戦闘狂は正義を振り翳す   作:HDアロー

27 / 37
十話 或いはバッドエンドと呼ぶべき終焉

「ああ、誰かと思えば、国際警察のハンサムさんじゃないですか? 今日も元気に税金を潰していますか?」

 

「ごく潰しにならないためにも、君を捕らえないといけないな」

 

 私の目の前にいたのは、国際警察のハンサム。

 かつてアーゴヨンを、上からの命令だと言って殺そうとした奴だ。

 

「私を倒すつもりですか? あなた一人で? はっ、笑わせますね。それとも、抱腹絶倒でもさせるつもりですか?」

 

「私だけでは無理だろうな。だが、今回は強力な助っ人がいる」

 

 ハンサムの後ろから別の影が現れる。

 

「……レッド」

 

「メア姉……」

 

 まだ、立ち上がるのね。

 本当に、主人公みたいな存在だよ。

 この上なく、私を腹立たせる。

 

「レッド君、今回もいつものように頼むよ」

 

「……お断りします」

 

 レッドはハンサムの言葉を切り捨てて、私に歩み寄ってきた。

 

「待て、レッド君退くんだ! 彼女は」

 

「うるさい!」

 

 ハンサムの制止を振り払い、自らの意思で私と向き合った。

 

「俺、確かにメア姉の事、何にも知らなかった。この三年間の話だけじゃない。それより前の事も」

 

 その目に炎を宿し、私を見据える。

 

「メア姉が何を考えていたかも、どうしてマサラを出て行ったのかも、それからどうしていたのかも知らないんだ。だから、教えてよ」

 

「レッド、言ったでしょう? 私たちは、もうあの頃には、戻れないのよ」

 

「それなら、やり直せばいい!」

 

 レッドがそう叫ぶ。

 

「間違ったなら、やり直せばいい!」

 

「何を分かったようなことを。この世界にはね、取り返しがつかないことだってあるのよ」

 

 ちらりとハンサムの方に視線を送る。

 渋い顔をしているが、きっと内心汗だくだろうな。

 

「例えば私がここでつかまれば、きっと死刑になるわ。死んだあと、私はどうやってやり直せばいいの?」

 

「それは……」

 

「レッドはそれでも、私を突き出す?」

 

「……無理だよ」

 

 レッドは小さくうなだれた。

 まだ私の事を思う心は残っているらしい。

 

「そう、私ももう、立ち止まることはできないの。だからレッド、私の事はもう忘れなさい」

 

「それこそ無理だよ」

 

「……お姉ちゃんの、最初で最後のわがままだから」

 

「……嫌だ」

 

 意外だった。

 こういえば、きっと折れると思っていた。

 私の想像以上に、レッドは成長していたらしい。

 

「そんなことしたら、俺は絶対後悔する! そんなの、いやだ!」

 

「……ありがとうね。でも、ダメだよ。いい子にしててね」

 

 ミュウツーにアイコンタクトを送る。

 いいのかという問いに、小さく首肯する。

 

「ばいばい、レッド」

 

「そんな、メア姉、どうして!」

 

「あなたまで国際警察に手配される必要は無いわ」

 

 結局全部、私のわがままだ。

 レッドにそれを背負わせるつもりはない。

 だから、ここでお別れだ。

 

「嫌だ! あの日俺は誓ったんだ! いつか、メア姉の役に立つって!」

 

 ミュウツーの念能力に、必死に抵抗する。

 消えかけていた実体が、再び現れる。

 

「ずっと思っていた、『いつか』って『いつ』だって! ずっと後悔していた、あの日メア姉を一人にしたことを!」

 

 ミュウツーの念能力を、ついに打ち破る。

 空間を引き裂いて、レッドが駆け寄る。

 

「だから、今度こそ、俺を頼ってくれよ。お願いだからさ……」

 

「レッド……」

 

 ……マサラ人パネェ。

 何当然のようにミュウツーの念能力破ってるの?

 私にもそれ出来るの?

