夜天に輝く二つの光   作:栢人

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第九話 夏の日の夜空

 

 

 梅雨が明ければ一日の最高気温は上昇の一途を辿るばかり。七月末ともなれば、暑さのピークとも言える時期だろう。

 本日は最高気温三十五度をマークした真夏日だったが、夕方ともなれば、いくらか過ごし易い気温となっている。もっとも、夏らしく日照時間も長くなり、時刻はもう18時半を指しているのだが。

 快晴の空から西日が射し込む八神家の台所には、ソースの香ばしい香りが漂っていた。

 フライパンを振るう颯輔の額には、汗が薄らと滲んでいる。いくら過ごし易い気温と言っても、やはり火の周りは暑いらしい。

 手際よく麺と具にソースを絡めて水気を飛ばした颯輔は、完成した焼きそばをプラスチックの容器に移していく。容器の数は全部で六つ。八神家全員分の個数だ。

 

「ふぅ……。こんなもんかな?」

 

 久しぶりに一人きりで料理をしたために疲れてしまったのか、微妙に違和感を覚える左腕を回しながら、品揃えを確かめる。

 テーブルには、焼きそばの他にもフランクフルトやいか焼きなどが並んでいた。まるで、縁日の屋台のようなラインナップである。もちろん、サラダなどの緑の食べ物も忘れてはおらず、多少は偏ってはいるが、しっかりと栄養バランスは考えてあった。

 家庭で作れるような品は一通り作ってある。これ以上を望んでも、荷物が増えて移動が大変になるだけだろう。

 そう判断した颯輔は、満足そうに一人頷いた。

 

「お見事です」

 

 見計らったようなタイミングで現れたのは、完全な人間形態となったザフィーラ。群青色の甚平とラフな格好をしており、色彩も相まって涼しそうだ。

 本人の希望もあって狼形態でいることが常のザフィーラだが、今日は数少ない例外の日だった。

 

「片づけは我がしておきましょう。颯輔はその間に着替えてしまってください。着付けも終わり、こちらに向かっているとの連絡がありました」

「ん、了解。それじゃあ、後はよろしく頼む」

「お任せを」

 

 手を洗ってからエプロンを外し、ザフィーラへと渡す。

 期末試験も終わって夏休みとなった今日は、年に一度の花火大会が開催される日だった。

 

 

 

 

 グレーの生地に縞が入った甚平に着替えた颯輔は、家の戸締りを始めた。

 海鳴市の花火大会は県内でも有数の規模を誇り、それに比例した見物客が会場である河川敷に集まってくる。すると当然無人の民家が増えるわけで、そこを狙った空き巣が現れるのだ。

 今朝の新聞にもそれを注意する旨のチラシが入っており、空き巣だけでなく、羽目を外しすぎてしまった人達のためにパトカーの巡回も増えるという始末である。

 もっとも、普通の家庭とは少々違った事情を持つ八神家のセキュリティは、銀行どころか政府主要施設にも劣らないのだが。

 ともあれ、用心に越したことはない。こういった事は、日ごろの心掛けが大切なのだ。

 一通り見て回った颯輔はリビングへと戻る。その途中、誰かの気配を感じて後ろを振り向いた。

 

「……なんだ、お前か。脅かさないでくれよ」

 

 そこにいたのは……いや、あったのは、空中にふわふわと浮かぶ一冊の本。この家に住むようになってからずっと颯輔の傍にあった、闇の書である。主の余剰魔力を動力としているこの本は、時折こうして家の中を飛び廻っているのだ。

 最初は驚きはしたものの、魔法には耐性ができつつあったためにすんなりと受け入れてしまった。慣れというのは恐ろしいものである。

 これから何があるのかを知っているのか、はたまたほったらかしにしていたことに抗議しているのか、自身の回りを旋回し始めた闇の書を捕まえる。

 

「わかったわかった。お前も連れて行くから、暴れるなって」

 

 颯輔の言葉を理解しているのかしていないのか、腕の中で微かに抵抗していた闇の書は、普通の本と同じように大人しくなった。

 はぁ、と軽い溜息をついた颯輔は、今度こそリビングへと戻った。

 一瞬迷った颯輔は、何かのためにと取っておいた紙袋に闇の書を突っ込み、レジャーシートなどを入れたバッグへと仕舞う。空を飛ぶとはいえ、綺麗な本ではあるし守護騎士達の核でもあるため、万が一にも汚してしまうことは躊躇われたのだ。

