こねこねこねこねこね。
手を、腕を、肩を、身体全体を使って無心にこねていく。こねればこねる程に硬かった物は次第に柔らかくなる。
「カヤ、追加してくれ」
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
ある程度柔らかくなったら追加で足していきこねる。そうして一抱程の大きくなった物をさらにこねていく。
こねこねこねこね。
そうして夢中に捏ねていると足音が聞こえてきた。カムイが作業を止めて顔を上げる。するとアヤメが近付いて来るのが見えた。
「おはよう、アヤメ」
「おはようございます、アヤメさん」
「おはよう、カヤちゃん、カムイ。ところで朝からカムイは何をしてるの?」
挨拶が終わるとアヤメの視線はカムイに、その手元に向けられた。そこにあったのは一抱えはありそうな茶色の物体だ。
「粘土を捏ねてる」
カムイは茶色の物体、粘土をこねていた。
「そう、じゃなくて身体は大丈夫なの?」
「あぁ、そっちか。問題ない、それに固まった身体を解す為にもやってるんだ」
「ならいいけど。それにしても凄いわね。ここにあるの全部作ったの?」
話しながらアヤメはカムイの家の裏手を興味深く見渡す。カムイ達の家の裏手、そこには数多くの皿や壺、作りかけの物から大量の粘土、そして立派な窯があった。
「そうだ。両親が生きていた頃は毎日が忙しくなかったからな。ここで土遊びしながら過ごしたりしていた。今は狩りの無い日に身体を鍛えた後は偶に此処で何か作ってる。それに粘土はそこら辺を掘れば幾らでも手に入るからな」
材料に困ることは無いとカムイが言った。その話を聴きながらアヤメはカムイが作った作品を手に取ったり釜の中を覗いたりしていた。そうして見終わったのは暫く経ってからだ。
「いつから作り始めたの?」
「……覚えてないな。気付けば捏ねてたし」
「因みに家にある皿や壺は全部兄さんのお手製です」
そう言ってカヤが既に出来ている皿をアヤメに渡す。それはカムイが作ったもので、本人にしてみればなんて事は無い作品だ。
ただし渡されたアヤメは違う。普段彼女が使うものは村の中で標準的な物、つまりは茶色で表面がざらざらとした土器。もしくは数は少ないが木製の器を使っていた。
だが渡された皿はそのどれとも違う。皿の表面はつるりとした手触りでざらざらとしていない。おまけに光を反射する程の艶がある。驚いて辺りのある作品を見れば完成している全てが同じような出来だ。
「……カムイ、これかなり出来が良いわよ。何でこれを仕事にしないの?」
素人目のアヤメから見ても此処にある皿や壺の出来は非常にいい。それこそ村一番の作品と言っても差し支えないものだ。だからこそ不思議でならなかった、何故これを仕事にしないのか。
「そうなんだ。けど皿や壺なんて沢山作っても余らすだけだし。何よりこれで腹は膨らまないからな」
だが当の本人は誇る事もなく軽く受け流す。確かに村にある物と比べれば出来は良いがそれだけ。例え仕事にしたとしても小さな村では求められる量もたかが知れている。そして貧しい村の誰が小綺麗な皿や器を得る為に対価を差し出し求めるのか。
そして必要とされなければ対価を得る事は出来ない。
だからこそカムイにしてみればコレは単なる趣味でしかない、それ以上にはならない。
「ごめん」
「いいさ。それに自分の作品を褒められるのは嬉しいからな」
そう言ってカムイは立ち上がり身体を延ばす。ポキポキと体から音を出しながら固まった身体を解していく。
「さて、準備も出来たし湯船を作りますか!」
「どうやって作るの?」
「要は俺達が入れるだけの容れ物を作ればいいだけ、簡単さ」
そうして三人は作業に入る。予め準備していた山の様に積まれた粘土を使って湯舟を作る。大まかな形をカムイが決め、アヤメとカヤがそれに従って粘土を積み上げていく。切って、繋げて、均して、最後にカムイが整えれば湯舟は出来た。
「さて、こんなものか。後は乾かして、最後に焼けば終わりだ」
「あー疲れた。それで今日は終わり?」
「残念、まだ終わらんよ」
「何するんですか兄さん?」
「薪拾いだ」
◆
カムイとアヤメ、二人は薪拾いに村の外に出た。二人の格好は似たようなものでカムイは修理と改良を施した防具を、アヤメはカムイのおさがりを装備している。
アヤメは専用防具がまだ出来ていない事、村からそれほど離れる予定ではない為当分の間はお下がりを装備する事になった。
そうしてカムイはアヤメに実際に持ってきた枯れ木を、水分が抜け切って薪に丁度いい物を見せながら指導を行い経験を積ませてゆく。とはいえ物覚えのいいアヤメは直ぐにコツを掴み難なく薪を集めていく。余裕がありそうなので薪拾いと並行して近くに生えてる植物や木の実、地形も教えていく。
