私の新しい仕事はハンターです   作:abc2148

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甘すぎる考え

「兄さん、この肉美味しい! 何処で獲ってきたの?」

 

「村の周りで何かないか探していたら野鳥を見つけてな。かなりの大物でな、ほんと運が良かったよ」

 

食べながら答えるが反応がなかった。気になってお椀から目を離してみる、すると目の前にはジャギィで作った雑煮を一心不乱に食べるカヤの姿があった。その姿は鬼気迫ったもので空腹の度合いがよく分かる。おそらく自分から尋ねた事は覚えていないだろう。思えばカムイが雑煮を作り始めた時から側から離れず血走った目で調理中を黙って見つめられるのはとても恐ろしかった。

 

だが安心はできない。持って帰った肉の残りは少なく持って明日まで。いずれにせよ再び森の奥に行かなくてはならない。

 

しかし、悪いことばかりではない。ジャギィに見つかった所にはまだ多くの食料、山菜やキノコなどが沢山あったのだ。あれだけあれば冬は越せる。命を懸ける必要はない。

 

たしかに肉は美味かった。もう一度食べたい思いもある。だが、あれはジャギィが間抜けだったから狩れたのだ。おまけに群れからはぐれて一匹だった。次も同じような間抜けが来るとは限らない。いや、絶対ないだろう。奴らは基本群れで行動する。次会うとすれば群れで狩られるのは俺だ。そうなったら食われる未来しかない。そんなのはごめんだ。カヤを残して死ねるか。

 

「あ〜、美味しかった! 兄さん、ご馳走さまでした」

 

「そいつは良かった」

 

見れば鍋の中は空。カムイが食べた量を考えるとカヤが半分以上食べたことになる。恐るべき食欲だ。

 

「ねぇ、明日もこれ食べれる?」

 

「それは無理だ。聞いてなかったと思うが、本当に運が良かったから獲れたんだよ」

 

「そっか……。ごめんね、わがまま言って」

 

「気にするな」

 

そう言いつつカヤを見れば先に目につくのは身体の細さだろう。栄養が足りないため頰が痩け血色も悪い。この村でも酷い方だ。だからこそ今回の雑炊はご馳走なのだ。それをもっと食べたいと言っても怒る気にはならない。

 

「うん……それじゃもう寝るね。動くとお腹また減っちゃうから。お休み」

 

「あぁ、お休み」

 

そう言ってカヤは横になって眠りに入る。その姿を見て眠気がカムイに襲ってきた。ジャギィとの命がけのやり取りもあるだろう身体が休息を求めていた。

 

「俺も寝るか、片付けは朝でいいや」

 

そう言ってカヤと同じように横になる。毛布や布団なんて便利なものはなく藁を下に敷いた上に布一枚を被る粗末なもの。それでも寝床に変わりはなく、身体は眠りに落ちようとしていた。

 

ーー毛皮があれば寒い思いをさせないで済むのになぁ。

 

「ねぇ、兄さん」

 

そんな事を考えていると眠れないのかカヤが話しかけてきた。

 

「なんだ」

 

「朝、急にいなくなった。あれはもうやめて。怖かった」

 

朝、何も言わずに出て行った事か。ごめん。

 

「ごめん、心配かけた。もうやらないから安心してくれ」

 

「本当? 約束できる?」

 

「あぁ、約束するよ」

 

「分かった、お休み」

 

ーーすまなかった。そうだよな、たった二人の家族なんだよな。いきなり居なくなったらそれは怖いよな。

 

自分の軽率な行動がカヤに怖い思いをさせてしまった。その事に気付かなかった自分のなんと愚かな事か。

 

だがらこそ自分に言い聞かせる。危険な事はもうしない、死ぬような目にも合わない、決してカヤを一人にはしないと。

 

ーーだから安心してくれ。

 

そうして心に決め眠りについた。

 

 

 

 

朝は身体に伝わってくる冬の肌寒さで目を覚ました。残りの肉を使い簡単な朝食を作ってカヤと一緒に食べる。その後は、再度森に向かう為の準備を整える。昨日の使ったナイフは研いで万全の状態にし、さらに予備として同じ物を一本持っていく。菅笠と蓑を纏い、新しい籠を背負う。今度はカヤに見送られての出発だ。

 

