私の新しい仕事はハンターです   作:abc2148

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第三章 新人研修並びに業務改善
訓練


走って、跳んで、そしてまた走る。

 

空には雲が浮かび太陽が輝く。森には光が差し込む、その中を小さく幼い子供が走る。

 

平坦な道を、デコボコした道を、倒木の隙間を、道無き道を自らの足で踏み越え、飛び越えていく。

 

ただその足取りは怪しいものだ。疲れているのか、慣れていないのか、もしくは両方か。時に転け、時に足を滑らせる。だが身に纏った防具が小さな身体を怪我から守ってくれている。

 

「も、もうダメ」

 

だが防具が防いでくれるのは怪我のみ。防具を通して伝わる衝撃や積み重なる疲労からは守ってはくれなかった。

 

限界を訴え地面に座り込んだ子供、アヤメは激しく肩で息をしている。その手足は震え、顔からは大粒の汗が流れては地面に落ちていく。慣れない運動、特に防具という重りを装備して走り続けたアヤメの身体は悲鳴を上げていた。

 

「あと一周したら終わりだ」

 

だが傍に立つ少年、カムイはアヤメの訴えを斬り伏せる。そして無慈悲にも走れと命じるのだ。

 

「カムイ、し、し、死んじゃう」

 

「止まるな、モンスターは待ってくれないぞ。それともバリバリと食べられたいのか?」

 

「か、か、カムイのバカー!」

 

「元気でよろしい。ほれ、あと一周」

 

ハンターであるカムイの言葉に反論出来ないアヤメ。一際大きな声で文句を言うと防具を装備した重い身体で再び走り出す。

 

アヤメがハンターになってから数日。

 

カムイとアヤメの二人は村の外……とはいっても村のすぐ近くで訓練をしていた。幼い子供二人が真面目に訓練に取り込んでいる……のだがそれは他所から見れば何とも微笑ましい光景だった。

 

 

 

 

新たなハンターが増えた事はカムイにとっても嬉しい事だった。出来れば一緒に戦ったことがあるヨイチ達が来てほしかったが、何はともあれ人員が補充されたのだ。さっそく任せられる仕事は何かと高揚した気分で考え始め、そして気付いた。

 

ーーアヤメに出来る事ないじゃん!

 

自ら志願して新しくハンターとなったアヤメ。だがハンターになったといって何かが変わったわけでもない。そして何かが出来るようになったわけでもない。警戒、採集、戦闘……、他にも沢山あるそれらをアヤメは何も知らない。唯の幼い子供でしかないのだ。

 

そしてこれにはヨイチ達も当てはまる。確かにモンスターとの戦闘に限れば通用する。だが狩りの場合はどうだ。例えハンターになったとしてもアヤメと同じように何も知らないのだ。

 

だがそれは仕方がない。知らないなら教えればいいだけの事。だがここでも気付いた。

 

ーー教えてそれを実践できるのか。

 

唯の村娘であったアヤメにハンターとしての知識がない事は当たり前だ。だがハンターは知識があれば出来る仕事でもない。知識と同じように高い身体能力を求めらる。カムイの場合は小さな頃から、そして両親が死んでからはハンターとして活動せざる得なかったので強制的に身体能力は鍛えられた。だがカムイと違いアヤメの身体能力はどうなのか。

 

嫌な予感がカムイを襲う。

 

取り合えずカムイはアヤメの身体能力を知るため試験を行うことにした。内容は防具を身に着けた状態でカムイが指定した道筋に従って森の中を走るという至極簡単なもの。

 

困ったのはいきなり走る事になったアヤメだ。だがカムイがハンターとしての能力を測る為に必要な事だと言えば文句を言わずに承諾してくれた。

 

「走るくらい簡単に出来るわよ」

 

そう言ったアヤメは防具を装備すると走りだした。そして言葉に違わず見事走り切った。その走りをカムイが観察した限りは足取りも悪くはない、身体能力は問題なさそうである。

 

「さぁ出来たわよ」

 

「よく出来た。もう一周行ってみようか」

 

「えっ?」

 

「もう一周行ってみようか」

 

身体能力は問題ない。あとは体力がどのくらいあるのか計る必要がある。観察していた限りでは少しだけ呼吸が荒くなっただけで体力にはまだ余裕があるとカムイは判断。期待を込めた笑顔で言った。

 

