戦闘狂は正義を振り翳す   作:HDアロー

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二話 色即是空

 我思う、故に我在り。

 

 これは誰の言葉だったか。

 カロス地方の偉人のものだった気がするが……。

 とにかく、そんな言葉がある。

 

 この考えの根底には、すべてを疑えという物がある。

 

 もし仮に私たちがゲームの中の住人だとして、それを見極めるすべはあるだろうか。

 答えは否だ。

 そういった『存在の疑わしいモノ』を、一切合切排していく。

 

 この世界が五秒前に作られたと言われて、それを否定できるだろうか。

 この世界は実は、水槽に浮かんだ脳が見ている仮想世界だと言われて、それを否定できるだろうか。

 夢で見た蝶の自分が本物で、ここに居る自分が夢だと言われて、それを否定できるだろうか。

 

 結局、私が捉えている世界は夢幻かもしれないということだ。

 

 それでも。

 それでも一つだけ。

 確かに存在しているものがある。

 それが、『そんなことを考えている私』だ。

 

 仮に世界が虚空のもだったとしても。

 もしも現実が架空だっとしても。

 『それを疑っている私自身は確かに存在している』ということだ。

 

(そして存在する限り、永遠に苦しみがまとわりつく)

 

 肉体を魂の牢獄と表したものがいた。

 生命活動こそが苦しみの根源だと言ったものがいた。

 生きていることは苦しい。

 だから人々は妄信できる何かを求めた。

 

 たとえばそれは神であった。

 もしくはそれは涅槃であった。

 あるいはそれは予定説であった。

 はたまたそれは極楽浄土であった。

 

 現状を打破する方法を模索するより、誰かの救いを求める方が楽だ。

 だけど、救いの手を差し伸べてくれる者なんていない。

 だからみんな、空想の存在を盲目的に信仰する。

 

 疑うことは苦しいことだ。

 苦しいことだから、多少の嫌なことに蓋をして、都合のいい事だけ信じる。

 

 それを間違っているとは言わない。

 私は信念を貫くことが、如何に大変なことか知っているから。

 いつか描いた理想を、多くの人は泣く泣く捨ててしまうんだろう。

 醜く腐敗した世界に絶望し、綺麗なものを求めるんだろう。

 

(そしてそれは、すごく楽なことだ)

 

 白いポケモンに寄生され行く中、そんなことを思った。

 

 思考放棄。

 考えることを止める。

 そうすれば苦しむこともない。

 そこに私は介在しないのだから。

 

 今までの鬱屈とした心内が、嘘のように軽くなる。

 

 波に飲まれるのは恐ろしい。

 かといって、波に抗うのは苦しい。

 波に乗ることは疲れる。

 だけど、自分自身が、波になってしまえば……。

 

「ふむ、堕ちたか」

 

 サカキは目の前の少女を見て呟いた。

 彼女の目にハイライトは入っておらず、脱力した様子で棒立ちしている。

 どこにも焦点が合っていないような、何も見ていないような。

 そんな終焉を連想させる瞳をしていた。

 

「メアよ、これからアローラチャンピオンと国際警察がコンビで乗り込んでくる」

 

 国際警察という単語を聞いた一瞬だけ、メアの右手の指がピクリと反応した。

 それはもはや、脊髄反射のようなものであった。

 

「命令だ。何人たりともここを通すな」

 

 そう言ってサカキは、ボールをメアに手渡した。

 最近出来た、ウルトラビーストのためだけに作られたウルトラボールだ。

 黒地に青のネットを張り、四本の黄色く鋭い爪を飾ったようなデザイン。

 中には当然、ウルトラビーストが捕えられていた。

 名前はウツロイド。

 彼女に寄生している生物と、同じ寄生生命体だ。

 

 頷くでもなく、首を振るでもなく。

 彼女はただ踵を返して従った。

 

 ポ二島を襲った黒い雲について、エーテル財団が会見を開いたのが少し前の事。

 原因はネクロズマというウルトラビーストだった。

 その事を会長であるルザミーネさんが説明をし、その場は一時騒然とした。

 けれども続く『勇気あるトレーナーのおかげで危機は既に去っている』という言葉に、明らかに緊張の糸が切れたことが分かった。

 

 勇気あるトレーナーって言われると、ちょっと恥ずかしいな。

 なんてことを思っていたのも、当然少し前の事。

 カプ・コケコに認められ島巡りをして、チャンピオンになったけど、未だにそんな実感はない。

 必死に、無我夢中に、駆け抜けただけだった。

 その事を褒められても照れくさいだけである。

 

 そんな感想を抱いたことも忘れるほど衝撃な出来事が起きた。

 突如現れたウルトラホール。

 現れた謎の黒服集団。

 そして最後にルザミーネさんが放った言葉。

 

『まさかウルトラホールはあなた達が!?』

 

