「はぁ……」
HRの終了と共に放課後になった瞬間、颯輔は溜息を吐いた。授業で疲れたというわけではなく、昨日から激変した私生活が原因である。同居人が一気に四人も増えたのだ。八神家の家事を預かる身なのだから、疲れが増えるのも当然の事だろう。主に、洗濯などで心労が。
「何だかお疲れだね、八神君。妹さんの誕生会、上手くいかなかったの?」
「いや、そんなことはないけどさ。ちょっとね……」
そんな颯輔の様子を気遣ってか、美由希が声をかけてきた。颯輔はそれに軽く笑って返す。なぜなら、颯輔の疲れの一端は美由希も関係していたからだ。
先日遭遇した魔導師と思われる少女。その姉かもしれない人物が颯輔の級友だと知ったシグナム達は、学校まで護衛を、と騒ぎ出したのだ。
具体的に言えば、得意の魔法でもろもろを誤魔化し、シャマルが養護教諭として潜入しようとしていた。登下校の護衛も、シャマルの潜入も当然の如く断ったが。
結論から言ってしまえば、高町美由希はおそらく、魔法とは何の関係もない。
内心で冷や汗をかきながらも恐る恐る昨日の事を確認したところ、件の少女は美由希の妹である高町なのはで間違いなさそうなのだが、ただそれだけだったのだ。
なのはは夕食の席でヴィータに睨まれたことをぼやいていたそうだが、特に気にした様子もなかったとのこと。美由希の態度もこれまでと何ら変わりなく、ヴィータちゃんってお人形みたいで可愛いよねー、またお店に連れてきてよ、という程度の認識であった。その言葉に裏はないようであるし、何より友達であるという事から美由希を信じる事にした颯輔である。
ヴィータが嘘をついたり間違った判断をしたとも思えないので、高町なのははおそらく魔導師で間違いないだろう。しかし、家族はその事を知らないのだというのが颯輔の考えだった。
美由希が魔導師だったり管理局と繋がっていたりすれば、昨日ヴィータと会った時点で何らかの反応があったはずである。昨日の態度も今日の態度も演技だとはとても思えないので、美由希は無関係と判断したのだ。
これで美由希が管理局に通じていたりしたら、女性にトラウマを抱きそうな颯輔である。
「同居人が増えたから、環境の変化に戸惑ってるだけ。調子が悪いとかそういうのじゃないから、心配しないで」
「ふーん。確かに、突然家族が増えたりしたらびっくりしちゃうよね。私もそのうちそういうの味わっちゃうのかな……いやでも、恭ちゃんは婿に入るのかも……それはそれでうぅぅ……」
「え? あれ? 高町?」
確認のつもりで鎌をかけてみたのだが、颯輔の予想に反して何故か美由希はガックリと落ち込み始めてしまった。
どこかの誰かと同じくブラコンな美由希が、兄が家からいなくなってしまうのを想像して勝手に落ち込んでしまっただけなのだが、流石にそこまで高町家の内情に詳しくない颯輔にはさっぱりな展開である。
気落ちした美由希を何とか宥めつつ、これは完全に白だな、と確信する颯輔だった。
◇
落ち着きを取り戻した美由希と共に学校を出ると、颯輔は周囲の様子がいつもと違うことに気が付いた。
見れば、校門のところに小さな人だかりができている。人だかりと言ってもある一点に密集しているというわけではなく、どちらかと言えば、遠目から様子を窺っているような雰囲気だ。
「どうしたんだろ?」
「何かあったのかな?」
同じく疑問に思った美由希が近くの友人に確認してみたところ、校門のところに不審者がいるらしい。サングラスとマスクで顔を隠した金髪の美女が誰かを待っているようで、教員に知らせるべきか、それとも警察に通報すべきかで迷っているとのこと。
それを聞いた颯輔は、何やら妙な胸騒ぎを覚えてしまった。
外国人女性の知り合いなどは颯輔にはいないが、その特徴に当てはまる人物ならば知っている。そして、突拍子もない事をやらかしそうな人物もだ。
まさかとは思いつつも、とりあえず校門に向かってみる。校門を抜けたところで、颯輔は頭を抱えたくなった。
そこにいたのは、颯輔よりもいくらか背の小さい金髪の女性だった。
春の陽気から夏の熱気に変わり始めた季節だというのに、その服装は何故かベージュ色のオーバーコート。サングラスとマスクを装備して顔を隠してはいるが、その女性は明らかにシャマルだった。
