森の中を大きな虫が我が物顔で、だが静かに飛ぶ。
此処はランゴスタが支配した森。もともと住んでいた生き物たちは奴らを恐れ離れたか、もしくは食われたのか。草を食む生き物が悉く姿を消した森は植物たちが繁茂していた。
それは草を食むの生き物にとっては魅力的な場所だ。だから危険があると分かってても、もしくは知らずに生き物たちは誘われる。
この場所に一匹だけで来たケルビもそうだ。大きく成長した体はそれ相応の栄養を求めているのだろう。ムシャムシャと草を無心に頬張っていた。だがそんな無防備な姿を見流す奴らではない。
音を立てずに接近するランゴスタ、その数五匹。ゆっくりと近付き、そして自慢の毒針を突き立てた。
突然の身体を襲った痛みにケルビは驚き、逃げ出そうとする。だが五匹ものランゴスタに刺された身体は動かない。五匹によって流し込まれた毒は見事ケルビの自由を奪った。その事を理解しているのかいないのか、ケルビがは必死に身体を動かそうとする。だが毒が気合でどうにかなるはずもない。
震えるしかない憐れな獲物に五匹が近づいていく。最早ケルビに生き残る術はない。ランゴスタが持ち帰れないほど成長した身体はこの場で散々に引き千切られ肉団子にされる。それは最早避けられないーー
「見つけた」
事もないようだ。
ケルビに近付くランゴスタ、そのランゴスタを草むらに隠れて見つめる影が一つ。それはランゴスタが獲物に喰らい付こうとーー翅を畳んでケルビに取り付いた瞬間に飛び出した。
獲物に取り付き、翅を畳んだランゴスタは影に気付きすぐさま飛び立とうとする。しかし影の行動の方が早い。
影ーーカムイはその手に持った武器を振るう。その軌跡に捉えられた二匹が翅を砕かれ地面に堕ちた。だが残りの三匹は二匹を犠牲にする事によって空中に飛びあがった。生き残った三匹のランゴスタはその複眼でカムイを見つめる。
その中の一匹がカムイに向けて攻撃を行う。上空から急降下による攻撃、武器は毒の滴る針だ。
攻撃の速度は速くカムイがいつもの武器、剣で戦おうとすれば不覚を取るだろう。だがカムイは両手に持った武器を振るう。その攻撃をランゴスタは回避ーー
「ハッ!」
出来なかった。プチュと気持ち悪い音を立ててランゴスタは潰れた。そうしてカムイは武器、自身の身長に匹敵する長さのハンマーに着いた残骸を振り払う。
カムイはランゴスタとの戦いに備え新しい武器を求めた。必要なのは長い間合い、ランゴスタの回避速度を超える攻撃を出せる事、長期戦になったとしても常に性能を保ち続けられるものだ。
カムイが考えに考えた結果がハンマーだった。
幼いカムイの身体には重い武器だが振り回していれば関係ない。むしろ上手に振り回して当てればいいのだ。慣れれば剣よりも扱いやすいそれをカムイは気に入っていた。練習と実戦を重ねれば一通りの扱い方は覚えた。
そうして再び武器を両手で構えるがランゴスタは続けて攻撃をしてくることは無い。むしろ残った二匹は分かれそれぞれがカムイの前方と後方に陣取った。
ーー厄介な戦術だ。
それはランゴスタの遺伝子に刻まれたものなのかカムイには分からない。だがこれほど効果的な戦術もないだろう。カムイ単独なら不覚を取っていたかもしれない。
ーー単独なら。
「ヨイチさん!」
「任された!」
そう言って別の草むらから気配を隠していた大人たちが出てきた。その数三人、片手に盾を構え、もう片手には剣ーーではなくそこら辺に落ちている石を握っていた。
「各自投げろ!」
そう言って三人はカムイの後方に陣取ったランゴスタに石を投げる。その攻撃をランゴスタは見事に避け、ヨイチ達の投げる石は早々当たらない。だがランゴスタにしてみれば投石が当たれば致命的な攻撃となる。そのため途切れず行われる投石のせいで回避に集中しなくてはならない。
そうなるとカムイとランゴスタの一騎打ちとなる。直ぐにカムイを攻撃するランゴスタ、それを迎え撃つ形となるカムイ。カムイは敵の攻撃の軌跡を予想し、それに自らが振るう武器の軌跡を重ね合わせる。
「ハッ!」
振るわれたハンマー、その先端部はランゴスタの回避能力を超えた速度を出した。そしてハンマーは甲殻を砕き、内臓を圧し潰し、その先端に込められた力を余すことなく伝えた。
プチュと気持ち悪い音を立てランゴスタの身体が弾けた。それも見届けたカムイは直ぐに振り返り走り出す。狙うは後方に陣取った敵。回避に集中し隙を晒したその翅に向かってハンマーを振りぬいた。
見事、粉々に翅を砕かれたランゴスタは地面に堕ち、しかし往生際悪く足掻き続ける。ジジジと鳴いているが恨み言を言っているのか?
