私の新しい仕事はハンターです   作:abc2148

12 / 37
蜂蜜

ある〜日、森の中、クマさんに、出会った!

 

「クマさんじゃねえよっ!アオアシラだよ、チクショウッ!」

 

頭の中にはどうにも空気を読む事が出来ない致命的な損傷を負った部分があるらしい。いや、前世の記憶かもしれないが。とにかく脳内に呑気な童謡を流してカムイをイラつかせる。怒りに任せて流れた童謡にツッコミを入れるが、そうでもしないと正気を保てそうになかった。

 

振り返れば目線の先には怒り狂ったアオアシラが追ってきていた。その巨体にも関わらず移動速度はカムイよりも圧倒的に速く、何もなければ追い付かれ殺意マシマシの腕の一振りで挽肉になっているはずだった。

 

だがカムイは挽肉にも肉団子にもなっていない。理由はカムイが障害物の多い森の中を走っているからだ。カムイは木の根、岩などを飛び越え、狭い隙間には体ごと突っ込んで無理矢理通る。まだ小さい子供の体はこの場面では最適の大きさだ。その反面、アオアシラの巨体は障害物があればあるほどその足は遅くなる。加えて直線ではなく右へ左へとジグザグに走っているのもカムイの助けになっている。カムイの体であれば曲がるのは大した事はないが、見上げる程の巨体であるアオアシラには曲がるのは一苦労である。速度を持った大質量の物体が曲がろうとすれば制動に使われる体力はどれほどのものか。

 

それでも相手はモンスターだ。障害物があれば自慢の棘付きの腕を振るって吹き飛ばす。自力で曲がれないなら自ら大木にぶつかり止まって追いかける。その度に道無き森の中にモンスター謹製の新たな道が出来る有様だ。特に吹き飛ばされた障害物の破片が散弾のようにカムイを襲うが射線上に立たない様にして回避している。

 

アオアシラに追いつかれないように森の中を必死の形相でカムイは走る。時に走り、時には跳び、狭い隙間があれば滑り込むようにして通る。そのせいで服は土で汚れ、流れ出た大量の汗も加わり泥だらけになった。非常に不愉快であるが、そんなことを気にしている余裕はカムイには無かった。

 

逃げるカムイに追うアオアシラ。世にも危険な鬼ごっこが始まってどれほどの時間が経ったことか。そもそも何故こんな鬼ごっこをしているのか。全ての始まりは持ち帰った蜂蜜が原因だった。

 

 

 

 

 

ーーアオアシラは四肢の鋭い爪が印象的なモンスター。発達した前脚を器用に使い、好物のハチミツを採取したり、河原で魚を捕ったりする習性が確認されている。時に食料を求めて、人里の近くに姿を見せることが多く報告されているため注意されたしーー

 

古い巻物にはそう記されていた。そもそも巻物自体を誰が書いたのか、書かれていることは信用できるか等の問題はあるが参考程度にと読み込む。

 

カムイがいるのは村長の家の書庫だ。ここには古い巻物や書物が保管されており、そこにはモンスターに関しての情報も含まれていた。そのためハンターとなったカムイは狩りに必要な情報を求めて度々訪れていた。今回も先日発見した熊に関する情報を求めて書庫に訪れていた。そして分かったのは熊の名前がアオアシラ、雑食で蜂蜜好きという情報くらいで大したものではなかった。

 

因みにそこには蜂蜜で頭が溶けたカムイはおらず、理性を持った瞳で巻物を見ていた。なんてことは無い、村に帰る途中で冷静さを取り戻しただけのことだった。

 

だが理性を取り戻したカムイは早速頭を悩ませることになった。集めてしまった蜂蜜の存在だ。自分でさえあれだけ錯乱したのだ、村人たちの反応を考えるだけで頭が痛い。かといって苦労して集めたものを捨てるのはもったいない。

 

どうするか小一時間掛けて悩み出した結論は隠すというものだった。または問題の先送りとも言う。目立たずに使う用途が全く浮かばなかったのだ。

 

その日は家に帰って蜂蜜を隠し、依頼の成果をケンジに渡すと家に帰って寝た。明日になればいい考えでも浮かんでくるだろうと無責任に考えながら。

 

