鉄紺のフシャスラ -偽典Final Fantasy- 作:銅如月
鈍い音を立てて、大斧と戦鎚がぶつかり合う。居合いの嵐を、槍が雷の如く貫く。山を断つような大斧の一撃を、赤笠がすんででかわす。鉄紺の鎧が、銀の軌跡を打ち払う。どちらも急ごしらえであるが、なかなかのコンビネーションだ。
しかし攻防は一進一退であった。ヌイはドラゴニュートの血を引く馬鹿力であるが、いかに怪力を持つとはいえ、さすがに重過ぎる攻撃を、重量のある武器で防ぎ続けるのには無理がある。ヌイは早々に、相手の攻撃を受け流す方向へ思考をシフトした。
巨大な斧の攻撃を、長い戦鎚の柄を使っていなしながら、ヌイはグロウスと距離をとった。
「おらおらおらァっ! 腰抜けがァっ!!」
グロウスが吼える。大斧で辺りを破壊しまわりながら、飛び回り、駆け抜けるヌイを追いかける。傍らにおいてあった樽や、無造作に立っていた遺跡の柱などが、音を立てて崩れていった。
このままこいつを暴れさせておけば、恐らくこの町全体が破壊されるであろう。誇張ではない。グロウスは、ヌイの首を己の大斧で打ち落とすその日まで暴れ続けるに違いない。
だが、暴れている限り、この大斧使いは冷静ではなくなる――つまり、ただでさえ大きな隙が、さらに大きくなるということだ。
となると、起こすべき行動は一つ。ヌイは立ち止まり、呼吸を整えた。瞑目し、腕に神経を集中させ、戦鎚を構える。グロウスが何処から攻めてきても対処できるように――そして、針よりも尖った感覚器が、襲い来る斧の気配を捉えた。瞬間、ヌイは目を見開いた。
「死ねやァァァッ!!」
唾を飛ばしながら、グロウスがヌイに飛び掛る!
次の瞬間、グロウスの視界には、不敵に笑う赤目の男の姿が映ったことだろう。鏡面のような目の中で、その男は口を動かした。
てめえなんぞに、ころされてたまるか。
ズドン! すさまじい音を立てて、グロウスの大斧が地面に食い込んだ。だが、そこに血飛沫は無い。肉塊も、脳漿もありはしない。あるのは、割り開かれた大地のみ。
――コンマの差だ。その、一秒にすら満たない時間で、ヌイはグロウスの頭の上に飛び上がっていた。そして、彼は戦鎚を振り被る。
「さて、商売と行きますかぁっ!」
グロウスがその姿を頭上に認めたとき、既に遅かった。ヌイはその、手に持った戦鎚のヘッドを叩きおろす瞬間であった。ただし、グロウスの頭に対してではなく、彼の持っていた大斧の上に。
鋭い音を立てて、頑丈な大斧が砕け散る。同時に、斧が食い込んでいた大地が、百の打撃を喰らったかのように抉られた。
「範囲拡張のエンハンスだと!?」
武器を失ったグロウスが叫ぶ。
「ご名答!」
斧を叩きおったヌイは、戦鎚を担ぎ、にやりと笑った。
「その戦鎚、ヘカトンケイルか!」
グロウスの苦々しい声。それを聞いても、赤い笠を被った男は笑っていた。
ヘカトンケイル。遺跡島の名工が作った、業物の戦鎚――その特徴は、「広い範囲拡張のエンハンス」と、「異常なまでの重さ」。
範囲拡張自体は決して珍しくないものであるが、特筆すべきはやはり「重さ」であった。打撃武器である戦鎚にとって、重さとは一番重要な点である。事実戦鎚は、メイスなどと同様に重量がある武器だ――だがヘカトンケイルは、それをかんがみても重かった。そのあまりの重さに、誰も振るうどころか持ち上げることすら出来ず、買い手が付かなかったという、ある意味曰く付きの品である――
