「ごめんなさい。ここから先には行かせられない」
眼前の少年を、私は拒絶した。
自分の利得の為に、彼を傷つけた。
お面の向こうに見える少年の顔が、動揺に歪んだ。
「まさか、そんな……?」
状況が飲み込めていない少年を前に、私はボールを構える。
トレーナー同士、目と目があったらバトルは避けられない。
どうしようもなく楽しかった高揚感は、今は感じられなかった。
ただ空しく、ただ悲しく、ただ空虚だった。
「メア姉、なの?」
「……」
私がそれに答えることはなかった。
*
私はジムバッジを七つ集めた。
毒使いのキョウを毒タイプのスーちゃんで圧倒し、炎使いのカツラをマリルリで封殺し、草使いのエリカを電気タイプのルクシオで撃破した。
七色の天の証を、魃の如く倒して得た。
ようやく、ようやくだ。
やっと私は、私を受け入れられる。
「……来たか、メアよ」
「はいはい、やってきましたよっと」
私は今、トキワジムの最奥に来ていた。
そこにはサカキがいて、私を待ち構えていた。
無造作にバッジの入った袋を投げつける。
サカキは中身を確認して満足そうに笑った。
「行くぞ」
腰を上げたサカキが、扉に手をかけそういう。
私は問う。
どこへ行くのかと。
サカキは嗤い、こう答えた。
「先へだ」
開けられた扉から日光が差し込みサカキを照らし、その影を私に落とした。
その後、私はサカキとともにヤマブキまでやってきた。
前に来たときはなかなか立ち入れなかったというのに、サカキと一緒というだけであっさり入り込めてしまった。
これが顔パスというやつか。
町の中をしばらく歩き、そこでようやく立ち止まった。
この建物がお目当てのものだということだろうか。
その建造物の全容を確認し、私は声を零した。
「シルフ、カンパニー」
それは世界最大手の企業。
モンスターボールをはじめとする商品を全世界に展開し、並ぶもの泣き富を築き上げる新進気鋭の大会社。
そこが、ロケット団の本拠地……だと?
「来い。コーニッシュが待っている」
サカキの言葉で、意識が引き戻された。
そうだ、まずはコーニッシュの無事が先だ。
先ほど同様に顔パスで入っていくサカキに黙ってついて行く。
(あっちもこっちも、ロケット団だらけ……)
ロケット団が乗っ取ったというより、もともとロケット団のものだった。
そう言われた方がしっくりくるほど異様な光景だった。
まるでゴキブリだな。
そんな感想を抱きながら私は後をついて行く。
階段を上り、ワープパネルを駆使し、カードキーを使用して先へ先へと進む。
もはや自分がどっちの方向に進んでいるのかもわからない。
角を曲がる度に目印になる跡をつけ、脱出だけはできるようにしながら追いかける。
やがて一つの部屋の前で、サカキが足を止めた。
「ここだ」
私はおぼつかない足取りで、その扉に手を掛けた。
息を飲むというのは、きっとこういう時のためにあるんだろう。
一呼吸おいて刮目し、私は扉を開けた。
ひんやりとした冷気が、私の足を攫って行った。
足を踏み入れれば、吐息が凍りつき、白い煙を巻き上げた。
「……コーニッシュ」
そこに在ったのは、見たことのない機械と、その中央に佇むコーニッシュだった。
死化粧を施された彼女は、以前と何も変わらないように見えた。
ともすれば、動き出すのではないか。
そんな錯覚すら私に抱かせた。
「エンバーミングと言ってな、要するに死体を綺麗に保管するための技術だ」
サカキがそういう。
「随分と気前がいいじゃん。どういった風の吹き回し?」
善意? そんなはずがない。
私が知るサカキという男はもっと独善的で、恣意的で、傍若無人だった。
まかり間違っても気遣いなんてできる男ではない。
奇妙な違和感を抱き問いかける。
しかしその問い掛けは、サカキが答えることなく打ち切られた。
サカキのケータイが鳴り響く。
マナーのなってない野郎だ。
出ればいいという意味を込め、小さくうなずく。
「私だ。……侵入者だと?」
その言葉に、私はピンとくる。
ナツメが予知した未来が、ここまで来たのだと。
何度となく会いたいと願ったあの子。
レッドが来たのだと。
「分かった、こちらで対処しよう。持ち場に戻れ」
サカキが通信を切る。
私に向き直り、当然のように口にする。
「メア、命令だ。侵入者がこちらに来ている。ここに入り込ませるな」
「……それを私が聞くとでも?」
「ああ、お前は喜んで聞き入れる。きちんと状況を認識してみろ」
言われてこの部屋を確認する。
なんだ?
