一話 コニー
これから話すのは、とある少女の昔話。
私がニューアイランドにきて三年目。
十四歳の夏の頃の話である。
*
「あ、あの! ポケモンの回復が終了しました!」
「……誰?」
私がニューアイランドに来てから、約三年の月日が経過していた。
その間施設内の顔触れに変わり映えは無いので、ここに居る全員見たことある程度の認識は持っている。
否、認識していると自負していた、と言い直すべきか。
唐突に私の部屋に押し入ってきた彼女の顔は、過去三年で見た覚えが一切なかったからだ。
「は、はい! 本日付けでここに配属されたコーニッシュといいます! よろしくお願いいたします!」
なるほど、新顔だったか。
さすがに三年間一度もあったことがないというのは考えづらいものな。
私の記憶力もまだまだ捨てたものじゃないな。
「ん、スーちゃんのお届けありがとね。あと悪いんだけど名前覚えるつもりないから」
上げて落とす。
それだけで私の評価は底知らずに落ちるだろう。
もともと実力をつけるためにここに来ただけだ。
ある程度の力もついたし、頃合いを見てここを抜け出そう。
故に、こいつと馴れ合う必要もない。
届けられたスーちゃん――アーゴヨンのボールを受け取る。
そしてその足で戦闘訓練場へ向かった。
*
「次」
私の声に反応し、訓練場が動き出す。
四方に点在する門から、様々なポケモンが襲い掛かってくる。
「スーちゃん、ヘドロウェーブ」
それらをまとめてなぎ倒す。
時折タイプ相性で耐え切り、荒波を抜けてくる相手もいる。
しかしそういった輩はやはり、龍の波動や目覚めるパワーで斬り伏せられる。
「次」
淡々としたルーチンワーク。
そこに在るのは一方的な虐殺劇であり、圧倒的な蹂躙であった。
要するに、そこに心揺すぶられる刺激は存在していない。
「次」
与えられたノルマを淡々とこなすだけの毎日。
そろそろ飽きてきたな。
潮時だ、組織を抜ける準備を開始し始めよう。
そんなレベリングを淡々とこなし、いつしか戦場には私たちだけが残っていた。
血と汗と屍の上に、私たちは存在していた。
血液が暴れ、細胞が酸素を欲する。
けれど、汗をかくことも肩で息をすることもしない。
強者は決して自分の疲労を表に出さない。
「お疲れ様です、メア先輩」
「ああ、さっきの」
そんな私の前に現れたのは、先ほどスーちゃんを私に送り届けに来た団員だった。
「コーニッシュです、コニーと呼んでください」
「いやよ」
そう、コーニッシュと言ったか。
だが先ほども言ったように、私はここに長く居座るつもりはない。
このまま誰とも仲良くなるつもりもない、情が移ったりするとめんどくさいし。
今でこそ落ち着いてきているが、当初は結構メンタルがやられていた。
マサラに対して思い入れがあったわけではない。
けれども、おいてきた弟分――あの子たちがどうなったか。
その事が私を度々滅入らせていた。
三年という月日は幾分か私から人情というものを削り取ったが、ついぞ消し去ることは叶わなかった。
きっとこれから先もなくなることは無いだろう。
苦しまずに済む唯一の方法は、最初から関わり合わないことだ。
「それは、困るんじゃないですかね?」
「私はここに居る全員の名前を憶えていないわ。無駄だもの」
「いえ、そういうわけじゃなくてですねぇ……」
彼女は、歯切れが悪そうにこう言った。
「私、今日から配属されたんですよ。メア先輩の侍女として」
「……はぁ? ああ、なるほどね」
一瞬、何を言っているんだこいつはと思ったがすぐに理解した。
つまりこいつは、私の監視役というわけだ。
侍女という名目で私に付きまとい、行動を逐一報告するのだろう。
むさいおっさんならセクハラで訴えることもできるが相手は私より幼い幼女。
引き剥がすなんて無慈悲なことができるはずがない。
そう思っているんだろう。
「なるほど、じゃあコニたん。あんたクビで」
一瞬の静寂。
止まったのは思考か時間か。
少しして停止状態が解けた彼女は大声で叫んだ。
「えええええぇ!?」
うるさっ。
おおう、三半規管がぶち抜かれるかと思った。
手遅れだと感じてからでも耳を塞いじゃう現象何なんだろうね、脊髄反射の一種なんだろうか? 聴覚も脊髄で反射するのかな?