しかし翌日になってもいい考えは浮かばず、悩みの種の蜂蜜を忘れるように村長の家の書庫で情報収取に努めた。

 

それがいけなかった、そうしてカムイはそうとも知らずに騒動の引き金を引いてしまった。

 

情報収集を終えて家に帰ればそこには正座した状態のカヤとアヤメがいた。その二人の目の前にはどこかで見たような形の小瓶が一つだけ置いてあった。

 

「おい!それは……」

 

哀れカムイ、ここで逃げればよいものを問いかけてしまうとは。

 

「カムイ、ここに座って」

 

「兄さん、座ってください」

 

二人の目は座っていた。光も無い濁った眼で見つめられたらカムイは逆らえない、怯えて従うしかない。

 

「アッ、ハイ……」

 

カムイは逃げられない!さぁ、どうする!

 

 

 

 

 

 

「それで、これは、ナニ?」

 

一言ずつ区切って話すアヤメ、話し方と目付きが相まってとても怖い。正直逃げたいとカムイが思うが体は金縛りにあった様で全く動かない。

 

「それは……蜂という虫が作った蜜で、蜂蜜と言います」

 

「ふーん。で、その蜂蜜が隠してあったんだけど、これはどうゆうことカナー?」

 

ーー語尾を延ばさないで下さい、笑って言わないでください、怖すぎて漏らしそうです!

 

そんなことは無いのだがそれほどの恐ろしさがアヤメから感じるのだ。

 

ーーあぁ、背中から角が生えた般若が見える

 

しまいには幻覚が見えるほどカムイが追い詰められる。しかし追い討ちをかけるようにもう一人、今度はカヤが話し始めた。

 

「いや、別に隠していた訳じゃなくて……」

 

「なら何ですか、兄さん。まさか一人で食べようとしていたんじゃ?」

 

今度はカヤだ。アヤメとは違い恐怖は感じない、だが彼女は泣いていた。ポタポタと光の無い目から涙を流す様は下手な恐怖よりも質が悪い。カムイの心が自責でキリキリと締め上げられる。

 

「確かに兄さんに仕事は危険で、下手をすれば死んでしまうかもしれない。だったら少しの贅沢も仕方ないよね、皆で食べるにしても蜂蜜は少ないから仕方ないよね」

 

ーーやめてくれっ!痛い、すっごい心が痛いから辞めて下さい、お願いします!

 

だが二人の話しは止まらない。耳さえ塞ぐ事が出来ないカムイは聞き届けるしかなかった。

 

「いいの、カヤ?」

 

「仕方ないよ、これは頑張った兄さんのご褒美だから」

 

そう言って辛そうに顔を見合わせる二人、それが止めだった。

 

「……いいよ、三人で食べよう」

 

「いいの?」

 

「大丈夫、無くなったらまた採ってくるから」

 

「けど、これは兄さんの……」

 

「一人で食べるより三人で食べた方が美味しいさ」

 

カムイは乾いた笑いを出すしかなかった。

 

笑い合って蜂蜜を食べる三人。その笑顔は外から見る分にはとてもまぶしかった。

 

しかしカムイは気が付かなかった、既に二人の頭は蜂蜜の甘さに蕩けてしまっている事に。そして知らなかった、女の甘いものに対する執念に。

 

だが賽は投げられてしまった。投げるように二人が仕向けたのだが。

 

翌日、狩りから帰ると家の前にはカヤとアヤメと村のチビッ子達がいた。

 

翌々日には村の若い女衆がいた。

 

翌々々日には……

 

「「「「「「蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜蜂蜜!!!!!」」」」」」

 

「イヤーッ!!」

 

カムイに蜂蜜を求める亡者(中毒者)供が群がった。どいつもこいつも蜂蜜の甘さに頭を蕩けさせている。もはや正常な判断が出来る状態ではなかった。涎をを流しながら詰め寄る姿にもしかして自分が持ち帰ったのは蜂蜜ではなく危険な麻薬紛いの物だったのではと不安に駆られるカムイ。しかし思いつくはずもない、これは単に初めて感じる”甘い”という味覚に夢中になっているだけなのだ。

