人を、殺した。
この手で。
そんな正義が、あっていいのか。
いや、分かっている。
私がやっていることは、きっと正義なんかじゃないんだ。
「あ……あぁ」
その場に崩れ落ちる。
ルクシオの入ったボールが零れ落ち、中からルクシオが現れる。
コーニッシュのもとまで駆け寄ると、進化の光を身にまとった。
やがて光がおさまると、中から現れたのはレントラーだった。
(私といた時は、一向に進化する兆しも見せなかったのに)
こいつも、私の敵だったんだ。
どいつもこいつも、私に歩み寄るだけ歩み寄って切り捨てていく。
もううんざりだ。
レントラーは私のもとまで来ると、ボールの開閉スイッチを壊した。
その瞳に私を映し、興味を失ったように立ち去った。
コーニッシュを連れて。
「ふむ、これでチェックメイトだ、メアよ。もう一度、今度は本当の意味で問おう。私の部下になれ」
「……誰が、あんたなんかの」
「分かっているのだろう? お前は、本質的には私と同じだということを」
否定も肯定もせず、押し黙る。
「誰かのために何かを成せど、見返りを与えられるわけではなく、嫌われる一方だ。そんな世界のどこに希望がある? いやない」
思考に靄がかかる。
善悪を判断する能力にロックが掛かる。
サカキの言葉に身を委ねれば、どれだけ楽になるだろうか。
「この世界は私たちの敵だ。お前がどれだけ身を粉にしても、最後に世界はお前を裏切る」
甘ったるく、とても苦い。
けれどその話は、私の心をつかんで離さない。
「選べ。世界に捨てられるか、世界を捨てるか」
「……私は」
分かっているんだろう?
自分はもう、どうしようもなく堕ちている。
ならばサカキは、私の一番の理解者だろ。
その手を取ればいい。
それだけで、それだけでいい。
「私は! 自分の信じる道を行く!」
伸ばしかけた手を、もう一方の手で叩き落とす。
たとえ世界のすべてが敵になっても、私だけは私を信じる。
誰かに私を委ねるなんて、絶対に許さない。
「スーちゃん!」
「愚かな。分かっているのだろう? サイドンの特性は頑丈。お前の攻撃を一度耐え、返しの一撃で倒せる」
「そんな常識、知ったことじゃない!」
覆せ、これまでの前提を。
貫け、これからの信念を。
型破りで頑丈を貫けるならば、何か抜け道があるかもしれない。
それを引き寄せろッ!
「駆け抜けろ! 極限の一瞬を!」
私の信念にアーゴヨンは、必死に応えようとした。
レッドの時よりも強力かもしれない一撃が、龍の形を成してサイドンに襲い掛かる。
けれど、それだけだった。
そんな奇跡、私に引き寄せられるわけがなかった。
私は、主人公なんかじゃないんだから当然だ。
サイドンの返しの一撃で、アーゴヨンが倒れる。
マリルリのボールは、レントラーが壊していった。
レントラーは私を見限って、去っていった。
もはや私を守るものは、何もなかった。
「……最後のチャンスだ」
「お断りだね」
「……残念だ」
サカキが私に忠告する。
ただ生きるのではなく、良く生きる。
何と難しいことだろうか。
サイドンのドリルが私に向かってくる。
世界が引き延ばされていく。
死が歩み寄ってくる。
もはや死に対する恐怖はなかった。
(ああ、なんだ。私はとっくに、死んでたんじゃないか)
吸い込まれるように向かってくるサイドンを見つめていると、視界を白が埋め尽くした。
硬い金属を、ドリルが削る音がした。
「な、んで。あんたがここに?」
白い体。
紫のしっぽ。
尖った耳に、鋭い目つき。
念能力で生み出したスプーンを私に突き出したそいつの名前は……。
「ミュウツー……?」
*
サイドンが倒れ伏す。
肩口から脇へと残る傷跡は、ミュウツーの得意技のサイコカッターだろう。
こいつは、私を助けた……のか?
『久しいな、サカキよ』
「ミュウツーか。お前は、地下に閉じ込めておいたはずだが」
『二度同じ轍を踏むわけがないだろう。今回はきちんと対策をしておいた』
私のアームカバーが、淡く光る。
マーキング、ということか?
