戦闘狂は正義を振り翳す   作:HDアロー

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五話 メテオドライブ

 ウツロイドには、特殊な神経毒がある。

 その毒には人を凶暴化させたり、理性を弱めたりする効果があるのだが、本題はそこではない。

 それに侵されたものは、ウツロイドを守ることを優先するという物だ。

 宿主は、命を懸けてウツロイドを守り抜く。

 仇為すものを、許さない。

 

 レッドはメアの助けになりたい。

 そのために、邪魔なウツロイドを除去したい。

 ウツロイドにとってレッドは敵である。

 つまりどうなるか。

 

「あ……」

 

 メアの焦点がぼける。

 その瞳は、丸で何も映していない。

 

「かはっこほっ」

 

 メアの絞首から逃れたリラがせき込む。

 自由に酸素を取り込む。

 

「かぁはぁー、サン君、聞いて。赤い鎖には、伝説のポケモンが関わっているの」

 

「伝説のポケモン……?」

 

「そう、一体は先ほども言った通りディアルガ。もう一体は空間をつかさどるポケモンパルキア」

 

 その言葉に、サンが反応する。

 

「空間!?」

 

「先ほどウルトラホールが閉まらなかったのはきっと、赤い鎖のせい!」

 

 彼女の足首に繋がれた鎖を見る。

 決して神聖なもののようには見えないが、十分にあり得る話だ。

 

「ごめんな、クワガノン。頼む、ハサミギロチンだ!」

 

 クワガノンは虫電気タイプ。

 空中にちりばめられたステルスロックは未だ有効で、その体力を大きく削っていく。

 

 それでもお構いなしといった様子で、赤い鎖にとびかかる。

 そしてその大きなハサミで、断ち切った。

 

「ああぁぁぁああぁぁ!」

 

 少女の悲鳴が響き渡った。

 

「お前、何をした!?」

 

 レッドは焦っていた。

 数年の時を超え、アーゴヨンを鍛え、様々な資料を漁り、姉の存命の可能性を見出し、世界線まで超えてきた。

 だというのに姉は変な生物を頭からかぶり、人を絞め殺そうとしている。

 まあ相手が国際警察だったから止めなかったわけだが。

 

 問題はその後だ。

 変な顔した子供が、姉に繋がれた赤い鎖を断ち切った瞬間苦しみだしたのだ。

 疑うなというのが無理な話である。

 

「俺は、鎖を切っただけで……」

 

「鎖を切っただけで人が苦しむものか!」

 

「いや、それは」

 

 そうこうしている間も、姉は苦しみ続けている。

 

「くそっ、何がどうなってるんだよ。来い、マリルリ!」

 

 レッドが繰り出したポケモンは、かつてメアが孵したマリルリ。

 メアのポケモンは、レッドがきちんと育てていた。

 

「水浸し、続いて渦潮だ!」

 

 水浸しは相手を強制的に水タイプにする技。

 渦潮は、渦巻く海流を呼び寄せる技だ。

 水タイプになったウツロイドは、為す術無く剥がれかける。

 先ほどブレイジングソウルビートを受けたウツロイドは残ったわずかな体力すら削られた。

 

「ダメ!」

 

 それをメアが抑えた。

 渦から抜け出し、必死にウツロイドを庇う。

 瀕死になった方のウツロイドをボールに戻す。

 

「あ、ちょ、メア姉!」

 

「寄るな!」

 

 その言葉が、レッドの心を引き裂いた。

 姉に会うために、何年も何年も、待ち続けたのだ。

 だというのに、彼は拒絶された。

 

「おいお前」

 

「な、なんですか」

 

「そのでかいライオンで、あの白クラゲを倒せるか?」

 

 何度繰り返しても、姉を傷つけるだけだと判断したレッドは、仕方なく他人の力を借りることにした。

 ちょうど近くにはソルガレオを待機させたサンがいる。

 サンに目を付けたことも、ある種当然であった。

 

「多分、できます。でも、あの人から引き剥がしてからでないと……」

 

「上等。タイミング、間違えるなよ?」

 

 そう言うと、レッドはマリルリに指示を出した。

 

「滅びの歌」

 

 滅びの歌。

 聞いたポケモンはしばらくすれば瀕死になる。

 これの対処法は、大きく分けて三つの手段が存在する。

 

 一つ、歌わせない。

 これには先制で倒す、補助技の挑発、攻撃技の地獄突きなどが当たる。

 そもそも歌われなければどうということはないという考えだ。

 

 二つ、聞かない。

 これには特性の防音がある。

 音を遮断してしまえば滅ぶこともないという考えだ。

 

 そして、三つ目。

 

「戻れ、マリルリ! 行け! ストライク!」

 

 交代する、である。

 