 

……酷い度合いだが。

 

そうして最終的には村長の一喝と蜂蜜については村長預かりとなることで狂騒は一旦の終結を迎える事が出来た。

 

 

 

 

 

「カムイよ、やってしまったな」

 

「本当に申し訳ございません」

 

窮地を救われた者として見事な土下座をするカムイ。流れるようなそれは土下座でありながら美しく立派なものだった。

 

「何、謝るな。むしろ非があるのは私の娘だ。こやつが口を滑らせたのがそもそもの元凶だ」

 

村長の視線の先には縮こまって俯いているアヤメ。戦犯はお前かとカムイが睨むも俯いているので無駄だった。

 

「何か言う事があるのではないか」

 

珍しく村長が厳しい口調で言う。

 

「カムイ、ごめんなさい」

 

「すまんな、これで手打にしてくれ」

 

「構いません、騒動を鎮めてくれただけで十分です」

 

本当にあの狂騒を鎮めてくれただけでもカムイにはありがたかった。

 

「そうか……さて、問題はコレをどうするかだな」

 

村長の視線の先には小瓶に入った残り少ない蜂蜜。扱われ方が危険物そのものだが間違ってはいない。

 

「ちなみに村長は……」

 

「少しだけ舐めた。それだけでコレの危険性は理解できた」

 

やはり村長は只者ではない。理性を保っていられるなどカムイには想像できなかった。

 

「問題は量を確保できるかだが、可能か?」

 

「無理です。この蜂蜜はモンスターのアオアシラの好物でもあります。今までは運よく採集できましたがもう無理でしょう。近場の巣は全てアオアシラが食べました。私は手付かずの物を採っているだけです」

 

「そう「そんな、嘘でしょ!」」

 

悲痛な悲鳴を上げるアヤメ。もう重度の蜂蜜中毒者になってしまい手の打ちようはない。現に蜂蜜が採れないと知った時の顔は死刑宣告を受けた囚人の顔だ。

 

「これっ、アヤメ!カムイがどれほど苦労して採ってきたのか分からないのか!」

 

アヤメも流石に村長の一喝を受ければ渋々引き下がるしかない。

 

「ごめんなさい、お父様、カムイ。でも皆が夢中になってしまう程なの、それがもう手に入らないとなると……」

 

えっ、マジで……

 

「勘弁してくれ、蜂蜜で村が滅ぶなど御先祖様に顔向けできん」

 

呆れなのか、怒りなのか分からない表情で村長は頭を抱える。

 

どうすればよいのか。蜂蜜はアオアシラの好物で殆ど残っておらず、限られた量では村の中毒者達を満足させられない。単純に蜂蜜が足りないのだ。

 

三人がそろって頭を捻るが良い考えは浮かばなかった。

 

「あ~あ、あたし達で蜂蜜が作れたらいいのに」

 

だが、ポツリとアヤメが漏らした一言。その言葉を聞いた瞬間、役立たずの前世の記憶がひょっこりと顔をのぞかせた。

 

「……出来るかも」

 

「何、ほ「本当なのカムイ!」」

 

アヤメはすごい勢いで食いついてきた。胸倉を掴んで血走った目で睨んでくる。とても怖いので辞めて下さい。

 

「近い近い……つまり村で蜂を飼うんです。そうすれば危険を冒さずとも蜂蜜が手に入る……かも?」

 

提案するのは養蜂だ。村で蜂蜜を安定供給できればこの騒動は収まり、村人達の新しい楽しみが生まれることになる。やってみて損はないはずだ。

 

「確信は無いのだな」

 

「はい、おそらく試行錯誤が何度も必要になるかと」

 

前世の記憶に再検索を掛けても出てくるのは概念だけ。ホントに肝心なところで役に立たない記憶だ。

 

「あたしがするわ」

 

アヤメが天に向かって真っ直ぐに手を伸ばす。その目は燃えていた。

 

「もちろん、あたし一人じゃないわよ。村の女衆の力を合わせて必ず成功させるわ」

 

実に恐ろしきは女の甘味に対する執念か、アヤメの背後に燃える炎を幻視できる程だ。

 

