鉄紺のフシャスラ -偽典Final Fantasy-   作:銅如月

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第五幕 賢者のゆくえ

 

 

 

 

 賢者の石。それがいかなるものか、この世界のものなら阿呆でも子供でも知っている。

 晶暦903年、ミトラス王国の王都、アムシャから五里ほど離れた小さな研究所にて、世紀の大発見がなされた。

 

 

 

 それこそが、ニコラ・フラメウスの「賢者の石」である。

 

 

 

 その発明は全世界を震撼させた。

 何せ、姿を消して久しい「クリスタル」の「再現体」である。もっとも、その再現は完璧ではなく、再現できたのは「強い魔力を有していること」と、「周りに影響を与えること」ぐらいであったが。

 だが不完全とはいえ、「擬似クリスタル」の存在は、当時の社会に大打撃を与えた。クリスタルとは神の奇跡である。その神の奇跡を、まがい物とはいえ、人が再現したのだ。 同時に、その賢者の石を作ったニコラ・フラメウスは、この世で最も優れた術師の称号である、「賢者」の名を与えられた。

 その後、たった一人の賢者が残した、さまざまな研究結果を元に、何人もの錬金術師たちが、「賢者の石」の作成を試みた。だがそれは成功することなく、ニコラ・フラメウスが作ったのが本当に「賢者の石」だったのかすら疑われるようになる。

 

 

 それからはや三百年。賢者の石の作成に成功したものは、いないはずだった。

 

 

 ※

 

 

 ハックルベリー工房は、とにかく雑多な空間だった。割れたフラスコや試験管が床に飛び散り、無数の本が横たわっている。サトーは、箒と塵取りでガラスの破片を近づけながら、時に本を水溜りや薬溜り(・・・)から掬い上げる。

「ああっ、錬金術教本が! んにゃろぉー!!」

 再起不能になった「錬金術教本(初心者向け)」を握りつぶさんばかりの勢いで掴み、悔しそうな声を上げるサトー。

 足の踏み場もない――フシャスラはそう思いながら、鼻を押さえていた。

 ぶちまけられた数多の薬のせいなのか、酷いにおいが鼻を突いていた。だが、それだけではないような――まるで工房の壁、床、天井すべてがその刺激臭を発しているような気がするほどのにおい。そのすさまじいにおいが、フシャスラの鼻を苛んでいる。

 彼が真っ青な顔をしていることに気付いたのか、サトーがいった。

「あー、今換気するんでちょっと待ってください」

 「そうしてもらえるとありがたい――」 そう言おうとしたが、その言葉は出なかった。代わりに出たのは、乾いた咳だった。

 

 

 

 それから数十分経っただろうか、見違えるほど綺麗になった工房に、爽やかな風が通り抜ける。工房の外では、洗濯ばさみで固定された何冊かの本が、天日干しにされていた。中には高価そうな、「錬金術全書」や「薬学大全」なる本もあったが、濡れてしまった本は、どれも例外なく無造作に、安っぽい洗濯ばさみで干されていた。

 さすがに損傷の酷いものは、工房奥においてあった、修復用魔導器の中に入っているようだが、大半が日光浴をしている。

 

 工房から少し奥まったところ、恐らくサトーのプライベート空間は、あの酷いにおいがしなかった。質素なティーセットに乗った紅茶の香りを嗅いで、フシャスラはやっと人心地ついたように、小さく息をついた。

 ダイニングテーブルの上には、紅茶が三つ。だがサトーは、まだ何かをやっているようで、工房となっている部屋の方向から、「げげーっ!」だのなんだの変な声が聞こえてくる。エインにそのことを聞くと、

 

「気にしないで、当分そのままだから」

 

 といわれた。ならば、気にしないほうがいいのだろう――気になることはありすぎたが。

 

 フシャスラは手元の紅茶に視線を落とし、一口口に含んだ。

 語彙があるものならば、「ふくよかな」や、「芳しい」という表現が出来るであろうが、記憶のほとんどを失っている彼に、そんな気の効いた言葉を言うことは出来なかった。

 ただその柔らかいにおいと、丸みのある味は、彼にとって何処か懐かしいものであった。

 

 ――俺は紅茶が好きだったのか。

 

 妙な確信を持って、温かい液体を嚥下する。同時に、ドアが勢いよく開いて、大き目の箱を抱えたサトーが入ってきた。

「二三聞きたいことがあるのだが――」

 かちゃり、と紅茶のカップをおろし、フシャスラがサトーに目をやる。木製の箱を抱えた彼は、足で器用に扉を閉めながら、

「いいですよ、何でも話すわけにはいきませんが」

 と言った。

「まず一つ。賢者の石の精製に成功したというのか?」

 至極落ち着いた声で、フシャスラがサトーに聞く。元々錬金術に関しては、曖昧な記憶しか持っていなかったフシャスラだが、それでも賢者の石の精製が恐ろしく難しいことは知っている。それに若い錬金術師は、複雑な表情をしながら答えた。

 

「まあー、成功したというか、今までの研究結果を総合して――」

 

 分かりやすいが、結論にたどり着くまでが長くなりそうな答えだった。歯切れの悪いサトーに対し、フシャスラの隣からドスの利いた声が飛ぶ。

「で、成功したの?」

 

「……平たく言えば、成功しました」

 

 エインの視線を受けながら、サトーがそうつぶやいた。彼の証言を要約するならば、「先人の研究結果を元に、さらに研究を重ねた結果の成功」らしい。何かもっと話したそうな顔をしていたが、これ以上長くなっても困ると思い、フシャスラが続けた。

