あの後私は、適当なところで清掃を切り上げて帰宅した。
道中にあるごみ捨て場に今回の分を放り捨てることも忘れない。
昔は一度家に持ち帰り、回収の日に捨てに行っていた。
しかしいつからだったか、それに気づいた清掃業者さんが私用のスペースを設けてくれたのだ。
ありがたき。
さて、帰宅をしたものの私を待つ者はいない。
母はとうに他界しており、父はマサラを出て行った。
父が私を捨てたのではない、私がマサラに残ることを望んだのだ。
本当に、あの時はどうかしていたと思う。
もともと父はマサラの人間じゃなかった。
旅の途中、偶然立ち寄ったマサラで母と出会い、恋に落ちた。
母の希望によりマサラに居を構えることに相成った。
(どうしてこうも、マサラの人は外を嫌うのだろうか)
ここ最近、決まって考える事だった。
基本的に誰も外へ足を向けない。
この何もない土地で、不満を抱くこともない。
それどころか外に怯えているようにすら感じられる。
(まるで、穢れを恐れるかのように)
マサラは白、穢れ無き白。
だからなのか、なんてことを考える。
その点、レッド君とグリーン君の行動は異端だったと言えるだろう。
私にとっては幸運だったが。
(だとすれば、こうも私が外の世界を求めるのは穢れてしまったからなのだろうか)
そんなことを考えながらロボットを床に置き、替えの電池を取りに物置へ向かうのだった。
*
「なにこれ」
帰ってきた私を待っていたのは、オレンの実を頬張るロボットの姿であった。
私は幻覚でも見ているのだろうか。
ここ最近は精神的な疲労も重なっていたし、ありえなくはないか。
目をごしごしとこすり、再認識する。
ああ、幻覚じゃなかったんだな、って。
「うーん? バイオ燃料を内蔵しているとか? へぇ~最近のおもちゃって凄いのね」
そんな感想を抱きながらロボットの方に歩み寄る。
私に気付いたのか、ロボットは慌てて物陰に隠れる。
物陰に隠れる……?
「え?」
その足を止める。
手に持っていた乾電池がコトリと零れ落ちる。
そうして気づく。
このロボットが感情を有しているだろうことに。
(……人工知能? いや、知能を再現するとなれば知能の仕組みが解明されている必要がある。つまり、現時点での人工知能による感情の再現は不可能)
ぐるぐると回る思考。
色々な知識を引っ張り出しては評価。
適切な情報を求めてスロットルが加速する。
(それならば何? このあまりにも生物らしい行動は一体どういう仕組み? ポケモンなら博士の資料で見たことがあるはずだし……)
ナナミの唯一の同い年ということもあり、ちょくちょく研究所を見学させてもらったことがある。
私が好きだったのはポケモンの事が知れる資料室で、資料室にあるすべてのポケモンのタイプくらいまでは覚えた。
だがこの紫色の何かと一致するポケモンは、少なくとも私のデータベース上には存在しない。
(未知のポケモン? そんな低確率が目の前で起きるわけ……)
『未知のポケモン……ですか』
『そうだ。コードネーム、UB:STICKY』
右足で思い切り床を蹴り飛ばす。
上体を器用に曲げ、重心を移動し、ひざの関節を使って着地の衝撃を和らげる。
至ってしまった。
その答えに。
『UBはいずれも強大な力を持っており、こちらの世界の人間にとっては脅威になりうる』
もしこの生命体が件のウルトラビーストだとするのなら、未知の脅威だ。
(どうするどうするどうする)
今更になって後悔するが後の祭りだ。
どうしてロボットだと思い込んだのか。
なぜその話の事をぽっかりと忘れていたのか。
(簡単だ、あまりにも非現実的すぎて思考を停止していたんだ)
付け加えて言えば、ハンサムに対する苦手意識も原因だろう。
要するに、話を聞き流していたからで、油断が招いた危機だ。
(考えろ、どうするのがいい。ハンサムさんに知らせる? 駄目だ、どこにいるのかも分からない。その間放置するのは危険だ)
突拍子もない話と、胡散臭い容貌からどうせ今後関わらないだろうとタカをくくっていた。
連絡先も交換していないのだから、伝えようとすれば町中を探し回らなければいけない。
この部屋に閉じ込めておくという選択肢もあるが、相手は未知だ。
どんな方法で解決してくるか分からない。
そこまで考えて、ふと気づく。
(どうして、何もしてこないの?)
