戦闘狂は正義を振り翳す   作:HDアロー

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七話 正義を翳せ!

 ひたすら、走り続けてきた。

 あたり一帯、闇に覆われた暗い道。

 足元だけが照らされて、前にも後ろにも道は続いていない。

 それでも私は、先に進むために駆け抜けてきた。

 

 それで、良かった。

 それだけで、良かったんだ。

 だけど、それももう疲れた。

 ここではっきりさせておこう。

 

(私が進むのは、逃げるため? 追いかけるため?)

 

 理想を追いかけているのならばそれでいい。

 その手に掴むまで、歩みを止めなければいい。

 

 だけど、現実から目をそらすために。

 嫌なものから逃避するために。

 その為だけに走っているならば、ここで足を止めてしまおう。

 

(さて、私の答えは、どっちだろうね?)

 

 目の前に立つ私がそう嗤う。

 私にそう問いかける。

 

 私は……私の選択は……。

 

「……メア姉、起きた?」

 

「レッド……?」

 

 起き上がろうとして、全身に激痛が走った。

 不意の痛みに、思わず呻き声が出てしまった。

 

「しばらく安静にしててよ。俺が付いているからさ」

 

 私の右手に、手を重ねてレッドがそういう。

 ごつごつとした、温かい手だった。

 

「ねぇ、レッド?」

 

「何? メア姉」

 

 レッドの手のぬくもりが、心をわずかに安らげた。

 だが同時に、不安も残る。

 だから、私は問いかけた。

 

「レッドは、私の味方?」

 

「何言ってるのさ」

 

 ……悲しくなる権利なんて、私にはなかった。

 そもそも私から、レッドを見捨てたんだ。

 何を自惚れていたのやら。

 自分が恥ずかしい。

 

 そんな私に、レッドはこう続けた。

 

「当たり前だよ、そんなこと。これから先もずっと、俺は絶対にメア姉の味方だよ」

 

 だから、安心して。

 レッドのその優しい声に、私の中の濁ったものが流されていくようで。

 私は再び眠りに落ちて行った。

 

 喧騒で、目が覚めた。

 痛む体を誤魔化して、声のする方へ歩み寄る。

 

「お願いします! レッドさん、力を貸してください!」

 

「だから言っただろ、この件に関わるつもりはねぇ。というかこっちの俺が参加するなら要らねえだろ」

 

「戦力は多い方がいいですって!」

 

 声は入口の方からしていた。

 そして私は、目をぱしぱしとして再視認した。

 

(レッドが、二人いるような……?)

 

 落ち着け。

 私の鑑定眼は特一級だ。

 本物と偽物の区別くらい付くだろう。

 部屋の中にいるのが本物で、外にいるのが偽物だ。

 

(いや、似すぎじゃね?)

 

 瓜二つや、生き写しなんて言葉すら生ぬるい。

 まったく同じ人物だと言われても納得してしまう人が大多数だろう。

 

「レッド、どうなってんの?」

 

「あ、メア姉ごめん。起こしちゃった?」

 

「ううん、それはいいんだけどさ。いつの間に影分身覚えたの? それ私も欲しい」

 

「あー、そういえば。おい俺、こっちのメア姉ってどうなってる?」

 

「……」

 

 偽物のレッドは、極端に無口だった。

 目でも、口でも語らない。

 レッドの質問にも、沈黙で返した。

 

「はぁ、会話が通じねぇのな」

 

「あーいいよ、なんとなく把握したから」

 

 起きてしばらくして、色々思い出してきた。

 私はサカキを殺したと思ったらサカキに復活させられていた。

 つまりこっちは、あいつが生きている可能性の世界。

 そしてコニーの言っていた言葉。

 

『何度リトライしたか分からない世界線で、サカキ様は特異点に到達しました。それが先輩、あなたです』

 

 つまり私はあの世界線にしか存在しない。

 こっちの可能性の世界には、私は存在しない。してはいけないのだ。

 私が存在しているのは、サカキが繋ぎ止めているからだろう。

 

 けれどレッドは違う。

 こちらの世界にも、私の世界にもレッドとして存在している。

 私のいう本物のレッドは私の世界のレッドで、偽物のレッドはこっちの世界のレッド。

 

「で、何の話してたの?」

 

「……俺達には関係ないことだよ。さ、お前らは帰れ」

 

 そう言ってレッドがしっしと戸を閉めようとする。

 扉の向こうの面々は、大体絶望したような顔をしている。

 ちょっと面白い。

 

「そっか、じゃあレッド、準備して」

 

「準備? どっかいくの?」

 

「うん。ちょっとね」

 

 私はアームカバーを付けながら、そう言った。

 見慣れた右腕の傷が目に入る。

 醜く歪んだこの腕が、酷く私らしかった。

 