「で、それをあの黒いローブの(やから)に盗まれたのだな?」

「一応、『トラップボックス』の中に突っ込んでいたんだけど……」

 そしてサトーは、自らが抱えているものを示す。木の箱からは――何故かピンク色の長い舌が飛び出ていた。ダンジョンに生息し、宝箱に擬態することで冒険者に襲い掛かるモンスター、ミミックだ。まさかこんなものを防犯に使っているとは。

 

「結構こいつ使ってる人はいますよ? 餌には困りませんし」

 

 聞いてもいないのに、サトーがそう答えた。餌――いうまでもなく、不届き者のことなのだろう。確かに、幾ら手練の盗賊(シーフ)でも、家にミミックが生息しているとは思わないだろう。

 だがそのミミックは、哀れなぐらいにぼろぼろになっている。原因は、考えるまでもなかった。

「……帰ってきたらこんな状態で」

 サトーは深いため息をついた。

 

 

「そういえばお二人さん。今日はどんな御用で?」

 

 

 ボロボロのミミックの口にポーションを流し込みながらサトーが聞いた。エインが、ものの見事に真っ二つに折れた槍を差し出す。

「この槍を直すのにちょうどいい鉱石が欲しいんだけど」

 サトーはそれを受け取ると、慣れた手つきでいじり、眉間に皺を寄せて首をかしげた。

「魔導器かぁ……しかし槍型ってのは珍しい」

「そんなに珍しいものなのか?」

 フシャスラが聞くと、サトーは頷いた。

「ええ。もっぱら武器型魔導器といったら剣か弓ですし。槍はエクエス文明のグングニルの研究で――」

 ふとサトーが言葉を止める。そして数秒考え込んだあと――まるで記憶の海から、たった一つの真珠を探すように――突然顔を上げた。

 

「あっ、これ名工アベル・ストレインの作だ!」

 

「鍛冶屋じゃないのにわかるの?」

 いやいやいや、と言った後、彼は工房のほうに飛び込んでいった。数分も経たないうちに、一冊のスクラップブックを抱えて走ってくる。そしてそれを、ドン! とフシャスラとエインの前に置いた。

 革で作られた、ごく一般的な本の表紙には、少したどたどしい文字で、「グングニルについて」と書かれている。そしてサトーはその本を開くと、一つのページで手を止めた。

 

「ほらここ。グングニルの試作品『ランスオブカイン』の製作者に、『アベル・ストレイン』って書いて――」

 

 再びサトーが黙り込んだ。彼の顔が、まるで墓場から出てきた死人のような顔になる――エインがそれに気付かず、「あ、ほんとだ」とつぶやいた。

「何であんたがこんなことしって――」

 

 

「ランスオブカインが折れてる――っ!!」

 

 

 絶叫としか言いようがない絶叫があたりに響いた。それを聞いて、長身の竜騎士は肩をすくめる。一方、若い錬金術師はひっくり返らんばかりの形相だ。

「な、何故こんなことに……」

 ヨヨヨ……とサトーは無残な姿の槍を掴んだ。フシャスラは申し訳ない気持ち半分、グングニルに対する好奇心半分で、とてつもなく複雑だ。謝ればいいのか、それともこの場は黙っているべきか――だが若い錬金術師は、折った犯人を糾弾する前に言った。

「まあ、随分前の作だし、壊れんのは当たり前か……」

 ふう、とため息をつくサトー。

 

「で、なんであんたがそれを知ってるの?」

 

 間髪入れず、エインが誰もが気になってたであろうことを聞いた。

「あ、ああ、俺も一応、グングニル研究をしてるんだよ」

 サトーがスクラップブックの間から、一枚の設計図を取り出した。精巧な魔導機関を有した一本の槍。「ロンギヌス」と銘打たれたそれには、確かにサトーのサインが入っている。とてつもなく下手なサインだが。

「まあ、これの完成形に『賢者の石』が必要だったんだけど」

 再びサトーがため息をつく。エインがそのサトーを見据えながら聞いた。

「それで、この槍を直せそうな鉱石はある?」

「あるっちゃああるけど……」

 サトーはためらいがちに言った。そして、フシャスラのほうをチラッと見遣る。

「……ちょっと手伝って欲しいことが」

「手伝って欲しいこと?」

「手伝ってくれるなら、石っころ幾らでもやるよ」

 彼の言いたいことが、フシャスラにはわかった。ランスオブカインの修繕に必要な鉱石は恐ろしく希少なものだ。それを「石っころ」と言ってのけるぐらい重要な目的――。

 

「いいだろう。あいつを取り逃したのは俺の責任でもある」

 

「よしっ、契約成立! 報酬は前払いでいいよ」

「ま、前払い!?」

 フシャスラが驚いて声を上げる。

「あ、あんた、石が取り返せなかったらどうするの!?」

 エインもまた声を上げる。

「取り返せなかったら、ってまだやってないだろ」

 さも当たり前のように、サトーはそういって、そのあと少しだけ笑った。

「……心当たりがあるからね」

 そして彼はほかのスクラップブックを二人に見せる。その表紙には、「遺跡島と古代文明」と書かれていた。

 

 

 




ここまでお読みくださりありがとうございます。
三百年前の伝説の錬金術師の名前が安直すぎますが……気にしないでやってください

槍の名前に関しましては、某裏切り王は何の関係もありません。ええ、ありませんとも。追加効果混乱とか絶対にないですとも。
ついでに鍛冶屋の女の子の名前も、某裏切り王は関係ないです。これは虹蛇エインガナから名前を取りました。マジで。

ちなみにミミックを出す案は、弟が出してくれました。ありがとうセs……弟!
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