戦闘狂は正義を振り翳す   作:HDアロー

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赤の章 墓

 荒唐無稽な予想を切り捨てる。

 

(……あるわけない。メア姉が、ロケット団の手助けをしているなんて)

 

 目の前に立つ女性を前にして、なぜメア姉だと思ったのか疑問を抱く。

 仮面をしていて、全身を隠すローブを身にまとっていて、似ていると判断できるポイントなんて声くらいだ。

 第一、俺の知るメア姉はもっと優しいオーラを持っていた。

 持っていた……はずだ。

 目の前にいるのは、似て非なる存在に違いない。

 

(そう、メア姉は正義の味方なんだ)

 

 今も鮮明に思い返される、俺の犯した罪。

 鮮血の赤が視界を奪い、血生臭い鉄の匂いが嗅覚をくすぐる。

 誰かのためならば自分を犠牲にすることも厭わない。

 そんなメア姉が、ロケット団なんかに手を貸すはずがなかった。

 

 最初にロケット団に出会ったのは、オツキミ山でのことだった。

 珍しいポケモンだというピッピを、集団で追い詰めていた。

 ピッピの苦しそうな顔を見ると居ても立っても居られず、彼らに戦いを挑んだ。

 決死の特攻の末、辛くも勝利を掴んだ。

 ピッピの幸せそうな顔を見て、心から良かったと思った。

 

 次の遭遇は、ハナダシティだった。

 一人の民家の男性が、家中を荒らされた挙句、大切な技マシンまで奪われたと嘆いていた。

 気が付けば戦いを挑んでいて、無我夢中で技マシンを取り返していた。

 

 噂には聞いていた。

 だけど俺はこの時ようやく、ロケット団という組織が如何に道を外れたものかを知った。

 身をもって体験した。

 彼らは悪であり、敵であった。

 とは言っても、ちっぽけな俺に何ができるというんだろうか。

 この時の俺は、そう考えていた。

 

 考えを改める決定打となったのは、シオンタウンでの出来事だった。

 そこで俺は、残酷な光景を目の当たりにした。

 母親を殺されたカラカラ。

 魂だけになっても子供を思い続けるガラガラ。

 その悲劇を生み出したのがロケット団だった。

 

 ガラガラの持つ骨は、高く売れるらしい。

 その為だけに、奴らの金もうけのためだけに。

 カラカラの親子は引き裂かれた。

 

 目の前が真っ赤になった。

 ポケモンタワーを駆け上がった。

 カラカラの無事を知ったお母さんガラガラの魂は、天に帰っていった。

 けれど俺の怒りは収まらなあった。

 

 最上階にいたロケット団を、片っ端から叩き伏せて行った。

 最後の一人を捻り潰す。

 恐怖の色を目に浮かべ、俺を見上げる団員。

 それでも俺の怒りは静まることを知らなかった。

 怒りに身を任せてとどめを刺そうとして、その手を引き留められた。

 

「やめろレッド。それ以上したら死んじまう」

 

「……グリーン」

 

 そこにいたのは幼馴染でありライバルであるグリーンだった。

 その手を振り払おうとするが、グリーンは断固としてその手を離さない。

 

「放せよ」

 

「放さねえよ」

 

「放せ!」

 

「放せばお前はこいつを殺すだろ」

 

 ……それでも。

 このカラカラの無念は、どこに晴らせばいいっていうんだよ……。

 報復の報復を恐れて、黙って受け止めるしかないっていうのかよ。

 そんなの、俺は認めない。

 

「レッド」

 

 グリーンが、俺を見つめてくる。

 小さく首を振って、それからこう言った。

 

「それ以上すると、お前はメア姉の笑顔を一生失うことになる。どんな顔してメア姉に会うつもりだ?」

 

「……ぁ」

 

 頭にかかっていた靄が、すっと引いて行った。

 何かが胸の奥に、すとんと落ちて行った。

 小さな声が、ふっと零れ落ちた

 

「こいつらが道を踏み外しているからって、お前まで間違える必要はねえ。正々堂々と、胸張れる生き方をすればいいんだ」

 

