まだ日が昇る前。
グリーンに置手紙を書き記し、センターのジョーイさんに預け、クチバを発つ準備をする。
「まさかグリーンに会うとはなぁ」
正直予想外ではあった。
予想外であったが、まあ想定の範疇だった。
レッドが旅に出ているんだったらグリーンが出ていてもおかしくないというか。
しかしまあ旅に出た動機は、予想外だったな。
「ポケモン図鑑……ねぇ」
サカキに貰った黒い筐体を取り出す。
……似ている。
グリーンが持っていた物と。
(オーキドとサカキが裏で繋がっている? いや、サカキはマサラの人間を嫌う発言をしていた。ここのラインはないと思う)
私と初めて会ったとき、サカキは『マサラの人間にしては上出来だ』と言っていた。
裏を返せば、典型的なマサラ人を見下しているということだ。
オーキドはマサラを代表する人間だ。
ここが繋がっている可能性は考えにくい。
(あれか、国際警察と同じ感じか)
サカキは国際警察の情報を掴めていた。
工作員がいて、情報を横流ししているというのが私の推測だった。
同様に、オーキド研究所にもスパイを紛れ込ませている。
そういったところだろう。
(あの子たちに、危険が及ばなければいいけれど)
オーキド博士は、すごく人質にしやすいポジションにいる。
私はオーキドに何の感慨もないが、グリーンが悲しむのは嫌だなとは感じる。
行動を起こしたいとは思うが、私にとってマサラは近寄りたくない場所でもある。
きっと父も、こういった理由でマサラに来なくなったのだろう。
(それにしてもポケモン図鑑、捕まえないと詳細が登録されないって……)
私の持っている図鑑には、そもそも生態系に関する情報は載っていない。
覚えるわざや特性、分類などは表示されるがそれだけだ。
ルリリの時のように、データベースにないポケモンは調べられないし、生態系の詳細も表示されない。
(私の持っているこれは三年前の代物だから当然だけど、新型の図鑑は気にくわないわね)
データを取るためだけにポケモンを捕獲する?
お前らにとってポケモンってなんだ? 研究材料か?
少なくとも、私がオーキドと和解する日は来ないだろう。
*
「出てきて、ルリルリ」
「ルッリィ!」
つい先日タマゴから孵ったルリリ。
なんと既に二段階進化していた。
最初に進化してマリルになったときは驚いたよね。
マリルに進化前があるとは……。
現在確認されているたねポケモンには、全員進化前があるのだろうか。
また一つ、世界になぞが生まれてしまった。
さて、先ほど二段階進化したと言った。
そう、既にマリルリになっていた。
早くない?
ねえ? 早くない?
いいんだけどね。
というわけでマリルリに乗ってクチバ沖を横断する。
目指すはセキチクシティだ。
マリルリになると同時にニックネームをルリリからルリルリに変更した。
なかなか陽気な名前になった気がする。
ルリリって音はあざとすぎて似合わなかったからね、ナイス判断だと思うよ。
ちらっと隣の豪華客船に目をやる。
……ふぅ。
私には縁も所縁もない場所だ。
理由はどうあれ私はロケット団。
私にこの船は、眩しすぎる。
……マリルリは凄いスピードで海を走る。
ジェットスキーもびっくりだ。
ふはははー、スゴイぞー!! カッコいいぞー!!
テンション上げていこうぜ!
夜までにセキチクに着ければいいと思っていたのに、これなら昼までに到着してしまいそうだ!
さすがマリルリだ! 何ともないぜ!