 

『人間というのは、つくづく分からない生き物だな』

 

 ミュウツーがそう語りかける。

 

「まだ逆襲とか考えてる?」

 

『……どうだろうな。私は人間について知らなすぎる。相手を知ってからでも、遅くはないかもしれん』

 

「相手を知ってから……ね」

 

『お前もそうなんじゃないか?」

 

 ……確かに私は、相手の事をよく知らない。

 国際警察も、ロケット団も、気に入らないからという理由で潰そうとした。

 相手の事を、知ろうともしなかった。

 

「ミュウツー、ありがとうね」

 

『……もう、いいのか?』

 

「うん、何とかしてみせるよ」

 

 ミュウツーにお礼と別れを告げる。

 ミュウツーはテレポートを使い、立ち去って行った。

 

(さて、出番だよ、スーちゃん)

 

 私はトレーナーだ。

 口であれこれ弁明するよりも、実際に見てもらった方がいいだろう。

 その上でハンサムさんを説得する。

 アーゴヨンは危険なポケモンじゃないです、と。

 まずは会話による、意思疎通を図ろう。

 

「出てきて、スーちゃ……ッ!」

 

「メア姉!」

 

 そんな考えをしていた時だった。

 私の影から、黒い何かが飛び出した。

 それは私を打ち抜いて、私はビルの外へと放り投げられた。

 急いでアーゴヨンを出そうとするが、先の衝撃で手から離してしまっていた。

 

 体を、重力が支配する。

 

(ゲンガーと、シャドーパンチ……)

 

 コーニッシュの影に忍び込んでいたゲンガーだ。

 ああ、クソ。

 コーニッシュを抱えた時に私の影に移りこんでいたのか。

 そして、私が油断する一瞬をずっと狙っていたのか。

 

 地球に体が引き寄せられる。

 徐々にそのスピードを増していく。

 ああ、これは死んだな。

 そんなことを、冷静に思った。

 

 窓からレッドが顔をのぞかせる。

 どんどん遠ざかっていくその顔は、悲痛に歪んでいた。

 死の間際だからか。

 いやにその顔が鮮明に見えた。

 

 ははっ、どうしようもなく惨めで呆気なくてみっともなくて。

 実に私らしい最期だな。

 フッと笑い、私は生きることを諦めた。

 

 もう一度世界をやり直せる。

 そう言われたとしても、私は断るだろう。

 

 私は常に、これしかないという選択を選んできた。

 何度繰り返しても、何度やり直しても、私は同じ道を選ぶ。

 そんな自信がある。

 

 後悔という言葉の意味を、辞書で調べたことがあった。

 後になって失敗だったと悔やむこと。

 そうやって記述されていたはずだ。

 

 私の選択に、失敗はあったか?

 今までの出来事が、走馬灯のように蘇る。

 そうして確信する。

 私の選択は、すべて正しかったと。

 

 もちろん、結果論だけで言えば失敗したこともある。

 だがそれは、結果を知っているからこそ言えることで、その地点では失敗とは呼べないだろう。

 そう、私はただの一つの後悔も、持ち合わせていない筈だ。

 

(そう、後悔なんて……)

 

 歯を強く噛み締める。

 内出血を起こしたのか、口内を鉄の味が占める。

 私は血を吐くように唸った。

 

「ふざけるなッ! 私が負けるなんてこと、あってたまるかッ!」

 

 空を斬り、隣の建物に手を伸ばす。

 窓の桟に指を引っかけた。

 私を飲み込もうとする大地の力に押し負ける。

 多少の勢いを殺すという行為の為に、右手の指を代償にした。

 

「ふざけるな、フザケルナァ!」

 

 その下の階の、窓ガラスに右手を突っ込む。

 ガラス片が肌を切り裂くのを気にも留めず。

 理不尽に負けて堪るかと抗う。

 

「私は、私は負けるわけにはいかないんだよ!」

 

 ゴキン、と。

 右の肩が外れる嫌な音がした。

 再び重力に体が引き寄せられる。

 不要な痛覚を遮断する。

 

「もう二度と負けないって決めたんだ。権力にも、世界にもッ」

 

 左手で窓に掴みかかる。

 自らの生に縋りつく。

 

「こんなところで、終わってたまるかァッ!!」

 

 再び弾かれた左手。

 地面まで、もう少ししか猶予がない。

 壁に両足を突きつけると、私は蹴りつけて飛び跳ねた。

 

「ぐあっ!」

 

 コンクリートの地面を、二転三転と跳ね回る。

 くるくる、くるくると。

 ガラス片に切り裂かれた右腕から、破片の突き刺さった右腕から、血飛沫が放物線を描く。

 

