鉄紺のフシャスラ -偽典Final Fantasy-   作:銅如月

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遺跡の魔
第四幕 盗まれた賢者


 槍とは、竜と並び、竜騎士の誇りであり、あり方である。

 竜のように気高く、聡明であれ。槍のようにまっすぐに、鋭く誇り高くあれ。竜騎士の名を背負うもの、誰しも聞いたことがある言葉のはずだ。

 

 ※

 

 カァンカァン、と鉄を叩く音。独特の熱気。煤の匂い。薄暗い空間には、それを感じさせないほどの炎が、赤々と燃えている。ここが鍛冶場であることは、想像に難くない。

「ふぅむ」

 小柄な老人が、真っ二つに折れた槍を矯めつ眇めつ眺めている。ごつごつとした分厚い掌に、黒く煤けた白い髭は、彼が長らく鍛冶屋として生計を立てている証だ。

「Lance of Cain……確かに大業物のようじゃが」

 老人が言いよどんだ。確かに、ここまで綺麗に真っ二つ、は珍しいだろう。まるで踏まれた小枝のように、槍は折れている。人間の仕業ではない――フシャスラはそれを知ってか、ずっとうつむいていた。

 ぽっきりと折れてしまった槍を見て、老いた剣匠<マイスター>は言った。

 

「『くっつける』ことは可能じゃが……『元に戻す』ことはできないのぉ」

 

 それを聞いて、フシャスラはぐっと拳を握り締めた。これは元々――彼の一番「古い」記憶の中で手に入れた槍だ。が、彼はその、「一番古い記憶の中で手に入れた」「竜騎士部隊隊長の形見である」ということだけ覚えており、ほかのことはまるで覚えていなかった。隊長がこの槍を、どうやって手入れしていたかすらも。

 

 素人目――それも記憶喪失――から見ても、それは大業物の部類である。持ったときの手触りや、振るうときの軽さ、穂先の鋭さ、柄のしなやかさ、装飾――すべて、その槍がただの槍ではないことを示している。だが同時に、フシャスラが一度も見たことがない構造をしていた。

 

 つまるところ、それは「魔導器具」であったのだ。

 

 魔導器具にもピンからキリまである。手入れが簡単なものは簡単であるが、武器の、それも業物となると、非常に特殊な手入れが必要となる。――が、フシャスラはその道具を有していなかった。脆くなるのも当然である。 

 沈んだ様子のフシャスラを見て、老匠は言う。

「ふむ、元には戻せぬが、鍛えなおすことは出来る」

 フシャスラの視線が上がった。それを見た老匠は頷くと、工房の奥に向かって声をかけた。

 

 

 ※

 

 

 鍛冶工房の奥、フシャスラは答えに困っていた。

「どうやったらこんなに綺麗に折れるのさ?」

 鍛冶師見習い、と名乗る少女エインは、錐のように鋭い視線を、自分より背の高い竜騎士の男に向けながら言った。

「む……」

 黙りこむフシャスラ。普通の人間なら、竜騎士の威容に押し負けていることだろう。だが、鍛冶師見習いの少女はまったくひるまない。それどころか、さらに眼光鋭くフシャスラを射抜いていた。

 根負けしたのはフシャスラだ。気が弱い、というわけではないが、さすがに鬼の形相をした少女に迫られれば、誰でも口を開いてしまうだろう。

 だが年頃の少女というのは恐ろしい。オーガとか、ゴーストとか、魔王とか、そういうレベルではない恐ろしさが存在する。特に、遺伝子レベルで「騎士道」というものが刻まれているフシャスラにとって、女性は怒らせるものではなく、守るものだという意識が強くあった。

 だからこそ、すべて正直に話すことにしたのだが。

「お、オーガの一撃を受け止めてな……」

「はぁ!?」

 答えたフシャスラを待っていたのは、すさまじい痛罵だった。

 

