「……こんな形で再会することになるとは、思ってなかったよ」
どんな顔をすればいいのか分からなかった。
目の前のレッドは、トラウマをえぐられた子供のような悲痛を浮かべている。
私は、どんな顔をしているんだろうか。
右手をそっと顔に当てる。
酷く冷たい感触が肌を伝う。
私は表情は、既に死んでいた。
「失望した? 絶望した? 見下げ果てた?」
「違っ、だって、メア姉はそんな人じゃ……」
「私の、何を知っているというの?」
私ですら私を知らないのに。
何故私はここに在るのか。
何故私はここで戦うのか。
私は、どうしたいのか。
「私はレッドの三年間を知らない。その間にあなたは、旅に出るほどの成長を果たした。どうして私が変わらないと思ったの?」
地獄だった。
敵地に放り込まれて三年間、気を休めることもできなかった。
気丈に振舞っても、すり減った精神は確実に心身に影響を与えていた。
だからこそマサラタウンのメアリーは死んだ。
ここに居るのはトキワのメアという亡霊だ。
「もう戻れないんだよ、あの頃には」
マリルリをボールに戻す。
気迫と覚悟で臨んだところで、傷の痛みを忘れる事しかできない。
体力は確実に削られて行っていた。
お疲れ、ルリルリ。
「出番だよ、スーちゃん」
禍々しさを持った、異次元の存在。
コードネームUB:STINGER。
学術名アーゴヨン。
私達の始まりのポケモンを繰り出した。
耳をつんざくような鳴き声を一つ。
ヘドロウェーブを放ち、ストライクを飲み込んでいった。
「ストライク!」
そして特性ビーストブーストが発動する。
もはやアーゴヨンのスピードに、誰も追いつけない。
「くっ、ガラガラ!」
「無駄」
マリルリとの攻防で傷ついたガラガラなんて、障害にもなりゃしない。
迸る龍の波動でその体力を削り切る。
「もうやめよう、レッド。あなたじゃ私には敵わない。ここは大人しく退いて」
自分でも驚くくらい、か細い声が出た。
でももう、これ以上人を傷つけたくなかった。
「……確かに、もう戻れないのかもしれない」
レッドがそんなことを口にした。
「メア姉に何があったのかを俺は知らない。どうしてロケット団なんかに手を貸しているのかも、俺は知らない」
だけど、と。
その拳を握り締め。
歯を力強く噛み締め。
レッドは胸を張って立ち向かうことを選んだ。
「そんな辛そうな顔しているメア姉を放っておくことなんて、俺にはできねえ! 行くぞ、ウインディ!」
どこまでもまっすぐなレッド。
本当に、立派に成長してくれたと思う。
彼の巣立った様子に、心を動かされる。
(ふざけるなッ!)
どこから歯車は狂った?
何故レッドはここまで純真に育った?
どうして私はこんなに醜悪になった?
(私だって、レッドみたいな生き方をしたかった!)
自分の信じる正義を貫きたかった。
自分の意思で、運命を選択したかった。
それがどうだ。
信じた正義は崩れ去り、運命の荒波には流されるばかり。
世界からは犯罪者の烙印を押し付けられ、その身を悪の組織に堕としている。
(どうして私ばっかり、こんな役回りを強いられるのよ!)
