戦闘狂は正義を振り翳す   作:HDアロー

5 / 37
五話 悪、あるいは正義と呼ぶべきもの

 その日のうちの、トキワシティ北部。

 私たちはそのまま、二番道路に向かおうとしていた。

 本当なら一晩過ごそうと思ったが、思い直したからだ。

 

(確実に連絡は行っているはず。トキワでのんびりしていたら明日には厳重態勢が敷かれてしまう)

 

 男は言っていた。

 スーちゃん――UB:STICKY――に殺処分命令が下っていること。

 男は知っている。

 UB:STICKYが進化していて、そしてその力がいかに強大であるかを。

 男は伝えたはずだ。

 私がトキワに向かったということを。

 

 私ならばトキワを封鎖する。

 そして徐々に追い詰めていき、炙り出す。

 トキワで一晩過ごすだけで事実上の詰みだ。

 

(だから、一刻も早くトキワの森を抜けなければいけない)

 

 ニビにも警備は置かれるだろうが、トキワほどじゃない筈だ。

 それにニビまで行ってしまえば、お月見山、ハナダシティとどんどん遠くへ行ける。

 朝日が昇るまでに、ニビに行く。

 だから、そこをどけ。

 

「ほぅ。国際警察に歯向かった者がいると聞いて足を運んでみれば……。随分とかわいらしい子供じゃないか」

 

「おあいにくさま、一回り以上年の離れた男性は対象外よ。あんたも国際警察の人かしら?」

 

「さぁ、どうだろうな」

 

 私の目の前には、一人の男性が立っていた。

 オールバック風の黒髪に黒いスーツ。

 顔は彫りが深く、目つきは鋭い。

 

 こんなのですら国際警察なのかと思うと気が滅入りそうになる。

 しかし、可能性としては非常に高い。

 

 まず一つ、私が国際警察に歯向かったことを知っている点。

 これは今はまだ公表されていないだろう事実だ。

 私を指名手配するなら、私が犯した罪について知らせる必要があり、そうなればスーちゃんの事を一般に知らせなければいけない。

 しかしそれは民衆の不安を煽ることになり、それはあいつらのいう最大多数の最大幸福に反する。

 故に、『なぜかは分からないがトキワに警察がいっぱいいる』くらいで済ませると考えるのが自然だ。

 

 そして二つ目、漂う強者のオーラだ。

 対峙して分かった。この人は強い、それも常識の外にいるほどに。

 それだけの力を持った人物が、一般人の枠に収まるわけがない。

 その点、国際警察だと言われれば納得できてしまう。

 

「……私を、いえ、私たちをどうするつもり?」

 

 私はいつでもスーちゃんを繰り出せるようにボールに手を掛ける。

 相手からは見えないように、半身になって、自分の体でボールを隠しながら。

 

 ここで騒ぎを起こしたくない。

 こんなところで時間を食っている場合じゃない。

 だが、そうしなければ先が無いというのなら。

 私は悪手だろうと打ってみせる。

 

「ふっ、冗談だ。私は国際警察の手のものではない。むしろ敵だ」

 

「……敵……?」

 

 私が警戒している様子を見て、男が笑った。

 私など取るに足らない相手だと言わんばかりの、強者の余裕を見せながら。

 それは、一段と私の警戒心を強める。

 気づけば重心を落とし、初速度を得られるよう体勢を整えていた。

 

「ああ、惜しい、実に惜しいな。その思考力、その考察力、その直感力。十分な素質がありながら活かすだけの力が無い」

 

「あんた、何が言いたいの?」

 

 私を見て、男は楽しそうに笑う。

 

「私の部下になれ」

 

「……はぁ?」

 

 いろいろと考えていたことがプツリと途切れ、そしてまた思考を再開する。

 部下になれ?

 ということはこいつは何らかの組織に所属していて、それなりに身分のある立場?

 そして国際警察と敵対しているという発言。

 

「ロケット団?」

 

 私が何となしに呟いた言葉に、男が面食らった。

 ほんの少し、静寂が訪れた後、男が快活に笑う。

 

「く、くく、ハーハッハッハーッ!」

 

 男は高らかに笑う。

 実に楽しそうに、実に愉快そうに。

 空を仰ぎ、胸を震わせる。

 

「ああ、わずかな情報量から解を導き出す頭脳。いい、実にいい。私ならお前に力を与えてやれる。お前の居場所を作ってやれる」

 

 ひとしきり笑った後、男は私にそう言った。

 そしてこう続ける。

 

 ――さぁ、どうする?

 

 と。

 

「お断りよ」

 

「ほう、何故だ? 分かっているのだろう。このままであれば近い将来捕まえられる。だから急いでニビに向かった。だから先を急いでいる」

 

 即答で断った私に、男は問うた。

 そこまでの頭がありながら、なぜ断るのかと。

 私は答える。

 

「あなた達の考えは、根底ではあいつらと変わらない。ポケモンを尊重していない。独善的で自己中心的で、私が一番嫌い」

 

 私は続ける。

 

「そして一つ勘違いしているわ。私たちは捕らえられるつもりはない。国際警察にも、狂ったこの世界にもッ」

 

 私がそう言うと、男は落胆したようにこう言った。

 

「そこは未熟か。まあ、子供にしては自我がしっかりしていると誉めてやろう、特にマサラの人間にしては上出来だ」

 

 男が腰に手をあてがう。

 カチリと、ボールを取り外す音がする。

 私も開閉スイッチを押し、準備する。

 

「口だけではどうにもならないことがあることを、力が無ければ何もできないということを知れ!」

 

「それは私が自分で掴み取るんだ! 誰かに与えられた力なんかで、懐柔されてたまるものかッ!」

 