何が食べられる、薬になるのはこの草、此処は危険など。一日では到底伝えきれない程の情報でアヤメの頭はクルクルと回ってしまう。それでも理解はできた。
「食べ物に、薬に。本当に……、外には物が沢山あるのね」
聞くだけでは理解できなかった。実際に見て、触れて、その存在を直に感じ理解したからこそ分かる。此処には薪に薬に食料、村では自給出来ないものが沢山あって、手を少しだけ伸ばせば手に入るのだ。
「でも此処にはモンスターがいて……、悔しいわね」
目の前にあるのに、手が届くのに、だからこそ悔しかった。
されど立ちふさがるモノは巨大で理不尽で、目を曇らせ油断すれば奪われるのは自分の命。ここはモンスターの領域だと声なき声で言い放つのだ。
「しょうがない。多分俺と同じ事は何人も試してきて、それこそ俺が生まれる前にも。でも上手くいかなかった。今の俺は悪運と執念で此処に立っているだけ」
「そうね」
だからこそ此処で途絶えさせる訳にはいかない。だから私はハンターになったのだと改めて自分に言い聞かせる。
「さて、警戒は俺がする。代わりに薪集め頑張ってくれ」
「この辺りは安全だし、カムイがいるから大丈夫じゃないの?」
「それでも警戒するに越したことは無い。あと俺が助けられない時は渡した武器を使ってくれ」
「これね」
そう言ってアヤメは片手に剣を、もう片手には盾を装備していた。それはヨイチ達が装備していたものに比べて一回り小さいが、ついこの前までカムイが使っていたものだ。使われた素材と性能はヨイチ達の物を上回り、何よりアヤメにも扱える代物だった。
「そうだ。でも剣よりも盾を使って身を守ることに専念してくれ。俺がどうにも出来ない時点で危険すぎるからな」
そう言ってカムイは腰に下げた三振りの剣、長剣とも呼べそうな武器を手で叩いた。
「その剣は?」
「あぁ、ランゴスタの翅を剣の形にしたものだ。と言っても試作品止まりだがな」
「モンスターの翅を武器にしてるの、なんで?」
「簡単に言えば俺の限界だからだ」
カムイは今までヨタロウが打った鉄の武器を使ってきた。小型のモンスターなら問題は無い。だが先のクイーンランゴスタを始めとしたモンスターには歯が立たなかった。その大きな原因は武器が小さい事だ。だがら解決するには武器を長く、大きくすればいい。だがそれは出来ない、単純にカムイが持てないのだ。
カムイの持てる武器では大型のモンスターに対抗できない。モンスターに対抗できる武器では巨大になりすぎてカムイには持てない。
そのどうしようもない矛盾の打開策がモンスターの素材を武器にすることだった。モンスターの強靭で軽い素材ならば長く大きな武器を作れるのではないか。そして現在カムイの村には大量の素材があった。
こうしてランゴスタの素材を利用した武器が作られたのだ。
「幸い材料は腐るほどあったからな、試行錯誤して何とか形にはなって、今装備しているのがそれだ」
「そう、それで使い心地はどうなの?」
「よく斬れるが脆い。練習で何本潰したか覚えていないくらいだ。でも、その甲斐あって問題なく触れるようにはなった」
カムイが鞘から抜いた剣を振って見せる。軽やかに、されど鋭い振りは見事な物。剣の半透明な色合いもあって華やかだ。
「なら頼りにさせてもらうわ」
「任せろ」
武器を鞘にしまい油断なく周りを警戒するカムイの姿はとても頼もしい。
「さて、薪集め頑張るぞー!」
その姿を横目に見て自分に気合を入れる。あと沢山集めて驚かせてやる悪戯心も一緒に入れて。
◆
そうしてアヤメの訓練も兼ねた作業は数日続いた。途中で女の子二人の要望で浴室も作ったり、変なテンションになったカムイが冬に備えて自宅も改造するなど問題も発生したが。結果として酷使されたアヤメが文句を言ったり、カヤと喧嘩しながらも作業を続けていき。
「なんやかんやあって、遂に湯船とその他諸々が完成しました!」
何という事でしょう。当初の計画では屋外に剥き出しだった湯舟、それを浴室を作ることで屋内に収納。雨が降ろうが雪が降ろうが問題なく入浴出来ます。その浴室も熱を逃がさないよう壁を厚く作り冬の寒さに凍えることもありません。そして天井には換気を兼ねた開閉できる天窓を付けました。そして自宅の方も隙間風を防ぐとともに壁を厚く冬に凍えないように改良済み。後細かな改修を経て自宅は生まれ変わりました。
湯舟に満ちたお湯に立ち登る湯気、無駄に凝った浴室とその他諸々に掛った経費は自宅の近くで揃えた材料のみ。補修も改良も簡単と至れり尽くせりです。
「やっと……、やっと出来た」
「疲れました、もう動けません」
後は三人程の労力があれば大丈夫です!