誰に聞いたって、悪に立ち向かう正義のレッドと、それに立ちふさがる悪のメアという構図だ。
そんな風に生きる事なんて、ただの一度も願っていない。
世界はどうしようもなく理不尽で不条理で。
いつも私の敵だった。
「知ったような口を……叩くなァ!!!」
私の感情の揺れに、アーゴヨンが呼応する。
会心の一撃を、ウインディに叩き込む。
「うおおおおぉぉぉ、ウインディ……ッ!」
波動という高濃度のエネルギーと、ウインディがぶつかり合う。
耐えきれるはずがない。
その一撃を耐え切り、ウインディが攻撃に移行した。
「起死回生ッ!」
体力が少なくなればなるほど、威力が上がる技。
あえて波動に突っ込むことで死に踏み込み、そこから生をつかみ取る必殺の一撃を繰り出した……か。
……私の完敗、だよ。
それが、フラットルールでの話ならね。
「スーちゃん、とどめ針」
この攻防で分かった。
ウインディの持ち物は気合の鉢巻き。
瀕死に至る一撃を、ときたま耐えることがあるアイテム。
その偶然を引き当てたレッドの運は、相当なものだと思う。
だけど、レベルが足りない。
「……そうだよ。結局力がなければ何もできないんだ。どんな綺麗事や御題目を並べても、それが真実」
だから私は力を求めた。
故に私は力を身に付けた。
つまり私は、正しかったんだ。
「ウインディ……」
ウインディのもとに歩み寄るレッド。
悲しさや苦しさが、こちらまで伝わってくるようだった。
「ごめん、ごめんね」
小さくそう残し、私はコーニッシュのもとへと足を向けた。
レッドの顔を見るのも、顔を見られるのもつらかった。
もう私なんて忘れて生きてくれ。
それがレッドのためであり私のためであるんだ。
(……じゃあね)
心の中で別れを告げて、部屋を後にした。
*
「侵入者はどうした」
「私がここに居る意味、分かんないかな?」
コーニッシュのいる部屋は、少し幻想的だった。
機械から零れる淡い青色の光が、強まったり弱まったりと脈動している。
それはまるで、生きているようだった。
「そうか。こちらも準備が終わったところだ。始めるとしようか」
「……お願い」
誰に後ろ指さされようとも。
私はこの道を行くことを決めた。
私は、間違ってなんかいない。
正しくあるために、力を得たんだ。
力のある私が、間違ってるはずないんだ。
サカキが機械を操作する。
脈動していた光が、徐々に強まっていく。
光子が部屋を満たしていく。
視界を埋め尽くすほどの光に、私たちは飲み込まれていった。
やがて、光は収まり、徐々に世界に色が戻ってきた。
はたしてそこにいたのは、たしかにコーニッシュだった。
「……コーニッシュ、なの?」
「先輩……」
コーニッシュが私の方に、駆け寄ろうとしてくる。
筋肉が衰えているのか、その場に倒れ込んだ。
「コーニッシュ!」
崩れ落ちた彼女のもとに、私から駆け寄った。
彼女は見慣れた顔で微笑んだ。
「先輩、私。ずっと待ってましたよ」
やわらかく笑う。
その顔を見ていると、不思議と自分が許されたような気になっていった。
だからこそ、私は聞かなければいけなかった。
「コーニッシュ。大事なことがあるの。答えてくれる?」
「はい。先輩の質問なら、なんなりと」
心臓が早鐘を打つ。
心音が耳を支配する。
「……あなた、誰?」
私の質問に、コーニッシュがわずかに硬直した。
その際、わずかに瞳孔が縮小したことを、私は見逃さなかった。
疑念は、確信に変わった。
「先輩? 何を言ってるんですか。私は私、コーニッシュですよ?」
よく見てくださいと、コーニッシュは言う。
確かにそこに在るのはコーニッシュだった。
私が、見間違えるはずもなかった。
「ふぅ、聞き方が、正確じゃなかったね。……私のコーニッシュを、お前どこにやった?」
核心をついた質問に、彼女は隠すこともなく笑った。
楽しそうに、愉しそうに。
「あはははは。さすが先輩ですね。気づくの早すぎません?」
「コーニッシュは、私にコニーと呼ばせようとするんだよ、偽物野郎」
「あはは、なるほどー? ふふっ、でも偽物野郎とはひどいですね、私は女性ですよ?」
レディらしくないですねと、彼女は嗤う。
そんな先輩も素敵ですけれどと、彼女は嗤う。
「それにしても気づくの早いと思うんですけど、もしかして最初から疑っていました?」
「……当然でしょう」
本当は、疑うよりも信じることを優先したかった。
でも、それはできなかった。
「化石を復元する装置があると聞いた。死者の蘇生と化石の復元、そこにどれだけの違いがあるのかを考えた」
この日を、ずっと夢に見てきた。
だけど、叶えた現実が残酷だった場合の事も、いつも考えていた。
「復元された化石が元の記憶を有しているのなら、自分の死を覚えているということになる。そんなトラウマを抱えた状況で生きて行けるはずがないと思った。仕組みがあると思った。考えられる理由の一つに、そもそも別の意識が入り込んでいる可能性を考えた」
私は淡々と告げる。
信じていたというのに。
「だからこそ、その可能性も考えていた。さぁ、答えを聞かせて。あなたは誰?」
「はぁ、さすが先輩ですね。でも、私はコーニッシュだとしか答えることができませんよ? 先輩」
彼女が、コーニッシュを名乗る彼女が続ける。
「正確に言えば、数ある平行世界の内、コーニッシュが生存している世界の私のクローン……ってところですかね」
「コーニッシュが……生存している世界?」
彼女は肯定し、先を続ける。
「こっちの先輩が生きているっていうことは、私は先輩を助けに行ったんですよね? それに感動して、心でも掴まれちゃいましたか?」
コーニッシュの体をした何かが、不気味に嗤う。
「あはは、演技だとも知らずに、滑稽なものですねぇ? 並行世界すらまたにかけた、大掛かりな罠だとも知らず」
サカキ様の手のひらで泳がされる気分は、いかがでしたか?
