戦闘狂は正義を振り翳す   作:HDアロー

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五話 未来視

 ヤマブキシティにやってきた私は、先にジムを攻略することにした。

 ロケット団と交戦したのち、万一敗れようものなら永久にジムに挑戦する機会がなくなるかもしれない。

 そしてそういった憂慮は、大体肝心なところで足を引っ張る。

 思い残しがないように生きよう。

 

「行き止まりなんだけど」

 

 ジムに入った私を待ち受けていたのは、四方を壁に囲まれた空間だった。

 また入る建物を間違えたか?

 隣に似たような建物あったけどあっちは道場っぽかったし、こっちであってると思うんだよな。

 

「ということは、あの床がキーになってくるのかな」

 

 私はその床に踏み込んだ。

 視界がぐにゃりと歪んだかと思うと、別の部屋に飛ばされていた。

 

(か、科学の力ってスゲー)

 

 そんな感想を抱きながら、ジムにいるトレーナーを攻略していく。

 さすがは大都会ヤマブキ、雇われのトレーナーも豊富だ。

 誰も彼もがエスパータイプを使っていたからここはきっとエスパータイプのジムなんだろう。

 

「カントーのジムはスーちゃんに厳しい」

 

 思い返せばいつだってそうだ。

 基本的に地面が付属する岩タイプ使いのタケシ。

 氷技を大体使える上にエスパータイプの技も使える水のエキスパートカスミ。

 そしてサイキッカーの集まるジム。

 耐性面でも攻撃面でも毒タイプに厳しい相手ばかりだ。

 

「お?」

 

 そんなことを考えながらテレポートを繰り返すと、少し変わった部屋にたどり着いた。

 ようやく最奥部か。

 

「ようこそ、ヤマブキジムへ。どうだった? 私のジムは」

 

「うーん、めんどくさかった」

 

 正直ギミックとかよりも強いトレーナーを配置してほしい。

 それだけで私は満足だ。

 

「そう。ところであなたに質問したいことがあるのだけれど、いいかしら?」

 

「答えるかは分かんないけどね」

 

 深い意図があったわけではない。

 ただ、それっぽく返しただけだ。

 だから、そんな質問が来るなんて予想してなかったんだ。

 

「……あなたは、本当にこの世界の人間?」

 

 背筋が凍り付いた。

 そんな気がした。

 いつの日か私も疑問に思ったことだ。

 

(どうしてみんな、こんな狂った世界で生きて行けるのか)

 

 逆説的に言えば、この世界に生きる人間ならば、その異常を受け入れることができるのだろう。

 だが、私はそうならなかった。

 異常を異常と認識できたのは、私自身が異分子だったからなのではないか。

 そんな疑問を抱いたことが確かにあった。

 

 例えば、本来ならば私はこの世界に存在するはずがない人間だった。

 私がいない世界で、私のいない物語が展開されるはずだった。

 世界のどこかに主人公が居て、その人を中心に物語が進行していく、そんな世界であったのならば?

 マサラの人間が町を離れることができないことも、あの日になるまでの私がマサラ人であった理由も納得できる。

 だがしかし、そんなこと、あるはずがないのだ。

 

 現に私はこの世界に存在している。

 唐突に『正史においては、お前は存在しない筈の人間だ』と言われて、受け入れられるだろうか。

 答えは否だ。

 人はその正史というものを知ることができない。

 検証することができない。

 だからこそ、そんな思考実験は戯れ事と一蹴される。

 

「……どうしてそう思ったのか、聞いてもいいかしら?」

 

「質問をしているのは私なのだけれどね、敢えて答えてあげるわ。私には、未来が視える」

 

「ッ!?」

 

 ジムリーダーはベルトからボールを外すと、それを空中に浮かせた。

 どこかからエスパー技でも使っている。

 そう断定するのが妥当だが、続く彼女の言葉がそれを許さない。

 

「幼い頃、手に持ったスプーンがひとりでに曲がった。それ以来、私自身がエスパー少女。このジムに来る挑戦者も、予め私は知っている」

 

「それ、ズルくない?」

 

 つまり、挑戦者がどれだけ徹底した対策を練って挑んでも、どういう作戦で来るのかがバレているということだ。

 手持ちも、持ち物も、技構成も、ギミックも。

 すべてを織り込み済みの状態で試合が展開される。

 そんなのチーターや!