「アンタ、バカじゃないの!? あんなにボロボロの槍でオーガの怪力を受け止めるなんて正気!? 槍は竜騎士の誇りでしょ!? ロクに手入れもしてないみたいだったし、それでも騎士!?」

 

 手入れが行き届いていなかった。それは、フシャスラも悔やんでいる点であった。長旅のせいか、ボロボロになってしまった槍。あれは隊長の形見だ。だがそれを壊したのはフシャスラ自身である。意味もなく目頭が熱くなる。エインに罵倒されたからではない――自分を庇うように死んでいた、隊長の姿を思い出したから――いや、正しくは頭にその光景が浮かんできたからだ。

「すまない」

「謝るんだったら、槍に謝んなさい」

 エインの厳しい言葉が飛ぶ。そうだ、謝るなら槍に、そして隊長に謝るべきだ――フシャスラがそう思っていると、彼女は少しだけ眉を寄せたあと言った。

「ま、それだけ反省してるならいいわよ。問題は素材ね」

「どういったものだ?」

 フシャスラが聞くと、少女は複雑そうな顔で言った。

「まあ、一般には出回らないようなものよ」

 そういうと、彼女は真っ二つに折れた槍を指差した。

 

「それ、魔導器具の中でも、扱いの難しい武器型なの。それにはちょっと特殊な『モノ』が必要なのよ」

 

 当てはあるんだけど、といいながらエインは立ち上がった。鍛冶工房の裏口の戸を開き、彼女は一歩外に出る。

「行きましょ。とにかく、『あいつ』に会わないと話が始まらないわ」

 

 

 ※

 

 

 どれぐらい歩いただろうか? 周囲の風景が段々と変わって行く。宿屋や武器工房などが立ち並ぶ中心街から、民間人が住んでいると思われる住宅街へ、そして饐えた匂いの漂う歓楽街へ。やっとエインが立ち止まったのは、怪しげな建物の並ぶ区画であった。

「なんだ、ここは」

 フシャスラが、兜の下で顔を顰めながら聞いた。こういうとき、この顔の上半分を隠す兜は役に立つ。

「錬金術街よ」

 錬金術。

「薬を作る学問のことか」

「随分漠然とした答えね……でも大方合ってるわ」

 エインはそういうと、建物の中の一つ、<ハックルベリー工房>という表札の掲げられたドアに向かい、ドアノッカーを鳴らす。古びたブリキ製のそれを見て、フシャスラは怪訝そうな表情になった。どんな人間がいるのだろう?

 

「安心しなさい。『マトモな変態』しかいないから」

 

 マトモな変態? かなり矛盾しているような気がする――フシャスラはそう思いながら、首をめぐらせた。高い位置に洗濯物がかかっていたり、窓に植物のプランターが置いてあったりする風景は、一般の住宅地と大して変わらないのだが、何か雰囲気が「奇妙」であった。錬金術街だけあって、薬臭いような気もする。それはフシャスラの気のせいに過ぎないと思うのだが。

 

「もう! あの馬鹿サトー、なんでこんなときにいないのよ!」

 

 エインがいらだち紛れにドアを蹴っ飛ばす。どうやら工房の主は外出中のようだ――よく外出する人物なのだろうか? 「マトモな変態」だそうだから、一般人とは違う思考回路を持っているのかもしれない――不意に、フシャスラの表情が変わった。

 何処かから、何かが聞こえてくる。何かの鳴き声――いや、人の声だ。誰かが声を張り上げている。フシャスラが辺りをうかがっていると、それは唐突に現れた。

 

 

「誰かそいつを捕まえてくれ――――ッ!!」

 

 

 現れたのは黒いチョコボとそれを追いかける十代半ばの若者。革製のエプロンに、分厚いグローブ。錬金術師と思わしき彼は――全力疾走(・・・・)で、チョコボを追い掛け回していた。辺りに、追跡者の若者が発した大音声が乱反射する。

 

「この声、サトーの声だわ」

 