ーーもう何回か行けるでしょ。

 

その笑顔に顔を引きつらせながらアヤメは再び走り出した。二周目は問題なかった。三周目も少し遅くなっただけで問題はない。だが四週目は限界なのか途中から歩いてしまった。

 

「か、カムイ……、何回やるの、これ」

 

「走れなくなるまで」

 

結果アヤメは四週目の途中で限界を迎え地面に座り込んでしまった。その結果を、薄々分かっていた事とはいえ改めて知った事でカムイは天を仰いだ。そして自分でも気付かない内に期待していた事にカムイは気付いた。知識は足らずとも一緒に仕事が出来る仲間が出来ると無意識に考えていた。だがそれは夢物語だった。

 

十周、それがカムイが即興で考えたハンターとして必要な体力の目安だ。今回の結果を踏まえれば体力不足はアヤメに限らず大人達全員に当てはまる。何故なら村にいる大人たちは今まで身体を鍛えたことがない者が殆どだからだ。ヨイチ達も多少はマシな程度だろう。

 

そして漸くカムイは理解した。補充された人員が大人だろうが子供だろうがハンターとしては等しく戦力外だと言う事に。正直に言えば村の誰が来てもただの足手纏いでしかないことに。

 

ーーさてこれをどうするか。

 

むやみやたらに人員を補充してもハンターとしては役には立たない。寧ろこの状態で狩りに連れ出せばモンスターに自ら餌になりに行くようなものだ。

 

人員が来ても活かす事が出来ない八方塞がりの現状。何をすればいいのか分からないカムイは頭を捻らせるしかなかった。だが幾らうんうんと頭を捻ろうにも何も出てこなかった。

 

だが結果としてカムイは考えを出す事が出来た。そのきっかけとなったのは久しく顔を出さなかった前世の記憶。それが何か不思議な映像をカムイの頭の中に流してきたのだ。

 

何やら肌の白いおじさんが同じく肌の白い青年達に罵声を浴びせている。歌詞が分からない歌を歌いながら走らせたり、地面を這って移動したり、壁のような障害物を乗り越えている。その中で要領の悪そうな白い小太りの青年には特に厳しい罵声を浴びせていた。そして最後に逞しくなった青年達は燃え盛る炎の中で歌うのだ。

 

その映像を頭の中で見たカムイは閃いた。

 

ーーそうだアヤメを鍛えよう。

 

今の状態で何とか活かそうとするのではない、零からハンターとして鍛え上げるのだ。

 

それまでカムイは取り敢えず一緒に狩りをして色々と教えていく気でいた。だがコレでは例え百人が来てもモノになるのは片手で数えられる程度かもしれない。最悪の場合は事故か何かで死ぬ可能性が高い。何よりこの方法で育つのは余程の天才くらいだろう。教えるだけで鍛えていないからだ。

 

だが知識、技術をある程度まで事前に教え込み、身体能力を鍛えてから狩りに出せばハンターになれる確率は上がる。幸いにもカムイは体調が回復するまで狩りにも行けないのだ。時間の有効活用といえる。

 

こうして鬼教官カムイは生まれた。アヤメが幾ら弱音を吐こうとも手を緩めることは無い。厳しく、だが身体を壊さないよう、そして徐々に負荷を上げアヤメを鍛えていく。

 

決して今までの無茶ぶりのお返しではない……筈である。

 

 

 

 

何もかもが初めてだった。鎧を、防具を身に着けたことも、それを着て走り回った事も、そして身体の奥底から燃え上がるような息苦しさも。それは熱くて苦しくて痛くて、だけどハンターにならなかったら一生知ることは無かった感触。そう此処には初めてが沢山あった。

 

「か、カムイ……、終わったわよ」

 

「お疲れ様、今日はこれくらいにして休んでくれ」

 

「終わったー!」

 

終わりの言葉を聞いた瞬間に身体が重くなったと感じて座り込んでしまった。座ると身体が汚れてしまうがそんなことは気にならない。そうして座り込み後ろに手をついて空を見る。するとそこには村とは違う、崖に囲まれて狭まった空ではない目一杯に広がる青空が飛び込んできた。青く広がる空、これだけでもハンターになってよかったと思う。

 

