「待ってくれ! 見つけた化石はやる! だから、見逃してくれ!」
「あはは、面白いこと言うのね」
お月見山の、地下二階。
ごつごつとした岩肌、でこぼこの地面、岩からしみ出した水。
自然が生み出したというべき美しき光景に、一つの色を付けくわえる。
すべての調和を無に帰すその色の名前は、狂気。
「化石なんてあなたを倒した後で貰えばいいじゃない。そんなことが交渉材料になるとでも思っているの?」
「いやだ、助けてくれ。どうしてこんな……」
「どうして? ふふっ」
妖艶に笑う。
洞窟が持つわずかな光量が、床で乱反射した光が、私の顔を下から照らす。
「私が私で、あなたがロケット団だから。それ以上に理由が必要かしら?」
「ああああああああ!」
断末魔が一つ。
お月見山という閉塞的な空間にこだました。
そんな悲鳴を聞き流し、私は上を目指した。
光が差している。
出口だ。
「くぅー! また一つ正義を執行してしまった」
お月見山を抜けた先、眼前には草原が一面に広がっている。
久々の空の下、私はそんなことを一人呟いた。
ニビで見かけたロケット団達は、町できいた話通りお月見山にいた。
そいつらを片っ端からは千切っては投げ、全員戦闘不能にしておいた。
因みに化石は奪ってない。それをしたらただの泥棒と同じだ。
「それにしても、化石の復元……ね……」
あいつらの話の中に、興味深いものがあった。
それは化石から、古代のポケモンを復元するというものだった。
もし、もしもだ。
もし本当に、そんな技術があるのだとしたら。
(それは、死者の蘇生と幾ばくの違いがあるのだろう?)
嫌になる。
早く私に、現実を突きつけてくれればいい。
そうすれば、負うダメージも最小限で済むだろう。
だがしかし、世界は私に可能性ばかりを見せつける。
(期待したって、縋ったって、どうせ裏切られる。願えば願うほど、思えば思うほど、私は深く傷つくだろうに。それなのに何故)
私は、諦めきれないんだろう。
理性が私を引き留めようとする。
今度こそ本当に、壊れてしまうと。
だけど、それでも私は、止まることができない。
壊れかけのブレーキでは、私を制御しきれない。
「コニー」
そんな言葉が零れ落ちた。
(待ってて。すぐに、君を取り返して見せるから)
不可能だと言いながら。
それでも私は願い続ける。
空を仰いだ。
雲一つない青空が、一面に広がっていた。
それは空っぽの私をあざ笑うようで。
私は少しだけ、空しくなった。
*
「なにこれ、プール?」
私はハナダシティのジムに来ていた。
いや、来たはずだった。
しかし、私の目の前にあるのは、どう見てもバトルフィールドではなくプールだった。
私はジムに行こうとすると別の施設に入ってしまう、そんな呪いでもかかっているのか?
「あなたは挑戦者?」
「はい?」
どうしたものかと、一度外に出て確認しなおそうと思った時だった。
プールサイドの反対側から彼女は現れた。
オレンジ色の髪をサイドテールに結び、競泳着を纏った彼女。
それはまさしく、水泳選手だった。
「すみません、間違えました」
「あ! ちょっ!」
とてとてーと、建物から出る。
んん?
やっぱりこの建物がジムだと思ったんだけどな。
構造的にニビやトキワにあるのと同じ感じだし。
此は如何に。
そう思っていると、彼女も建物から出てきた。
「ちょっとあんた、ジムに挑戦しに来たんじゃないの?」
「え、そうですけど」
私は眉をひそめる。
やっぱりここがジムであってるのか?
どう考えても水泳場なんだが。
「私がこのハナダシティのジムリーダー。お転婆人魚のカスミよ!」
「うわぁ、お転婆人魚って……」
「声に出して引くな!」
おっと失礼。
というより、ジムリーダー?
「ここはジムであってるの?」
そう、結局大事なのはそこだけだ。
私は小首をかしげて質問する。
カスミはすこし得意げに頷いた。
「そう、これこそがハナダジム。水上が舞台という画期的なバトルフィールドよ!」
「いや、絶対プールが目的でしょ」
飛び込み台とかあったし、塩素の匂いがしたし。
絶対私利私欲に従って生きてるよこの人。
タケシと違って気が合わなさそうだ。
「というより、自分のフィールドで弱者をいたぶるってことでしょ? ないわー」
「あんたね……」
タケシは正々堂々と戦っていたぞ!
