私はマサラタウンのメアリー。
いつかこの町を出たいと渇望する、稀有な人間だ。
大多数のマサラの人間が、この閉じた世界でその一生に近い時間を費やす。
旅行どころか、他の町に買い物に行くものすら少数だ。
こんな何もない場所で、無意味に生まれ、無為に過ごし、無意義に死ぬ。
誰一人としてその事を疑問に思うでもなく、能天気に過ごしていく。
そんな人生、私は耐えられない。
(ここから抜け出さなければ)
野生のコラッタと向き合ったときの事を思い出す。
全身の血が沸騰するような感覚が、肌を焼き焦がす緊張感が。
ここに居たままじゃ、二度と味わうことができない。
ここから抜け出さなければ、届かない。
(嫌だ嫌だ嫌だ)
私は思う。
刺激が欲しいと。
平穏な日常を抜け出したいと。
退屈な世界を飛び立ち、強者と戦いたいと。
たまらなく恐ろしい。
この広い世界を知ることなく、ここで朽ち果てる。
そんなつまらない人生、絶対にお断りだ。
(早く、速くここから出ないと)
未来の自分に思いをはせる。
死闘の中で、喜びに打ちひしがれる私。
生と死の境界で、狂ったように舞い上がる私。
早く、ハヤク。
*
私の住む町マサラタウンは、かなり偏狭の地にある。
名所と言えばオーキド博士の研究所くらいで、そこも他の町の人は簡単には立ち入れない場所だから、わざわざマサラを訪れる人はいない。
強いて言えば、肺の病気などを患う空気の綺麗な場所で過ごさなければいけなくなった人が、時折移住してくるくらいか。
だからこそ、その男は異様だった。
(怪しい、怪しすぎる)
先程から家の陰にこそこそ隠れては町民の様子を窺っている。
もっとも、前方に意識が向きすぎていて、後ろから見られていることに気付かないのは愚かとしか言いようがないが。
接触しようかしまいかと散々悩んだ挙句、結局私は声を掛けることにした。
「すみません、どうかなさいましたか?」
「ぬおっ! い、いつの間に! いや、なんでもないですぞ。それでは私はコレで」
「まあ、お待ちください。先ほどから様子は窺っておりましたわ。何かすべきことがおありなのでしょう? 私に手伝えることがあればお助けいたしますわ」
周りから見た私というのは、清く、お淑やかで、心優しい少女。
ならば、その幻想の通りに行動しておいてあげよう。
私は、ここに居る奴らとは違う。
だが、自らが例外であることを知られてはいけない。
いつか来るその日まで、せいぜい空想上の生き物に踊らされるがいい。
「私はマサラで生まれマサラで育ちましたわ。せめて事情だけでも教えていただければ力になれると思いますわ」
「むむ、魅力的な提案ではあるが……いやしかし」
改めて男の容貌を観察する。
トレンチコートにサングラスにマスク。
うむ、どう考えても事案が発生する気がしてならない。
お巡りさん、こいつです。
「うむ、折角の申し出だ。ご協力をお願いしたい」
「はい! よろこんで!」
精一杯の笑顔で受け入れる。
両手を胸の前で重ね、全身で演技する。
本心では失敗したなー、と思っているがそれを悟られるほど大根じゃない。
「しかしこれは極秘事項でもある、口外禁止だ。まず、私の正体についてだが、国際警察のハンサムという」
「……こいつお巡りさんです?」
ハンサムがこいつ? と首をかしげている。
ネタが通じなかったか。
ハンサムは何かもやもやしているといった雰囲気を残しながら話をつづけた。
「そうだ、警察官だ。先日この近辺で未知のポケモンが発見されてな、私は今回保護しに来たというわけだ」
「未知のポケモン……ですか」
「そうだ。コードネーム、UB:STICKY」
そこからの話を要約するとこうなる。
この世界とは別次元、いわゆる異世界にウルトラスペースという場所が存在している。