暫く空を楽しんで見てから目線を降ろす。すると少し離れたところにカムイが杖を片手に立っているのが見える。身体の調子はいくらか戻った様で杖があれば歩き回れるようだ。だけどハンターとして活動するにはまだまだ時間が必要。そこで調子が回復するまで私を鍛えることにしたようで日々カムイの厳しい訓練を受けている。

 

森を走ったり、剣の素振りをしたり、冗談抜きでカムイの訓練は厳しく大人でも耐えきれるのはそう多くいないと思う。でも厳しいだけではない。ちゃんと身体を休ませたり、身体を壊すような事はやらないのだ。そのお陰で少しづつ、本当に少しづつだけど成長していると感じられる。こうして将来には私もハンターになれると実感させてくれるのは凄いと思う。

 

「そういえば村長達との話し合いは決着が一応着いたよ」

 

「どうなったの?」

 

「俺を村の防衛戦力として当てにする方が危ないって伝えた」

 

村長、お父様を含めた村人達との話し合い。カムイが倒れたことで後任のハンターは私がすることで解決したけど村の防衛については解決しなかった。それで目が覚めたカムイは早速話し合いに呼ばれて、そこでカムイは村長達に自分は防衛戦力として適切ではない事を話した。尋ねてみれば詳しく話してくれた。

 

・多数のモンスターに襲われた時はたった一人で出来ることはない。

・常に村にいる訳でないので防衛戦力として扱えない。

・一人で行っているハンターの仕事に加え村の防衛の掛け持ちは出来ない。

・代替出来ない戦力を中心に据える場合、その戦力が消失した時に戦力を立て直すことが困難である。

 

厳しく、だけど的を射た内容。集会所にいた誰もが反論できなかった事が簡単に想像できてしまった。

 

「『ですが村の総意として防衛を担わせるのであれば従いましょう。ただいつの日か私は死にます。それが明日なのか来年かは分かりませんがそれでも宜しいですか?』て言ったら皆が静まり返ったけど」

 

「そんなこと言われたら静まり返るわよ」

 

「まあ、そんなこんなで今のところ村の防衛については柵を強化すること、俺を含まない戦力を作る方向に話は落ちついた」

 

「そうなの。でも戦力の当てはあるの?」

 

「ヨイチさん達を中心にしていく予定。決まった事はそれくらい」

 

問題は山積みだが一気に解決出来るわけでもなく、一つずつ問題を解決していくしかない。それでもカムイが参加したおかげで話が纏まっただけでも良かった。後はこれ以上はカムイが一人では出来ないことを皆が理解して自覚して行動を起こしてくれたらいいんだけど。

 

そうしてカムイと話していると身体も落ち着いてきた。だけど今度は身体が熱すぎることに耐え切れなくなってきた。いつもなら身体は自然と冷えてくれるけど防具のせいで熱いまま。だから涼しくなろうと防具を脱ごうとするけどこれが難しい。紐が沢山あって結び方もきつくしないといけないから解くのに時間がかかる。何とか出来ないかと一人で身体をもじもじさせるけど上手く行かず苦戦することになった。

 

「用を足したかったらそこら辺の茂みでしてくれ」

 

「違う!この防具が脱ぎ難いの!」

 

「何故脱ぐ?」

 

「これ熱が籠って熱いのよ」

 

そうして身体をもぞもぞさせていると勘違いしたカムイが失礼なことを言ってきた。結局カムイに手伝ってもらって何とか防具を脱ぐ事が出来たけど。

 

「あー、涼しい!」

 

身体に溜まった熱が消えていく。見れば体中が汗まみれで髪も汗で張り付いている。おまけに着ているものは全部が汗を吸って身体に張り付いていた。汗を吸った着物は重いし何より気持ち悪い。だけどハンターになったから毎日汗まみれになるのは避けられない。そう考えてげんなりしてしまうのは仕方がないと思う。

 

「カムイは夏でもこれ使うの?」

 

カムイが貸していた防具を見ながら尋ねる。改めて見ればモンスターの皮や甲殻を利用した防具は見るからに頑丈で身体をしっかりと守ってくれるだろう。だけどガチガチに固めたせいで熱が篭り易い。今の季節は夏の初め、今は涼しいから問題ないけどこれからは暑くなる。そうと考えると心配になって聞いてみた。

 

「……ヤバイ、暑さで死ぬわこれ」

 