黙って立っていればシャマルの美貌も相まってトップモデルのようにも見えるのだが、如何せん、季節を無視し、なおかつ、『私、不審者です』と自己主張している服装と、周囲からの奇異の視線にアタフタとした態度が色々と台無しにしている。
何か間違えたかしら、といった不安げな様子を醸し出していたシャマルは、やっと学校から出てきた颯輔を見つけて安堵の溜息を吐き出し、マスクをずらした。
「主颯輔っ、お待ちしておりましたっ!」
周りで様子を窺っていた生徒達にも聞こえる程度には大きなシャマルの声に、時間が停止する。もちろん、魔法を使ったわけでもないし本当に時間が停止したわけでもないのだが、ヒソヒソとした話し声がピタリと止んだ有様は、あたかも時間が停止したようである。空気が凍りついた、と言った方が正確かもしれない。原因は言わずもがな、素に戻ってしまったシャマルの呼び方だった。
「……あるじって……え?」
美由希の声に、止まっていた時間が動き出す。しかし、空気は凍りついたままだ。
「主って、ご主人様ってことだよな……?」、「金髪美女にご主人様と呼ばせている……だと……?」、「やだ、八神君ってそういう趣味だったんだ……」、「もげろ……!」、などなど、いい感じに誤解しているであろう言葉が絶対零度の視線とともに颯輔に降り注ぐ。
今度こそ頭を抱えて蹲りたくなる颯輔だったが、何とかその衝動を抑え込んだ。
多少認識の齟齬があってもだいたいは合っているのだが、その多少が問題なのだ。ここで誤解を解いておかなければ、学校内での颯輔の株は大暴落し、残る高校生活が灰色のものとなってしまうだろう。
颯輔が意を決してシャマルに歩み寄ると、周囲の視線も合わせて追随してくる。颯輔は、それなりの成績をキープしている頭をフル回転させた。
「こ、こら、シャマル。風邪引いて調子が悪いんだから、家で大人しく寝てないとダメじゃないか」
「え? 私、風邪なんて――」
「それから、『主』だの『様』だのつけるのは昔の日本の話だぞ? 現代では名前の後に『さん』とか『君』とかつけるんだ。まだ日本語には慣れてないかもしれないけど、しっかり覚えような」
シャマルのボロを隠すように言葉を重ね、目で必死に訴えかける颯輔。シャマルは主の目に只ならぬものを感じ、コクコクと頷いた。
ここは話を合わせるべきだ。ヴォルケンリッター参謀の頭脳に雷光が走り、この場に最適な対応を一瞬のうちに弾き出す。
「けほっ、けほっ。すみません、颯輔君。熱も下がったのでお買い物に行こうと思い、通り道でしたから待っていたんですけど……。けほっ、けほっ」
「シャマルはホームステイに来てるんだから、そんなに気を遣わなくてもいいんだぞ。咳だってしてるんだから」
掌を当ててわざとらしい咳をするシャマルの横で、これまたわざとらしく説明のような言葉をかける颯輔。
わざとらしくはあっても一応納得はしたのか、遠目から様子を窺っていた生徒達は徐々に少なくなっていった。
ただでさえ疲れているのに、その疲れが一気に倍になったように感じる颯輔であった。
「えっと……?」
「ああ、ごめんごめん。昨日言ったよね、ホームステイに来てるって。こちらはシャマル。それから、こちらは友達の高町美由希さん」
「いつも颯輔君がお世話になっております」
「いえいえっ、こちらこそお世話になってます」
一人置いてけぼりだった美由希にお互いを紹介すると、二人は軽い挨拶を交わして握手をした。
シャマル達守護騎士は魔導師の可能性がある美由希を警戒していたため、何かあるのでは、と心配していた颯輔だったが、どうやらそれは杞憂に終わったらしい。今日は家で剣の稽古に励むのだという美由希と二、三、話をして別れるに終わった。
その後、シャマルを連れ立って未だに残っている視線から逃げるようにして校門を離れる。
風芽丘の生徒の姿が少なくなった所で、颯輔はようやく押し黙っていた口を開いた。
「こんな所まで来て、いったいどういうつもりだ? 俺、学校に護衛とかは要らないって伝えたつもりだったんだけど……」
「申し訳ありません……主が……颯輔君が心配でしたので……。ですが、颯輔君を待っていたのは本当です」
「……何かあったのか?」
「いえ、問題が発生したというわけではありません。先ほどの少女も調べた所、リンカーコアはありませんでしたから」
「そうか……」