(生きてる……)

 

 私は、まだ負けちゃいない。

 

「ゴキブリのような生命力だな、マサラタウンのメアリーよ」

 

 かろうじて動く首から上を回し、声の主を探す。

 私に声を掛けてきたのは、やはり国際警察だった。

 車いすに乗った状態で、私を見下ろしていた。

 

「うぁ……が」

 

「随分と苦しそうだな」

 

 体が動かなかった。

 高層ビルから放り出されたのだ。

 生きているほうが奇跡なくらいだった。

 

「お前のせいで私の人生はめちゃくちゃになったよ。両足の腱を切られ、まともに歩くこともかなわず、出世の道を断たれたよ」

 

「がぁッ!」

 

 車いすの車輪で、私を轢く。

 思い出した。

 こいつ、ハンサムの上司だった男だ。

 

「命乞いか? 無様だな。あの時【UB:STINGER】を渡しておけば苦しむこともなかったというのに、愚かなことよなあ」

 

「……っ!」

 

 誰が命乞いなんてするものか。

 誰にも私を奪わせたりしない。

 

「来い、バタフリー」

 

 国際警察がバタフリーを繰り出す。

 鱗粉が呼吸器官に入り込みむせ込む。

 どこかの臓器が傷ついているのか、その咳には血が含まれていた。

 

「糸を吐くだ」

 

 バタフリーの口から、粘着質な糸が放たれる。

 それは私に絡みつき、雁字搦めにした。

 

「お前を突き出して、私はもう一度出世コースに戻るんだ!」

 

 ……やはり私は、間違ってなんかいなかった。

 狂っているのは世界の方だ。

 間違っているのは、この正義を語る組織だ。

 善意も好意もない。

 世のため人のためと謳いながら、こいつらは自分の事しか考えていない。

 

「……ぬ」

 

「んー? なんだって?」

 

 弱弱しい声を出す。

 国際警察が耳を傾ける。

 私は皮肉たっぷりに、嫌味ったらしく言った。

 

「……負け犬。乙」

 

「貴様ぁ!」

 

 見る見るうちに、顔を真っ赤に染め上げる。

 そのうち耳から蒸気を出してくれそうだ。

 

「手を緩めてやれば調子に乗りおって! 貴様の生死は問われていないんだ、ここで殺す事もできるんだ!」

 

 国際警察が右手を上げる。

 その手を振り下ろすと同時に、バタフリーに指示を出す。

 

「バタフリー、エアスラッシュ!」

 

 風の刃が、私の喉を引き裂いた。

 

 ……子供のころから、この世界が嫌いだった。

 

 勝つための手段は用意されておらず。

 負けを受け入れなければ先に進められないシステム。

 

 自分を守るためには、他人を売り渡す必要があり。

 そうしたやつらが我が物顔で正義を語る。

 

 そういった世界で擦り切れていったやつらの事を、人々は悪と呼んだ。

 それは例えばロケット団であり、私であった。

 

 勝ち続ければ、いつかは正義と認められるのかもしれない。

 けれど、それは不可能だ。

 

 勝つということは、敵を作る。

 世界を敵にするから、味方は増えない。

 そうしてそれは、人をより孤独にしていく。

 

 そうして勝ち続けて、最後まで勝ち続けて。

 そこに何が残るというんだ。

 誰も彼もが私の敵で。

 誰も私の味方をしない。

 そんな世界を、私は望んだんじゃない。

 

 レッドは、正義の理想形だろう。

 国際警察という世界を味方につけ。

 表向きの悪であるロケット団を叩く。

 ああなんという英雄譚だろう。

 きっと人々は、こういう人の事を主人公というんだろう。

 

 私は、主人公にはなれなかった。

 世界は私を嫌った。

 私は世界を嫌った。

 そんな私が認められるわけがなかった。

 

 死の恐怖も、生の喜びもない。

 あるのはただ、この世界に対する憎悪だけ。

 

(さようなら。クソッタレな世界)

 

 そうして私の意識は、血と共に抜け落ちた。

 

 ビルから落ちる姉を見た。

 儚げに笑う姉を見た。

 急いでシルフカンパニーを降りた。

 邪魔をする壁をぶち破り、最短ルートで引き返した。

 