タケシを見習え!
「いいわ、私に挑むつもりだったんでしょ? バッジはいくつ? すぐに相手してあげるわ」
「一個、手持ちは二匹。ついでに水を抜いといてくれれば……」
「抜かない!」
ちぇ。
しかし参ったな。
これだとルクシオの足場がない。
どうやって戦わせればいいのやら。
(ん? 逆か?)
この後の試合展開を予想しながら私とカスミは、再びジムに入って行った。
「あなたはポケモンを捕まえて育てるとき、何を考えてる?」
ジムの中を歩きながら、向こう側からカスミが話しかけてくる。
何を考えてか……、難しいな。
そもそも私の主目的はバトルであって育成じゃない。
ならば勝つことを考えて育てているのか?
いや、育っていないポケモンで勝つ手段を模索することも好きだ。
何を考えて、ポケモンを育てるかねぇ。
私がうんうん唸っている一方で、カスミは言葉を続ける。
「私のポリシーはね、水タイプのポケモンで攻めて攻めて、攻めまくることよ!」
「育てるときの考えじゃないッ!」
「うるさいッ! カモン、マイステディ!」
「あの口を黙らせて! コニー!」
カスミがヒトデマンを、私はルクシオを繰り出す。
ん? ヒトデマン?
「ヒトデマン? なんでスターミーじゃないの?」
「あんたバッジを一つしか持ってないんでしょ? 手加減ってやつよ」
ああ、そういえばタケシもそんなことを言ってたな。
バッジの個数に応じて調整するとかなんとか。
うーん、じゃあこのジム戦はあんまり期待できないかな。
「コニー、放電」
私の意図を正しく理解したコニーが、プールの水に向かって電気を放つ。
純水ならばともかく、塩素という不純物の混じった水ならば電気をよく通す。
そしてヒトデマンはプールにいる。
(回避しようとするのならば、空中に逃げなければいけないけど。どうする? ジムリーダーさん)
空中に逃げるのならば、そこを狙い打てばいい。
だがもし、逃げないというのならば。
「ヒトちゃん! ミラータイプ!」
プールに電気が走る。
水面がバチバチと光輝いたが、ヒトデマンは大したダメージを負っていなかった。
「水タイプ使いが電気や草の対策をしていないとでも? ヒトちゃん! お返しよ!」
ヒトデマンが10万ボルトを放つ。
まるで電気タイプが放ったかのように、その攻撃は鋭く重い。
否、まるでではなく、ヒトデマンは今電気タイプになっている。
カスミが先ほど指示したミラータイプ。
これは相手と同じタイプになるという効果がある。
ルクシオのタイプは電気タイプ。
電気の技は電気タイプに余り効かない。
だからこそ、放電をヒトデマンは耐え切った。
ならばなぜ、カスミは電気タイプに向かって10万ボルトを放ったのか。
簡単だ、こちらを侮っている。
もし私がミラータイプという技を知らなかったら?
放電を受けてコロっとしているヒトデマン。
水タイプらしからぬ威力の電気技。
吸収され、倍返しにされたのかと混乱するだろう。
つまりこれは、盤外戦術だ。
「あまり人を、見くびらないで欲しいわね」
小さくそう呟いた。
反対サイドのカスミには到底聞こえないだろう。
ルクシオに目配せを行う。
これだけわかりやすい状況、わざわざ指示をする必要もない。
「どう? 私のヒトデマンの一撃は」
「そうね。よく考えられていると思うわ。……けれど」
10万ボルトの煙が晴れる。
黒煙を切り裂いて、ルクシオが走り出す。
その身に、膨大な電気を纏って。
「それじゃあまだ足りない」
「! ヒトちゃん!」
本物を見せてやれ。
ルクシオが、空中から極光の一撃を振り下ろす。
その一撃は、電気タイプのヒトデマンを、ただの一撃のもと葬り去った。
「まさか、どんな火力しているのよ……」
「はぁ、ジムリーダーっていうのは自分の専門タイプ以外にはからっきしなのね」
タケシもカスミも。
自分の専門科目ならばいい線行っているのに、それを他のタイプに向けようとはしない。
もったいない。
「コニーがただ何もせず10万ボルトを受けたと思う? 私が面食らって動けずにいると思う?」
カスミはなかなかヒトデマンをボールに戻さない。
やれやれ。
盤外戦術を使おうとしている人が、そう簡単にこっちに主導権を渡しちゃダメでしょうに。
「見くびらないで欲しいわね。コニーには受ける直前に充電を指示してあった」
「そんなっ! それじゃあヒトちゃんの10万ボルトは!」
「うん。利用させてもらった」
カスミは倍返しを演出した。
ミラータイプという技を用いることで。
私は、実際に倍返しを行った。
充電という技を駆使することで。
同じ戦略、同じ戦術。
だがしかし、練度は大違いだ。
これが本物だ。
「ふふっ、なかなかやるじゃない。でも、今度はそう簡単にはやられないわよ。 お願い! スタちゃん!」
カスミがヒトデマンをボールに戻す。
続いて繰り出されたポケモンはスターミー。
「スタちゃん! サイコキネシス!」
「コニー」
スターミーからこちらに向かって、空間が歪む。
それをかき消せと言わんばかりに、コニーに指示を出す。
コニーが吼える。
所詮念なんて不確かな存在だ。
それを超える気迫と覚悟で臨めば無も同然。
「くっ! スタちゃんもう一回!」
「コニー」
同じことを繰り返す。
スターミーのサイコキネシスを、コニーが叩き伏せる。
だめだめ、そんなのじゃ。
むしろ、手遅れになるよ?