悪戯をした子供を叱るような口調だった颯輔はシャマルの言葉に気を張ったが、美由希が魔導師ではないと知って安堵の息を吐いた。リンカーコアの有無は、握手をしたときにでも調べたのだろう。
「一先ず、颯輔君の学校の安全は確認しましたが、この世界に魔導師がいることに変わりはありません。ですから、私達の騎士甲冑を考えていただきたかったのです。はやてちゃんとシグナム達も、図書館で颯輔君の帰りを待っています」
「騎士甲冑?」
「戦闘時の防護服です。意匠を考えていただければ、あとは自分達で再現いたしますので。この服装も即席で作った騎士甲冑なんですよ?」
クルリと一回りするシャマルだったが、先日購入したワンピースでも着ていれば様になったであろうそれは、やはり、服装が不審者ルックのままであったため、颯輔の溜息を誘発するに止まった。
「話は分かった。けど、その恰好はやめてくれ。怪し過ぎる事この上ないぞ……」
「ええっ、いけませんでしたかっ!?」
「俺はどうしてそこまで自信満々だったのかが聞きたいよ……」
「いえ、あの……はやてちゃんと一緒に見ていたお昼のドラマで、刑事さんがこのような恰好をしていまして……。はやてちゃんも、『変装はあの恰好が定番や』と仰っていましたから……」
「間違っちゃいないけどさ……はぁ……」
だんだんと頭痛がしてきたように感じた颯輔は、眉間を揉み解しながら溜息を吐いた。昨日から急激に回数を増した溜息である。おそらく、颯輔の幸福の貯蔵は底を突いているだろう。
颯輔の様子に自分の失態を理解したのか、シャマルは周囲に人気がないことを確認すると、簡易設定していた騎士服を解除して普段着へと服装を戻した。白のフレアスカートに黒いシャツ、その上に緑のサマーカーディガンを重ねた装いだ。
ちなみに、今度はマスクもサングラスもしていない。
「これでよろしいでしょうか……?」
「ああ、問題ないと思うよ。……それから、あの恰好はもう禁止ね。警察に通報されてもおかしくないから」
「はい……」
しょんぼりとするシャマルには悪いが、ここは反省してもらわなければならない。
実際、いつ通報されてもおかしくはなかったのだ。颯輔が遅れていたら、もっと大事に発展していただろう。
もう一度シャマルに日本の常識を教えつつ、颯輔は図書館へと向かうのだった。
◇
風芽丘図書館にて合流を果たした八神家一行は、大通りの一角にある玩具店を訪れていた。玩具を買うためではなく、それを参考にしてシグナム達守護騎士の騎士甲冑の意匠を考えるためである。
騎士甲冑と言っても魔力で生成するため、言葉通りに甲冑である必要はない。主二人にも守護騎士達を戦わせる気はなかったため、ならば騎士らしい服を、というはやての案によって、玩具を参考にしようとなったわけだ。
「おお、懐かしいなぁ」
ふと足を止めた颯輔が手に取ったのは、変身ヒーローモノのフィギュア。小さい頃はテレビに釘付けになって観ていたものだ。
見た目は大分ハイカラになってはいるが、同系統のヒーローで間違いないだろう。多少はデザインの変更があっても、腰にベルトを装着しているのは未だにシリーズ一貫しての設定らしい。
「お兄。ザフィーラはともかく、シグナムらにそれはないわぁ……」
「主……」
「いやいや、流石にこれを騎士甲冑にしようとかは考えてないからな?」
『それにするの?』、と怪訝な目を向けてくるはやてに否定で返し、颯輔はフィギュアを棚に戻した。
心なしか、はやての車椅子を押しているシグナムが安堵を息を漏らしたように見える。
「女の子やったら、やっぱ魔法少女やろ」
通路を進んだはやてが目をつけたのは、フリフリとしたドレスを身に纏った魔法少女のフィギュア。どういうわけか、銃やら剣やら槍などの武器を装備している。
最近の魔法少女は、とうとう武装するようになってしまったらしい。もっとも、守護騎士であるシグナムの武装は剣、ヴィータにいたってはハンマーなのだが。
「待て待て、ヴィータはともかくだな、その……」
「あー、そやね……」
「え?」
言葉を濁しても通じたらしく、はやてはシグナムとシャマルに目線を送ってからそっと逸らした。
気のせいでなければ、シャマルは名残惜しそうに魔法少女のフィギュアに視線を送っている。
それを気のせいということにして、一行はさらに歩を進めた。
「うわぁ、こんな鎧もあるんかぁ……」