*
そんなこんなで、しばらく進んでいた時だった。
急に肌寒くなってきたなと思ったら、突然吹雪きだした。
「ええ!? 何? 寒ッ!!? ルリルリ、アクアリング」
水のベールで外気を遮断し、冷気を遮る。
この水のドームの中は私たちの体温で、ある程度保たれる。
これならまあ、問題ないかな。
「ギャーオ!!」
吹雪が勢いを増す。
その氷の風を引き裂いて、一匹のポケモンが現れた。
「……嘘でしょ?」
アクアリングが凍り付く。
流水の、アクアリングがだ。
流水を凍らせるのは至難の業だ。
そもそも熱というのは、分子と分子がぶつかった際に生じるエネルギーの漏れの事だ。
流水の場合、運動エネルギーがあるため凍らせることが難しい。
それを一瞬で凍り付かせた。
「……コニー」
内側からアクアリングだったモノを突き破る。
私たちがいた場所を除いて、海が凍り付いていた。
「ははっ」
こんなことができるポケモン、カントーには一体しかいない。
「れいとうポケモン……フリーザー」
絶望的な相手だというのに、私はそれに魅入られた。
「ギャーオ!」
「ッ! コニー!」
ルクシオが私を咥えて戦線離脱する。
私が立っていた場所には、巨大な氷柱が立っていた。
「あらら、何か怒らせるようなことしたっけなー?」
そんな覚えないんだけどなー。
伝説の鳥ポケモンさんは怒髪天のようだ。
まあまあ棒が欲しい。
取り敢えずさっさとお暇しよう。
何を怒ってるのか知らないけど、多分縄張りを荒らしたとかそんなのじゃない?
それなら縄張りから出ちゃえば大丈夫でしょ。
と、思っていたのだが。
「くっ」
フリーザーがその両翼をはためかせると、私たちの前に氷壁が現れた。
別にこれくらいコニーなら壊せるけど、それはやらない。
「はーん、やろうっていうのか。私と」
折角平和的解決を試みてやったのに、お前はそういう態度をとるのか。
いいよ、やってやろうじゃんか。
「伝説だからって、調子に乗ってんじゃねえ!」
まずはこの天候をどうにかしなければいけない。
視界が悪いだけならともかく、徐々に体温を奪われていくのはまずい。
この戦いだけならともかく、勝った後に遭難なんてシャレにならない。
「コニー、雨乞い」
荒れ狂う吹雪を、雨で塗り替える。
雨でも体温が奪われることに変わりはないが、雪よりましだ。
無理に晴状態にすれば、今度は足場がなくなるし、これが精一杯だ。
それに、短期決戦を仕掛けてしまえば問題ない。
「コニー、雷」
「ギャーオ!」
ルクシオが雷を振り下ろす。
フリーザーはそれを避けようとするが、無駄だ。
なあ伝説の鳥よ、知っているか?
当たるまで攻撃すれば、必中だ。
本来ならば、そんな無理は通らない。
エネルギーが絶対的に足りないからだ。
しかし今、空中には雨雲がある。
雹を多分に含んだ、膨大なエネルギーを持つ雲だ。
エネルギー面の問題が解消されれば、無限に打ち出せる。
無数に打ち付ける雷に、ついに避けることが叶わなくなったフリーザー。
もう一度雷を指示しようとして、気づいた。
「ああ、羽休め……」
羽休めは体力を回復する技だ。
この雨が晴れるまで粘り、雨が止んだ瞬間に仕掛けようということだろう。
「コニー、雷」
それを無視して雷を指示する。
フリーザーがまた羽休めで回復し、もう一度雷を打ち下ろす。
二度三度、そんなやり取りを繰り返した。
おそらく、もうすぐこの雨は上がるだろう。
だがしかし、その前に私の勝ちが決まる。
「ルリルリ、アクアブレイク」
凍り付いた海の床から、フリーザーの真下から、マリルリが飛び出した。
重い重い、一撃を以て。
フリーザーが弾け飛ぶ。
「ウッルァ!」
完璧な角度でボールを投げる。
ジョウト地方で作られているという、ぼんぐりを使った特殊なボール。
相手が重たいほど捕まえやすい、変わったボールの名は、ヘビーボールと言った。
