「リラさん!」
「うぁぐ……」
俺は慌ててリラさんに駆け寄る。
リラさんの足は焼けただれていて、まともに歩ける様子ではなかった。
「あは、アハハ」
「お前ッ!」
俺はコレを仕出かした彼女を睨みつけた。
睨みつけて、見てしまった。
彼女の背後にとりつく、その白いポケモンを。
「ウツロイド……!?」
クラゲのような、少女のようなそのポケモンは、ウルトラスペースに住む異界の生命体だった。
ウツロイドは寄生ポケモンに分類され、様々な逸話が残っている。
曰く、寄生された人が暴れ出した。
曰く、超刺激的な覚醒作用のある強力な神経毒を持つ。
曰く、ウツロイド達を守るように宿主の意識を誘導する。
とにかく、ウツロイドに寄生されるというのは非常に危険なことなのだ。
そして目の前の少女は、寄生されている。
「うぅ……サン君」
「あれ? 意外と元気なんだね。そうだ、お姉さんもこっちにおいでよ。ここは心地がいいから」
そう言って彼女はボールからウツロイドを繰り出した。
二体目の、ウツロイドである。
ここでリラさんが敵に回るのはキツイ!
「させるかッ! 行け! ガオガエン!」
ウツロイドはそのクラゲのような見た目とは相反し、毒岩タイプのポケモンだ。
おそらく石英と神経毒を持つことからなのだろうが、初見殺しもいいところだ。
だが俺は、既に知識を持っている。
「地団駄だ!」
故に選んだ地面技だった。
ウツロイドを踏みつけるために、ガオガエンが飛び上がる。
まずは一体、確実に処理する!
「ウツロイド」
そんな俺の考えは。
脆く崩れ去る。
「サイドチェンジ」
目の前の少女が天に手を掲げそう呟く。
次の瞬間には、ウツロイドとガオガエンの位置が逆転していた。
本来味方と位置を入れ替える技。
それをさも当然のように、縦方向に、敵味方問わず入れ替えた。
突然現れた地面に足を取られたガオガエン。
ひれ伏せと言わんばかりに天から見下ろすウツロイド。
「堕ちろ、パワージェム」
「ガオガエン!!」
彼女がその手を振り下ろす。
宝石のような光が、ガオガエンを貫く。
ガオガエンが苦手な岩タイプの技を食らい、そのHPを大きく削られる。
「くっ、戻れ!」
地面を踏み抜き、身動きの取れないガオガエン。
彼をその場に置いていても恰好の的になるだけだ。
それを回避するために、一度ボールに戻して仕切りなおす。
いや、仕切り直そうとする。
「ステルスロック」
そんな考えも、あっさり破られる。
炎タイプのガオガエンは、ステルスロックが苦手だ。
ボールから繰り出したとたんに、わずかに残った体力が削り取られる。
事実上、瀕死になったのと同じことだった。
「……強い」
今まで出会った誰よりも、間違いなく。
チャンピオンと言われ、増長していた。
最強と言われ、浮かれていた。
所詮井の中の蛙でしかないというのに、大海を知った気でいた。
「邪魔、しないで」
彼女がそう口にする。
そこには抑えきれない怒りの色が見えた。
怒っているのだ。
目的を邪魔しようとする、俺の存在を。
その激しい殺気に、俺は確信する。
(迷子なんかじゃねえ、確実に、この出来事に関わってる!)
