戦闘狂は正義を振り翳す   作:HDアロー

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四話 神々がポイした戦闘狂

 私がハンサムさんを探してマサラを散策していた時だった。

 そろそろ日も暮れて、人々が家に戻り、人口が減ったように錯覚し始めたころ。

 ふと、自分が付けられていることに気付いた。

 今まで気づかなかったのは単純な理由で、相手が複数だったからだ。

 つまるところ、相手はローテーションしながら私を尾行していたのだ。

 ある程度のタイミングで入れ替わるのだから、こちらが気づくことは難しい。

 

 一応勘違いという可能性もあるので、適当なところで角を曲がってみる。

 案の定先ほどまでつけていた男は直進していき、その代わり別の男が私の後ろを追いかけてきた。

 今度はピタリと足を止めた。

 つけていた男が追い抜いていき、別の男が物陰で立ち止まる。

 

「ベベー?」

 

 心当たりと言えば、この頭に乗せているスーちゃんだろうか。

 ということは、国際警察の人なんだろうか。

 

(さて、どっちを信じればいいかな)

 

 私には取れる選択肢が二つある。

 一つはハンサムさんを探して受け渡すこと。

 もう一つは、私をつけている人たちに渡すこと。

 正直どちらも怪しすぎて、どちらにも渡したくはない。

 

(ああ、もう一つ選択肢があったか)

 

 浮かんだ三つ目の選択肢は、相手が接触してくるのを待つというものだ。

 ここまで人員を割いて付けてくるということは、何か意味があるはずだ。

 例えば上司が到着するのを待っている。

 例えば私の拠点を割り出し、夜間に強襲を仕掛ける。

 例えば私が、人目につかないところに移動するタイミングを見計らっている。

 

(そうね……この場合、ハンサムさんを探しつつ人気のない方に進んでいくのがいいのかな)

 

 どちらにせよ怪しいことに変わりないのだ。

 なら選択を運否天賦に任せてしまおう。

 それもまた一興だ。

 

 そんなことを考えながら、私は一番道路の方へと進んでいった。

 マサラの人間は草むらに近づかないからだ。

 果たしてその選択が正解だったのか。

 私は無事にハンサムさんと合流に成功することとなる。

 

「む、君は……待て、まさかそのポケモンはッ!」

 

「あら、ハンサムさん! 私、探しておりましたの」

 

 もうすぐ一番道路といってもいいほどの、マサラの北部。

 そこにハンサムはいた。

 

 既に月は上り始めていて、その光を煌々と地上に注いでいた。

 

「君、その……なんだ、そのポケモンを頭に乗せて問題ないのか?」

 

「? はい! とても可愛らしいポケモンですね!」

 

 にっこりと笑顔を向ける。

 

「いや、助かった。本当に! そのポケモンをこちらに渡してもらえないか?」

 

「えと、その件なのですけどね」

 

 そう言って私は切り出す。

 ほぼ断られるだろう提案。

 それでも、わずかでも可能性を見出したならば試行する。

 どれだけ低い確率でも、回し続ければいつかは当たるのだから。

 

「あの後仲良くなってしまって、もしよかったら私に面倒を見させてほしいな……って」

 

「むむ……」

 

 私の無理難題に、ハンサムさんは少し思案する。

 一応頭ごなしに否定はされないみたいだ。

 それなら信頼していいのかな。

 そう思った時だった。

 

「コードネームハンサム。何をしている」

 

「ぶ、部長!」

 

 声がした方を振り返る。

 そこにいたのは私をつけていた男の一人だった。

 知り合い……というよりハンサムの上司だったのか。

 なんだ、どっちに渡しても結果は同じだったってことか。

 

「そこの少女、その生物は危険な生き物なんだ。こちらに渡してもらいたい」

 

「危険? そんなことないですよ。スーちゃんは私の友達です」

 

 目の前の男にそう投げかける。

 あわよくば、私の手持ちとして認めてくれないかなーと願って。

 だけど、その願いは届かない。

 

「友達、友達か。本当に申し訳ないが、そのポケモンには殺処分の命令が下っているんだ」

 

「……え?」

 

 プツリと。

 電源が切れる音を聞いた。

 今、なんて言った?

 

「ハンサムさん……? 今回の目的は『保護』だと、そうおっしゃいましたよね?」

 

 ハンサムさんに問いかける。

 バツの悪そうな顔をするだけで、答えない。

 

「なんで、なんでなんですか!」

 

「すまない。私だって組織の人間なんだ。上からの命令には逆らえないんだ」

 

 ハンサムさんはそう言った。

 違う。

 論点がすり替わっている。

 

「そうじゃない! どうして私に嘘を吐いたんですか!」

 

「……幼い少女に語るべき内容じゃないと思ったんだ。すまない」

 

「そんな、そんなことって……」

 

 頭に乗っかるスーちゃんも、状況が深刻だと気づいたのか。

 私の頭を握る力が硬くなる。

 私は嫌だ嫌だと、一歩ずつ後退した。

 

「どうして、平然とそんなことができるんですか。あなた達には、人の心が無いんですか」

 

 例え脅威があったとしても、罪を犯したわけではない。

 無実の生物を殺す。

 その事に、躊躇いが無いのならば、それはもはや人ではない。

 人の皮を被った、バケモノだ。

 