「お疲れさん」
「はい、援護ありがとうございます」
だがカムイには知った事ではない。近付いてきたヨイチ達に指示を出していく
「息がある奴についてはいつも通りでお願いします。私は周辺を警戒するので何かあったら呼んでください」
「了解」「分かった」「ほいさ」
各自が返事をして行動に移るのを見たカムイも周辺の警戒を行う。今ここで追加のランゴスタが来てもすぐに発見できるように身構えるが杞憂だったようだ。森は静かでランゴスタ特有の羽音も聞こえてこない。
「うわっ、ちょっと、助けてくれカムイ!」
だが後ろから助けを呼ぶ声は聞こえた。呼ばれて振り向けば視線の先に残った翅を必死に動かすランゴスタが見えた。
どうやら暴れるせいで手が付けられないようだ。
「大人しくしろ」
そう言ってカムイは暴れるランゴスタに近寄る。片足で身体を抑え、片手に持ったハンマーを翅に押し当て動かなくする。だがジジジとランゴスタは執念深く鳴き、足掻いた。
「うるさい」
そう言ってカムイは残った片手、小手を装備したその手で残っている片翅を掴み、ブチリ、と引きちぎった。そうすると暴れていたのが嘘のようにランゴスタは大人しくなった。
「これで大丈夫でしょう。後は任せてもいいですか?」
「お、おう。任せてくれ」
それを聞いたカムイは周辺の警戒に戻る。その姿をヨイチ達はなんとも言えない気持ちで見つめ、されど手を止めることなく動かしていく。生きているランゴスタを縄で縛り荷車に乗せ、暴れても問題ないように上にボロ布を被せ縄で縛っていく。
「カムイ終わったぞ」
「分かりました」
そうしてカムイに作業が終わったと伝え荷車は動き出した。カムイも荷車の後を追う。
その時ふと食われる寸前まで追い詰められたケルビを思い出した。倒れていた場所を見ればそこには姿はなく、血糊等もなかった。どうやら上手く逃げられたのだろう。
「次から気をつけろよ」
聞こえない事は分かってはいた、だがそうカムイは呟いた。
◆
ランゴスタ対策は一人の手に負えるものではない。そう結論を出した
カムイは村長に相談し応援を頼んだ。
だが初めて村長がカムイの考えに難色を示した
「すまんが人手は出せん」
「何故ですか」
理由を聞けば村長は話してくれた。
「確かにカムイの懸念もわかる。だがそれは今すぐ対処すべき事でもないのだろう」
カムイの抱える懸念は理解できる。ハンターであるカムイがこれほどの危機を持っているのだ、ランゴスタと呼ばれるモンスターは恐ろしい存在なのだろう。
だが今すぐ対処する必要は考えられない。確かにランゴスタが村を襲う可能性はある。しかしそれは今日でも明日でもない。将来にもしかしたら、なのだ。
ならば村長は村の拡張に人手を割きたい。
「そうですが……」
「ランゴスタの巣は村から離れている、そしてその活動範囲が村まで来るのには少なくない時間がかかるのだろう」
カムイが話してくれた予想、村の誰よりもモンスターに詳しいカムイの考えなら信用できる。それも村長が拡張を優先する理由になっている。
「確証はありません」
「確かにそうかもしれん。だがカムイのモンスターに関する予想は信用できる。そうであるなら余裕があるうちは村の拡張の方に人手を割きたい」
ここで立場の違いによる優先順位の違いが現れた。村長は差し迫った危険でなければ村の拡張を優先したい、カムイは将来の危機となりうるランゴスタを一刻も早く排除したい。
立場の違いによる考え方の差異は如何ともし難い。
「むぅ……」
村長の考えも一理あり、カムイの考えにも悲観的な要素が多分に含まれている事も事実。これはどちらが正しい間違っているではない。どちらの意見を押し通すかの問題だ。
ーー折れるべきか折らざるべきか
頭を捻って何か良い案はないかと考える。