「な、なんでですか!? 私まだ粗相してませんよ!?」
「ちょ、おま、揺するな」
爆音でくらくらしているところに、追い打ちを仕掛けるように彼女が私を揺する。
おぇ、気持ち悪い。
スーちゃんのベノムショックの餌食にしてやろうか。
そんな感じで軽く殺気を飛ばす。
「っ! ご、すみませんでした!」
私の殺気を直に喰らった彼女は、コソクムシもびっくりな速度で逃げ出した。
こっちは有酸素運動を無呼吸で為し終えた後なんだよ、ちょっとは気を使え。
「で、でも。どうしてクビなんですか」
「……はぁ」
見捨てても問題の無い相手。
むしろ、これから切り捨てる相手なのだ。
別にそれにこたえる必要はない。
けれど、どこかに弟分の面影を見てしまい、つい甘く接してしまった。
「第一に、自分の事は自分でできる。人手に困っているということもない。故に、私の世話係といわれてもただのニート以外の何者でもない」
私の言葉に、涙目になる彼女。
それくらいでいい。
今仲良くなったって、苦しくなるだけだ。
「第二に、私の領域に土足で踏み込まれたくない。私には私の時間や空間があるの。そこを勝手に侵さないで」
これは暗に、私の逃走計画の邪魔をするなということだ。
彼女が私のお目付け役としての役割を認知しているかいないかで、この言葉の意味は大きく変わる。
もし、私の動向を逐一報告しろと言われているのであれば、この発言は受け入れられないだろう。
だが単純に、私のそばにいろとだけ言われている場合、交渉の余地を残すものになっている。
要するに、この後の彼女の言動で、サカキとこの子の関係を見抜こうというものだ。
「あとついでに、まだ粗相してないって……これから粗相するみたいな発言してるんじゃないわよ。そんな奴雇うわけないでしょ」
また同じような失敗をしてしまうかもしれない、そんな言葉を使う相手を信頼できるだろうか。
人によっては、もう一度チャンスを与えるというかもしれない。
だけど私が思うにそれは信用であって信頼ではない。
携帯小説で『ご都合主義』とか『拙作』とか書いてあると読みたくなくなるようなものだ。
「以上から私にあなたを侍女にするメリットがない。分かったらさっさと荷物をまとめて帰ることね。あなたにも家族がいるでしょう?」
くにへ かえるんだな。 おまえにも かぞくがいるだろう……。
私の脳内に浮かんでいたのはそんなセリフだった。
「う、」
う?
ウから始まる言葉、何かあっただろうか。
「ぐすっ、ひっく。えぐっ」
落ち着け、私はできる子だ。
まず現状を理解しよう。
目の前にはロケット団員がいる。
ロケット団なんてカントー、ジョウトの掃きだめ集団みたいなものだ。
人間らしさの一つや二つ、既に失っているようなろくでなしだ。
血も涙も笑顔もない、そんな人で無し集団。
ならば、この少女の態度は何だ?
「……泣いて、いるの?」
現状から推論するに、最も尤もらしい答え。
だがしかし、少女とはいえロケット団にいるような存在が、涙なんて流すのだろうか。
「ず、ずびばぜん」
泥のように濁った謝罪し、彼女は走り去っていった。
失礼しますと、言い残して。
私は、自らの手を少しだけ伸ばした。
けれど、足を縫い付けられたのかと錯覚するほどに、その場を動くことは無かった。
声をなくしてしまったかのように、無音だけが喉を通り過ぎた。
「ああ、もう。いったい何だっていうのよ」
イライラする。
唐突に表れて、無遠慮に忍び込み、ちょっときつく当たるだけで泣き出す。
純粋な子供かっていうんだよ。
なんでそんな子供がロケット団なんてやっているのさ。
「……」
どうすればいいかなんて、分かっている。
私からごめんねと謝る。それだけの事で彼女の心は晴れるだろう。
だが、私の醜い部分が囁く。
(どうして彼女にそこまで肩入れするの?)
私としては、ロケット団に人権は無いと思っている。
自ら正義であることを諦めた底辺だ。
私の描く理想に対する、不純物だ。
「……あほくさ」
私は考えることを止めた。
そうさ、どうして私が彼女の機嫌を取らなければいけないのさ。
それぞれの意思を尊重する、そんな世界を思い描いていたんだろ?
ならば、彼女がしたいようにさせてやる、それでいいじゃないか。
これから話すのは、とある少女の昔話。
私がニューアイランドにきて三年目。
十四歳の夏の頃の話である。
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