「ところでカムイ、何が必要なの」

 

「……蜂が過ごしやすい環境と蜂たちを連れてくる必要があるかと」

 

「分かったわ、住処は任せて!カムイは蜂の方をお願いね!」

 

そう言うなり走り出して消えてしまったアヤメ、代わりに村長を見れば疲れた表情をしていた。

 

「カムイ、苦労を掛けるな……」

 

「いえ、蜂蜜を持ち帰ってしまった私の責任です。だから最後まで付き合いますよ」

 

出来ればこれで騒動が静まってくれることをカムイは願った。

 

 

 

 

 

ここでやっと冒頭の話に戻る

 

「やっと蜂を見つけたと思ったらアオアシラに見つかるとは運がないな、チクショウッ!」

 

この鬼ごっこを始めてから結構な時間が経っている。太陽の位置から考えればかなり時間が過ぎたはずだが。

 

「だがこのまま見逃してはくれないか!」

 

後ろにはアオアシラが追ってきている。最初の頃よりは幾分か速度は落ちたが油断はできない。だが策を考える余裕は得られた。

 

「どうする、考えろ」

 

アオアシラと戦うかーーNO、戦って勝てる可能性はない、そもそもアオアシラに通用する武器や道具がない。

このまま村まで逃げるかーーNO、執念深く追ってきている現状を考えれば村までついてくることは確実。

 

「ホントにどうする!何か考えつけ!」

 

戦う、逃げる以外の第三の選択肢を必死に模索する。何か役立つものはないかと辺り一帯の地形を頭の中で構築する。何か突破口はないか考えるが

 

「そんな都合よくあるわけねーだろ!子供一人でどうにかなるかっ!」

 

足りない、圧倒的に戦力が足りない。何もかもが足りてない。手札は全てクズ、こんな状態では勝負も何もあったものではない。

 

「こんなんで勝、負、できるか……」

 

ーーそうだ、態々アオアシラと勝負する必要はない、他の誰かに任せてしまえばいい。

 

カムイは考え付いた策を頭の中でシミュレーションする。いくつかの修正を繰り返したうえで可能かどうか判断する。

 

ーー結果、可能。

 

そうとなれば実行に移すのみ。事前準備の無いぶっつけ本番の策だがこれ以外に思いつくものはない。

 

カムイは振り返った先にいるアオアシラに向かって言う。

 

「どちらが先に息が上がるか、我慢比べと行こうかアオアシラ」

 

 

 

 

 

 

アオアシラは己以外に蜂蜜を食べる存在がいるとは知らなかった。その存在のせいで最近は好物の蜂蜜が採れない日が続き苛立っていた。

 

だが、とうとう見つけた。あの小さな生き物だ、奴が楽しみにしていた蜂蜜を奪った許しがたい敵だ、捕まえて引き裂かねばこの怒りは収まらない。だが追いつく事が出来ない、奴は小さい体で森の中を走り回る。そこは己にとっては走りにくい場所であり、奴との距離が縮まらない。

 

それ以前にアオアシラは長時間走り続けることは苦手だ。身体の作りが持久走に向いてない、加えて人の様に汗を流すことで体に発生した熱を放熱できない。

 

結果、厚い毛皮と甲殻に覆われた体には熱が溜まる一方、すぐさま冷却が必要だった。

 

奴を見逃すことには耐え難い怒りがある、だが限界だった。

 

アオアシラが追跡を諦め、奴に背を向けようとしたとき何かが当たった。ガツン、と。それは己にとっても無視できない程の痛みだった。

 

足元を見ればぶつかったであろう石が転がっている。投げられた方向を見れば小さな生き物が何かしていた。

 

すると今度は石が顔に当たった。ガツン、と。そして理解した。あの生き物がやったのだと。

 

「ガァァアアアアアアアアアアアッ!」

 

本能に従い奴に向かい走る。限界など知ったことではない!奴を引き裂き、潰し、嚙み砕かねばならない!

 

怒りに飲まれたアオアシラは突き進む、そして開けた場所で奴が止まった。

 

潰す!