そう、彼女が嗤った。
「コーニッシュ……? どういうこと、なの?」
「あれ、まだわかりませんか? 先輩はもっと察しがいい人だと思っていたんですけど」
コーニッシュは少し首を傾げ、すぐに得心したように手を打った。
「ああ、理屈で理解していても、心が否定したがっているんですね。なら、懇切丁寧に教えてあげますよ」
その先を聞いてはいけない。
そんな予感があった。
だけど、知らなければいけないという直感があった。
私は、動かなかった。
「まずこの蘇生装置、三千年前のカロスで作られた兵器を元に作られているんですよ。この装置を使う際に放たれる光子の揺らぎ、それを受けた生物は老化を限りなくゼロに出来ると言われています。ええ、サカキ様の狙いは、不老の肉体を得る事でした」
「サカキ様はまず、カントーのポケモンを支配することを考えました。装置を稼働させるには多くの生体エネルギーが必要ですからね。しかしそれは、一人の少年によって潰されました。そう、マサラタウンのレッドによって」
「サカキ様はその後ロケット団を解散し、修行に励みました。その時、出会ったのです。世界を股にかける存在、ウルトラビーストに。並行世界に移動したサカキ様は、もう一度カントーの支配を試みました。今度は団を強化して、より確実に実行しようとしました」
「それを妨害したのは、やはりマサラタウンのレッドでした。どれだけ丁寧に事を運んでも、あと一歩というところでいつも計画は挫かれました。まるで確定した結末だとでもいう様に、世界はいつもロケット団の壊滅に収束しました」
話を理解するのに精いっぱいだった。
不老? 並行世界? 既にロケット団は壊滅させられていた?
内容を理解しても、意味を理解しても、納得はできなかった。
「何度リトライしたか分からない世界線で、サカキ様は特異点に到達しました。それが先輩、あなたです」
「突如現れた宿敵の姉。サカキ様は世界漂流を続けるうえで確立したロードポイントを設定し、この時間軸を固定しました。そうして一周目の先輩を見届けました。先輩は、ついぞマサラを旅立つことはなかったらしいですよ?」
「そうして次は、ベベノムをマサラに放つことにしました。こちらの動きを察知した国際警察が動くので、うまく先輩と遭遇する地点を作るのが大変だったと聞きましたね。まあ、どうにかして先輩に、マサラを旅立つだけの力を与えました。するとまた、特異点が現れました。まあ、これも先輩だったわけですが」
「先輩ということも知らずに干渉したサカキ様は、どういうわけか先輩を手下に加えました。そしてその後、ロードポイントを更新したらしいです。どうしてそんなことをしたのか聞きましたがサカキ様は答えてくれませんでした」
ロードポイント……?
つまりなんだ、サカキは望んだ未来を掴むまで、何度もこの世界をやり直しているというのか?
なんだよ、それ。
私が望まない未来を歩まされてる一方で、こいつは過去を何度でも繰り返せるっていうのかよ。
「そうしてニューアイランドに先輩を隔離したものの、先輩はミュウツーを連れて逃走。手下にするどころか、レッドと一緒にサカキ様を倒しに来たらしいですよ。あはは、笑えますよね」
「仕方がないので、サカキ様は世界をやり直し、私を送り込みました。その世界で私は先輩を監視し、脱走計画を全て頓挫させました。その結果先輩は、自らの命を絶ってしまいました。やっすい命ですよね、そう思いませんか?」
「先輩を殺した私は、その世界線でロケット団として育てられました。すべての真実を私に伝えたのち、サカキ様はまた世界をやり直したそうです。そうしてこの世界の私を殺し、先輩の手によってこの世界線に呼び戻された」
「先輩には感謝してますよ。またサカキ様に会わせてくれて、本当にありがとうございました」
そこから先の事は、先輩の方が詳しいですよねと、彼女は言う。
そうだ、コーニッシュに情をもって、コーニッシュに囚われて、コーニッシュを失って、コーニッシュを人質に取られて。
じゃあなんだ?
「私の見てきたコーニッシュは、私を操り人形にするための道具だったっていうの?」
「あはは、ようやく気付きました? いえ、ようやく納得したというべきですかね、先輩?」
「私に愛称で呼ばせようとしたのは?」
「好感度稼ぎでしょうね」
何かが、崩れ去っていった。
どこだ、私は今、どこにいる?