そこに住んでるポケモン達をウルトラビースト、UBと呼ぶ。
UBはいずれも強大な力を持っており、こちらの世界の人間にとっては脅威になりうる。
「と、言うわけだ。最近珍しいポケモンを見なかったかね?」
「そうですね……、すみません。見かけていないです」
「むむ、そうか……。いや、目撃が無いという情報が手に入っただけでも進歩だ。ご協力、感謝する」
「いえ、それでは見かけたらお知らせに参りますわね」
私がそういうとハンサムはビシッと敬礼してお礼を言った。
素直に受け取るならば、純粋な感謝なのだろう。
けれど、ここに私という事例がある以上、本心と行動が一致していると考えるのは短絡的過ぎる。
こいつが国際警察でない場合の事も考えて行動することにしよう。
*
ハンサムと別れた後、私はマサラの外れの河川敷に来ていた。
表向きの理由は清掃活動。
打ち上げられたごみをゴミ袋に入れて綺麗にしていく。
周りの人間からすれば、奉仕活動に従事する女性に映っているだろう。
(ごみ、ごみ、ごみ)
そんな私の目的は、宝探しであった。
時たま、本当にごくまれに、トキワシティのフレンドリィショップで売られているような商品が流れ着いてくる。
それは毒消しであったり傷薬であったり。
大体は使用後だが、本当に時折未使用のものも流れてくる。
そんなお宝を持ち帰り、いつか旅に出るときの下準備にする。
それが私の本当の狙いだった。
「はぁ、本当にゴミばっかりで嫌になっちゃう」
欲を言えばモンスターボールが流れ着いてきて欲しい。
そうすれば今日にでもこの狂った町から出られるというものを。
しかし願いは届かない。
レッドを庇って以来、私はもう何年もそれを待ち続け、裏切られ続けてきた。
「おかしい、絶対に。どうしてマサラにはフレンドリィショップが無いの? どうしてマサラは四方を草むらや海で囲われているの?」
まるで何者かがマサラから旅立つことを拒んでいるようだ。
私はそう思った。
コラッタ一匹ですら重傷を負うのだ。
ポケモンも持たずにトキワシティに向かうなんて自殺行為に他ならない。
「フレンドリィショップがないからモンスターボールも買えない。ポケモンを捕まえることもできない。ポケモンバトルもできない」
考えれば考えるほど、マサラという土地は詰んでいる。
ここに生まれたが最期。
死ぬまで幽閉され続けるシステム
「狂っている。この町も、それを疑問に思わない町民も。みんなみんな、どうかしている」
足元に落ちているペットボトルをゴミ袋に入れる。
気が狂いそうだ。
いや、既に狂っているのかもしれない。
異常な状況下で正常でいられるなんて、狂人以外の何者でもないのだから。
「なにこれ、ロボット?」
そうこうしていると、変な人形が流れ着いていた。
紫色の、二頭身の宇宙人のような人形だ。
頭頂部と耳からは針のようなものが伸びており、目は薄青く光っている。
それを火箸で掴もうとした時だった。
「ベ、ベベ?」
「!?」
思わずバックステップを踏んだ。
ゴロゴロとした丸石に足を取られ、転がりそうになる。
それからマサラ人特有の体感バランスで強制的に立ち直る。
「しゃ、喋った? いや、最近のロボットなら当然なのかな」
よくよく思い返すと、目は薄く輝いていた。
つまりあの内側に電球のような光源があるということだろう。
ということは、電源が入った状態であった。
なるほどなるほど、なんてことはないじゃないか。
何をそんなに驚いているんだ……か……。
「……最近のロボットは宙に浮くのか―」
目の前の宇宙人を模したと思われる紫がふよふよと宙に浮いた。
宙に浮いて、その後また、重力を思い出したように落下した。
「あ、電池切れた?」
モンスターボールではなかったが、なかなか面白いおもちゃだ。
せっかくだから持って帰ろうか。