『私を倒したこいつが追い詰められるようなことがあるとすれば、それはお前に他ならないと思っていたぞ、サカキよ』
「ふん、お前ほどの力があるのならば小手先に頼らずとも、力に訴えればいいというのに」
『それは既に試した。もっとも、力では解決しないと学んだだけだがな』
ミュウツーは膝を突いて私と対等な高さに視線を合わせた。
そして、私に問いかけてきた。
『メアと言ったな。お前も学んだだろう。たとえ力を持っていても、一人きりでは勝てないということを』
力を求めた。
それは間違っていなかった。
何を間違った。
仲間を切り捨てたことだ。
『私はサカキを倒したい。お前はロケット団を倒したい。どうだ、共闘しないか?』
ミュウツーの声は、サカキよりも心地よかった。
だからこそ、私は恐れた。
「もう、嫌なんだよ……。誰かに裏切られるのも、誰かを見捨てるのも」
一人にしてくれ。
「ふ、残念だったなミュウツーよ。メアがトレーナーであることを放棄したならば、お前は正式に私のポケモンとなる」
『メアよ、本当にそれでいいのか? お前はそれで、後悔しないのか?』
「後悔って、何かをしても、何もしなくても、どっちにしろ苛まれるじゃないか」
『……なら、行動してみせろ! もがき続けろ! そうしてダメだったら、その時悔いればいい!』
頭を、強く揺すられた気がした。
『今諦めれば、確実に後悔する! だが足搔き続ければ、違う未来が待っているかもしれない!!』
「私は……」
心臓が跳ね上がる。
『お前の信念は、そんな脆いものなのか!』
慟哭を、あげた。
空に向かって、吠えた。
「……やってやる。何度だって、何度だって立ちはだかってみせる!」
踊る阿呆に見る阿呆。
同じ阿呆なら踊らにゃ損損。
やらずに後悔するくらいなら、やって後悔してみせる。
『よく言った。餞別だ』
私の手元に、もう一つボールが送られる。
それは私がかつて捕獲した、フリーザーだった。
「うん。来い、フリーザー!」
*
戦いは激化した。
シングルバトルならば、ミュウツーが優勢だっただろう。
だがこの戦いは、ルール無用のバトルだ。
サイドンを除くサカキの手持ち五匹対、ミュウツーフリーザーの戦いになっている。
加えてフリーザーは岩タイプの攻撃が苦手だ。
フリーザーが致命打を受けないように気を使いながら、立ち回る。
サカキ相手に、無謀な戦いだった。
(ミュウツー、聞こえる?)
(メアか、何だ?)
私の脳裏によぎったのは、ナツメとユンゲラーのコンビ。
テレパシーでの意思疎通、ミュウツーならばできるんじゃないかと考えた。
そしてそれは正しかった。
(隙を見つけ次第、自己再生を挟んで)
(……? まだ体力は十分だが?)
(スーちゃんを回復させる)
かつてはミュウツーを仕留めるために使った戦略。
『横取り』による、スーちゃんの疑似的な高速再生技。
(なるほど、分かった)
狙い通り、隙を見てミュウツーは自己再生を試みてくれて、それをスーちゃんがすかさず横取りした。
あとはスーちゃんにこっそり悪だくみを積んでもらって、隙を見て一掃する。
それで行けるはずだ。
しばらくして、上手く試合を運べていると思ったそのときだった。
サカキが嗤った。
「アーゴヨンによる奇襲を狙っているな? そんなこと、お見通しだ。貫け、サイホーン」
「! スーちゃん!」
「ふはは、残念だったな」
「……本当に、残念だったわね」
熱波が襲い掛かる。
サカキのポケモン達を、飲み込んでいく。
「い、一体何が」
サカキが動揺したとき、サイホーンが貫いていたアーゴヨンが煙になって溶けた。
「身代わり!?」
かつては届かなかった。
だが今度は、前回とは違う。
「無暗に力を付けさせたこと、向こうで後悔することね! スーちゃん、熱風!」
敵全体攻撃の熱波が、サカキの手持ちに襲い掛かる。
悪だくみを三回積んだ攻撃を耐えるべくもなく、一斉に淘汰した。
「……また、か」
「つれないわねサカキ、どこに行くつもり?」
負けを自覚したサカキが、逃走しようとした。
そんなこと、許すと思ったか?
「メアよ、次は私が勝つぞ」
そう言って、サカキの存在が希薄になっていった。
だから私は、呟いた。
「次なんて、あったらね」
フリーザーに、指示を出す。
足手まといでしかなかったフリーザーを、どうして庇っていたか。
ただ一瞬、この一瞬のためだ。
「絶対零度」
通常、殆ど当たらない一撃必殺技。
当たれば死を回避することのできない技。
それをサカキにぶち込んだ。
「そんな攻撃、当たるわけ……なっ!?」
ただの絶対零度ならそうだろうよ。
お前はフリーザーの強さを見誤った。
「戦いの最中、お前に心の目を使っていたんだよ。故に、絶対零度が外れることはない」
「ふざ、ふざけるなぁ!」
「恨み言は、向こうで聞いてあげるよ」
私もあんたも、どうせ地獄行きだろうからね。
サカキの悲鳴が、時空にこだました。
サカキの遺体は、現代に残っている。
ロードは失敗したということだろう。
「く、くはは」
やった。
私はついに、成し遂げたんだ。
「やった、やったやった! ついに私は、サカキを倒したんだ! ようやく、クリアしたんだ!」
「残念だが、ゲームオーバーだ」
勝利の余韻に浸ろうとした私に、何者かが水を差した。
音を立てて扉が開かれる。
振り返るとそこに、見覚えのある顔があった。
「ああ、誰かと思えば、国際警察のハンサムさんじゃないですか? 今日も元気に税金を潰していますか?」
「ごく潰しにならないためにも、君を捕らえないといけないな」
メアはサカキにミュウツーを預けたが交換したわけではない。だから一応メアの手持ちのままだった。ニワトコの杖みたいな感じ。