「水も井戸から運んで沸かした。後は入るだけだ!」
「そうね……、後は入るだけよね」
もはや最初の目的を見失い自宅の大規模改築と化した事に文句を言う力は残っていない。それよりも汗を流して労働に従事する時は去ったのだ。後は三人が待ちに待ったその時、入浴をして身体を癒すだけ。三人とも自然と貌が綻んでしまうのも仕方がなかった。
「それで誰から入りますか?」
だが何気ないカヤの一言、それが暖かな場を極寒の殺伐とした空間に変えた。
「……不具合があるかもしれないから製作者たる俺が一番に」
「待って、扱き使われた私が一番でしょ」
「二人の手の届かないところは殆ど私一人でやりました」
親の仇を見るような目で互いに牽制し合う三人。誰もが譲らず一番風呂を狙っている。
「ほう、兄、先輩に譲ってあげる優しさはないのかね?」
カムイは面の皮厚く譲らず。
「先輩なら後輩を労ってよ」
アヤメは後輩の立場を主張し。
「二人とも一番年下の私に譲ってくれないのですか?」
カヤは最年少であることを生かし揺さぶる。
最早言葉による平和的な解決は叶いそうになかった。
「……しょうがない。ここは正々堂々ジャンケンで決めようか」
「いいわよ。言っとくけど私強いわよ」
「負けません」
ならばじゃんけんにて決めよう。恨み無しの一発勝負。勝者は入浴、敗者は湯沸かし担当。
「「「最初はグー、じゃんけんぽん!!!」」」
負けられぬ戦いの火蓋が切られた。そして!
「あ〜、あ〜、あ〜〜〜」
「さっきからあーしか言ってないぞ」
「ごめんカムイ。今何も話す力無いわ」
「兄さん、これ…、すご……、zzz」
「そうですかい、後寝るな」
カムイは時折燃料を追加しながら二人と話す。結果はカムイの一番負け、勝者はアヤメとなった。こうなったからカムイも諦めるしかなかった。その代わりアヤメとカヤ、二人を一緒に風呂に入れ早く済ませようとしたが。
「身体もしっかり洗えよ」
「は〜……、眠い」
「寝るな」
「分かってるわよ。カヤちゃんも洗いましょ」
「身体洗う際にはこれ使ってくれ」
そう言って浴室に投げ込んだのはブラシ。受け取ったアヤメ達はそれで身体を洗い始めた。
「アヤメさんコレ凄いです、擦る度にボロボロ落ちます」
「私も驚いたわ」
「ブラシはどうだ?」
「丁度いいです、兄さん」
渡したブラシはカムイが秘かに作ったものでアオアシラの毛皮で利用できなかった部分で作った物だ。硬過ぎず柔らか過ぎない毛は身体を洗うのに丁度良さそうと考えたが、どうやら当たったようだ。二人で身体を互いに洗いながらキャッキャウフフとした声が中から聞こえてきた。
「カムイ」
「なんだ?」
「これさハンターの募集に使えるんじゃない。ハンターになったら風呂に入れますとか」
「うーん、ありなのかな?」
「そうね多分来るわよ……女の子が」
その声には確信が含まれていた。同じ女としてこの特典は命を懸けるに足るものだと。
「アヤメが言うと確かにありえそうだな。でも暫く募集はしない、初めての事だらけでアヤメ一人で限界だ」
「ふーん、そうなの」
「そうなんだよ」
話している最中に洗い終わったのだろう。湯船に浸かる音と暫くしてから眠気に勝てなかったカヤの寝息が聞こえてくる。
そうして居心地の良い静寂が辺りを包んでいった。
「ねぇ、カムイ」
「なんだ」
そんな中アヤメがカムイに話しかけてきた。眠気のせいか蕩けた声音は染み渡る様に聞こえた。
「頑張って働いて、ご飯をお腹いっぱい食べて寝る。こんな日がいつまでも続けばいいのにね」
それは夢のような生活だ。
だが今の生活がこれからも続く事は誰にも分からない。もしかしたら明日にも何かがおきて崩れてしまうかもしれない。
「そうだな……、そうなればいいな」
でも、それを言う必要は無い。今は湯船に浸かって身体を、心を癒やす時なのだから。
そうして穏やかな時間が、途中で幾つかのハプニングはあれど過ぎていった。
暫くどうぶつの森的なほのぼのとした日常が続きます。
えっ、フラグ?寝る子は育つと言うでしょ。