 

「ズル、確かにズルかもしれないわね。まあ、そこはいいのよ。あなたの質問とは関係ないわ。私には未来が視える、なのにあなたに関する未来は一切視えない。だからこそ聞くわ。あなたは、本当にこの世界の人間?」

 

「……」

 

 私は押し黙った。

 否、黙るしかなかった。

 今まで自分だけが感じていた違和感。

 それを他人から突き付けられたということはつまり、他から見ても私が異物に見えるということだ。

 

「さぁ、どうかしらね。私はそれに対する答えを有していない。それだけは確かよ」

 

「……なるほどね」

 

 さてと、それなら私も質問をさせてもらおうか。

 

「私も聞きたいことがあるわ。この町はロケット団が好き勝手していると聞いたわ。あなたほどの実力者が、どうして何もしないの?」

 

 もし本当に、彼女が未来をみえるというのならば。

 この町に起きていることを知ることも容易であろう。

 それなのに、何故何もせずに放置しているのか。

 

「今はまだ、その時ではないということよ」

 

「どういうこと?」

 

「言葉通りよ。私が出向いた場合、多くのものが刑罰から逃れることになる。だからその時を待つ。虎視眈々と、盤面をひっくり返す一瞬を」

 

「……それは未来視によるもの?」

 

「ええ」

 

 彼女自身が出向くよりも適したトレーナーがいるのか。

 それは意外だったな。

 私の可能性……はないな。

 私の事は視えないと言っていた。

 私以外の誰かが、ロケット団を倒す。

 そう考えるのが妥当だろう。

 

「あなたが待っているのは、一体誰の事なの?」

 

 四天王か、あるいは伝説のポケモンか。

 一体このヤマブキに何が起きるのか気になり、そう問いかけた。

 

「分かっているのは容姿と出身だけ。少し先の未来、マサラタウンの少年が成し遂げるわ」

 

「マサラ……?」

 

 どういうことだ。

 マサラから外に出ている人間が、他にもいる?

 いや、確かに私と父はマサラを出ているが、それ以外でマサラから旅立つ……?

 

(いる。その可能性がある人物が)

 

 少し先の未来、少年によるものだと言っていた。

 その可能性に当たりそうな人物を、私は二人ほど知っている。

 まだ私が七歳だった頃に、そんなことをやらかそうとした二人組の事を。

 

「ちなみに、容姿はどんなかんじなの?」

 

「赤い帽子に茶色い髪、赤い服に黒のシャツ、リストバンドにジーパン」

 

「レッド……」

 

 ポツリと、私は呟いた。

 ジムリーダーは少し眉をひそめて、私に問いかける。

 

「知り合いかしら?」

 

「……ううん、私が一方的に知っているだけ」

 

 レッドの知っている私は、マサラタウンのメアリーは死んだ。

 ここに居るのは、トキワシティのメアだ。

 だから、知り合いじゃない。

 

 そもそもこの縁は、私が一方的に切り捨てたんだ。

 いまさらどんな顔をして、レッドの前に現れろっていうんだ。

 きっと私が、彼の前に現れることは無い。

 だけど、今だけは。

 

「旅に、出てくれたんだね……っ」

 

 枯れたと思っていた涙。

 擦り切れたと思っていた心。

 けれど、残っていた。

 

 ずっと、心残りだった。

 置いて来てしまった弟分の事が。

 彼もまた狂気に囚われることになるのか、それとも狂気に押しつぶされることになるのか。

 それを考えない日は無かった。

 だけど、もうその心配はなさそうだ。

 

(私が居なくても、立派に育ったんだね)

 

 涙を拭う。

 こんなに感情的になるのは、いつ以来だろう。

 心を静める方法が分からない。

 私はそれを、学ばずに生きてきたから。

 

「勝負なんて空気じゃなくなったわね。なんなら後日に回してもいいけれど、どうする?」

 

「ううん。やろう、今から」

 