 ザフィーラもその光景を見てはいたのだが、複雑そうな表情は浮かべても口出しまではしてこなかった。一冊だけ家に残しておくよりも、連れて行ってしまった方が無難であると判断したのかもしれない。

 

「さて、それじゃあ行きますか」

「はい」

 

 必要な荷物を持って家を出る。施錠をしてから敷地を出ると、ちょうど、こちらへと向かっていたはやて達とばったり出くわした。

 

「颯輔ーっ!」

 

 団扇を片手に下駄をカランコロンと鳴らしながら走り寄ってくるヴィータを、苦笑しながら受け止める。八神家の女性陣は、浴衣のレンタルと着付けをするために出かけていたのだ。

 こういった時に着飾りたがるのは、女性の真理と言えるだろう。もっとも、言い出したのははやてなのだが。

 ちなみに、そこまで懐に余裕はないため、男性陣は安物の甚平だった。

 

「どうどう? 似合う?」

 

 ヴィータは颯輔から離れ、クルリとその場で回ってみせた。

 薄いピンク色の生地に、桜模様の女の子らしい浴衣。それでいて、深い赤色の帯が落ち着きを見せている。解いた髪を両サイドでシニヨンにまとめ、残った長い髪は垂れさせてツインテールに。子供らしい快活な雰囲気が溢れており、ヴィータによく似合う浴衣姿だった。

 

「ああ。可愛くしてもらったね」

「えへへっ」

 

 ほんのりと頬を上気させ、満面の笑みを浮かべるヴィータ。そのはしゃぎっぷりからも分かるとおり、誰よりもこの日を楽しみにしていたヴィータである。

 

「もう。ヴィータちゃんたら、はしゃいじゃって」

「しゃあないよ、シャマル。何せ、昨日は楽しみでなかなか寝付けんみたいやったからなぁ」

 

 ヴィータに続いて合流したのは、車椅子を押すシャマルと押されるはやて。

 シャマルの方は、藤色の生地にブルーと薄紫の朝顔が涼やかさを演出する浴衣。ライム色の帯が目に鮮やかだ。髪型は、前髪を上げてバックに流したポンパドール。髪留めに使った水色のフラワーコサージュが、大人の可憐さと可愛らしさ感じさせる。その姿は、シャマルの魅力を十二分に引き立てているようだった。

 一方のはやては、深い藍色の生地に水色の百合が咲き誇る上品な印象の浴衣。真っ白な帯が清廉さを表しているようだ。普段はいじらない髪型は、後頭部で一つにまとめたショートポニー。シンプルではあるが、あごと耳の延長線上にデザインを作る黄金ルールも忘れていない。ゴムに付いたシックなデザインのビーズアートが、沈みかけの夕日を受けて小さく光っている。普段の甘えん坊とは違う、大人びたはやてがそこにいた。

 

「どうですか、颯輔君?」

「シャマルらしい色合いでよく似合ってると思うよ」

「お兄、わたしは?」

「もちろん、はやても。大人っぽくて見違えた」

 

 颯輔の言葉を受け、シャマルは嬉しそうに、はやてはさも当然とばかりに頷いていた。

 ご機嫌な様子の三人を見て、颯輔は内心でほっと胸を撫で下ろす。素直に褒めるのは恥ずかしかったが、それ相応の反応が返ってきたようだった。

 

『女の子がおしゃれをしてきたらしっかりと褒める事。例え妹さんでもね』

 

 夏休みに入る前にこの日の予定を美由希と話し合ったときに、相当強く念を押されて聞かされた言葉をふと思い出す。

 妙な緊張感から解放された颯輔は、浮足立つ女性陣が一人足りないことに気が付いた。

 

「あれ? シグナムは?」

「ああ、シグナムなら……」

「まだ慣れていないみたいで……」

「……?」

 

 首を傾げながら、後ろを振り返った二人の視線を辿る。そこにあるのは路地で、シグナムの姿はない。

 カラン、と下駄の音が響いた。

 曲がり角からゆっくりと姿を現したのは、浴衣姿の女性。白地の全体に墨色のぼたんと菊の花が描かれた、落ち着きのある意匠。黒地の帯にラベンダーピンクの紐がアクセントになっていた。三つ編みにした後ろ髪をカチューシャのようにアップにし、黒いビジューが敷き詰められたバレッタで留めている。

 大人の女性特有の妖艶さが漂う美しさが、そこにはあった。

 

「………………」

「………………」

 

