特権だろう?』
「ごふっ……ああ、そういうことね」
私はコーニッシュに、私の部屋にいるように指示していた。
コーニッシュが言いつけを無視して飛び出してきた?
そんなはずがない。
この作戦の危険性は、彼女が一番知っていたのだから。
そこに至れば後は簡単だ。
「あんた、コーニッシュの思考を読んで、ここにテレポートさせたでしょ」
『フッ、そういうことだ』
コーニッシュはきっと、絶え間なく私の事を考えていたはずだ。
思考を読めるというのなら、コーニッシュという異質の存在にも気付けるだろう。
サイコカッターやシャドーボール、そしてテレパシー。
ここまで来ればミュウツーがエスパータイプであることが予想できる。
ならばテレポートを使えても違和感はない。
『答えろ人間。どうしてその人間を助けた』
「かふっ、はぁ……。そんなの、私が知ったことじゃないよ」
喉に詰まった血を吐き出す。
あの一瞬で、正常な判断なんてできるわけがないい。
血の迷いだといってしまえば、それまでの事だと切り捨てられる。
それでも、強いて言うのならば。
「存外……私も世界に囚われたままで、自分を演じきれなかったんじゃない?」
分かんないけどね。
そう答えると、ミュウツーはスプーンを作り出した。
サイキック能力で生み出した、念動力のスプーンだ。
『お前に恨みはないが、いや、感謝しているからこそ。ここで終わりにしよう』
ああ、失敗した、失敗したなあ。
私が犠牲になったところで、コニーが助かるわけじゃない。
私がやられれば、次はコニーの番だ。
だから言ったんだ。
問題の先送りなんて、意味がないと。
(ああ、終わりっていうのはあっけない物なんだな)
ミュウツーのスプーンが、私に迫りくる。
自らの死に怯え、世界がスローモーになっていく。
一秒先は、いつ訪れるというのか。
無限に引き延ばされる世界で、死の苦痛に、永遠もがき苦しまなければいけないのだろうか。
抗おうとするも、既に体に力は入らない。
ダメだ。
見切っているのに、躱すこともできない。
(グッバイ)
せめてもの抵抗として、私は視界を遮断した。
次の瞬間、何かに弾き飛ばされ、世界が再び加速し始めた。
ぴちゃりと、生暖かい何かが頬にぶち撒かれる。
微かに香る鉄の匂いが、鼻腔をくすぐる。
瞳を開く。
頬に手をあて、その正体を見る。
べたりと手に付いたそれは、真っ赤な血だった。
ただしそれは、私のものではなく。
「コニー?」
訳が分からない。
私の目の前には、肺を貫かれ血を吹き零す彼女の姿。
瞼の裏に、惨憺たる状況が焼き付けられる。
「コニー!」
私は叫んだ。
私が駆け寄ると、ミュウツーはそのスプーンからコニーを振り払い、私に投げつけた。
「コニー、そんな、どうして……」
「……先輩、やっと私の名前を」
崩れ落ちるコニーを抱きかかえる。
膝を床に付き、泣き崩れそうになるのを堪える。
「どうして、私なんかを庇ったのさ。何のために私が庇ったと思って……」
「先輩? そこにいますよね?」
コニーの瞳から、徐々に光が失われていく。
コニーの手を取り、握り返した。
「いる! ここに居る!」
「ああ……先輩の、手のぬくもりだ。先輩……、私、先輩の役に……立ちたかったんですよ?」
一度は握り返してくれたコニーの握力が失われていく。
どこだ、どこで間違えたんだ。
「コニー!」
「先輩……聞こえていますか? 私は……ずっと……」
コニーの瞼が、閉じられた。
「コニー……、コニー? 嘘だよね?」
もう一度握り返してくれと、強くその手を握り締める。
まだ温かい、血の通った人と変わりのない温もり。
だから、嘘だと言ってよ。
『人間というのはつくづく訳が分からんな。自分勝手にふるまったかと思えば人の為に身を投げ捨てる。人の思いを汲むように見せかけて踏みにじる』
「だまれよ」
立ち上がり、ミュウツーを睨みつける。
先ほどまで一歩も動けなかったというのに、今はむしろ体が軽い。
スーちゃんも、まだ戦えるだろ?