分からない、分からない。
「聞かせて。この世界のコーニッシュは、私の知るコーニッシュは、誰の味方だったの?」
一縷の希望に縋る。
蜘蛛の糸のように、細く繊細なそれに手を伸ばす。
「ふふ、まだ信じちゃってるんですか? 先輩は可愛いですね。決まっているじゃないですか。私の心はサカキ様のものですよ、最初から……ね」
「コーニッシュッ!!」
手元のコーニッシュを蹴り飛ばした。
怒りが収まらなかった。
「信じて、信じていたのに! 私を騙したな……ッ、私を裏切ったなァ!?」
「アッハハハ。もしかして私だけは自分の味方とでも思っていましたか? 滑稽で滑稽で、私、笑い死にそうです」
「ふざけるなぁ! 何のために私はッ!」
「何のために……? 私のせいにしないでくださいよ。先輩がしたくてしただけでしょう?」
誰も助けてくれなんて言ってない。
誰も蘇らせろとは言っていない。
この世界のコーニッシュを知らない筈の彼女が、確信をもってそう告げる。
それは最初からコーニッシュが敵だったことを確信させるのに、十分すぎる発言だった。
「先輩は、先輩の為にレッドさんを倒したんですよ。滑稽ですよね。二つ前の世界ではロケット団を潰した英雄が、一つ前の世界ではあっさりと死に、この世界では正義を挫く悪になる。これ以上の喜劇がありますか?」
ああ、最初から私は、一人だったんだ。
マサラを捨て、レッドとの縁を切ったとき、すべてを失ったんだ。
この世界ではよりを戻そうともせず、完全に断ち切った。
「バイバイ、コーニッシュ」
「先輩……? 何を?」
ボールからアーゴヨンを繰り出す。
もう、お前必要ないや。
私の前から、消え失せろ。
「イヤだ、死にたくない……死にたくない! サカキ様! 助けてください!」
まともに体も動かせないコーニッシュが、必死にサカキの方に向けて這いずり回る。
「コーニッシュよ。命令だ」
「ハイ、何でも聞きます。だから、だから助けてください!」
「用済みだ。ここで死ね」
「……え?」
そうしてアーゴヨンの針が、彼女の喉を貫いた。
楽には殺してやらない。
せいぜい死ぬまで、逃れられない恐怖にもだえ苦しむがいい。
それが私をもてあそんだことに対する報いだ。
「そん、な。サカキ、さま。どうして」
私の方が大切だと言ってくれたのに、と。
彼女は必死に語り掛ける。
「ああ、お前の方が大事だった。私の口から説明しても、こいつは聞き入れなかったからな。説得できる人物が必要だったのだ」
その為だけに、私はお前を呼び出したのだとサカキは嗤う。
「ご苦労だったコーニッシュ。今度こそ、安らかに眠るがいい」
「……ぁ、ぃゃ……」
コーニッシュの瞳から、ハイライトが抜け落ちた。
私の心から、何かが零れ落ちた。
かろうじて人間性を繋ぎ止めていたそれは、儚くも崩れ去った。
読む必要のない裏設定的な何か。
メア視点のコーニッシュはメアの味方でした。けれどその事を並行世界のコーニッシュは知らないです。誰も助けてと言わなかった~のくだりはただのハッタリ。
サカキのロードポイントはタイムリープに近い。簡単に言うと記憶だけを別の世界の自分に上書きする感じ。
サカキ視点で詳しく書くとコーニッシュがメアを庇う一週目。コーニッシュがメアを潰す二週目、コーニッシュがメアを庇う三週目です。
一週目ではコーニッシュを蘇らせるもまったく事情を知らない別人が蘇生。偽物を用意したなと怒り狂ったメアはサカキを破壊しようとし、サカキは間一髪でロードに成功。しかし過去に戻ったことで不老の肉体を失いました。そこでメアが怒らないような駒を二週目で作ります。それが並行世界のコーニッシュで、このコーニッシュには割とやさしくしました。そして三週目、不老の肉体を得て、自分に向くはずのヘイトをコニーに擦り付けたサカキ。この身代わりとしてお前が大事だと言った言葉を、サカキを強振している二週目のコニーは、メアより自分を大事にしてくれていると錯覚していましたとさ。
あと感想でナツメの未来視を改竄してる可能性を考慮しないの? って指摘されたけども、すごく答えづらい質問でもあった。私視点だとサカキはレッドの結末を知っているけどメア視点だとそれを知ることはできないわけで。だからこの時間軸のサカキは知ることができない(並行世界の場合は別)とか、メアの場合は考えにくい(無いとは言ってない)といった叙述トリック的な返答になってしまった。質問が改竄しているかどうかじゃなく、メア視点で疑わないかどうかだったからメアにとっての考えを書いといた。
実際のところどうなのかと言うと、普通に改竄する能力なんてないです。