 その女性はもちろん、シグナムだ。だが、普段はそれとはわからない薄化粧のはずが、今は濃いルージュを引いている。いつもとは違うそんな自分を自覚しているのか、その顔は耳まで赤く染まっており、それを隠すように片手で襟足を気にしていた。

 美人だとは思っていた。守護騎士の皆は容姿が整っており、シグナムもシャマルも方向性の違った美しさを備えている。が、目の前に立つ浴衣美人は、なんというか、こう、ぐっとくるものがあった。

 

「なんや、わたしらのときと反応が違うなぁ……」

「そうですね……」

「あ、う、いや、その……。えと、綺麗だと思う、よ?」

「……っ……っ……!」

 

 底冷えするような声音と視線に意識を引き戻され、慌てて言葉を紡いでみたはいいが、どうやら逆効果だったらしい。冷たい視線は強くなるばかりで、颯輔は堪らず冷や汗をかいてしまう。

 一方のシグナムは、青くなる颯輔とは正反対だった。リンゴのような色になった顔を俯かせ、身を小さくしている。咄嗟に出た颯輔の言葉が本心からのものであると理解していれば、さらに蒸気を上げていたかもしれない。

 

「『恥ずかしいのであまり見ないでください』、やって」

「あ、うん」

 

 颯輔の袖をちょいちょいと引き、途切れ途切れに送られてきた念話の内容を伝えるはやて。せっかくの大人らしさはどこへいってしまったのか、少々膨れてしまっている。

 釘づけになっていた視線を逸らした颯輔は、またもや反対側の袖を引かれたことに気づき、そちらを見やった。

 

「全員揃ったし、行こうぜ、颯輔」

 

 無邪気に語りかけてくるヴィータが、そのときばかりは救いの天使に見えた。

 

 

 

 

 一度はご機嫌斜めに陥ったはやてだったが、しばらくのうちにそれは元に戻った。なにせ、今日は家族揃って花火を見に行く日なのだ。いつまでも怒っていては、せっかくのイベントが台無しになってしまう。

 気が緩んだ途端に出てきた欠伸を噛み殺す。家の前ではヴィータにあんなことを言ってしまったが、眠れない夜を過ごしたのは、はやてにも言えることであった。

 毎年この時期に開催される花火大会だが、実のところを言うと、こうして外出して花火を見に行くというのは初めてのことである。

 正確には、過去に行ったことはあるらしいのだが、生憎と物心のつく以前のことだったようで、そのときのことは覚えていない。毎年この日は、家の二階から遠くに見える小さな花火を颯輔と二人で眺めるだけだった。

 皆で花火を見に行こう、と言い出したのは、颯輔から。聞けば、学校の友人から、人混みを避けて花火を見ることのできる穴場を教えてもらったらしい。

 おそらく、友人とは高町美由希のこと。はやても面識のある、颯輔のクラスメイトだ。友達の話題と言えば男友達のことしかなかったはずが、はやての知らないうちに、いつの間にか仲良くなっていた女友達である。

 気の良さそうな人であるはずなのに、図書館で紹介されたときは、直感だけでこの人とはあんまり仲良くなれそうにないと悟らされた。あれが俗にいう女の勘というやつかもしれない。

 話を戻そう。

 せっかく地元の街で大きな花火大会があるのに会場に行かなかったのは、このポンコツな足のせいだ。人がごった返す会場に車椅子で突入すれば、周りも自分も不快な思いをするのは目に見えている。

 同じ理由から、せっかくの夏休みだというのに遊びに出かけるなどということはなかった。海にもプールにも入れないため、家で自堕落な生活を送るしかなかったのである。まあ、休学中のはやては毎日が絶賛日曜日状態なのだが。

 仕事が忙しいらしく英国のおじさんの所に遊びにも行けず、今年も自宅待機かぁ、としょげていたところにかかった一声。楽しみでないわけがない。おまけに、今の自分には賑やかな家族がいる。子供心が躍るイベントとは無縁の生活をしてきはたはやてにとって、これは大きな大きな出来事なのだ。

 荷物をザフィーラに預けた颯輔に車椅子を押され、また、電動車椅子のブーストを追加して長く続いた坂道を登りきる。見晴らしの丘と呼ばれている、地元住民でもほとんど足を運ぶことのない高台の広場。その向こうに広がるのは、煌びやかな輝きを見せる海鳴市の夜景だった。

 

「うわぁ……!」

「綺麗ですね」

 

 感嘆の声に合わせ、隣を歩いていたシャマルがほぅと呟く。見晴らしの丘の名に恥じない絶景が広がっているのだから、無理もない。海鳴マップの一押しスポットに入れてもいいくらいだ。