ボールが輝き、フリーザーが飲み込まれる。
グラグラとボールが揺れる。
やがてカチリという音とともに、その捕獲を知らせた。
「ふふん、雉も鳴かずば撃たれまい……ってね」
今回の作戦はいたって簡単だ。
マリルリはずっと、海中に潜んでいた。
実は比熱比の関係から、空気中より海中の方が温かい。
だからマリルリには海中にいるように指示していた。
そう、戦闘中ずっと機会をうかがっていたのだ。
ルクシオに雷でフリーザーを殴らせている間に、水中のマリルリには腹太鼓を指示。
そうして極限までパワーのあがったマリルリに、必殺の一撃を放ってもらった。
その時点ではまだ雨は止んでおらず、水技の威力が上昇する。
これが伝説の鳥ポケモンを一撃で倒した秘密だった。
「はぁ、まったく。なんだってんだよー!」
昼までにセキチクに着けなかったらどうしてくれんだよ。
うがーっと空を見上げると、オスプレイのような飛行機が飛んでいた。
……なんとなく、中に乗っている人が分かる気がする。
「……メアか」
「チッ、何しにきやがったサカキ」
ロープを伝い、降りてきたのはロケット団のサカキだった。
「ふん、伝説の鳥ポケモンフリーザーを追っかけていたのだがな。吹き荒れる雪風の為に近寄れなくてな」
「へー、そりゃ残念だったね」
つまりあれか。
フリーザーがおこだったのは、こいつらがストーカー紛いの行為をしたからか。
そりゃ怒るよ。
「ああ、残念なことにこの周辺まで生体反応を確認できたのだが、唐突に消えてしまってな」
「ふーん。故障とは災難だったわね」
サカキはこう言いたいのだろう。
捕まえたフリーザーを渡せと。
冗談じゃない、お前なんかに渡して堪るか。
「ああ、とんだ災難だった。ところでメアよ、コニーの遺体を、誰が管理しているか知っているか?」
「あ?」
血管がぶちぎれる音を聞いた。
「お前ふざけるなよ、コニーの身に何かしてみろ。ただで済むと思うなよ?」
「フン、ならばどうすればいいか、お前なら分かるだろう?」
「お前……ッ」
サカキの胸倉につかみかかる。
勢いそのままに、氷上にたたきつける。
マウントを取り、吐き捨てる。
「ふざけるなッ! どこまで人の尊厳を踏みにじれば気が済む! コニーは、道具じゃない!」
「……もう一度だけ言う。どうすればいいか分かるな?」
白い息が零れる。
私は、無力だ。
いまだに理不尽に抗う術を見つけられずにいる。
「……フリーザー。捕獲しておきました」
「ご苦労だった」
サカキの横にボールを置き、その場を立ち去る。
悔しい。
何もできない自分が。
「ああ、そうだ。メアよ」
「……何?」
サカキに声を掛けられ向き直る。
私はこいつに、今は逆らえない。
「お前が必死に助けようとしているコニーという奴は、お前がそうまでするほどの価値がある人間だったのか?」
「何を……」
「どうしてお前はそこまであいつに肩入れする? たかが数ヶ月ともに過ごしただけだろう? しかもあいつはロケット団だぞ? お前が嫌いな」
だからこそ、と。
サカキは言う。
「アイツに、それほどの価値があるのか?」
「……当り前よ」
「フッ、そうか。引き続き任務の方を頼むぞ」
この心もとない流氷の上で、去っていく飛行機を見ながらひとり思う。
(コニーさえいなければ……)
一人ならミュウツーを倒せた。
一人ならロケット団から逃げ出せていた。
一人ならこの理不尽に嘆くこともなかった。
一人なら、一人なら……。
(コニーは、私にとっての何なの?)
ずっと、支えだと思っていた。
だがしかし、今となっては私を縛り付ける鎖でしかない。
その足枷のせいで私は囚われ続けることになっている。
(……切り捨てるべき……?)
私は、何をしたいんだろう。
私は一人、寒空を仰いだ。
サカキィ! 氷に打ち付けられて大丈夫やったんか!?