 エントランスを駆け抜け、外へ出た。

 目当てのメア姉は、すぐに見つかった。

 何故かバタフリーの糸に巻き付けられていた。

 

「メア姉!」

 

 声を出し、走り出す。

 あたりには血が撒き散らかされていた。

 まだ生きている。

 そんな直感があった。

 

 しかしその予感は、次の瞬間切り捨てられた。

 良く分からない男がバタフリーに指示を出す。

 風刃がメア姉の喉を食いちぎった。

 

「……え?」

 

 思わず足を止めた。

 正確に言えば、地に足をついているという感覚がなくなった。

 震える足を叱咤して、どうにか一歩ずつ歩み寄る。

 

「メア、姉?」

 

 膝を突き、メア姉を抱き寄せる。

 メア姉の形をした何かは、苦悶の表情を浮かべていた。

 今もなお血は抜け落ちていき、ありえないぐらい軽かった。

 

「ま、待ってくれ、レッド君。はぁ、はぁ……って、ぶ、部長!?」

 

「……ハンサムか」

 

 後ろからハンサムの声が聞こえる。

 ようやくシルフから出てきたところということだろう。

 それより、大事なことがあった。

 俺は、問いただした。

 

「部長って、どういうことですか?」

 

「そこにおられる方は、私の上司である」

 

「国際、警察の方、ですか?」

 

「そうだ」

 

 皮膚に鳥肌が現れた。

 体温が急速に奪われた。

 

「これが、国際警察のやり方ですか?」

 

 誰もその問いに答えない。

 

 ああ、よく分かった。

 メア姉が、ずっと何と戦ってきたのか。

 何に抗っていたのか。

 

 ボールに手を掛ける。

 メア姉が持っていた、毒々しいドラゴン。

 禍々しいその龍を繰り出す。

 

「【UB:STINGER】!? ハンサム、どういうことだ!」

 

「レッド君、落ち着くんだ!」

 

「落ち着く……? ハハッ、俺は至って冷静ですよ」

 

 冷静に冷徹に冷然に。

 ただメア姉の遺志を引き継ぐだけだ。

 

 メア姉を抱え込む。

 バタフリーの糸を切り裂き、抱き寄せる。

 

「ヘドロ、ウェーブ」

 

 俺とメア姉を避けるように、毒の波が駆け抜けた。

 

 瞳から赤い液体が、零れ落ちて行った。

 

 

「メア姉、俺、何も分かってなかったよ。でも、全部分かった」

 

 そうしてまた一人、修羅の道を行くものが現れた。

 

 彼女は敗北者だった。

 彼女は世界に一人で挑み、そして敗れた。

 だからこそ彼女は、主人公になれなかったと自嘲した。

 

 誰からも理解されることはなく――

 誰にも受け入れられることもない。

 やがて人々の記憶からも忘れ去られ――

 いつしか記録からも消し去られる。

 

 敗北者は正義ではない。

 彼女がどれだけ掲げても。

 彼女がどれだけ叫んでも。

 正義を振り翳しても、誰からも受け入れられない。

 

 彼女と関わりのある数名だけに、ほんのわずかな影響だけを与え、この世界から立ち去った。

 

 それでも、彼女が齎したわずかな変化は。

 ほんの小さな世界線の揺らぎは。

 蝶の羽ばたきとなり、その波紋は少しずつ大きくなり。

 ほんの少しだけ、世界の在り方を変えた。

 

 それでも彼女は敗北者だった。




絶体絶命都市かなんかで三階か四階から飛び降りたら死ぬって言ってた。
マサラ人はヤバい。

世界的に見ればロケット団全滅のハッピーエンド。
しかし彼女にとっては?


私は平気でバッドエンドで締め括るタイプの人間です。
当初の予定ではこれで終わり……だったのですが、感想に励まされたのでもう一章だけ続けようと思います。本当にあと一章だけ……!

先に言えばアローラ(並行世界)のRR団編やります。
USUMとSMの中間みたいな世界……?
コニーを生き返らせた手法と同じ手法でメアをメインROMの世界に輸送。
向こうの世界のサカキは生きている……というより本体です。
そういう命が軽い世界が嫌いという方はここで本棚に戻していただければ。
それでも最後までメアの物語を見届けてくださるという方は、もう少しだけよろしくお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告