 一度夜景から目を離し、辺りを見回してみる。穴場と言っても知っている人は知っているらしく、ちらほらと家族連れや男女の姿が窺える。さすがに八神家の独り占めとはいかなかったが、会場に出向くよりは何倍もマシだろう。

 視界の端では、シグナムとザフィーラがよさげな場所を見繕っており、また、若干の疲れを見せる颯輔に、ヴィータが団扇で風を送っていた。

 ドン、と太鼓を叩いたような音が空気を震わせる。

 急いで視線を戻してみれば、夜空に光の大輪が咲いていた。結構な距離を来た気がしていたが、会場とはそう遠く離れていないらしい。少なくとも、家から眺めるよりは大きな花火が見えた。

 

「おおー!」

 

 ヴィータの歓声が聞こえる。いや、ヴィータだけではなく、はやても、周りの見物客達も、一様に声を上げていた。

 光の残滓が完全に消えてしまう前に次の花火が上がり、それを皮切りに、次々と色とりどりの花を咲かせていく。咲いては散り、咲いては散りを繰り返す花火が尽きることはなく、夜空を鮮やかに彩っていた。

 花火大会の始まりだ。

 

「さあ、座ってご飯を食べながら見よう」

 

 少しばかり見入っていたところに、颯輔の声がかかった。車椅子が動き始め、前へと進みだす。見れば、目ぼしい場所を見つけたらしいシグナムとザフィーラが、せっせとレジャーシートを広げていた。

 

「屋台を見て回ることはできないけど、それっぽい料理を用意したから、それで勘弁な」

「ええよ、それでも。おおきにな、お兄」

 

 申し訳なさそうに話す颯輔に、はやては満足顔で返した。

 会場に行けないのは確かに残念だが、今はそんなことはどうでもよかった。颯輔が腕を振るってくれただけで、皆と花火を見に来ることができただけで、ただそれだけで、はやては幸せだったのだから。

 

「はやて」

「ん」

 

 両脇を支えられ、颯輔に抱き上げられた。距離が近づき、颯輔の顔が間近に迫る。そのまま体が触れ合い、完全に抱きかかえられる形となった。

 ここまで接触しても、颯輔の顔色には特に変化は見られない。少しだけ化粧をしてもらい、颯輔自身も見違えたと言っていたが、普段と変わらない様子だ。

 シグナムのときは、顔を赤くしていたのに。

 何故だか、胸がチクリと痛んだ。その理由もわからないうちに、レジャーシートに座らせられる。颯輔はそのまま隣に座ると、ザフィーラから夕飯が詰められた容器を受け取り、それぞれの前へと配り始めた。

 

「うわぁ、これ全部、颯輔君が作ったんですか?」

「ああ。会場にある屋台だと、こういうのを売ってるんだよ。まあ、こっちはもう冷めちゃったんだけどね」

「大丈夫だよ、颯輔! 颯輔のご飯は冷めててもギガウマだからな!」

「はは、ありがと」

 

 シャマルにもヴィータにも、笑顔で返している。それはやはり、いつもどおりの笑顔だ。 

 ヴィータの言うとおり、颯輔の作るご飯はおいしい。趣味の一つは料理というだけあって、料理を覚えてからもその腕の研磨には余念がない。料理本を捲りながら、そういえば、最近は面白い料理番組がなくなったよなぁ、と寂しそうにぼやくほどだ。

 焼きそば、フランクフルト、いか焼き、果てにはお好み焼きなど、お祭りには欠かせないらしい料理が所狭しと並ぶ。

 確かに浴衣のレンタルには時間がかかったが、いったいどれほど効率よく動けばこれほどの量を作れるのか。そこそこ長い間颯輔に師事しているが、はやてにはまだ不可能な領域のようだった。

 

「こらヴィータ。先に手を合わせてからだ」

「う、うっせーなシグナム。そんくらいわかってるって」

「まったく、心を込めて作ってくださった颯輔に失礼だと思わんのか」

「まあまあ落ち着いて。さあ、いただきますするぞ」

 

 颯輔の言葉で、少々言い争っていた二人が揃って大人しくなる。シャマルは微笑ましそうに、ザフィーラはやれやれといった雰囲気でその様子を見守っていた。

 特別なことをしているはずなのに、それはどこまでもいつもの光景で。それに気づいて安心感を覚えたはやては、さきほどから感じていた心のモヤモヤが晴れるのを感じた。

 