ぎり、とグロウスが歯噛みしたあと、咆哮をあげながらヌイに襲い掛かった。
「てめえなんぞ、素手でも――」
ヌイの顔に、グロウスの岩石のような手が食い込んだ――はずだった。
ボキリ。
「素手でも、なんだって?」
「ぎっ、」
悲鳴が響き渡る。グロウスの太い腕は、ヌイに握られ、曲がってはいけない方向に曲がっていた。不気味なミシミシという音が、辺りにこだましている。
「ぎゃっ、げぁっ、はなしてくれぇっ!!」
情けない声に、パッとヌイが手を離すと、グロウスはごろごろ地面を転がりながら、折れたほうの右腕を押さえていた。
「お前も知ってんだろ。武器につけられる霊石が一個だけだってこと」
さあっと、グロウスの顔が青くなった。
武器に嵌められる霊石は一つ。
その戦鎚に嵌っている霊石は範囲拡張魔法。
ヘカトンケイルは常識はずれの重さに買い手がつかなかった。
そして眼前の男は――その超重量級の武器を、軽々と担いでいる。
「さァて、まだやるかい?」
ヌイが、巨人の名を持つ鎚を担ぎながら再び笑った。
グロウスの顔から戦意が霧散していることを知りながら。
※
ひゅう、と細く息を吐き出す。
今のフシャスラは、例えるなら相手の一点の隙を狙う狙撃手のようなものか。目の前には剣撃の嵐。一歩その中に足を踏み入れてしまえば、いかに鋼の鎧を纏っていようと、切り裂かれて
――近づくのはまずい、な。
それはわかりきっていた。あの大斧ならともかく、眼前の刀の男には隙が無い。だが、フシャスラはあの大斧と戦う気はなかった。平たく言うなら、大斧とフシャスラは相性が悪い。赤い笠を被った戦鎚の男と、隻眼の剣士のように。
ドラグーン――竜騎士というのは、東洋に伝わる「シノビ」を凌ぐ驚異的な跳躍能力で知られている。「シノビ」ほどの素早さと距離はないが、跳躍する高度と、瞬間時速は「シノビ」を軽く上回っている。そのため彼らは、さながら長槍を思わせる鋭い体型になることが多い。
フシャスラも、その例外ではなかった。彼もまた、長身で筋肉質であるが、一見すると痩せ型に見える。実際は、瞬発力と跳躍力を支える足腰の筋肉が発達しているため、さほど痩せているわけでもないのだが。
しかし、そんな体型だと弊害も出る。全体の守りが、薄くなるのだ。
戦士のような体型をしていれば、ある程度の衝撃にも耐えられよう。だが、竜騎士の体はそうではない。彼らの体は、急降下や跳躍を繰り返すため、筋肉は発達しているものの、戦士ほどの頑丈さはない――すべての筋肉が、「跳躍」のためだけに働くため、「強靭さ」に欠けるのだ。
そのため隙は多いが一撃の威力が高い――そんな相手を、彼らは苦手としていた。
鋭い音を立てて、刀と槍がぶつかった。その隙を、隻眼が追いかける。フシャスラは自慢の脚力を持って、後ろに下がる。
「小賢しい奴よ……」
隻眼がそうつぶやく。フシャスラの分析では、隻眼の攻撃は鋭さこそあれ、一発一発の威力はあまり高くない。元々、刀という武器の特殊性もあるのであろう、鉄の鎧を纏ったもの相手には、どうしても手数勝負となる。そして、手数勝負に持ち込むのには――最初の一撃が要となる。
ぐぐっ、とフシャスラは体を低くし、槍を構えた。精神を足の筋肉に集中させる。相手の隻眼も同じであった。腕に精神を集中させ、目を閉じる。
「勝負っ!」
隻眼の声が辺りに響き渡った。刹那、隻眼の刀が風の如き速度で、フシャスラ目掛け放たれた!