 後から知った話だが、グリーンはラッタを失ったばかりだったらしい。

 あいつのラッタを見たのはほんの数回だったが、グリーンの事をよく慕っていたことを今も覚えている。

 ラッタが死んだ理由は、ロケット団との抗争が原因だったと聞いた。

 あいつは自らの力量不足を嘆き、この塔でずっと悔やみ続けてきたらしい。

 怒りに囚われた俺。悲しみに囚われたあいつ。

 自力で立ち直ったあいつの方が、よっぽど立派だった。

 

 それから、胸を張って生きるというのはどういうことかを考えた。

 十一歳の俺には難しすぎて、結局答えなんて見つからなかった。

 だけど一つだけ、確かに言えることを見つけた。

 

「カラカラのように悲しむポケモンがいる事実を、放っておくことなんてできない」

 

 俺はロケット団と戦うことを覚悟した。

 誰からも理解されずとも、誰からの助けも得られずとも。

 たとえたった一人の闘争になったとしても、自分の信じる道を真っすぐ生きる。

 俺はその決意を決めた。

 

 その時俺は、メア姉がどうして指名手配されるような行動をとることになったかを、なんとなく理解した。

 メア姉はきっと、曲げられない自分の道というのを見つけていたんだろう。

 たとえ自分が世界の敵になってでも貫くと決めた、メア姉の正義があったんだろう。

 そしてそれはきっと、誰かのためなんだろう。

 俺の知るメアリーという姉は、そんな人だった。

 

 ……だというのに。

 

 目の前のロケット団員に、メア姉の姿が重なる。

 

 そんなはずがないというのに。

 

 理性を本能が否定する。

 

 たまらず聞いた、メア姉なのかという質問は、否定も肯定もされなかった。

 

 否定してくれれば、どれだけ楽だっただろうか。

 あるいは、否定された場合も疑い続けたんだろうか。

 

 彼女がボールを構える。

 俺もボールを構えた。

 外界が遮断されていくこの感覚は、格上の相手の時にだけ感じるプレッシャーのようなものだった。

 チリチリとした感覚が、肌を焼いて行く。

 

「お願い、ルリルリ」

 

「任せたぞ! ピカチュウ!」

 

 彼女が繰り出したポケモンは、見たことがないポケモンだった。

 腰に手を伸ばし、図鑑を取り出す。

 ちらっと画面に視線を送る。

 そこに書いてあったのは、マリルリという種族名。

 

(ニックネーム……? ロケット団が?)

 

 俺の思考は、さらに混乱することになった。

 目の前の人物が、余計にメア姉の気がしてくる。

 

(とにかく、相手は水タイプのはず! それならピカチュウが有利!)

 

「ピカチュウ! エレキボール!」

 

「ルリルリ」

 

 彼女は名前だけを声に出した。

 だというのにマリルリはきちんと行動した。

 ようするに、エレキボールを叩き落したのだ。

 

「くっ、ピカチュウ避けろ!」

 

 マリルリがピカチュウ向けて突撃してくる。

 躱すように指示を出したが、わずかに掠めた。

 そう、掠めただけである。

 だというのに、ピカチュウの体力は大きく削れていた。

 

(水タイプじゃないのか!?)

 

 初見だとタイプが分からないポケモンというのは、一定数いる。

 タマタマが草エスパータイプで、ゴルダックが水単タイプなのはどう考えてもおかしい。

 そういった風なポケモンなのかもしれない。

 捕獲すれば詳細が図鑑に登録されるが、見つけただけでは学術名しか分からない。

 まずタイプを見極めようとしていたら、目の前の女性が語り掛けてきた。

 

「水は電気に弱いです、電気は地面に弱いです。そんなしきたり、捨て去ってしまいなさい。そんな非常識、必要ないわ」

 

 そこにあったのは、怒るでも、嘆くでも、悲しむのでもなかった。

 ただただ、諭すような声だった。

 やめろ。

 メア姉の声で、そんな言葉を口にするな。

 

「ピカチュウ! アイアンテール!」

 

 ピカチュウに指示を出す。

 対象は目の前の彼女の、ゾロアのお面だ。

 

「その面拝ませてもらうぞ!」

 

 メア姉の声を持つお前は、一体誰なんだ。

 メア姉じゃないという確信を得るために、無駄な一手を打ってでも仮面を割る。

 そのつもりだったというのに。

 

「アクアジェット」

 

 彼女のその一言で、マリルリが加速した。

 一フレームの内にピカチュウまで肉薄すると、その水流で飲み込んだ。

 その一撃は、もともと減っていたピカチュウの体力を完全に削り切った。

 

「そんな……、ピカチュウ、戻れ!」

 

 ピカチュウをボールに戻し、考える。

 時間はない。

 思考を加速させろ。

 

(今の攻撃、やっぱり水タイプのはずだ。だとしたら、何故エレキボールが効かなかったんだ?)