「あんたに個人的な恨みができた。これは正義でも、まして悪でもない」
これは私の逆襲だ
『烏滸言を。人のためだと言いながら、本当は楽しんでいたのだろう? この戦いを、身を削る争いを。そこの小娘がどれだけお前の身を案じていたのかも考えずに』
「違う、私はそんな人間じゃない!」
『ならばなぜ、お前は笑っていたのだ』
指摘されて、ハッとした。
私はこいつと戦うことになって、笑っていた。
どうしようもない絶望的な状況で、笑っていたんだ。
コニーと出会って、やり直せると思った。
コニーと一緒なら、変わり映えのしない毎日でも生きていると実感できると思っていた。
コニーとともに、生きて行けると思っていた。
だけど、思った以上に私という人間は壊れていてしまったらしい。
歪んだ嗜好は伸ばしてもしわくちゃで、戦いというものに囚われた狂人。
「……そう、だね。私はただ、戦いたかっただけなのかもしれない」
本当は、脱走なんて、平凡な日常なんてどうでもよかったのかもしれない。
ただ単に、臨死体験がしたいだけの変異体。
それが私の本質なのかもしれない。
「だけどさ、そこまで分かっているなら、その先の事も考えておくべきだったんじゃないかなぁ?」
『何のことだ。……ッ?!』
開き直るように、ミュウツーに問いかける。
ミュウツーは最初分かっていなかったようだが、すぐに自身の違和感に気付いた。
自身を蝕む毒のスピードが、徐々に増してきていることに。
「思考を読めるといっても、知識までは読み取れないみたいね。あなたを蝕んだ毒は、ただの毒じゃない。徐々にその脅威を増す猛毒。自己再生を途中途中挟んでいたみたいだけど、そろそろ回復が追い付かないんじゃないかしら?」
最初は微々たるダメージを、けれど時間経過に連れて大きなダメージを与える。
それが毒毒の効果。
ずっとその効果に侵されていたミュウツーは、既に疲労困憊であった。
慌てて自己再生にとりかかろうとするミュウツー。
そんな甘えを、許すと思ったか?
「スーちゃん、咎めて」
甘えを許さない、絶望の知らせ。
スーちゃんが放った技は、『横取り』という、補助技を奪う技。
ミュウツーの自己再生が失敗に終わり、代わりにスーちゃんの体力が回復する。
「スーちゃん、ベノムショック」
ミュウツーがスピードスターを放ちそれに対抗しようとする。
だがそれもまた、無意味だ。
スーちゃんのベノムショックは、ことごとくその星を砕いて行く。
微塵の衰えも見せず、ミュウツーの体を貫く。
その体力を、綺麗に削り取った。
「スーちゃんにはあらかじめ、隙があれば悪だくみを積むように指示してあるのよ。あなたとの鬼ごっこ中、ただ逃げているだけだと思った? 自分が捕食者で、私が被食者だと思った?」
甘いんだよと、言い捨てる。
「被食者が弱者だと誰が決めた。被食者が強者にかなわないと誰が決めた。いつだって強者を討ち取ってきたのは、誇り高き被食者だ」
これで終わりだ。
私を始めるために、ここで死ね。
とどめを刺そうと、ミュウツーの前に立った。
そんな私を、一匹のポケモンが食い止めた。
コニーの、ルクシオだ。
「……邪魔しないでよ、ルクシオ。コイツを放っておいて、私は前に進めない。この先もずっとここに縛られ続られることになる」
放せと、ルクシオを蹴り飛ばす。
足にしがみ付き、その手を離さない。
「あんたもコニーのポケモンだったなら分かるでしょう!? 私の悲しみが、私の怒りがッ! 邪魔しないでよ!」
これ以上邪魔するというのなら、たとえコニーのポケモンでも許さない。
そういう思いで殺気を飛ばす。
ルクシオはその身を震わせた。
覚束ない脚は、今にでも逃げ出そうとしている。
けれど決して、立ち去ることは無かった。
真っすぐ、私を見つめてくる。
なんだよ。私が悪いっていうのかよ。
(ああ、そうだよ。焦らず他の作戦を考えればよかったんだ。功を急いて、リスク管理に失敗したのがこの惨状だ)
だからこそ、私はケジメをつけなければいけないんだ。
(コニーは優しい子だった。復讐なんか望んでいない、そう言いたいんだろ? でも、関係ないんだ。これは『私の』逆襲だ。コニーを思っての行為じゃない)
だから、この手を払って。
この手を。
……手を。
「……チッ、この子とコニーに感謝することね」
空のボールを取り出し、ミュウツーを捕獲する。
抗う体力もなく、あっさりとボールに収まった。
(あ、ダメだこれ)
戦いが終わったと、一瞬だけ緊張の糸が切れた。
そうして私は、電池が切れたロボットのようにプツリと。
その意識を手放した。
……え?
ミュウツーはテレポートを覚えない?
M2の逆襲(5話)を見てくるんだ!