 ルザミーネさんが危ない。

 そんな予感が頭をよぎり、俺はすぐにエーテルパラダイスに向かった。

 リザードンライドを呼び出し、空を駆ける。

 そうしていると俺と同じように空を走るものが、後方から追いかけてきた。

 

「サン君!」

 

「リラさん!」

 

 そこにいたのは国際警察のリラさんだった。

 リラさんとはかつてウルトラビーストを捕獲するために共闘したことがある。

 

「リラさんもニュースを見て?」

 

「いや、私の場合は上からの指示だ。エーテルパラダイスにウルトラホールが開いた。至急対処に向かえという物だ」

 

 風切り音がうるさく、俺もリラさんも大声で叫ぶ。

 それでも聞こえる音はわずかなものだ。

 

「俺も手伝います!」

 

「助かる! 急ごう!」

 

 俺達は振り落とされないように必死にしがみ付き、全速力でエーテルパラダイスに向かった。

 

 そこで俺たちが見たのは、変わり果てたエーテルパラダイスだった。

 悪魔のように黒く、地獄のように赤く。

 虹色のRを掲げた巨大な城。

 

「リラさん、これもウルトラホールの影響だと思いますか?」

 

「どうだろうか。だが警戒するに越したことはないよ」

 

「ですね」

 

 俺達は慎重に建物に忍び込んだ。

 やっていることは盗人のそれと似たようなものだが、こちらには人命救助の大義名分がある。

 故に正義はこちらにある。

 

「内側の見た目も変わっているんですね」

 

 俺の囁きにリラさんが小さくうなずく。

 それよりと、リラさんが付け加える。

 

「おかしい。これだけ大きなことを仕出かしておきながら、見張りの一人もいない?」

 

「……確かに変ですね」

 

 物陰から部屋の様子を探るが、人影どころか人気もない。

 アローラで最も有名な建物を乗っ取っておきながら、なぜこうも軽薄な警備なのか。

 

「何か意図があるかもしれませんね」

 

「そうだね、警戒しながら進もう」

 

 まっすぐ進めばルザミーネさんの部屋に繋がっているはずだ。

 取り敢えずまっすぐ進もうとリラさんに言えば、リラさんも納得してくれた。

 そして俺たちは知ることになる。

 どうして警備がいなかったか。

 

 否。

 

 警備が不要な理由を。

 

 そこにいたのは、一人の少女。

 この建物に相応しくない、一人の少女である。

 足首から赤い鎖が伸びていて、部屋の端にあるベッドの足に繋がれている。

 

「リラさん」

 

「静かに」

 

 俺がリラさんに声を掛けようとすると、それをリラさんが制した。

 確かに気が緩んでいたかもしれない。

 ここは既に敵の腹の中なのだ。

 

「誰?」

 

 しかし手遅れだった。

 少女は既に、こちらの存在に気付いてしまった。

 じんわりと汗が、手の内に広がっていく。

 

 リラさんにアイコンタクトを送り、俺が先に向かうことにした。

 リラさんは後方で待機。

 岡目八目というやつだ。

 

「はじめまして。俺はサン。君は?」

 

「私……私は……メア? メアリー?」

 

「……えっと?」

 

 俺は状況が飲み込めなかった。

 彼女は場違いなほどに純粋であった。

 

(迷子? そんなことあり得るのか……?)

 

 どうにも彼女がこの事件を引いているとは思えない。

 深くかかわっているとも思えない。

 だがしかし、それならば何故こんな場所にいるのか。

 

(もしかして、彼女もFallなのか?)

 

 俺やリラさんのようなウルトラホールを通った人間の事を、国際警察ではFallと呼ぶ。

 そしてFallは、別の世界からやって来る場合もある。

 リラさんも記憶喪失だと言っていた。

 この子が名前に対して曖昧な答えしか返さないのは、記憶が混濁しているからなのではないか。

 

 どうする、一刻も早くルザミーネさんの救出に向かいたい。

 だけど無関係な人をこんなところに置いて行くのも危険だ。

 どうする。

 

「オーケー。すぐに君を迎えに来るから、ちょっとの間だけ隠れていてくれ」

 

「隠れる……?」

 

「うん、その先の部屋で用事を済ませたらすぐに戻ってくるから、待ってて?」

 

 彼女が不安にならないように、笑顔で対話する。

 前に笑い方がぎこちないと言われたが、無表情よりはいいだろ。多分。

 

「この先の部屋に用があるの……?」

 

「え? ああ、うん」

 

 だから、ね?

 そう、俺が声を掛けようとした時だった。

 

「ダメ、ダメだよ。ここから先に、誰も通しちゃいけない。あは、あはは」

 

「えっと? メアリーちゃん?」

 

 突然口を三日月のように歪めて、彼女が嗤った。

 

「サン君!」

 

 俺は飛び出したリラさんに弾き飛ばされた。

 目を見開き、視線を送った先では、リラさんが――

 

 ――毒液を浴びる様子が映っていた。




リーリエ……?
いえ、ルリちゃんとキャラが被ってる人物のことなんて知らないですね。
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