 

あの小さな生き物を潰そう怒りに身を任せ突撃する。

 

だがあと一歩のところで奴が消えた。

 

「ガァ?」

 

奴はどこだ、見つける為に首を動かそうとして気付いた。

 

足元に何も感じない、地面がないのだ。

 

何も理解できぬままアオアシラは落ちていった。

 

 

 

 

 

「もうヤダ、絶対にチキンレースはしない!金輪際だ!」

 

そう叫ぶカムイは崖の中腹に宙ぶらりんの状態でいた。その足には縄を絡め、縄の先に結ばれた剣が崖に突き刺さっていた。

 

作戦は単純だ、アオアシラを崖から落とす。

 

その為にアオアシラに投石を行い、怒り狂わせたのだ。そうして最後は崖まで誘導してアオアシラが突撃の勢いのまま崖に自ら飛び込んでくれた。

 

その為に限界までアオアシラを引き付ける必要があった。勿論、失敗すれば死ぬ事は避けられない。だが戦う事も逃げる事も出来ないとなれば、この危険な策しか残らなかった。

 

だが策は成功、そのおかげで緊張が解ける。だが崖の下から呻き声が聞こえてきた。解いた緊張を張り直して下を見ればそこにはアオアシラがいた。

 

「うわ、あの状態でまだ生きているのか……」

 

アオアシラはボロボロだ。自慢の甲殻には両腕共に罅が入り、左後脚に至っては潰れている。内臓も損傷したのだろう、口からは大量の血を流している。

 

瀕死の状態だ、だが、アオアシラの強靭な生命力は瀕死の体を駆動させる。血を吐き激痛が身体を走ろうとも倒れない。恐るべきモンスターの生命力だ。その姿を見れば、もしかしたら瀕死の状態から完治するかもしれない。そう予感させるものがあった。そうなった場合は学習したアオアシラと戦う可能性が出てくる。それは正直に言えば避けたい。

 

だからこそここまで誘導したのだ

 

アオアシラが落ちた先の茂みが震えた。そこからアオアシラに匹敵する巨体が現れたが、その体は細く引き締まっている。

 

「久しぶり。その節は世話になったな」

 

その巨体に続いて小さいが同じような身体つきのモンスターがわらわらと出てくる。

 

「だが、お前の縄張りを荒らしたことは謝る、だからソイツを詫びとして受け取ってくれ」

 

巨体は黙ってカムイを見つめている。まるで話を聞くように。

 

「お前たちとは争いたくない。仲良くやろう、ドスジャギィ」

 

ドスジャギィが黙ってカムイを見つめる。カムイも同じようにドスジャギィを見つめる。人とモンスター、言葉を交わすことは出来ず、意思の疎通は出来るのか分からない。だがこの場においては意思疎通が出来たのかもしれない。カムイから視線を外したドスジャギィは瀕死のアオアシラを見る。アオアシラも状況が分かっているのだろう。瀕死の体に鞭を打ち威嚇をする。だが、所詮は死にぞこない、ドスジャギィ達に勝てる可能性は万に一つもなかった。

 

ドスジャギィが一鳴きする。それが合図だった。そこから先は狩りではなく食事だ。ジャギィが群がり、アオアシラを仰向けに転がす。さらけ出された腹を守る力は既に無くドスジャギィが牙を突き立て食い破った。碌な抵抗も出来ず死に絶えたアオアシラは群がってきたジャギィ達によって腹の中を食い尽くされた。

 

残ったのは骨と皮だけ、最後にドスジャギィはカムイを一睨みした後、群れを率いて森の奥に消えていった。

 

「うわっ、グロい」

 

最初から最後まで捕食を見続けたカムイは改めて確信する。強力な個体のモンスターは恐ろしい、だが集団のモンスターの方が恐ろしいと。

 

「骨と皮は持ち帰らせてもらいますよ」

 

目の前に残ったアオアシラの骨と皮を背負い、村への帰り道を進む。既に周りは夕日によって赤く染まっている。

 

長く続いた鬼ごっこがようやく終わったのだ。走り続けた身体も休息を求めて鈍い痛みを発している。

 

「養蜂、成功するかな。してくれないと困るんだけど」

 

だが残ったもう一つの問題が解決するかはまだ分からなかった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。