「手ぇ合わせたね? ほんなら、いただきます」

「「「「「いただきます」」」」」

 

 声を揃えて挨拶をし、各々が箸を伸ばし始める。

 鋭い三日月と大きな花火が、その光景を照らしていた。

 

 

 

 

 夕飯を食べ終えた颯輔達は、それぞれの場所で花火を眺めていた。レジャーシートに座っているのは颯輔にシグナムとザフィーラの三人。子供二人とシャマルは広場の端の方に移動し、少しでも近くで打ちあがる花火を見物している。はしゃいでいる声がここまで聞こえることから鑑みて、あちらはあちらで楽しんでいるようだった。

 苦労して用意した夕飯は、移動時間で冷めてしまったにもかかわらず好評だった。颯輔自身もしばらく行っていない祭りの雰囲気を味わってもらおうと、持てるスキルをフル活用した甲斐があったというものだ。

 特に好評だったのは、クレープ。薄くスライスしたフルーツを自分の好みで盛り付けるスタイルで、少し多目に用意したにもかかわらず、あっという間に完食されてしまった。料理はしてもお菓子作りはあまりしたことのない颯輔だが、また作ってほしいとせがまれるほどだった。

 荷物は増えてしまったが、態々クーラーボックスまで用意していたりと、自分もこの日を楽しみにしていたらしい。

 止まることなく打ちあがっていた花火が見えなくなり、程なくして、今までの倍はあろうかという橙の大輪が花開く。ほんの少しだけ遅れて届いた大音量が、そのスケールを物語っていた。

 四尺玉、というやつだろう。橙の大輪の中に赤青緑の小さな花火が連続で明滅する。最後まで残っていた橙の大輪は円形から形を崩し、火花が流れ星のように地表に向かって消えて行った。

 太鼓を打ち鳴らすように続いていた音がなくなり、辺りに静寂が訪れる。先ほどの四尺玉が大取で、一時間半に及んだ花火大会が終了したのだ。

 

「見事なものでした。あれほど美しいものは、初めて見ましたよ」

 

 喜色を含んだ声は、シグナムのもの。最初は恥ずかしがっていたシグナムもさすがに慣れてしまったのか、今は落ち着いた様子で空を見上げている。どうやら、目に焼き付けた光景を幻視しているようだった。

 

「花火は日本の伝統工芸だから、この世界じゃトップレベルだと思うよ。だけど、意外だな。魔法世界なら、あれくらいのものはいくらでもあると思ってた」

「探せばあるのかとは思います。ですが、少なくとも、私達は見たことがありませんでした」

 

 少しだけ小さくなった声に、颯輔は後悔する。純粋な疑問だったとはいえ、彼女達の過去について、もっとよく考えておくべきだった。

 彼女達は、こうした娯楽とは無縁の世界で生きてきたのだから。

 

「ごめん……」

「謝らないでください。さほど気にしていませんから」

「その通りです。我らも楽しませていただきました」

 

 明るい声を出すシグナムとザフィーラに、ますます申し訳なく感じてしまう。だが、ここで掘り返しては負のスパイラルだと思った颯輔は、話題を逸らそうとバッグを漁った。

 取り出したのは、六枚の正方形。いつかベランダで話していた、星座早見だった。

 

「ほら、これ、この前話した星座早見。こうやって日付と時刻を合わせると、その日の星座がわかるんだ」

 

 努めて明るい声を出し、星座早見を合わせる。シグナムもザフィーラも興味深そうに見ており、話題を戻すつもりはないようだった。

 街の明かりはまだ灯っているが、花火が消えたことで光量は大分減った。快晴の空には宝石箱をひっくり返したかのように星々が瞬いており、星座の観察は十分にできるだろう。

 説明を始めようとしたところで、ザフィーラが「はやて達にも渡してきます」と一言告げ、四枚の星座早見を持って行ってしまう。気を遣っているのか、それとも、ただ純粋な好意なのか、その背中はどことなく上機嫌。おそらく前者だとあたりをつけた颯輔は、余計なことすんな、と内心で毒づいた。

 隣を見れば、星座早見と睨めっこをしては時折首を傾げているシグナムの姿が窺える。何かが馬鹿らしくなった颯輔は、小さく溜息をついて寝転がった。

 

「ほら、横になった方が見易いし疲れないよ」

「は、はい」

 