 心臓をぎゅっと握りしめる。

 ああ、ずっと淀んでいた心の正体は、これだったのか。

 涙とともに雪がれ、むしろ今は晴れやかな気持ちだ。

 

「気を付けてね。ちょっと昂り過ぎて、手加減できないかもしれない」

 

「ふっ、私の防衛戦なのだけれどね。いいわ。バッジの数、手持ちの数は?」

 

「バッジは二個、手持ちは実質二匹」

 

「一匹は戦闘向きじゃないということかしら?」

 

「そんなところ」

 

 戦闘向きじゃないどころか生後ゼロ日だ。

 さすがにそれを実戦にポンと投げるような考えなしではない。

 それは私の望むところではないし、相手にも失礼だ。

 

「分かったわ。それなら三十レベルフラットにしましょうか」

 

「オーケー。やろう」

 

 ボールを構える。

 相手も、私も。

 

「自己紹介もまだだったわね。私はヤマブキジム、リーダーナツメ」

 

「トキワのメア」

 

 いざ、勝負。

 私が繰り出したのはルクシオ。

 ナツメはユンゲラーだった。

 ナツメが手を振るった。

 

「ッ、コニー回避!」

 

 先ほどまでルクシオがいたところに、鋭い刃の傷跡があった。

 この技は、見たことがある。

 ミュウツーが使っていた、サイコカッターだ。

 

(いつ指示を出した? あらかじめ決めていた? 私が鋼タイプや悪タイプを繰り出していたら?)

 

 思考が加速する。

 世界から色が抜け落ち、不要な情報を切り捨て行く。

 わずかに、空間に歪が生まれた。

 

「コニー!」

 

 今度はそれだけでルクシオは回避する。

 ナツメは少し驚いていた。

 

「あなた、見えているの?」

 

 何か言っているが、聞こえない。

 いや、聞こえてはいるんだろうが、脳が処理をしない。

 私は深く、深く対戦にのめりこんでいく。

 

(ミュウツーの時はどうだった。あいつには何ができた?)

 

 思考が幾重にも枝分かれする。

 別の思考が別の思考を要求し、綺麗に噛み合っていく。

 世界が引き延ばされていく。

 

(あいつはテレパシーが使えた。つまり、ナツメは念で指示を送っている?)

 

 最初の一回以来、ナツメは腕を振るったり振るわなかったりしている。

 おそらく、あれはブラフ。

 本命は、テレパシー。

 

「コニー! バクア!」

 

 本当なら指示を出したくないが、そうも言ってられない。

 技名を簡略化して指示を出す。

 バクアはバークアウトの略だ。

 誰にでも解ける暗号だが、相手の思考を一瞬でも奪えればそれでいい。

 

「くっ、ユンゲラー、弾き返して」

 

 私にエスパーの知識なんてない。

 けれどもし、テレパシーなんてものがあるのだとすれば、きっと思考を読むか、または送るかのどちらかだろう。

 そこに急激に爆音が流れ込むと?

 思考を埋め尽くすのは、うるさいという感想だけだろう。

 次いで浮かぶのは、どうやって対処するか。

 それだけの時間が稼げれば、どうにでもなる。

 

 ナツメがユンゲラーにはじき返すように言うが、ルクシオの攻撃はそれよりも早い。

 ユンゲラーの脆弱な体を、あっさりと噛み砕いた。

 

「やるわね。ユンゲラーが突破されたのなんていつ以来かしら」

 

 ルクシオがこちらのサイドまで戻ってくる。

 さあ、次のポケモンを繰り出せ。

 

「……すごい集中力ね。任せたわよ、フーディン!」

 

 ナツメが繰り出したのは両手にスプーンを持った黄色い老体。

 知能指数五千の超能力戦士だった。

 ナツメがまた腕を振るう。

 ブラフだ。

 着地狩りあたりでも狙っているんだろう。

 

 そういえば、フーディンにはもう一つ話があったな。

 

「コニー、怪電波」

 

 狙った通りの効果が得られなくてもいい。

 最悪技の効果だけでも十分だ。

 そう考えた私の一撃は、思ったよりも強く響いた。

 