森に向かう事に恐怖はあるが昨日程ではない。ジャギィに出会わなければ危険はそれ程ないのだ。だからカムイは呑気に構えていた。籠一杯に食料を入れて持ち帰れば終わりだと。

 

「ふざけるな……」

 

だがその考えは甘かった、甘すぎた。

 

「ふざけんな」

 

ーーそうだ、そうだよな。人間が食べれるんだ。モンスターが食べない訳がないよなぁ。

 

「ふざけんじゃねー!!」

カムイの目指していた場所、そこには目的の食料は無い。あったのはモンスターに食い散らされた残骸だけだ。

 

目の前に広がる光景。それを見て無意識に抱いていた自分の甘さに反吐が出る。

 

もしかしたら、と周りを探しても食料は見つからない。物の見事に食い尽くされていた。

 

「どいつだ!食いやがったのは何処のどいつだ!」

 

口からでるのは呪詛ばかり。だが茹だった頭でも分かる事はある。

 

ーーこれでは二人で冬を乗り越えることはできない、生き残れない。

 

残りの食料で何度も試算しても変わらない。残酷な事実に心が折れそうになる。

 

そんな時に音を拾った。森の木々のざわめきの音や虫の鳴き声とは別の音は森の奥から来ている。

 

道なき道を歩いて音の発生源に向かう。そうして暫く歩き続けていると窪地が見えてきた。音は窪地の底から聞こえる。念のために地面に伏せ窪地を覗き込めば奴らがいた。

 

いや、最初から分かってはいた。何故ならあの音、鳴き声は昨日散々聞いたのだから。

 

そこにいたのはジャギィの群れ、見える範囲で10匹はいる群だ。その群れの中には肉を食われ骨となったケルビがいた。そして今まさに仕留めたもう一匹のケルビをジャギィ共が食べていた。

 

そして理解した、視線は今も美味しそうにジャギィに貪られているケルビに向ける。あそこの食料を食い散らかしたのはコイツらだ。奴らは草食モンスターだ。ケルビの群れがあそこにあった食料を食い尽くし今度は逆に貪られているときた。

 

ーーやってられない。ケルビに食料を食われ、そのケルビはジャギィに食われている。人はケルビ以下か?

 

そう考えると笑えてくる。いや笑っているのだろう。身体が震えているのが分かる。短くない時間声を潜めて笑ってしまった。

 

笑い終われば次に胸に到来するのは諦めか。

 

「ふざけるな」

 

いや違う。そんなものではない。

 

「弱肉強食、上等だ」

 

胸を焦がすこの想い。これは怒りだ。

 

「食われるのは俺じゃない」

 

この理不尽な、不条理な世界に対してのやり場のない怒りだ。

 

「俺がお前らを喰うんだ」

 

そして己に向けた決意表明だ。

 

 

 

 

決意を固めたなら話は早い、現状分かっているのは周辺の木の実などの食料はケルビに食い尽くされた。これは恐らく外れてはいまい。そして別の場所に移動しようとしたケルビはジャギィに襲われた。

 

ならば付近にいるのは憎たらしいジャギィのみ。情報が殆ど無い今はそう仮定する。

 

此処ではない別の場所に行って食料を探す事は可能か?

 

出来ない。今の装備、身体の状態を鑑みて此処迄が今現在の活動限界。これ以上遠くに行く事は出来ない。

 

ならばやる事は簡単、ジャギィを狩って冬を越す。それしか無い。この付近で見かけたモンスターは食われているケルビを除けばジャギィだけ。

 

言うは易し行うは難し。だがそれしか無い。それしか思いつかない。

 

手段はどうする?正面からいくか?

 

論外。この痩せ細った腕を見よ、手に持つナイフを見よ。これで狩れるか、逆に狩られるわ。だまし討ちだろうと戦い自体が成り立たない。それ程の力の差がある。

 

ならば取れる手段は少ないがやるしか無い。やるぞ。

 

 

 

 

三匹のジャギィがいた。彼らは運が悪かった。別れていた仲間はケルビを狩りその腹を満たした。だが、彼らは獲物を狩れなかった。お零れに預かろうとしても残っているのは骨だけ。故に飢えていた。三匹のジャギィは森の中を連れ立って彷徨う。獲物を探し出し飢えを満たす為に。

 

そんな彼らの前に待ち望んでいた獲物が現れた。遠いが全力で走れば直ぐに捕まえる事が出来る距離にいる。そいつは爪も牙もない弱そうな獲物だ。いや、弱い獲物だ。此方を見た瞬間に走って逃げている。

 

逃がさない。

 

獲物は大きくもないが小さくもない。三匹の腹を満たす量には足りないだろう。

 

俺のだ!おれのだ!オレノダ!

