鉄紺のフシャスラ -偽典Final Fantasy- 作:銅如月
第一幕 紅撃のヌイ
ひゅおお、と音を立てて、風が駆け抜ける。笠のひさしから、ヌイは敵の出方を伺っていた。
相手もまた男であった。だが、若い松のように精悍なヌイとは裏腹に、酷く美しい、痩せた男であった。それが、背中に彼の体重を優に超えそうな大剣を背負い、ヌイの前に立ちはだかっていた。
はてさて、盗賊か、それとも手柄の横取りを狙う無頼者か――。
そう思い、ヌイは懐に手をやった。今しがた遺跡で入手したばかりの貴重な遺物――黄金のネックレスが、そこには収まっている。重さからして純金だ。恐らく、質に流しても、好事家に売っても、良い値がつくだろう――だが、ここでこれを、眼前の美形に渡すのは依頼の内容に反している。そして自分のちっぽけな美学にも、だ。
赤い笠を被った青年は、目の前の美形を憮然とした表情で見つめている。
「すこし、いいかな?」
美形のハイエナが、鈴の転がるような声で言った。尻軽な女冒険者なら、これだけでこの薄汚い色男に依頼の品を渡しているだろう。だがおあいにく様、前述の盗賊らしき男が向かい合っているのは、「紅撃」の名で知られた男の冒険者である。ヌイは笠の下で、酷くつまらなさそうな顔をしたあと、耳をほじる真似をした。
「用件があんだろ。早く言えよ」
ハイエナが引きつった笑顔のまま、ヌイを見る。その片手は既に、大剣へと向かっていた。
「いや何――君の」
「俺の懐に入ってるこいつが欲しいんだろ?」
ふふん、と鼻で笑うと、ハイエナは再び引きつった顔をした。ヌイがにやり、と口角を上げる。瞬間、彼のいた場所に、大剣が振り下ろされた。
「君は、実に運が悪い。この『黒嵐のローニアス』の名を知らないとは」
大剣が、さながら嵐のような軌道を描く。その重さを感じさせない動き――肉体強化のエンハンスか、とヌイは瞬時に把握した。そして彼は、背中に背負っていた、長柄の武器を構える。工具としても使えそうなそれの中央部には、赤い霊石が嵌っていた。恐らく、業物と思われる
ヌイが己の得物を腰だめに構えると同時に、ローニアスが大剣を振りかぶる。その細腕でどうやって、鉄板のような剣を振り回しているのか――そう問う間もなく、鋭い音を立てて、大剣と戦鎚がぶつかり合った。
ギシギシ、と音を立てたのはヌイの戦鎚であった。さもあらん、大剣の質量や重量に比べて、戦鎚のそれは小さすぎた。ヘッド部分は重く頑丈でも、構造上柄の部分は細くなる。
ずず、とヌイの体が後ろに下がった。明らかに押し負けている。ローニアスの顔に、勝ち誇った色が宿る。
「愚かな冒険者――せめて僕の手で美しく死ぬがいい」
美しく?
ペッと、ヌイが唾を吐き捨てた。
「やなこった。お前のせいで美しく死ぬぐらいなら、自分のために醜く生きたほうがよっぽどマシだね」
そういって、彼は両腕に力をこめた。逞しい腕が、さらに膨れ上がる。相当の重みが加わっているはずなのだが――両者ともに涼しい顔であった。ローニアスは勝利を確信したような顔を、ヌイは何をたくらんでいるのかわからない笑みを。
瞬間、赤い笠が後ろに飛びずさった。同時に腰のホルスターから投げナイフを取り出すと、ローニアス目掛け投げつける。乾いた音とともに、それは大剣に嵌った青い霊石へ命中した。小さな金属音とともに、霊石が砕け散る。
「ちっ」
小さな舌打ち。再びローニアスが大剣を振りかぶった。ヌイがそれを、戦鎚で受け止める。すう、と彼の二の腕を汗が伝った。
不意に、ローニアスの体が下がった。彼の顔から笑顔が消える。そして、何かに耐えるような表情に変わった。再びヌイが力をこめて押し返す。
「お前の誤算、教えてやろうか?」
低いうめき声を上げて、ローニアスが大剣を取り落とした。彼の指は白を通り越して、真紅に染まっていた。その隙を、ヌイは逃がさない。ローニアスの大剣が、地面にその身を横たえると同時に、彼の細い胴体目掛けて、強烈な横蹴りを放った。
「この『紅撃のヌイ』の名を知らなかったことだ」
にっと笑うヌイ。同時に、ローニアスの痩せた体が、ごろごろと転がっていった。どうやら彼は気絶しているらしい。それを見たヌイは、転がった大剣の刀身に向けて一発戦鎚を振り下ろす。頑丈そうなそれは、粉々に砕け散った。
大剣からは、微弱な魔力。肉体強化魔法が施されていた証である。だがその魔法は――おそらくはヌイの腕力に押し負けて、霧散した。だからこそ、眼前の美形は、重さに負けて大剣を取り落としたのだ。
やはり、幾ら魔法で強化しても、実力が伴わなければ意味が無い。
ヌイは、ハイエナに興味は無い、と言わんばかりに、その場から立ち去った。