 ポケモンの状態異常には、ボールに戻すことで解除されるものがある。

 例えば混乱状態、心の目状態、呪い状態などだ。

 その中には当然、滅びの歌状態も含まれる。

 

「さぁさぁ、一度引っ込めないと瀕死になっちゃうよ? メア姉」

 

「……なんでこんなことするの」

 

「……ごめん」

 

 レッドがメアに捨てられたと感じたように、メアもまた、レッドに捨てられたと感じた。

 辛いとか苦しいとか。

 そういう感情があふれて、抑えきれなかった。

 

「ウツロイド、一度戻って」

 

 滅びの歌の対処方法、その一その二はもう取れない。

 既に手遅れだ。

 ウツロイドはその歌を聞いてしまっている。

 

 ウツロイドがメアに、自分を助けろと指示を出す。

 メアはウツロイドを守らなければいけない。

 

 メアが腰に付けたボールを取り出す。

 そしてリターンレーザーをウツロイドに向けて放つ。

 その一瞬を、レッドは虎視眈々と待っていた。

 

「ストライク、追い討ち!」

 

「しまっ」

 

 普段のメアならば、絶対におかさないミス。

 滅びの歌には制限時間があると言えど、それなりに猶予のある技だ。

 正常な思考を持っていたならば、先にストライクを倒してから交換しただろう。

 だが、そうはならなかった。

 

 今、メアは自らの思考より、ウツロイドの思考を優先している。

 それが判断を鈍らせた。

 

 例えば水槽に入れられ、徐々に水を入れられるとする。

 タイムリミットは三十分。それまでに水槽から出られなければ死ぬ。

 そんなゲームに参加させられたとして、三十分間フルに思考できるか。

 

 本来俯瞰していなければいけないトレーナーが、ポケモン視点で勝敗を考えた。

 深く読まなければいけない場面で、読み切れなかった。

 

「だめ……」

 

 引き剥がされたウツロイドに、メアは手を伸ばす。

 ウツロイドもまた、宿主を求め触手を伸ばした。

 あと少し、あと少しというところで。

 それは阻まれた。

 

「メテオドライブ!!」

 

 大きく飛び上がっていたソルガレオ。

 強力なパワーを解放し、ライジングフェーズとなったソルガレオ。

 太陽と錯視するほどの熱量を放出し、流星のようにウツロイドに喰らいつく。

 

 メアは思わず手で目を覆った。

 その光が眩過ぎたのだ。

 目を閉じても瞼を貫通する光量。

 それを防ぐために、腕で目を隠した。

 

 爆音が耳をつんざく。

 聴覚が麻痺したかもしれない。

 三半規管が揺すられて、平衡感覚が鈍る。

 

 土煙が巻き上がる。

 慌てて息を止めるも、既に一部が呼吸器官に入ってしまった。

 むせ込み、吐き出す。

 

「うっ……」

 

 メテオドライブの光にあてられた瞳は、正しく景色を捉えない。

 視界が白に埋まり、輪郭がぼける。

 

 ゆっくりと、ゆっくりと瞳が暗順応していく。

 虹彩が縮み、瞳孔が開く。

 そこには白い寄生生命体を踏み潰す、太陽を喰らいし獣の姿があった。

 

 それを見たメアは、糸の切れた操り人形のように、崩れ落ちた。

 

「メア姉!」

 

「あの、レッドさん……ですよね?」

 

「一応ね、君らの知ってる俺とは別人だろうけど」

 

 サンはレッドに声を掛けた。

 サンは一度、バトルツリーでレッドと戦っている。

 だからこそ、違和感を覚えていた。

 

 サンの記憶にあるレッドとは手持ちも違うし、見たところメガストーンも有していないようだ。

 近寄りがたい雰囲気は同じであるが、その原因がどこか違う気がする。

 サンの知っているレッドは眩しすぎて近寄りがたく、ここに居るレッドは暗すぎて近寄りがたい。

 それに似たような感覚を、サンは抱いていた。

 

「別人……?」

 

「そ、俺は言っちゃえば並行世界の俺。君ら視点だけどね」

 

 サンはいまいちレッドの言ってることが分からなかったが、少なくとも敵でないと判断した。

 たとえ違う世界のレッドだったとしても、正義の味方であることに違いはないと考えたからだ。

 それほどまでに、ロケット団の単独撃破というのは伝説的だったのだ。

 

「あの、アローラの危機なんです。一緒に戦ってくれませんか?」

 

 言いながら、サンは気づく。

 この建物にあるRの文字。

 これはロケット団のものと同じだと。

 

「きっと、ロケット団がまた悪さしているんです。レッドさんの力が必要なんです」

 

 サンはツリーでレッドに勝利している。

 だからこそ、レッドの強さをサンは知っている。

 だからサンはレッドに協力してほしかった。

 

 それに対し、レッドはただ単に。

 

「……興味ないから」

 

 そう答えた。

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