「こっちはちょっと、マニアックなコーナーだな……」
進んだ先にあったのは、深夜枠アニメのキャラクターであろうフィギュアのコーナー。大きなお友達御用達のコーナーである。
先ほどまでの簡素なプラスチック製ではなく、精巧に作り上げられたそれらはその完成度に比例して値段が桁違いだ。
はやてが見つけたのは、見た目重視で鎧の役目など明らかに果たせていないであろう際どい装備をした、女戦士のフィギュアだった。所謂、ビキニアーマーである。
凛々しい顔つきで剣を構えてはいるが、着ているのは水着のような鎧で、肌色がほとんどだ。
ふむふむ、と何かを想像したはやては、少し意地悪な笑みを浮かべて後ろを振り返った。
「シグナム、こんなんはどうや?」
「こ、こちらですか……?」
「そや。シグナムはスタイルええし、こういうの似合うと思うんやけど」
「は、はぁ、主はやてが、そう仰るのならば……」
ゴニョゴニョと、最後の方はもはや言葉になっていないシグナム。口では肯定しているが、その表情を見れば拒否しているのが丸わかりである。凛々しい顔つきはどこへやら、今は耳まで真っ赤にしているのだから。
「はやて、からかい過ぎだ。シグナムは本気だと思ってるぞ?」
「はーい。ふふっ、冗談や、シグナム。真っ赤になって、かわええところもあるんやね」
「ぅ、ぁ、いえ、その……」
「ふふふ。でもでも、お兄も実は見てみたかったりして?」
これまた悪戯を思い付いたはやてが、今度は颯輔をターゲットにするが……。
「ザフィーラはどういうのがいいんだ? 希望とかある?」
「特には。主にお任せします」
「よし。じゃあこっちに行ってみるか」
「はい」
次の矛先を予想していた颯輔は、わざとらしくザフィーラに話題を振り、いそいそと逃げ出してしまっていた。
実の所、この一角に踏み込んだあたりから離脱する機会を窺っていた颯輔である。妹の思考パターンを理解しているあたり、流石は兄といったところか。
「むぅ、いけずなお兄やな」
「恥ずかしかったのでは? 少しお顔が赤かったようですし、想像してしまったのかもしれませんね」
「おいシャマル、何を言うかっ!」
「こらこらシグナム、ケンカはあかんよ。お兄はお年頃なんやし、シャマルは何も失礼なこと言うとらんよ」
「……はい」
「ほな、また色々見て回ろか。……そういえば、ヴィータはどこ行ったん?」
笑顔でシグナムを諌めたはやてが次に進もうとしたが、そこで、ヴィータの姿が見えないことに気が付いた。入店した時は確かに一緒にいたはずだが、思い返してみれば、先ほどからヴィータの声を聞いていない気がする。
進んだ通路を引き返してみると、出入口のすぐ傍にあったぬいぐるみコーナーにその姿があった。ヴィータは少々頬を赤く染めて、棚の奥に視線を注いでいる。
「ヴィータちゃん?」
「うわぁっ!?」
シャマルが声をかけると、ヴィータは驚き跳ね上がった。
キッ、とシャマルを一睨みし、続き、はやての姿を見つけては、慌ててぷい、と顔を逸らしてしまう。
近づき棚を奥を確認してみると、そこには兎のぬいぐるみがあった。黒い蝶ネクタイをした、デフォルメされた白兎である。
「ヴィータ。これが欲しいんか?」
「っ…………」
はやての問いには答えなかったヴィータだったが、時折ちらちらとぬいぐるみを見ており、その仕草が『欲しい』と物語っていた。
ヴィータの様子を見てクスリと笑みを漏らしたはやては、車椅子を寄せ、棚からぬいぐるみを手に取る。
「お兄捜してみよか。このくらいなら、お願いしたらきっと買うてもらえるよ」
「……ホント?」
「主はやて、よろしいのですか?」
「ええよ、高い買い物でもないし。それとも、シグナムとシャマルも何か欲しいのあるんかぁ?」
「いえ、そういった意図で言ったのではありません」
「私も大丈夫です。ヴィータちゃんに買ってあげてください」
「そかそか。ほな、お兄捜しに行こか。はい、ヴィータ」
「あ……ありがと、はやて」
「うん」
はやてからぬいぐるみを受っとったヴィータは、それをぎゅっと抱きしめた。
どこが可愛いとはっきりとは言えないが、ヴィータの琴線に触れた一品だ。買ってもらえることが、嬉しくないはずがない。それも、主からのプレゼントだ。長い記憶を振り返ってみても、おそらく、初めてのプレゼントだった。