その日のうちの、トキワシティ北部。
私たちはそのまま、二番道路に向かおうとしていた。
本当なら一晩過ごそうと思ったが、思い直したからだ。
(確実に連絡は行っているはず。トキワでのんびりしていたら明日には厳重態勢が敷かれてしまう)
男は言っていた。
スーちゃん――UB:STICKY――に殺処分命令が下っていること。
男は知っている。
UB:STICKYが進化していて、そしてその力がいかに強大であるかを。
男は伝えたはずだ。
私がトキワに向かったということを。
私ならばトキワを封鎖する。
そして徐々に追い詰めていき、炙り出す。
トキワで一晩過ごすだけで事実上の詰みだ。
(だから、一刻も早くトキワの森を抜けなければいけない)
ニビにも警備は置かれるだろうが、トキワほどじゃない筈だ。
それにニビまで行ってしまえば、お月見山、ハナダシティとどんどん遠くへ行ける。
朝日が昇るまでに、ニビに行く。
だから、そこをどけ。
「ほぅ。国際警察に歯向かった者がいると聞いて足を運んでみれば……。随分とかわいらしい子供じゃないか」
「おあいにくさま、一回り以上年の離れた男性は対象外よ。あんたも国際警察の人かしら?」
「さぁ、どうだろうな」
私の目の前には、一人の男性が立っていた。
オールバック風の黒髪に黒いスーツ。
顔は彫りが深く、目つきは鋭い。
こんなのですら国際警察なのかと思うと気が滅入りそうになる。
しかし、可能性としては非常に高い。
まず一つ、私が国際警察に歯向かったことを知っている点。
これは今はまだ公表されていないだろう事実だ。
私を指名手配するなら、私が犯した罪について知らせる必要があり、そうなればスーちゃんの事を一般に知らせなければいけない。
しかしそれは民衆の不安を煽ることになり、それはあいつらのいう最大多数の最大幸福に反する。
故に、『なぜかは分からないがトキワに警察がいっぱいいる』くらいで済ませると考えるのが自然だ。
そして二つ目、漂う強者のオーラだ。
対峙して分かった。この人は強い、それも常識の外にいるほどに。
それだけの力を持った人物が、一般人の枠に収まるわけがない。
その点、国際警察だと言われれば納得できてしまう。
「……私を、いえ、私たちをどうするつもり?」
私はいつでもスーちゃんを繰り出せるようにボールに手を掛ける。
相手からは見えないように、半身になって、自分の体でボールを隠しながら。
ここで騒ぎを起こしたくない。
こんなところで時間を食っている場合じゃない。
だが、そうしなければ先が無いというのなら。
私は悪手だろうと打ってみせる。
「ふっ、冗談だ。私は国際警察の手のものではない。むしろ敵だ」
「……敵……?」
私が警戒している様子を見て、男が笑った。
私など取るに足らない相手だと言わんばかりの、強者の余裕を見せながら。
それは、一段と私の警戒心を強める。
気づけば重心を落とし、初速度を得られるよう体勢を整えていた。
「ああ、惜しい、実に惜しいな。その思考力、その考察力、その直感力。十分な素質がありながら活かすだけの力が無い」
「あんた、何が言いたいの?」
私を見て、男は楽しそうに笑う。
「私の部下になれ」
「……はぁ?」
いろいろと考えていたことがプツリと途切れ、そしてまた思考を再開する。
部下になれ?
ということはこいつは何らかの組織に所属していて、それなりに身分のある立場?
そして国際警察と敵対しているという発言。
「ロケット団?」
私が何となしに呟いた言葉に、男が面食らった。
ほんの少し、静寂が訪れた後、男が快活に笑う。
「く、くく、ハーハッハッハーッ!」
男は高らかに笑う。
実に楽しそうに、実に愉快そうに。
空を仰ぎ、胸を震わせる。
「ああ、わずかな情報量から解を導き出す頭脳。いい、実にいい。私ならお前に力を与えてやれる。お前の居場所を作ってやれる」
ひとしきり笑った後、男は私にそう言った。
そしてこう続ける。
――さぁ、どうする?