そしてそれは非常にまずい。
アローラ最強である自分を、いとも簡単にいなす存在。
そんな人物が、敵に回っている。
それはつまり、歯向かえるものが存在しないことを表す。
「くっ、来い、ジャラランガァ!」
修行を極めしツワモノ。
弱い訳がないポケモン。
「行くぞ!」
「ウツロイド!!」
ゼンリョクのZワザで一気に流れを呼び込む。
その力の本流に気付いたのか、対処しようとしているようだが間に合うわけがねぇ。
一撃必壊。
故にゼンリョク。
故にZワザ。
「喰らえよッ! ブレイジングソウルビート!!」
鋼の鱗を鱗で弾き、衝撃波を生み出す。
その衝撃波がさらに鱗を揺らし、さらなる衝撃を生み出す。
鼠算式に増していくエネルギーが、ウツロイドに襲い掛かる。
音速の一撃が、敵を捕らえる。
地面が崩れ、コンクリート片が巻き上がる。
土煙を巻き起こす。
その煙幕の向こうから、極大の閃光がジャラランガを貫いた。
「……え?」
一撃。
たった一撃のもと、ジャラランガが落とされた。
あり得ない。
ブレイジングソウルビートには、能力が上昇する効果がある。
不可能だ。
特防の上がったジャラランガを一撃で倒す技を、ウツロイドは覚えない。
土台無理なのだ。
そもそもウツロイドがブレイジングソウルビートを受け切ることが。
土煙が晴れる。
そこにいるのは、ボロボロになりながらも耐えるウツロイドと、鏡のような反射板。
「気合の襷に、ミラーコート……!」
背筋が凍り付いた、そんな気がした。
ミラーコートは受けた特殊技を倍返しで返す技だ。
強力な一方、大きな隙も作りやすい危険な技だ。
それを実戦で、息を吐くように使ったとでもいうのか。
あり得ないと否定する。
だが現状は、それ以外の可能性を否定した。
認めるしかない。
このままでは俺に勝ち目がないことを。
「戻れ、ジャラランガ」
それでも、俺はまだ負けていない。
まだ戦える。
「勝負はここからだ」
一つのボールを取り出す。
俺の思いに呼応して、僅かに熱を帯びる。
微かに胎動する。
「行くぜ、ソルガレオ!」
相手があと何体持っているのか分からない。
もしフルパーティならば、勝利は絶望的であろう。
ただし、まっとうに勝負を挑んだ場合、であるが。
「リラさん、これを」
「これは?」
「俺のマシェードです。痛みを緩和するぐらいならできると思います。それで先に向かってください」
リラさんに駆け寄り、小声で作戦会議をする。
少女は何を考えているのか、あるいは何も考えていないのか。
その間妨害しに来ることはなかった。
「サン君は……?」
「あー……、参ったなぁ」
俺は帽子の上から頭を掻いた。
昔からやってみたかったんだよな。
ここは俺に任せて、先に行けってやつ?
でも、どうにも俺にはかっこよすぎて似合わねえや。
「俺が足止めをします」
「いや、彼女を倒してから一緒に……」
「認めましょう。彼女は、確実に俺達よりも強いです。二人で挑んでも、勝てるかどうか」
だから、と。
俺は続ける。
「俺が彼女を連れてウルトラホールに向かいます。その隙に、先に進んでください」
「だがしかし」
「いい加減にしてください。あなたに与えられた使命は何ですか」
リラさんがハッとする。
リラさんが優先すべきは、より多くの人の安全。
そのために、ウルトラホールの対処をすること。
だから俺は、リラさんに託すことにした。
「……」
「そんな顔しないでください。それが正しいんです。だれも憎みませんよ」
「……サン君、すまない」
「こちらこそ、すみません。それでは、行きます」
ソルガレオのたてがみを掴み、背中に飛び移る。
真正面から彼女と向き合うが、彼女は一切臆する気配を見せない。
神話の生き物でさえ、彼女にとっては強敵足りえないのだ。
「ねー、話し合い終わったー?」
「えぇ、お待たせしました。今から行きます、よっと!」
俺は風になった。
リラさんを後押しするための、一陣の風に。
彼女の後ろでウルトラホールが開く。
ソルガレオに頼んで開いてもらったものだ。
彼女が振り返り、驚くがもう遅い。
「行っけぇ!」
「なっ、くそッ! 放せ!」
ソルガレオの牙が、彼女を確かに加える。
じたばたと手足を動かすが、ソルガレオの前では無意味だ。
彼女に寄生しているウツロイドと、ソルガレオの真っ向勝負。
となれば、ソルガレオの方が力強い。
徐々に、徐々に、ウルトラホールに押し込んでいく。
こちらの目的は、彼女を戦線から引き剥がす事。
そう考えると、少しは余裕が出てきた。
「ヘイ彼女、君かわいいね……! ちょっとお茶しようぜ!」
「茶化すなぁ!」
「お、上手いこと言うねぇ……!」
「邪魔を、するな!! 私の前に、立ちふさがるなァ!」
まったく、悲しいぜ。
アローラのチャンピオンが神話のポケモンを駆使して、同い年くらいの女の子一人押さえつけるのがやっとだなんて。
それでも、俺は俺のすべきことをする。
だからリラさん。
(あとは任せましたよ)
最後にちらりと、リラさんに視線を送る。
その頬を伝う雫に気付かない振りをして、俺はまた向き直った。
「うおぉぉぉ!」
ウルトラホールが、俺たちを完全に飲み込んだ。