 少々上ずった声。首元に覗くうなじが妙な色気を放っている。星座早見で顔は隠れているが、耳が赤くなっているのが暗がりでも見えた。

 それらを頭から追い出し、意識を夜空へと飛ばす。星座早見と見比べた颯輔は、天頂の方を指差した。

 

「ほら、あそこ。天頂から少しだけ東側にずれた所に、明るい星が見えるだろ? あれが、こと座のベガ。見つけた?」

「ええと、おそらくは……」

「星座早見の角度はこうね。続けても大丈夫?」

「……はい、お願いします」

「それじゃあ、ベガから北東に見える明るい星が、はくちょう座のデネブ。そこから真っ直ぐ南に降りると、わし座のアルタイルが見える。わかるかな?」

「む…………ん、見つけました。あの三つですか?」

「そうそう。あの三つの星を直線で結ぶと、三角形ができる。これが、夏の大三角形ってやつね」

「なるほど……。流石は颯輔です。星を見つけるのも、それを教えるのも上手い」

「いや、星座早見の力だけどね」

 

 感心したように言うシグナムに笑いを返す。

 シグナムに限らず、彼女達はことあるごとに颯輔を褒めてくるのだから少々性質が悪い。冗談ならばともかく、本気で言っているようなのだから尚更だ。自分が主で彼女達が守護騎士だからというわけでは、おそらくないのだろう。

 颯輔は、何も特別なことなどしていない。もちろん、それ相応の努力はしてきたつもりだが、ただそれだけ。颯輔にできることは、やろうと思えば誰にだってできることなのだ。

 気づかれない程度に声の調子を落とした颯輔は、シグナムへの解説を再開する。夏の大三角形の反対側には、ギリギリの位置に春の大三角形が見られた。

 事前に調べておいたがうろ覚えの星座の物語を披露していると、車輪の音と複数の足音が聞こえてきた。どうやら、はやて達が戻ってきたらしい。

 

「ちょう目離した隙に、お兄とシグナムがいちゃついとる……」

「い、いちゃついてなどおりませんっ!」

 

 薄ら寒さを覚えるはやての声に反応したシグナムが、慌てて距離を離した。意識しないように努めていたはずなのに、それに少しだけ不満を覚えるのだから、自分もよくわからないものだと思う。

 シャマルに抱えられたはやてが颯輔の隣に寝転がり、その反対側、シグナムとの間にヴィータが入り込んだ。シャマルはそのままはやての隣で横になったが、ザフィーラは腰を下ろして後ろ手に体を支えるだけだった。

 ご満悦のヴィータとは違い、どこか不機嫌になったシグナムが抗議の声を上げる。

 

「お、おい、ヴィータ。そこは私の場所だぞ」

「あたしがどこにいようとあたしの勝手だろ? それに、シグナムが場所空けてくれたんじゃねえか」

「べ、別に、空けたつもりはない。少し暑かっただけで……そ、そうだ、颯輔が暑いかと思って少し離れただけだ!」

「じゃあ、あたしが颯輔を扇いでやるから問題ねえな。暑いんならお前一人でそこにいろよ」

「こ、このっ……!」

「シグナム~、ちょう大人しくしよかー?」

「は、はいっ!」

 

 いつもの如くヴィータとじゃれあっていた――と思うことにする――シグナムだったが、はやての鶴の一声を浴びて途端に静かになった。

 ヴィータはシグナムに向かって小さく舌を出してから颯輔を扇ぎ始め、それを見たシグナムが拳をプルプルと震わせている。シャマルはシグナムとは違った意味でガタガタと震えており、ザフィーラは我関せずと言わんばかりに黙って空を見上げていた。

 それらを見てうんうんと満足そうに頷いたはやては、颯輔の手を取って動かし始める。何も言えない颯輔は、はやてのされるがままになっていた。

 

「これでよし、と」

 

 何をしているのかと思えば、颯輔の腕を下に敷いて枕にしてしまうはやて。ニコニコと笑うはやてに少しだけ乾いた笑いを返した颯輔は、黙って夜空に目を戻した。

 

「ほんならお兄、星座の授業の続きよろしく」

「はい……」

 

 いつも通りの声音ながらも何故か強制力を感じさせる声に力なく答えた颯輔は、南の空にへびつかい座を見つけ、十二星座占いだけでなく十三星座占いもあるのだとうんちくを語り始めた。

 花火大会が終わってから減り始めた人影は、もう完全になくなっている。夜の静寂に響くのは、虫のさえずりと颯輔の声。

 なにやら色々とあったものの、来年もまた皆揃ってここに来ようと思う颯輔だった。

 

 

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