それでも読んでくださる皆様に最大級の感謝を。
【評価:無し】【感想:有り】の設定で行こうかなって思ってます。
チッ、イライラするぜ。
俺には幼馴染がいる。
騒がしく、無鉄砲で、屈託のない、そんなあいつが好きだった。
よく一緒に馬鹿をして、一緒に叱られて、責任を擦り付け合って。
あの頃は、楽しかったな。
だけど、いつからだったか。
あいつは無口になった。
笑わなくなった。
いつも辛そうな顔をするようになった。
いや、いつからかなんかじゃねえな。
理由は俺も分かっている。
メア姉の失踪だ。
メア姉は、俺とレッドの、姉貴分だ。
昔も、当然今でも。
そんなメア姉は、ある日俺たちの前から姿を消した。
後日伝えられたのは、メア姉が国際警察に逆らったという事実だった。
それからというもの、レッドと顔を合わせる機会が減っていった。
あいつの顔から、笑顔が消えて行った。
いつも、悲しそうにしていた。
俺だって、メア姉がいなくなって泣きたいくらい悲しいさ。
けど、ナナミ姉ちゃんがいる俺とは違い、あいつにとっては唯一の姉だったんだ。
俺が受けたショック以上のダメージを、あいつは負ったんだろう。
俺はあいつの傷を、どれだけ理解できてやれている?
俺はあいつの幼馴染としてここに立って居られているか?
俺はあいつに、何をしてやれる?
分からない。分からないことだらけだった。
ある日、おじいちゃんに呼び出されて研究所に向かった。
けれど、待てど暮らせどおじいちゃんは来なかった。
おじいちゃんを探しに行くか考え始めていると、おじいちゃんはついにやってきた。
幼馴染の、あいつを連れて。
元気か? とは聞く気になれなかった。
久しぶりに見たあいつは、随分やつれていた。
とても元気には見えなかった。
だけど、あいつの瞳に、ちょっとした光が宿っていることに、俺は気付いた。
あいつはただちらっとこっちを見て、何も言わずにうつむいた。
思い出すだけでもイライラするぜ。
あんな奴に負けただなんて。
更に腹が立たしいのが、あいつに全戦全敗していることだ。
おじいちゃんの研究所でも、二十二番道路でも、ハナダシティでも。
俺はあいつに負けた。
目の前のトレーナーを倒す。
俺は弱くねえ。
弱くねえ筈だ。
だというのに、あいつにはただの一度も勝利できない。
くそっ、あとどれだけ、あとどれだけ研鑽を積めばあいつと渡り合える?
あいつのライバルだと、胸を張れる?
……教えてくれよ。
「ここが、クチバシティか」
そうこうしているうちにクチバまでやってきた。
この街でやることは大きく二つ。
一つはジムに挑む事、もう一つはサント・アンヌ号を見てみる事だ。
サント・アンヌ号は年に一度だけカントーに訪れる豪華客船。
折角タイミングがあったんだから、船内を見て回るぐらいしておきたい。
とはいえ、今日はもう日が沈む。
センターで一泊して、それからだな。
「そういえば、クチバの由来は夕焼けの色だったか」
どれくらい綺麗かは知らないがちょうどいい。
この鬱屈とした気分も、少しくらいは和らぐだろう。
町を南下し、クチバ港を目指す。
しばらくすると海岸に着いた。
「……綺麗だな」
陽射しが俺を照らす。
太陽が海に落ちていく様子は、とても幻想的だった。
とても眩しくて、暖かくて。
荒んだ心に、やわらかく降り注いだ。
一日の内の、たった少ししか見れないということに言い知れぬ寂寥感を覚えた。
(……戻るか)
気は紛れたが、心は少し曇ってしまった。
どれだけ眩しい光も、いずれは顔を隠す。
三年前に、経験済みだろう。
気づいてしまったら無視はできない。
だからその事実から目を背ける。
見たくない現実に蓋をして、悲しみを隠す。
この時、俺は忘れていたんだ。
日はいつか沈む。
だけど夜が過ぎれば、また昇る。
そんな、単純なことを。
視線が釘付けになる。
向こう岸のジムから出てきた彼女。
西日が強く、逆光だというのに。
長らくあっていなかったというのに。
その影を見て、俺は確信した。
「メア姉!?」
その人物がこちらを向く。