「くっ、本当は命中不安で使いたくなかったけど仕方ない。ハイドロポンプよ!」
そうして放たれたのは、水タイプでも屈指の威力を持つハイドロポンプ。
けれどその水圧は、ひどく弱弱しいものだった。
そんな貧弱な水流を前に、私は指示を出す。
「切り捨てて」
ルクシオが帯電し、水流に向かて飛び込む。
水流がルクシオを飲み込むより早く、纏う雷が水を分解していく。
そうして水源のスターミーの眼前まで迫り。
ルクシオの一撃がスターミーを切り裂いた。
「そんな、ハイドロポンプの威力はこんなものじゃ……」
戦闘不能になったスターミーを見て、カスミがそう呟いた。
プールに飛び込む形になったルクシオは、犬掻きで遊んでいる。
まあ少しくらい許してあげよう。
たまには息抜きも必要だ。
「あんた、何をしたの?」
「ん?」
ルクシオを保護者の様に見つめていると、カスミがそう問いかけてきた。
「スタちゃんのハイドロポンプは、あんなものじゃない。何かしたでしょ」
「さぁ? スターミーの鍛え方が足りなかったんじゃない?」
「ふざけないで! 私はジムリーダーよ? 自分のポケモンの調子くらい分かる!」
うーん、この後タマゴについて聞こうと思ったんだけどなぁ。
タケシさんや。
どうにも私はこの人の事を信用できないよ。
放置していい?
「……コニーが、ただ吠えているだけどと思いましたか?」
「……他に、何をしたっていうのよ」
やっぱり、そういうことなんだろう。
カスミはこの勝負中、殆どの場面で技を指示していた。
唯一不明瞭だった技はミラータイプを使った後の10万ボルトだけ。
指示を出すことのデメリットすら把握していない。
(前二人と比べれば、決定的に劣る)
決めた。
カスミに頼るのはやめよう。
「コニーがしていたのは吠えるではなく、バークアウト。相手の特殊攻撃を弱める追加効果を持った技」
悪タイプの特殊技。
悪の波動、ナイトバーストなどより威力が劣る分、優秀な追加効果を持った技だ。
サイコキネシスを打ち消すと同時に、徐々にスターミーの火力を奪っていっていた。
それに気付けないから、あんな痴態を晒すことになる。
「というわけで、ジムバッジはよ」
私は手を出す。
カスミは渋々と言った様子でバッジを渡した。
水色に煌めく、ブルーバッジ。
水滴を模した形をしている。
「ん、サンキュね」
「待ちなさい、これも」
カスミはそう言って、技マシンをくれる。
なんだ? ジムリーダーは挑戦者に技マシンを配るという決まりでもあるのか?
まあくれるというなら貰っておこう。
「ん、またね。退屈しのぎにはなったよ、ハナダのお転婆人魚さん」
背中に射殺すような視線を感じる。
けれどそれじゃあ足りない。
気迫だけじゃあ、私には届かない。
(ま、せいぜい強くなって私を楽しませてよ)
私は次の街へ向けて、旅立ち始めた。
新作書きたい……でもまずこの作品を完結させるぞ。
あと何万字要ることやら……。