「もう一度、生みの親をこの手にかけて来るよ」

 

 手を握って、開いて。

 アームカバーの感覚になじませながら続ける。

 

「私を弄んだこと、後悔させてやる」

 

 

 

 夢の中にいるときから、ずっと声が響いていた。

 邪魔者を殺せ、と。

 

 私の声じゃない。

 きっとこれは、私に寄生していた白クラゲのもの。

 だけどそれは今や、私の意思になっている。

 私の思考に張り付いている。

 

「……メア姉? もう苦しまなくていいんだよ?」

 

「苦しむ? 違うよ。苦しむのは私じゃない。サカキの方だ。絶対に、絶対に許さない」

 

「一緒に戦ってくれるんですか!?」

 

「誰だお前は」

 

 扉を押し開けて変な奴が押し掛けてきたから蹴り飛ばした。

 いや本当に誰だよ。

 

「サン君!」

 

「……国際警察」

 

 眉間に力が入った。

 視線に力がこもる。

 

「失せろ」

 

 私はそう吐き出した。

 

「あなた、自分を助けてくれた人に恩義はないんですか!」

 

「助けてくれた……?」

 

 話が噛み合ってない気がする。

 何の話をしているのか考える。

 

「ああ、あの白いクラゲの事? それが、私を助けた?」

 

 笑わせる。

 

「あの程度で救われるような生き方してないんだよ、こっちは。自惚れるな」

 

 マイナスをゼロに戻したのなら、助けたと言えるだろう。

 だがあの程度、私の苦悩からすれば微少量に過ぎない。

 その程度で助けたなんて、軽々しく言うな。

 

「加えて、誰が助けろと言った。誰が救えと言った。お前らが勝手にしただけでしょ。お前らが自分のためにやっただけでしょ。それに感謝しろなんて、お門違いってやつだよ」

 

 忘れるなと、少年の胸倉を掴みとり宣告する。

 

「私はお前らが正義だなんて、絶対に認めない」

 

 その少年を、入り口の向こう側。

 国際警察と偽レッドのいるところに放り投げる。

 国際警察が、それを受け止める。

 

 そいつが私をしばらく見つめた後、意を決したように口を開いた。

 

「あなたは、どうして国際警察が正義なのかと言っていましたね」

 

「……さて、どうだったかな」

 

 白クラゲが私にとりついている間の事は、きちんと思い出せない。

 記憶に残っていても、細部がぼけていてなんとなくしか思い出せない。

 だけどその話の事は覚えている。

 それを切り出したのは、私の意思だったからだ。

 

「あなたの苦悩と、国際警察に対する敵意は、関係があるのですか?」

 

 私は、目を閉じた。

 鼻から大きく息を吸い、口から吐き出した。

 そうしないと、感情が暴れ出してしまいそうだったから。

 ふつふつと湧き上がる感情を、呼吸と共に押し出した。

 

「いえ、言いなおします。その二つの間には、繋がりがあるのですね?」

 

 歯を食いしばる。頭に血が上っていく。

 ギリギリとなる音が、乱れる呼吸が、うるさかった。

 

「教えてください。一体あなたに、何があったんですか」

 

 ここに居るこいつは、私の世界の奴とは関係ない。

 頭で理解できていても、感情が納得できない。

 それでも、必死に抑え込んだ。

 

「いいよ、教えてあげる。あんたたちが、私たちに何をしたか」

 

 私はこれまでの事を話した。

 

 罪のないポケモンを殺そうとしているところに、遭遇してしまったこと。

 そのポケモンを助けた結果、悪を押し付けられたこと。

 その悪を理由に、殺されたこと。

 

 誰も口を開かなかった。

 だから私が問いかけた。

 

「それで、そんなあなた達が、どうして正義を名乗れるの?」

 

 零して、吐き出して、一周回って冷めてしまった。

 話が通じないことなんて、最初から知っていたことだというのに。

 

(分かっていた。絶対的正義なんて存在しないこと……最初から分かっていた)

 

 正義の裏にあるのはまた別の正義で。

 あるいは正義も悪もなく、ただ譲れない信念だけがそこにあって。

 相容れない意見を握りつぶす大義名分として使われるのが正義という言葉で。

 

(私がしてきたことも結局はエゴの押し付けで、だからこそ受け入れられなかったんだろう)

 

 この世界に、正義なんて存在しない。

 

 それが私の出した答えだった。

 

 誰も音を立てない。

 身じろぎ一つすることさえ憚られた。

 

 これまでの人生観を覆すような。

 今までの倫理観を上塗りするような。

 築き上げた世界を再構築するような。

 そんな事実を打ち付けられて、誰も何もできなかった。

 