向こうからは俺の姿が、きちんと映っているはずだ。
俺は顔をメア姉に向けたまま、走り出した。
メア姉は、困ったなあという風に頬を掻いていた。
間違いない。
やっぱりメア姉だ。
まさかクチバシティにいたなんて。
(とにかく、あいつに連絡して……)
そう思ったが、連絡手段なんてなかった。
ポケギアもポケナビもC-ギアも、俺たちは持っていない。
(ピジョンにメールを持たせて送るか? いや、ダメだな)
野生のポケモンと勘違いして倒される未来が視えた。
瀕死のまま放置されればたまったもんじゃない。
チィッ、あいつが来るまでこの町に留めておくか。
必死に走った。
多分メロスもセリヌンティウスもびっくりの走りをしたと思う。
だってマサラの人間だし。
メア姉は何もせずに、ただ突っ立っていた。
「はぁ、はぁ、メア姉……?」
「……大きくなったね」
懐かしい、声だった。
胸の奥が、熱くなった。
頭の中が真っ白になって、何も考えられなかった。
音が消え、世界が停止した。
メア姉が、俺の頭をわしゃわしゃと撫でた。
昔そうしてくれたように、やさしく、暖かく。
「グリーン、あなたはどうしてクチバにいるの?」
「あ、俺! 今ポケモン図鑑を埋めてるんだ! おじいちゃんの頼み事で」
「……ポケモン図鑑?」
なんというか、色々懐かしくて、メア姉と話せるのがうれしくて。
俺は最近の出来事をメア姉に話したんだ。
途中で話が長くなることを察したメア姉が、センターに向かおうと言わなければ日が昇るまでジムの前で話していたかもしれない。
俺の長話を、文句の一つも言わずにメア姉は聞いてくれた。
「そう、色々なことがあったのね」
「うん、だけどまだまだだよ。この世界にはまだ、俺が知らないことがいっぱいあるんだ。俺はもっと、いろんなところを見て回りたい」
「……うん。グリーンはそれでいいと思うよ」
「俺はって……」
メア姉は違うの?
そう聞こうとして、口を閉じた。
メア姉の横顔は、どこかとても遠いところを見ていた。
未来を見ているのか、過去を振り返っているのか。
分からないけれど、とても遠いところを見ているようだった。
「……知ってるよね。私はさ、犯罪者なんだよ。この世界を楽しむ余裕なんてない。グリーンはどうする? 私を通報する?」
その時、俺は気付いた。
昔と変わらないメア姉の瞳に、知らない色が混ざっていることに。
悲しみとか、諦観とか、憂いだとか、信念だとか。
俺はメア姉の三年間を、何も知らない。
「……ぁ」
言葉が形にならなかった。
考えれば分かることだった。
安全な場所でのうのうと生きてきた俺と、常に危険と隣り合わせの場所でひっそりと過ごしてきただろうメア姉。
その間には、埋めることのできない海溝が開いていることに。
「ふふっ、変わんないね、グリーンは。気丈に振舞っているけど、人の事を思って共感して、悲しんで。本当に、優しい子だね」
メア姉は俺の頭をなでる。
俺が泣き顔を、隠せるように。
優しく、暖かく。
「心の痛みを、人一倍知っている。人の苦しみを、誰よりも分かってあげられる」
だからさ、と。
メア姉は続ける。
「その涙は、他の誰かのために取っておいてあげて? 私なんかに使っちゃ、もったいないよ」
そんなことはないと、否定したかった。
自分を卑下しないでくれと言いたかった。
だけど、そのどれもが、霧のように散っていった。
「……ほら、悲しいときはポケモンを頼りなさい」
「……ポケモン?」
「うん。ここまで来たのなら、持っているんでしょう?」
早く早くと、メア姉が急かす。
訳が分からなかったけど、言われるままにみんなを繰り出した。
マサラから一緒にいるリザード。
一番道路で仲間にしたピジョット。
二番道路から育ててきたラッタ。
二十四番道路で必死に捕まえたユンゲラー。
みんなが、俺を心配した顔をしてくれていた。
「あ……」
声が零れた。
みんなは俺を信頼してくれている。
信じて、慕って、俺について来てくれている。
俺はどうして、こいつらに頼ろうとしなかったんだ?