特に違和感はない気がするが……。
(違うッ、私は既に、経験している)
部屋に入ったときの冷気。
死体を保管するためだと思ったけれど、それ自体がカムフラージュだとすれば?
そこに気付くと同時に、コーニッシュの影を凝視する。
私の視線に気付いた影が、不気味に笑った。
「そのポケモンはポケモンタワーで捕獲したものだ。私の指示一つでコーニッシュを永遠に葬ることができる」
「サカキィィィ!」
私はサカキに詰め寄った。
襟を掴み上げ、声を荒げる。
「お前ッ! どれだけ人の尊厳を愚弄すれば気が済む!」
「人の尊厳を愚弄する……だと? それはお前も同じだろう」
サカキの言葉に、思考が止まりかける。
一瞬ののち意味を理解し、歯噛みする。
「死は生きとし生けるすべての命に与えられる、天からの贈り物だ。それを奪おうとするお前は尊厳を愚弄していないと言えるのか?」
「黙れ! そんな解釈なんざ必要としていない!」
「正当性の名のもとに横暴を働くお前。力の下に支配を企てる私。何が違う?」
「黙れ黙れ黙れ!」
私は間違っていないんだ。
おかしいのは、世界の方。
今は謗られようと、罵られようと。
いつか私が正しかったと語られるんだ。
「正義を振り翳せばすべてが許されると思ったか? 断言しよう。世界は俺たちに、そんな優しさを見せない」
「だったら……だったらッ! 私がしてきたことは何だったんだよ! 全部無駄だったっていうのかよ!」
コーニッシュを助ける。
そのために、その為だけに生きてきたというのに。
それを望むこと自体が、間違いだったというのか?
そんなの、認められるわけが……ない。
「無駄にしたくなければ、さっさと侵入者を退治して来い。それですべてが片付く」
……結局、私がしてきたことは、サカキと同じだったのか?
あれだけ毛嫌いしていた奴と、私の本質は何も変わらなかったのか?
善意のつもりで行ったすべては、偽善でしかなかったのか?
パンクしそうになる思考を止めて、私は部屋を後にした。
私は、どうすればよかったんだ。
コーニッシュのためと思ったことは、コーニッシュを愚弄するものだった。
どうすれば、どうすれば。
問いかけても問いかけても、答えなんて出てこなかった。
*
ゾロアのお面を取り出し、顔を隠す。
フード付きのローブを被り、かの少年がやってくる時を待ち伏せる。
一体どれほど時間が経っただろうか。
数分だったような気も、数十分だった気もする。
(私に、出来る事……)
何をなすべきなんだ。
分からない、解らない。
コーニッシュを掬うためにはあの子を止めなければいけない。
コーニッシュを救うためにはサカキを止めなければいけない。
どうすれば、どうすれば。
そんな思考を切り裂くように、扉が開かれた。
向こうから現れたのは、昔と変わらないあの子。
赤い帽子に茶色い髪、赤い服に黒のシャツ、リストバンドにジーパンの少年は。
マサラ出身の少年は。
私の弟分で、ナツメの予言に現れる英雄は。
名をレッドと言った。
「ごめんなさい。ここから先には行かせられない」
眼前の少年を、私は拒絶した。
自分の利得の為に、彼を傷つけた。
お面の向こうに見える少年の顔が、動揺に歪んだ。
「まさか、そんな……?」
状況が飲み込めていない少年を前に、私はボールを構える。
トレーナー同士、目と目があったらバトルは避けられない。
どうしようもなく楽しかった高揚感は、今は感じられなかった。
ただ空しく、ただ悲しく、ただ空虚だった。
「メア姉、なの?」
「……」
私がそれに答えることはなかった。
ナツメ「よっぽどのことがない限りは確定した未来」
なお、その未来にメアは存在していない模様。
→メアが存在していること自体がよっぽどのこと。