ハンサムの言うことを鵜呑みにするのであれば、こんなナリでも安全を脅かす生命体のはずだ。
それならばさっさと私を始末してしまえばいい。
(ハンサムが嘘を吐いている? それとも情報が間違っている?)
ぐるぐる、ぐるぐると脳が回転する。
視界に映るのは、おびえた様子でこちらを窺う紫色。
私は意を決した。
近くにあった段ボール箱からオレンの実を一つ取り出し、紫からある程度距離を取って床に置く。
「はじめまして、私はメアリー。あなたは?」
得体の知れない男の言と、自分の目で見た事実。
どちらを信じるかなんて、考える前から答えが出ていた。
だから私は、その仮説の証明に挑んだ。
「大丈夫、私はあなたの味方だよ。さっきは驚かしてごめんね。仲直り……しよ?」
私がしゃがんで、紫に向けて手を伸ばす。
紫は恐る恐ると言った様子で顔をのぞかせ、やがて私のもとまでやってきた。
そうしてオレンの実を手に取ると私の顔色を窺う。
食べてもいいのかということだろう。
「どうぞ、召し上がれ!」
紫は顔をパァっと綻ばせ、嬉しそうにかじりついた。
何が恐ろしい存在か。
普通の、可愛らしいポケモンじゃないか。
あとでハンサムに文句を言いに行こう。
「紫……って呼ぶのは失礼か。うーん、そうだなー」
ここにきて呼び名に困ってしまった。
研究所にも載っていないポケモン。
おそらく未知であることは本当なのだろう。
となると、生物学名すらないはず。
コードネームはあるみたいだし、そっちで呼ぼうか。
「スティッキー……うーん、どうにもしっくりこないような」
オレンの実を食べ終えて満足げな笑みを浮かべる紫。
その純真無垢な様子に、コードネームで呼ぶことに躊躇いが生まれる。
「スティッキー、スティッキー。うん、じゃあ略してスーちゃんだ!」
私がスーちゃんと呼ぶと、紫色は嬉しそうにその場でくるくると回った。
ハッ! これは一番道路を突破できるのでは!?
絶好のチャンス!
(うーん、でも探しているハンサムさんに何も報告せずに行くのはまずい気がする)
その理由は二つだ。
一つは、ハンサムが既にいないポケモンを延々探し続ける羽目になるから。
まあこちらについては別に気にならない。
マサラを発つのならば、心優しいメアリーちゃんはいなくなるのだ。
人一人に迷惑をかけたところで良心の呵責もない。
問題はもう一つの理由だ。
今後公の場でこの子を繰り出したならば、国際警察から事情を聴かれることになるだろう。
こっちは結構厄介だ。
もちろん、これはハンサムが本当に国際警察だったらばの話だ。
ハンサムが経歴詐称していると決め打つのであれば何の痛手にもならない。
けれどもし、本当に国際的な問題だったとすれば。
最悪の場合国際的に指名手配される可能性まである。
「それは嫌だな」
私は戦いの中で生き続けるんだ。
満足に戦えない牢獄で過ごすことも、警察の目を気にして怯えて過ごすのも私の望むところではない。
ということは、取れる手段は一つしかないか……。
(ハンサムさんに引き渡すしかないかー)
千載一遇の好機だ。
これを逃がしてしまえば、次に機会が訪れるのはいつになるか分からない。
だけど、この子を無断で連れて行くにはあまりにリスクが大きすぎる。
そんな私の様子をくみ取ってくれたのか、スーちゃんは私の周りを浮揚する。
大丈夫? とでもいうかのように。
「あはは、大丈夫大丈夫。これからちょっと行くところがあるからさ、スーちゃんもついてきてくれる?」
スーちゃんは安堵の顔を見せ、私の頭に乗っかった。
重いっちゃ重いけど、まあ誤差の範囲だ。
これ以上一緒にいると別れが悲しくなってしまう。
早くハンサムさんを見つけて引き渡してしまおう。
そう考えながら、私は家を後にするのだった。
いやー見せつけちゃったなタクティクス。
これは見事なメアリー・スー。