どうやらカムイも遅まきながら気づいたようだ。冗談でも何でもなく真剣に防具を見つめて考え込んでいる。多分頭の中では防具をどう改良するか一杯なんだろうな。

 

「そうでしょ。熱も籠り易いし脱ぎ辛いし不便じゃないの?」

 

「そうだな、この防具は怪我やモンスターの攻撃から身を守るために頑丈さを優先した試作品だからな。今思えば確かに不便だ」

 

「そうでしょ。それに、その……、用を足すときも不便じゃない?」

 

「……そうだな、確かに不便だ」

 

用を足すにしても男と女には違いがある。特に性器についてがそうだろう。男なら簡単だけど、この防具だとそのあたりも難しいと思う。

 

「熱問題に着脱か……、これは全面的な改良が必要だな。その際にアヤメ用の防具も拵えるか」

 

「えっ、いいの?」

 

さらっととんでもない事をカムイが言ってきた。てっきり防具は自分で用意するものとばかり考えていたから。

 

「いいも何も怪我やモンスターの攻撃から身を守るには防具が必要だ。それに子供用の防具なんて俺の持ってる一つきりだぞ」

 

「そう……、ありがとう」

 

「安心しろタダでやるつもりはない。その分働いてもらうからな」

 

「任せなさい!」

 

材料や手間を考えれば簡単に用意出来ないもの。それも自分専用の物を用意してくれるのはとても嬉しい。だからそれに見合う働きを、今は無理だけど少しずつ積み重ねていこう。

 

「分かった。それじゃ今日はもう解散しよう。汗はしっかり拭いておかないと風邪になるぞ」

 

「分かってるわよ。それにしても訓練はじめてから身体が汗臭くなっちゃった」

 

「水浴びして綺麗にしてるか?」

 

「してるわよ。それでも匂いが中々取れないの」

 

自分の匂いを嗅いでみる、するとうっすらと臭う。これでも小まめに水浴びしてるから匂いはきつくない筈だけど。

 

「臭いか?」

 

カムイは自分の匂いを嗅いでいるが臭いと感じないらしい。

 

「臭わないの?」

 

「正直に言って分からん」

 

もう一回自分の匂いを嗅いでみても分からないとは。もしかしたら鼻が馬鹿になっている可能性がある。

 

「カムイ、正直に答えてね。前回水浴びしたのは何時?」

 

「……多分六日前かな」

 

「それで外から帰って来た時はどうしてるの?」

 

「布で身体を拭くくらい」

 

「ちょっとこっち来て」

 

近付いてきたカムイの匂いを嗅いでみる。

 

「臭い」

 

自分でも驚く位の即答だった。自分の匂いは自覚し辛いけど、もう少し気にしたほうがいいと思う。余りの匂いに鼻を摘まんでしまった。

 

「カムイ臭いわよ。ハンターって汗も凄い掻くから匂いには気を付けないと。これじゃモンスターに嗅ぎ付けられるかもしれないわよ?あと汚いと病気になるわ」

 

「……ぐうの音も出ません」

 

「分かってくれたならいいけど」

 

今までカムイ一人きりだったから気付けなかった。けどこれからは私も一緒なのだ。今後はカムイが気付かなかった事を指摘していかないと、いつまでもおんぶに抱っこされてる訳にはいかない。こういった細かなところで役に立ってみせる。

 

「これは清潔にしないと」

 

「どうするの?」

 

「それは風呂に入って」

 

「……風呂って何?」

 

何やら聞き逃せない言葉が聞こえてきた。"風呂"というカムイしか分からない言葉。女の勘が囁く、問い詰めなさいと。気付けば詰め寄ってカムイが顔を引き攣らせているが構わなかった。

 

「……お、お湯で身体を洗うんだ。その、まぁ、最後に身体をお湯に沈める」

 

「薪は、水はどうするの?」

 

「訓練の一環で薪拾いをして集める。水は井戸から持ってくるから」

 

「身体を沈めるってことは大きな入れ物が必要だけどどうするの?」

 

「一から作るけど」

 

「……カムイ」

 

「……はい、なんでしょう」

 

「私もお風呂、いい?」

 

「分かったから。その代わりしっかり働いてもらうからな」

 

「分かった!」

 

これもハンターになった役得の一つだろう。カムイが考え付いた何かを誰よりも早く体験できるのだから。




(˘ω˘)スヤァ…

フラグは寝ている、まだ起きてはいない。


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