 そんな会話を口火に、戦いの火蓋は切られた。

 私と男がボールからポケモンを繰り出す。

 私は当然、スーちゃん。

 相手が繰り出したのは。

 

「サイドン、蹂躙しろ!」

 

 サイドン。

 二メートル近い巨体に百キロ超えの体重。

 怪獣を体現したドリルポケモンがそこに立っていた。

 

「ほう、それが噂のウルトラビーストという生物か。実に興味深い」

 

「岩地面タイプとか、ちょっと紳士的じゃないんじゃないですかねぇ」

 

 私と男が、それぞれ思ったことを口にする。

 スーちゃんはおそらく、毒ドラゴンタイプだと思うから毒技やドラゴン技を使えるだろう。

 先の戦いからエアカッターが使えることも分かっている。

 だが、エアカッター、毒技は半減され、それどころか相手の地面技で抜群を取られてしまう。

 レベルも相手が圧倒的に上。

 

「スーちゃん、ドラゴン技!」

 

「……愚かな」

 

 先手必勝と打って出た私。

 それに対して男はあきれたように言った。

 

「わざわざ敵に情報を与えるなど言語道断。加えて自らの手持ちの事も理解できていない。そう言ったところはまだまだ子供か」

 

 スーちゃんが指示通りドラゴン技を繰り出してくれる。

 それがサイドンに当たる前に、飲み込まれた。

 

「なに、これ」

 

 砂嵐が吹き荒れる。

 トキワの、何もない更地にだ。

 先ほどまでは無かった。

 吹き荒れる風も、どこか不自然だ。

 

 そうして思い当たる。

 研究所の資料室にあった、ワザに関する記述項目。

 昔は何のためにあるのか分からなかったその分類。

 物理技でもなく、特殊技でもないその分類。

 それに気づいた私は――

 

 ――歪な笑みを浮かべた。

 

「ああ、なるほど。«そう使う»のね」

 

 子供の考えなど単純だ。

 レベルを上げて、物理で殴ればいい。

 しかし、それではダメなのだ。

 届き得ない場所が、必ずある。

 

「スーちゃん」

 

 学習する。

 戦闘に関する知識を貪欲に。

 スポンジが水を吸うように、戦いの中で成長する。

 

 指示を出すのは確かに愚策だ。

 ならばポケモンに意図を汲みとってもらえばいい。

 ああ、楽しい。

 私は今、考えている、成長している。

 私という存在は、確かにここに存在しているッ。

 

 サイドンが砂嵐を切り裂いて突進してきた。

 直前まで知覚できないその攻撃に、対処することはできない。

 だから、避けない。

 

 ドシンと。

 サイドンが思い切りぶつかる音が聞こえる。

 攻撃をもろに受けたスーちゃんはしかし、どろんと煙を立てて消えた。

 

「サイドン! 上だッ!」

 

「もう遅い、スーちゃん!」

 

 スーちゃんにあらかじめ使わせていた技は二つ。

 一つは身代わり。

 これは体力の四分の一を削ることで分身を生み出す技。

 削った分のヒットポイントが削れるまでは、その名の通り身代わりになってくれる。

 そしてサイドンが攻撃してくる前に空中に退避。

 指示していたもう一つの技を行使する。

 その技は、悪だくみ。

 悪いことを考えて頭を活性化、特攻を倍にする。

 

「喰らえッ!」

 

 スーちゃんのドラゴン技が通る。

 悪だくみを積んだことにより、威力が跳ね上がったそれは、フィールドを吹き飛ばした。

 その一撃を受けてサイドンは流石に倒れて……。

 

「ギシャァァアァ」

 

 次の瞬間、襲ってきた岩石群。

 スーちゃんの体力が一瞬で蒸発する。

 砂嵐が晴れる。

 そこには、大してダメージの通っていないサイドンと、倒れ伏したスーちゃんがいた。

 

「バトル中に成長する才能。その類稀なるバトルセンス。実にいい。だが、今のお前には決定的に足りないものがある」

 

「そんな、スーちゃん……」

 

 スーちゃんに歩み寄る。

 男が何かを言っているが、丸で頭に入ってこない。

 目の前が真っ暗になりそうになる。

 痛かっただろう、苦しかっただろう。

 そしてそうしてしまったのは、私が未熟だったからだ。

 

 男はサイドンをボールに戻すと、こう続けた。

 

「力だ。力さえあればお前は勝てていたッ!」

 

 左手をぎゅっと握りしめる。

 

「この結果、この結末はお前の甘えによるものだと知れッ! 砂嵐下で岩タイプの特防が上昇することを知っていれば、事前に防げれば、また違った展開が待っていたッ」

 

 男が勝手なことをのたまう。

 ふざけるな。

 私はまだ、数十分前にトレーナーになったばかりなんだぞ?

 そう。

 

「『仕方がなかった』か? そういって今を妥協するつもりかッ」

 

 頭をぶん殴られた気がした。

 実際にはそんなことは無いし、ただの錯覚だ。

 だが、どうしようもなく頭に響いた。

 

「これから先、力及ばず敗れる度にそういうつもりか。ベストを尽くさなかった自分に言い訳をして、他人のせいにして、そうやって生きて行くつもりか?」

 

 男の言葉が頭に染み渡る。

 ああ、そうだ。

 私は、強くならなければならない。

 

「もう一度言う。私の部下になれ。そうすればお前に力を与えてやる。理不尽に抗えるだけの力を」

 

 善だろうが、悪だろうが関係ない。

 私は、自分の信じる正義を執行しなければいけない。

 その為なら、利用できるものはすべて利用しろ。

 ベストを尽くせ。

 だから、私は男の言葉にこう返した。

 

「寄越せ」

 

 と。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告