それとまったく同時であった。長くその場で止まっていた、フシャスラの時間が動き出すのは。隻眼の刀は正しく風。ならば、フシャスラの槍は雷というのがふさわしかろう。そして、風を払い、蹴散らす稲妻のように、全身の筋肉が躍動した。
瞬間、フシャスラは一本の槍――いや一条の雷と化していた。光すら追い越すような速度で、彼の全身が、剣撃を掻い潜る。がきん、と鋭い音。「何っ」という短い呻き声。そして彼の体は雷から槍へ、槍から人へと変化する。
「俺の勝ちだ、退くがいい」
恐らく、見物客たちは不思議な光景を見たであろう。それほど、一瞬といっていいかわからないほどの時間で、勝負はついていた。竜騎士の使う「ジャンプ」の要領で、フシャスラが隻眼の男に強烈な突きを放ったのだ。その反動で体勢を崩し、しゃがみ込んだ隻眼は、自らの折れた刀を見てただ一言。
「無念」
とだけ言った。そして彼は、フシャスラのほうを向くと、
「なかなかの猛者よ。またいつか、機会あらばおぬしと刃を交えたい」
「ああ。いいだろう」
短い会話だった。だがそこには何か、侵されざるものがあった。そして隻眼は、刀の破片を拾い上げると、既に戦いを終えて、戦鎚を担いでいる赤笠に向けていった。
「おぬしもなかなかよの」
「いえ俺は遠慮しときます勝てる気しないんで」
即答だった。隻眼は呵呵と笑うと、「まだまだわしも精進が足りん!」とつぶやいたあと、その場を去った。
「何故誘いを受けなかった?」
フシャスラが不思議そうに聞くと、赤笠は言った。
「あんたにもわかるだろ。相性だよ相性」
赤笠は戦鎚を背中に戻す。
「もう一つ聞かせろ」
「今度はなんだい?」
「何故俺を助けた?」
赤笠の言葉が止まった。目深に被った笠と兜の下で、両者の赤と青の目が交錯する。赤色は目を泳がせ、青色はそれをじっと見据える。そして赤笠は、観念したかのように一度目を閉じた。
「言っても詮無いことだが――俺の親父もドラグーンだったんでね」
ドラグーン。竜騎士の中でも、ミトラス王国の竜騎士部隊に所属するものをさす言葉だ。そうか、とだけフシャスラは答えた。この男の父親が――
竜騎士部隊は男ばかりの部隊であり、皆似たような鎧兜をつけているため、フシャスラの曖昧な記憶では、どれが誰であるか、そしてどの竜騎士が赤い男の父親であるか分からない。だが彼の言葉は、フシャスラの中にある罪悪感を呼び覚ますには十分だった。
地獄から生まれた修羅。
他人を犠牲にして生き延びた罪人。
そんな不吉な言葉が次々浮かび上がり、フシャスラが目を伏せていると、不意に赤笠が、さっきと全く変わらぬ様子でフシャスラに語りかけてきた。
「俺は、ヌイ・レプンクルってもんだ。あんたは?」
赤い笠の下から覗く目は、笠の装飾と同じ真紅であった。あのときの月と似たようであり、違う色だ。あのときの月は、死人の血を吸った赤。だがこの男の目は、体に流れる命の水の色。確かに言葉にすれば同じものだろう。しかし彼のまなこの赤から、死の匂いはしない。逆に力強い生命力が漲っているようであった。
何処かで、見たことがある。フシャスラの脳裏に、月とも、ヌイの目とも違う赤色が閃いた。これも――誰かの目? だがヌイのものではなく、もっと厳しく、冷徹な色を湛えていた。俺はこの男の父親を知っている。だが、それ以上は分からなかった。思い出そうとしても、まるで戦火に燻された絵のように、黒くぽっかりと穴が開いているのだ。
ならば自分の名は? フシャスラは考え込んだ。「フシャスラ」という単語は覚えている。これが自分の名前だ。だが、どうしても姓だけが思い出せない。名前を聞かれたら、ちゃんと名乗るのが礼儀だというのに――ふと、一つの「音」が浮かんだ。
――ワ…ル…ァ……――
ワルァ……ワルア……ワルヤ? 点と線をつなげて浮かんだ一つの「言葉」。そうだ、きっとそれが自分の姓だ。そしてフシャスラは赤い笠の男に向かい合った。
「フシャスラ・ワルヤだ」
それが本当に自分の名前であるかは分からない。だが、ないよりはマシだ、と思ったのだ。おう、と赤い男――ヌイが笑う。その笑顔は、目深に被った笠の下からでも容易に理解できるぐらい明るいものだった。
加筆修正が多すぎる……。
どうも、ここまでお読みくださりありがとうございます。
現在、ブログ連載分のものが、文字数が少なすぎて、加筆修正を行っているのですが、いらないところを削ったりしていたら、展開は変わらないものの、大幅にカットされたり、描写が増えたりしてしまいました。
いや、小説の楽しみというのはそういうところにあると思うのですが。
しかし自分で読んでいて、どっちが主人公だか分からなくなってくるときがあります。