「ね? 辛いとき、苦しいとき、悲しいとき、寂しいとき。どんな時も彼らは一緒にいてくれる」
もちろん楽しいとき、嬉しいとき、幸せな時、喜ぶとき。
そういう時も彼らは分かち合ってくれると、メア姉は続ける。
「みんなはグリーンの事を分かってくれてるよ」
だから、全部分かち合えばいいんだよ。
そうメア姉が続ける。
(ああ、敵わないなあ)
メア姉には、敵わない。
改めて、そう感じた。
(だけど、いつの日か)
いつか、並んで歩けるようになろう。
俺一人だと、できないかもしれない。
途中で、挫けてしまうかもしれない。
でももう、俺は一人じゃない。
俺には、みんながいる。
*
翌朝、目が覚めた。
センターの受付に行くと、ジョーイさんから手紙を渡された。
俺が来たら渡してほしいと、頼まれたらしい。
差出人は、メア姉だった。
まだやらなきゃいけないことがあるから、先に行く。
噛み砕いていえば、そんな内容だった。
ちょっとだけ寂しかったけど、でもいいんだ。
「これからは、自分の足で道を進んでいくんだ」
過保護のメア姉が、俺を置いて行った。
俺の成長を受け止め、認めてくれたっていうことだろう。
なら、今度も期待通り成長してみせよう。
*
サント・アンヌ号。
その船長室の前で、俺とあいつは対峙していた。
いつからか、無口で無表情で不愛想になった、幼馴染のあいつ。
ただの一度の勝利も許されなかったあいつ。
だけど、今度は負けない。
俺は、俺のポケモンを。
俺のポケモンが信じる俺を信じる。
リザードの引っ掻くが、あいつのニドリーノを倒した。
あいつがニドリーノをボールに戻し、両手を上げた。
「勝った……のか?」
俺は、あいつに勝てたのか?
本当の、本当に?
笑わなくなったあいつが、悔しそうに苦笑いを浮かべる。
今度は負けないと、強い意志が瞳に宿っていた。
その表情には、前に見た翳りはなかった。
「は、はは」
敗者のあいつの前で喜ぶのはどうかと思った。
だけど今だけは。
少しくらい、喜んでもいいよな。
こぶしを握り締める。
それをじっと見つめる。
目頭が熱くなる。
口元が緩む。
大きく深呼吸し、レッドと向き直る。
そういえばこいつは、メア姉の事を知らないんじゃないかな。
幼馴染のよしみだ。
教えてやろう。
「レッド、そういえばなんだけどさ――」
*
ターニングポイントという言葉がある。
人生の進路を変えるほどのイベントを表すそれは、時に人からもたらされることがある。
俺にとってのターニングポイントなんかがまさにそれだ。
メア姉にあって、励ましてもらわなければ、ポケモン達を頼ることを忘れたままであれば。
俺はずっと、レッドに勝てなかったかもしれない。
『――メア姉にあった』
俺が幼馴染に放った一言は、後にあいつを救うことになったらしいが、この時の俺には知る由もない事だった。
「やめて! 瀕死の状態のまま無理をしたら、ラッタの命まで燃え尽きちゃう! お願い、死なないでラッタ! あんたが今ここで倒れたら、折角立ち直ったグリーンの精神はどうなっちゃうの? 意識はまだ残っている。ここを耐えればシオンタウンのセンターにたどり着けるんだから!」
次回、「ラッタ死す」
バトルしようぜ!
……朽ちた葉は、落ちるだけ。