 

三匹は協力し合いながらも我先にと駆ける。この世は弱肉強食、それは仲間にも当て嵌まる。横並びになりながら、少しでも出し抜こうと必死に駆ける。獲物は早い者勝ちなのだ。

 

だが彼らは運が悪かった。追いかけている動物はケルビの様にただ逃げるだけの動物ではない。

 

一匹目のジャギィが突然転けた。全力で駆けた勢いのまま頭を地面にぶつけ気絶している。足元には草を結んで作った輪っかがあり、それに脚を持っていかれたのだろう。

 

二匹目のジャギィは首に蔓が引っかかった。先頭を走る仲間は蔓を屈んで避けたが、仲間の身体が蔓を隠し彼は目の前に現れたそれを避けれなかった。蔓によって走った勢いが首の一点に集中し二匹目は首を折った。即死である。

 

三匹目のジャギィは逆さまに吊り上げられた。獲物に追い付き、いざ飛びかかろうとしたら足を引っ張られ気が付けば吊り上げられてしまった。森に生えた蔓が脚に絡まっている。森の蔓は太く千切れる事は無いだろう。ジャギィは必死に暴れるが外れることは無かった。

 

そんな三匹にさっきまで追いかけていた動物が近づいてきた。その手に丈夫そうな木の棒を持って。

 

三匹目は死ぬまで木の棒で殴られた。最期には頭が陥没して死んだ。

 

二匹目は既に死んでいる。だが小さなナイフで目を貫き、頭蓋骨を貫き、その先にある脳を貫いた。

 

一匹目は気絶しているところに近くに落ちていた石で死ぬまで殴られた。三匹目より酷く頭を潰され死んだ。

 

彼等は運が悪かった。追いかけていた動物は獲物ではなく彼等を喰らう捕食者だったのだ。

 

 

 

 

 

仕込みは終えた。後は獲物となるジャギィを罠に誘導しトドメを刺す。昨日の無我夢中で走る鬼ごっことは違う。近すぎず遠すぎず。罠に気付かれない様にしなくてはならない。

 

其れは自分の命を懸けたチキンレース。失敗すれば死ぬ。生きた心地はしなかった。最悪の場合、死ぬ様な場合に備えた保険も用意はしていた。事前に見つけ手を加えた避難用の小さな穴。そこに身を潜めてやり過ごす事。単純な方法だが無いよりはマシな筈だ。

 

結果として三匹のジャギィを狩れた。

 

だが素直に喜ぶ事は出来ない。浮かび上がってきた物は自分の考えの甘さ。昨日の間抜けを基準として作戦を立てた自分のお粗末さ。

 

全く違った。大きさも能力も三匹とも想像以上だった。

 

かなり離れた位置にいたのにも関わらず後一歩のとこまで追い詰められた脚力。なかなか死なないタフな生命力。どれもこれも想定外だ。一歩間違えれば狩られたのは俺だった。

 

これがモンスター。これがこの世界を支配する存在。なるほど、ジャギィでこれだ。国も滅ぼしたモンスターなど想像出来ないし想像したくもない。

 

だが考えるのを辞める事は出来ない。俺が、カヤが生きていくにはこのモンスターと関わっていくしかない。此奴らを狩るしか生きる術が無い。

 

ならばやる事は沢山ある。

 

身体を造ろう。こんな痩せた身体では満足に戦うことも出来ない。丈夫で強い身体が必要だ。

 

武器を造ろう。こんな小さなナイフじゃない。奴らを傷つけ殺す事が出来る物が必要だ。

 

防具を造ろう。モンスターの攻撃を受けても傷つかないように身を守る物が必要だ。

 

道具を造ろう。モンスターの目を潰す、耳を潰す、行動を阻害出来る物が必要だ。

 

技術を造ろう。どの様な場合でもモンスターを安全に確実に仕留める術が必要だ。

 

やるべき事は沢山ある。下を向いてる暇など無い。




自分でも何でこんな難易度ルナティックにしたのか分からない

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