「……ならば調査のための人手をお貸しください」
そうしてカムイが出したのは両者の意見を考慮しての折衷案だ。
「調査か」
「はい、確かに私達の考えにどれも確証はありません。ですから最低限の備えとしてランゴスタの調査です」
憶測ではなく確かな情報を集める。そうすれば何かがあった時も対処法を考案しやすいだろう。
「それに加えて事前に訓練も行います。これでもしランゴスタが村を襲った時に即座に対応出来ると考えます」
加えてカムイの指揮下でモンスターに対する訓練を行う。初見で対峙する必要が無くなる事は無視できない利点のはず。そうカムイは考える。
調査に訓練、それならば村長としても断る理由はない。
「それならば貸そう。ただし内密に進めたい、そう多くは割けないぞ」
ここまで盛り上がった空気を冷ましたくない。そのためには貸出す人手を少なくし情報が漏れる可能性を少しでも減らす。
たかが空気されど空気、再びここまで盛り上げようとすれば途方も無い時間が必要になる。
「ありがとうございます。それとケンジさんにも協力していただきたいのですがよろしいですか」
「期間は?」
「計画が稼働するまで」
「ならばよし。他には」
「はい、まず……」
こうして村長から人員を借りたカムイはランゴスタ対策に乗り出した。
◆
荷車を引いてカムイ達は向かったのは村の入り口から離れた場所にある空き地。そこは以前から木が生えることもなく草の生い茂った地面がそこそこ広がっているだけの場所だった。
だが今や、その場所には大きな穴が幾つも掘られていた。数は10個、穴は大人が入っても余りある大きさと深さ。加えて穴には草で作った蓋が置かれていた。
そしてその穴の中の一つをケンジが覗いていた。カムイも覗けば蓋を開いた穴の底には翅をもがれたランゴスタがいた。だがよく見ればその個体はピクピクと僅かに痙攣するだけ、生きている様だがもう長くはないだろう。
他の穴も確認のため覗けば生きている個体もいれば死んだ個体もいた。その中で死んだ個体は穴から出して新しい個体、生きているランゴスタを補充していく。そうして一通りの作業が終わってからカムイはケンジに話しかけた。
「ケンジさん、首尾はどうですか」
「わっ!」
声をかけてこの驚き様、かなり集中していたようで近付かれた事にも気が付かなかった様だ。
「なんだカムイ君か、驚かさないでくれよ」
「すみません。それで結果はどうですか?」
再び尋ねれば顔を引き締めケンジは得られた結果をカムイに伝える。その目は真剣だ。
「そうだね4番がいいかもしれない」
「それ以外は」
「1、2、3番は弱すぎて駄目、でも虫除け位にはなるかな。5、6、7、9、10番はしっかり機能したけど材料を考えるとお勧めできないかな」
「8番は?」
「効果はすごいよ、一瞬であの世行きだよ」
ケンジは得られた今回の実験結果を嬉しそうに話す。
そう此処ではランゴスタを使っての殺虫剤ーー毒の実験が行われている。目的は対ランゴスタ用の毒の開発、これをカムイが計画を立て進めている。
勿論唯の毒ではなく、目指しているのは扱いやすく、効果に優れ、量産に優れ、万が一事故が起こっても対応できるもの。
そんな毒を完成させるために此処で日夜実験を繰り返していた。
「分かりました、まだ実験材料は必要ですか?」
「そうだね、4番を基本としたものをいくつか作ってみたから後10匹位かな」
そしてケンジはこの計画に欠かせない人物、その知識を生かして毒の調合から解毒薬まで担っている。
「4番と言えば毒テングダケですか」
「うん、あれを使ったものがカムイ君が求めるものに近いかな」
そうして数多くの実験を経て漸く実用的な毒が完成しようとしていた。
「そうですか、分かりました。解毒剤の方は?」