 

 水は電気をよく通す。

 それはグレンジムでも言っていた。

 理屈や志ではどうしようもない事実。

 疑うことのない常識……。

 

(間違っているのは、常識の方か?)

 

 そんな仮説が、頭に浮かんだ。

 

「行け! ガラガラ!」

 

 それなら敢えて、自ら生と死の境界線に一歩踏み出す。

 そうして死中に活を見出す。

 この相手は間違いなく格上だ。

 この戦いの中で成長しなければ、勝利なんて掴めない。

 

「ほねブーメラン!」

 

 ガラガラの骨でできた棍棒を投げて攻撃する。

 マリルリはそれを跳躍して回避。

 先ほど同様に突撃してくる。

 

「ガラガラ、迎え撃て!」

 

 ガラガラは棍棒を一本しか持っていない。

 そしてその一本は、既に放り投げてしまっている。

 迎え撃つための武器は残されていない。

 ただし、それがただのガラガラであればの話だが。

 

 鈍い音が響き渡り、ガラガラとマリルリが衝突する。

 ガラガラは見事、マリルリを受け止めていた。

 それを可能にしたのは、母親の形見だった。

 

「わりぃな、俺のガラガラは二刀流なんだ!」

 

 そして、先に投げたブーメランが返ってくる。

 後ろのブーメランを対処しようとすれば正面のガラガラが隙をつき、ガラガラに意識を割いたままでは迫りくるブーメランを回避できない。

 一人挟み撃ちってやつだ。

 

「ルリルリ、ものまね」

 

 彼女が淡々とそういうと、ガラガラの骨そっくりのブーメランがマリルリから放たれた。

 それはマリルリとガラガラのブーメランを結ぶ直線上を綺麗に裂いて行き、相殺した。

 俺達の考えた必殺技だというのに、目の前の相手は脅威でも何でもないと言った様子で冷静に切り返したんだ。

 

「ああ! ガラガラ、頑張れ!」

 

 そんな俺の応援も空しく、ガラガラは力負けした。

 部屋の隅まで吹き飛ばされたガラガラに駆け寄る。

 

(……なんなんだよ、この強さ。反則じゃねえか)

 

 この相手に打ち勝つイメージが全く湧かない。

 こんなこと、初めてだった。

 

(いや、一度だけあったっけな。この人には敵わないと思ったことが)

 

 昔の記憶が、フラッシュバックする。

 やはり、この疑念を放っておくことはできない。

 

「ガラガラ、いったん戻れ! 任せたぞ、ストライク!」

 

 ガラガラを戻し、ストライクを繰り出す。

 呼吸を合わせ、その一瞬を狙いすます。

 

(……来る!)

 

 今までの流れで、マリルリが肉弾戦を得意とするポケモンだということは分かっていた。

 こちらが仕掛けなければ、痺れを切らしたマリルリの方から突っ込んでくる。

 その予想は正しかった。

 そして予想ができているのだから、当然対処もできる。

 

「見斬りだっ!」

 

 マリルリを紙一重で完全に躱しきる。

 そのまま背後を取り、今度はこちらから仕掛ける。

 

「真空波ッ!」

 

 マリルリの突進に合わせて、推進力を与えてやる。

 バランスを崩したマリルリは、先ほどのガラガラのように吹き飛んでいった。

 

「今だ! 仮面を切り裂け!」

 

 今度は邪魔をするポケモンはいない。

 ストライクの素早さを活かして肉薄し、仮面だけを切り捨てる。

 鋭い鎌で切り裂かれたそれは、音を立てて地面に落ちた。

 

「……そんな」

 

 フードの下に隠れた顔は、照明に照らされて。

 自分の憶測が正しいことを証明していた。

 

「メア姉、なんで」

 

 目の前のロケット団に加担する女性は、やはり姉だった。




メアがカントーにいると知らない場合、グリーンの制止を振り払いとどめを刺し、その後自分が嫌になって自殺するらしいです。
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