「分かってくれとは言わない。だが、最大多数の最大幸福こそが、我々の目指すところなんだ」

 

「その為なら少数を切り捨てたっていいっていうんですか!」

 

「結果として大勢が救われるのなら、どんな罪でも背負う。それが国際警察というものだ」

 

「そんなものは開き直りだ!」

 

 分かりやすく言おう。

 トロッコがレールを進んでいる。

 このままいくと五人が死ぬ。

 スイッチを切り替えればレールは切り替わり、犠牲は一人で住む。

 その時に五人を助けるためならば、喜んで一人を殺す。

 そんな組織だったのだ、国際警察というものは。

 

「渡さない! そんな人たちに、渡して堪るものか!」

 

「いい加減にしなさい!」

 

 そう言った私を一喝した男。

 それはハンサムさんの上司だった。

 

「これ以上我々に手間を掛けさせないでくれ。これ以上わがままを言うのならば、公務執行妨害で君を摘発しなければいけなくなる」

 

「……ッ!」

 

 その発言に、少しだけ心が揺すられた。

 だが、視界の隅に映るハンサムを見て思い直す。

 

(ここで権力に屈したら、このクズと同じだ)

 

 わが身可愛さに権力に屈する?

 ああ、それは何とも楽なことだろう。

 言われた通りに過ごし、思考を手放す。

 そうすれば常に言い訳ができる。

 

 『仕方がなかったんだ』って。

 

 大多数はそれを良しとするのだろう。

 現に国際警察というエリート集団でさえ、その考えが根付いてしまっている。

 誰一人として、おかしいと思ったことに反論しない。

 理由を探し、こじつけ、自分を納得させる。

 

「そんな人形みたいな人生……、ごめんなんだよ!」

 

 私は走った。

 全力で駆け抜けた。

 一番道路を、段差にあふれた道を。

 でこぼこな道を、曲がりくねった道を。

 

 悲しきかな。

 大人と子供。

 脚力には絶対の差がある。

 

「対象を確保!」

 

「ベベー!」

 

「スーちゃん!」

 

 私は組み伏せられ、スーちゃんが取り上げられる。

 

 ダメ!

 スーちゃんは何も悪くない。

 誤解なんだ。

 だから、この際誰だっていい。

 だから、だからッ!

 

「誰だっていい……ッ、お願いだから、誰かスーちゃんをッ、助けてェ!」

 

 私は叫んだ。

 それは心からの嘆きだった。

 そんな私の声を。

 私の悲鳴を。

 聞き届けたポケモンが一匹。

 

「な、何だこれは!」

 

「スーちゃん……?」

 

 目の前でスーちゃんが輝く。

 空に浮かぶ月光すら霞むほど眩く。

 周囲を昼間のように明るく照らす。

 

 やがて光がおさまって行ったとき、そこにいたのは一体のドラゴンだった。

 

「ギシャァァアァ!」

 

 光がおさまると同時に、見えない刃が空気を走る。

 そのポケモンが放ったのは、おそらくエアカッター。

 取り囲っていた国際警察をいっしょくたに切り伏せる。

 あちこちで悲鳴が上がる。

 

 鮮血が、殺風景なこの場所を殺伐としたものに変化させる。

 吹き抜ける風だけが、音を立てていく。

 吹かれた草木がざわめく。

 恐る恐る、私は問いかけた。

 

「スーちゃん……なの?」

 

 そのドラゴンは頷いた。

 

 瞬間、緊張の糸が切れたかのように。

 その場にへたり込んで、私は涙ぐんだ。

 良かった、何とかこの場を凌いだんだと。

 

「早く、この場を後にしましょう!」

 

 急いでトキワシティまで北上してしまおうとした時だった。

 

「待て……そのポケモンを置いていけ。見ただろう、ただのエアカッターがこの威力。そのポケモンは、世に放っちゃいけないポケモンなんだ」

 

「……本気で言っているの?」

 

 私は足を止め、その警察官と向き合う。

 ハンサムの上司だ。

 エアカッターで腱を切られたのか、無様に這い蹲っている。

 

「ああ、本気だ。やはり異世界の化け物だ。今なら間に合う。さあ、早くこのボールに収めて、こちらに渡すんだ」

 

 そう言って私にモンスターボールを差し出す。

 私はそれを受け取った。

 そして見下す。

 

「誰があなた達みたいな『悪党』の言うことなんて聞くかっていうのよ。この期に及んでまだ他の生命の死を望んでいるなんて、気が狂っているんじゃないの?」

 

 ポケモンの攻撃を生身で受けて、命乞いではなく殺処分を遂行しようとする?

 さぞかし崇高なことなんだろう。

 けれど私には分からない、分かりたくもない。

 分かったことは一つだけ。

 

「この世界は狂っている。誰も彼もが、自分を殺して生を装っている。私は、お前らみたいにはならない」

 

 月明りだけが、私を照らす。

 血を吸いこんだ大地を、私は歩いて行く。

 この狂った世界を、根底から否定してやる。

 

 その日、マサラタウンで一人の少女が行方不明になった。

 少女の名前はメアリー。

 心優しく、お淑やかで。

 今は国際警察から指名手配されている。

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