と。
「お断りよ」
「ほう、何故だ? 分かっているのだろう。このままであれば近い将来捕まえられる。だから急いでニビに向かった。だから先を急いでいる」
即答で断った私に、男は問うた。
そこまでの頭がありながら、なぜ断るのかと。
私は答える。
「あなた達の考えは、根底ではあいつらと変わらない。ポケモンを尊重していない。独善的で自己中心的で、私が一番嫌い」
私は続ける。
「そして一つ勘違いしているわ。私たちは捕らえられるつもりはない。国際警察にも、狂ったこの世界にもッ」
私がそう言うと、男は落胆したようにこう言った。
「そこは未熟か。まあ、子供にしては自我がしっかりしていると誉めてやろう、特にマサラの人間にしては上出来だ」
男が腰に手をあてがう。
カチリと、ボールを取り外す音がする。
私も開閉スイッチを押し、準備する。
「口だけではどうにもならないことがあることを、力が無ければ何もできないということを知れ!」
「それは私が自分で掴み取るんだ! 誰かに与えられた力なんかで、懐柔されてたまるものかッ!」
そんな会話を口火に、戦いの火蓋は切られた。
私と男がボールからポケモンを繰り出す。
私は当然、スーちゃん。
相手が繰り出したのは。
「サイドン、蹂躙しろ!」
サイドン。
二メートル近い巨体に百キロ超えの体重。
怪獣を体現したドリルポケモンがそこに立っていた。
「ほう、それが噂のウルトラビーストという生物か。実に興味深い」
「岩地面タイプとか、ちょっと紳士的じゃないんじゃないですかねぇ」
私と男が、それぞれ思ったことを口にする。
スーちゃんはおそらく、毒ドラゴンタイプだと思うから毒技やドラゴン技を使えるだろう。
先の戦いからエアカッターが使えることも分かっている。
だが、エアカッター、毒技は半減され、それどころか相手の地面技で抜群を取られてしまう。
レベルも相手が圧倒的に上。
「スーちゃん、ドラゴン技!」
「……愚かな」
先手必勝と打って出た私。
それに対して男はあきれたように言った。
「わざわざ敵に情報を与えるなど言語道断。加えて自らの手持ちの事も理解できていない。そう言ったところはまだまだ子供か」
スーちゃんが指示通りドラゴン技を繰り出してくれる。
それがサイドンに当たる前に、飲み込まれた。
「なに、これ」
砂嵐が吹き荒れる。
トキワの、何もない更地にだ。
先ほどまでは無かった。
吹き荒れる風も、どこか不自然だ。
そうして思い当たる。
研究所の資料室にあった、ワザに関する記述項目。
昔は何のためにあるのか分からなかったその分類。
物理技でもなく、特殊技でもないその分類。
それに気づいた私は――
――歪な笑みを浮かべた。
「ああ、なるほど。«そう使う»のね」
子供の考えなど単純だ。
レベルを上げて、物理で殴ればいい。
しかし、それではダメなのだ。
届き得ない場所が、必ずある。
「スーちゃん」
学習する。
戦闘に関する知識を貪欲に。
スポンジが水を吸うように、戦いの中で成長する。
指示を出すのは確かに愚策だ。
ならばポケモンに意図を汲みとってもらえばいい。
ああ、楽しい。
私は今、考えている、成長している。
私という存在は、確かにここに存在しているッ。
サイドンが砂嵐を切り裂いて突進してきた。
直前まで知覚できないその攻撃に、対処することはできない。
だから、避けない。
ドシンと。
サイドンが思い切りぶつかる音が聞こえる。
攻撃をもろに受けたスーちゃんはしかし、どろんと煙を立てて消えた。
「サイドン! 上だッ!」
「もう遅い、スーちゃん!」
スーちゃんにあらかじめ使わせていた技は二つ。
一つは身代わり。
これは体力の四分の一を削ることで分身を生み出す技。
削った分のヒットポイントが削れるまでは、その名の通り身代わりになってくれる。
そしてサイドンが攻撃してくる前に空中に退避。
指示していたもう一つの技を行使する。
その技は、悪だくみ。
悪いことを考えて頭を活性化、特攻を倍にする。
「喰らえッ!」
スーちゃんのドラゴン技が通る。
悪だくみを積んだことにより、威力が跳ね上がったそれは、フィールドを吹き飛ばした。
その一撃を受けてサイドンは流石に倒れて……。
「ギシャァァアァ」
次の瞬間、襲ってきた岩石群。
スーちゃんの体力が一瞬で蒸発する。
砂嵐が晴れる。
そこには、大してダメージの通っていないサイドンと、倒れ伏したスーちゃんがいた。
「バトル中に成長する才能。その類稀なるバトルセンス。実にいい。だが、今のお前には決定的に足りないものがある」
「そんな、スーちゃん……」
スーちゃんに歩み寄る。
男が何かを言っているが、丸で頭に入ってこない。
目の前が真っ暗になりそうになる。
痛かっただろう、苦しかっただろう。
そしてそうしてしまったのは、私が未熟だったからだ。
男はサイドンをボールに戻すと、こう続けた。
「力だ。力さえあればお前は勝てていたッ!」
左手をぎゅっと握りしめる。
「この結果、この結末はお前の甘えによるものだと知れッ! 砂嵐下で岩タイプの特防が上昇することを知っていれば、事前に防げれば、また違った展開が待っていたッ」
男が勝手なことをのたまう。
ふざけるな。
私はまだ、数十分前にトレーナーになったばかりなんだぞ?
そう。
「『仕方がなかった』か? そういって今を妥協するつもりかッ」
頭をぶん殴られた気がした。
実際にはそんなことは無いし、ただの錯覚だ。
だが、どうしようもなく頭に響いた。
「これから先、力及ばず敗れる度にそういうつもりか。ベストを尽くさなかった自分に言い訳をして、他人のせいにして、そうやって生きて行くつもりか?」
男の言葉が頭に染み渡る。
ああ、そうだ。
私は、強くならなければならない。
「もう一度言う。私の部下になれ。そうすればお前に力を与えてやる。理不尽に抗えるだけの力を」
善だろうが、悪だろうが関係ない。
私は、自分の信じる正義を執行しなければいけない。
その為なら、利用できるものはすべて利用しろ。
ベストを尽くせ。
だから、私は男の言葉にこう返した。
「寄越せ」
と。