 エインが、辺りを見回しながら言った。

 フシャスラが声のした方向を向くと、こちらに黒チョコボが走ってくるところであった。とっさに、槍を構える。いや、構えようとした。そして、槍が無いことを思い出す。そして同時に閉口した。人間とはあれほどの速度で走れるのか? チョコボの上に乗っていた、黒衣の人間も同じことを考えているようで、その錬金術師のほうを何度も振り返っていた。明らかに、黒衣は焦っている。チョコボと錬金術師の距離は、決して広くない。足が壊れないのだろうか――妙に冷静な頭で、フシャスラがそんなことを思っていると、錬金術師が力いっぱい地面を蹴って、チョコボに飛び掛った!

 竜騎士ほどの跳躍力はない。が、彼の手がチョコボの尻尾をつかむ。さすがに、チョコボの走る速度には追いつけなかったのか、錬金術師は思い切りすっ転んでいた。ぶちぶち、という音を立てて、チョコボの尻尾が何本も抜けた。痛みに耐えかねたのか、甲高い声を上げてチョコボが鳴く。

 同時に、前方にいたフシャスラが走り出した。突如尻尾を抜かれた痛みで錯乱するチョコボの顎を蹴り上げる。こちらは本物の竜騎士だ――その跳躍力を支える、下半身の筋力は並みのものではない。チョコボが悲鳴を上げながら倒れこんだ。

 

「そこまでだ」

 

 チョコボから飛び降りた黒衣の前に、フシャスラが立ちふさがる。それに遅れて、後ろに錬金術師が走ってきた。

「お前! 俺の工房から盗んだもん返せ! 今すぐ! 早急に!」

 若い錬金術師は相当ご立腹なのか、地団駄すら踏みながら、肩を怒らせて叫ぶ。元々素朴な顔立ちをしているせいか、その表情自体はあまり怖いとは言いがたいのだが、雰囲気が鬼気迫るものであった。散々チョコボを追い回した疲れもあるのだろう、彼は息を荒げている。

 黒衣は動かない。前方に竜騎士、後方に盗んだものの持ち主。通常の盗賊なら既に、観念していることだろう。だが黒衣は、文字通り微動だにしなかった。それどころか、口の奥でぶつぶつと何かを唱えている。

 

 ――まずい!

 

 黒衣の周囲にある、空気の流れが変わる。

 

 

 

「離れろっ!」

 

 

 

 それとほぼ同時だった。爆音とともに、辺りに煙が撒き散らされる。咄嗟にフシャスラはエインを庇い、錬金術師は後ろに飛びずさった。

「な、何が――」

 フシャスラの腕にしがみつきながら、エインが言った。

「魔力を、爆発させたのか?」

 再び、フシャスラが兜の下で顔を顰める。段々と、辺りを覆っていた砂煙が晴れていく。フシャスラはエインから離れると、煙の向こう側に目を凝らした。だが、黒衣の姿は無い。

 

 

「くっそー、逃がしたか……」

 

 

 若い錬金術師は、空を見上げながらそう言っていた。煙が完全に晴れると同時に、フシャスラとエインが彼に駆け寄る。

「大丈夫か?」

 フシャスラがそういうと、錬金術師は首を振った。

「工房が大丈夫じゃないんだよ」

「つまりアンタは大丈夫ってことじゃない」

 むぐ、と錬金術師が口を噤んだ。次いでエインが、

「サトー、アンタ何を盗まれたの? 随分怒ってたけど」

 それを聞いた途端、サトーという錬金術師は、思い出したかのように肩を怒らせた。

「そうだ! あいつウチの工房からとんでもねえもん盗みやがったんだ!!」

「とんでもないもの?」

 フシャスラが聞き返す。「一体何を盗まれたんだ?」

 すると錬金術師は怒りを隠すことなく叫んだ。

 

 

 

 

「賢者の石だよ!」

 

 

 

 

 




ここまで読んでくださりありがとうございます。
こんな駄文を読んでくれる方に感謝してもしきれません。
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