 ……そんな沈黙を破ったのは、少年であった。

 アローラ地方のチャンピオンだった。

 涙ぐみ、嗚咽を漏らし。

 それでも彼は言葉を絞り出した。

 

「あぁっ、くそッ! ごめん、ごめんよォ……」

 

 少年が、その場に泣き崩れる。

 何だコイツ。

 

「俺は、俺はァ! あなたの心に届く言葉を、持ってない……ッ!!」

 

 徐々に歩み寄ってくるそいつが怖くて、恐ろしくて。

 私は少しずつ退いた。

 

「ちくしょう……ッ! 俺が持っている言葉なんて……、キレイ事でしかない! 偽善で欺瞞で、共感を同情と勘違いしている!」

 

 また私は、一歩退いた。

 そして気付いた。

 

(どうして私は、こうもこの少年を恐れているんだ?)

 

 ピタリと足を止めた。

 浮かんだ考えを、否定する。

 

(私という人物が知られるのを、恐れている……?)

 

 そんなはずはない。

 だって私は、私の正義を受け入れて欲しかったはずなのだから。

 

「くっそおおお! 俺が泣いてどうすんだよ……! 俺より、俺なんかより苦しんでる人がいる前でッ、何俺は泣いてんだよ……!」

 

 誰も、認めてくれなかった。

 私の行いを。

 

 国際警察も、サカキも、コーニッシュも。

 みんなが私を否定した。

 私の在り方を、否定した。

 

「あなたは、正しかった!」

 

 ただそれだけの一言が、どうしてこれほど胸に響いたのか。

 

「でも、ここはあなたがいた世界とは違う。もう一度だけ、チャンスをください!」

 

 認めて欲しかった。

 相手は、認めてくれた。

 

「俺が初めて国際警察にあったとき、リラさんとハンサムさんはこう言ったんです。『保護もしくは殲滅すること』」

 

 そこまでは、私の知っているものと同じだ。

 同じ…………、同じ?

 

「保護……?」

 

「はい。『私もハンサムさんも、殲滅は望むところではない。UBであれ、一つの命。保護し、救いたい』そう言っていたんです」

 

「……嘘」

 

「嘘じゃないです!」

 

 アローラチャンピオンが、力強く言い切る。

 

「あなたの世界の国際警察は確かに過剰だった! 信じられなくなるのも分かります! だけど、だけれどもッ! この世界では、確かに保護されている存在なんです!」

 

 サン、と言っただろうか。

 その少年が、言葉を絞り出す。

 

「お願いします。一度だけ、一度だけでいいんです。俺たちを、信じてください」

 

 そう言って、頭を下げるサン。

 なんで、なんで。

 どうしてそこまで。

 この歪んだ世界を愛すことができるの?

 

 分からない。

 私には彼が分からなかった。

 だけどその在り方は、少しだけ羨ましくもあり。

 今の私は、酷く醜く思えた。

 

 狼狽える私に、レッドが声を掛ける。

 私の肩に手をのせて。

 穏やかな口調で。

 一人語りのように、追憶するように。

 思考のまとまらない私に、彼は話し出した。

 

「やっぱり、俺なんかよりよっぽど考えてるよ」

 

「……」

 

 私は何も言えなかった。

 彼のように、世界を愛すことができたなら。

 そんな妄想ばかりがあふれ出し。

 でもやっぱり、そんなもしもを享受するだけの寛容さもなくて。

 私は、押し黙るしかなかった。

 

「で、メア姉、どうするの?」

 

 こっちの世界の国際警察を信じるのか、それともやっぱり信じられないのか。

 そう聞いているんだろう。

 

 夢で見た私の問いかけが、頭の中でこだまする。

 私の、私の答えは――。

 

「レッド……。私が……、私がさ。国際警察を、信じてみたいって言ったら、変かな?」

 

「全然。メア姉が信じるっていうのならば、それもまた始まりの一歩だよ」

 

 後押しこそすれ、決して笑ったりしないよ。

 そうレッドが言う。

 

「そっか、そっかぁ……」

 

 天を仰いだ。

 涙が、零れ落ちてしまいそうだったから。

 

「それなら、そうだというのなら」

 

 大きく一息ついて、感情の波を制する。

 少しずつ、少しずつ、波紋を弱めていく。

 胸をなでおろし、前を向く。

 

「あの世界は狂っていた」

 

 世界は綺麗なものだけで作り上げられているわけじゃない。

 見たくない現実。知りたくない真実。

 そういったものがありふれていて、いつかはそこに気付いてしまう。

 それでもなお、世界を好きになれるだけの器量。

 私に足りないのはそれだ。

 

「それでも好きになるために、受け入れるために」

 

 私は口角を上げた。

 上等だ、やってやろうじゃないか。

 

「この世界を醜く歪ませる一切を、消し去ってやる」

 

 それが私の選択だ。

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