「フーディン!?」

 

 フーディンがよろめく。

 上手いこと行ったようだ。

 

 フーディンは死ぬまで脳細胞が増え続ける。

 そのため、脳の重さに筋力が追い付かなくなってしまう。

 もともと筋肉を捨てた特殊アタッカーだ。

 そうなるのも無理はない。

 問題は、体まで超能力で動かすようになってしまったことだ。

 

 超能力が何かは分からないが、波動関数で表される何かだろうと考えた。

 確証はなかったが、バークアウトに対する対応から察するに、波が関係していることを類推するのはたやすい。

 だから、私は指示した。

 もっと複雑な波動を繰り出す技を。

 

 怪電波はその名の通り、不思議な電波だ。

 人間にとってのモスキート音のように、フーディンにとって不快なものに聞こえる可能性があると踏んだ。

 予想は的中どころか、上回るものだった。

 集中力が切れたのか、念能力に干渉されたのか。

 体を制御する念を失ったフーディンは、その場に崩れ落ちた。

 

「噛み砕く」

 

 フーディンもユンゲラーと同じように、その場に倒れ伏すこととなった。

 

「あなた、本当に強いのね。いつか全力のメンバーでお相手願いたいわ」

 

「ええ、ぜひ」

 

 ナツメがボールにポケモンを戻し、私に語り掛ける。

 私もそれに応じる。

 

「私に勝った証、ゴールドバッジよ。受け取って」

 

「ありがとうございます」

 

 渡されたのは、山吹色に輝くゴールドバッジ。

 二重の円からなるそれは、やはり波動を表しているように見えた。

 

「それと、これも」

 

 いつも通り、技マシンを貰う。

 ナンバリングは四だった。

 

(いつも思うんだけどさ、技マシンって使うタイミングないよね)

 

 それをくれた相手に言うのは失礼かと思い、黙っておく。

 思いやりの心は大事だ。

 

「ナツメさん、一つ聞いてもいいですか?」

 

「どうぞ」

 

「先ほど、ロケット団を取り押さえるのは今じゃないと言いましたが、それは私が出向いても同じですか?」

 

 私が聞きたいのはこれだ。

 最初ナツメの話を聞いた時は薄情者だと思ったが、今は違う。

 私が生きているのは今だが、これからの人が生きて行くのは未来なのだ。

 ならば未来まで考慮したうえでの最適解、それを選びたい。

 私がここでアクションを起こすのは、未来にどういう結果を及ぼすのか。

 

「……分からないわ。あなたが起こす行動が、未来にどういう結果をもたらすのか。こうして向き合って、未来は映るようになった。けれど、なんというかこれは……。そう、未来が枝分かれし過ぎている」

 

「普通は違うの?」

 

「……私が視てきた未来は、枝分かれすることもあったけれども、いつも一つの結果に収束していたわ。けれど、あなたの未来は……無限に広がっていく」

 

 私はそれを黙って聞く。

 

「なら、その未来の中に、私がロケット団を取り逃す未来は含まれる?」

 

「ええ」

 

「レッドが対処した場合は?」

 

「予期せぬ出来事が起きない限り、確実よ」

 

「……そっか」

 

 私がここで行動するのは、悪手なのか。

 それなら、大人しくしておこう。

 それよりも、レッドを支援する方に回った方がいいかもしれない。

 

「レッドがこの街に来るのはいつか分かる?」

 

「しばらく時間が掛かるわ。どうやら、後回しにするみたいだから」

 

「それもそうか」

 

 どうしてレッドが立ち向かうのかは知らないが、カントーを巡らずにロケット団に向かうなど、狂気の沙汰も甚だにしろという感じだ。

 敵は最大規模のマフィア。

 いくら何でも非力の人間が、たった一人で壊滅させられるような相手じゃない。

 それなら私も、地力をつける期間を設けよう。

 

「ありがとうナツメ。また近いうちに来るよ」

 

「またね、トキワのメア」

 

 私はヤマブキシティを後にした。




数日中にチラシの裏に移動します。
ブクマしてない人で次回以降も読んでくださる方は、検索するときにチラシの裏の項目から探してください。
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