「並行して作っているよ。効果も実験済みだ」
「分かりました。では残りの材料を持ち込み次第実験は完了として切り上げます」
目的の物は出来た。期間内に終わることが出来そうだとカムイは安堵した。
「えっ、辞めちゃうの?」
だがケンジにとっては青天の霹靂だったようだ。声に驚いてケンジを見れば悲しそうに顔を歪めていた。
嫌な予感がカムイを襲う。
「……始めは結構嫌がっていましたよね?」
「あぁ、うん。確かに最初は気持ち悪いし、怖かったけどカムイ君がちゃんと処置したものを送ってくれるから」
それはカムイとしても当然の行動だ。万が一にケンジが死ぬような可能性は極力排除しなければならない。村に彼の代わりとなる人はいないのだから。
「それと、正直楽しくなってきちゃって。ほら、今までこんなこと経験した事なかったからさ!」
なやにら不穏な事を言うケンジ。どうやら開けてはいけない扉を開いたようでカムイは頭を抱えた。
だがもう遅かった。
「……分かりました。ですが十匹補充出来たら切り上げます。これは譲れません」
「分かったよ……でもまた同じ様な事をする時は呼んでよ」
「分かってますよ」
そうして名残惜しそうにケンジは村へ帰った。その姿を見ていると今度はヨイチが何やら難しい顔をして近付いてきたではないか。その姿にカムイは再び嫌な予感を感じる。
「カムイ君」
「何ですかヨイチさん」
「実はヨタロウがどうやってか嗅ぎつけてね、仲間に入れろと言ってるんだ」
嫌な予感は再び当たったようだ。新たな問題に頭を抱えるカムイ。
「ヨタロウさん……」
村の鍜治場を預かるヨタロウは好奇心旺盛だ。そんな人がこの計画を知ったら首を突っ込むのは分かっていた。だがヨタロウは口は軽く、この計画を他の村人達に話す可能性がある。だからこそ秘密にしていたのだが。
「そこに積みあがった死体を流して如何にか黙らせてください」
カムイの指先が指した先を見ればそこには実験で出たランゴスタの死体、その数は優に百匹は超えるそれが積み上がっていた。カムイの考えは死体が持つ素材をヨタロウに渡すこと。そうすれば当分の間はランゴスタの甲殻や毒針を引き剥がして夢中で遊ぶだろう。
「いいのかい?」
「口止め料です。内密にしないと村長との約束を果たせませんから」
「分かった、任せてくれ。あと一ついいか」
だがヨイチは死体の山を見続けながら話を続ける。
「俺達でこれだけのランゴスタを狩ったから巣は無視していいんじゃないか?」
これはヨイチだけじゃない。カムイの協力者達が共通して考えている事だ。確かにランゴスタの脅威はカムイに付き従うことで理解できた。だからこそ思うのだ。
ーーこれだけ間引いたから、もう大丈夫ではないか。
「ダメです」
だがカムイは即座に否定する。
「確かに多くのランゴスタを狩れました。ですが奴らの活動範囲が縮小した形跡は無い。おそらく巣にはまだ多くの数が控えていると思います」
カムイ達が行っているのはゲリラ戦、巣から離れたランゴスタを狩って戦力を少しづつ削っているだけだ。この戦法で巣に居る全てを狩り尽くせるとは到底考えられない。
「勿論、無駄ではなく全体で見れば被害を与えたでしょう。ですが削るよりも増える早さが勝っている可能性もあります」
加えて相手は虫だ。卵を産めば産むだけ簡単に数を増やせる可能性がある。
「何があったとしても巣の方には一回は当たってみないといけません」
だからこそ一回は巣を調査しなくてはならない。奴らの生態系を確認する必要がある。
「う~ん、俺もいかなきゃダメ?」
カムイの考えを理解はしているのだろう。だが露骨に嫌な顔して行きたくないと訴えるヨイチ。
「お願いします、ヨイチさん」
だからカムイは笑顔で返答した。
無論これも調査の一環、ここまで来てヨイチ達を逃がす訳が無い。