ハンターとはモンスターと戦い、それで糧を得るものと思っていた。現にカムイは何度も傷だらけになったり、時には大怪我をすることもあった。だからこそ厳しい訓練も、周辺の地理や薬草とか今まで知らない事を教えられても全てはモンスターに負けない為だと考えてやり遂げた。
そんな日々を過ごしたある日、体力と知識がある程度身に付いたと判断したカムイからのハンター認定だ。とはいってもカムイにとっても初めての事でハンター(仮)だけど。
そして贈られた武器に防具。そう、私専用の、私の為だけに作られた武器と防具。誰かのお下がりでも間に合わせの物でもない、この世に一つしかない私だけの物。それに加えて待っていましたと言わんばかりに村からの依頼だ。
正直に言えばこれから始まるハンターとしての生活に胸を高鳴らせていたし舞い上がっていた。それも仕方がないと思う。
それなのに。
「ここら辺転びやすいから足元気をつけろよ」
「分かってる!」
「……休憩する?」
「大丈夫、平気よ!」
私とカムイは村から出て並んで森の中を歩いている。歩いてはいるけれど私は息を荒げて、カムイは慣れているのか時折後ろを振り返りながら進んで行く。置いて行かれないように必死で歩き続ける私の姿は村の誰から見てもカムイのお荷物だった。
訓練で森の中を走り回ったから昔の私と比べて体力もかなりついたと思う。現に途中までは付いていけた、それでも現実はこのありさま。訓練で慣れた道とは違って道なき道を進み続けることは私の体力をあっという間に奪った。
カムイも私の限界が近いのを分かっている、それで遅く歩いたり立ち止まったりして気遣ってくれる。だけどその優しさが、私を思っての事だとしても悔しかった。
それに加えて村からの依頼だ。色々言いたい言葉はあるがこれだけは言いたい。
「カムイ、これってハンターの仕事じゃないわよ」
「伐採する木の下調べ、周辺の安全確認、輸送路の選定。どれの事?」
「全部よ!」
内容は理解できる、その重要性も理解できる、でも地味過ぎる。余りにも地味過ぎて嫌になってくる。そんな私とは違ってカムイはいつも通りだ。
「そう怒るな。モンスターが関わってくるなら俺達の出番で、これも立派な仕事だ。それとも命懸けどころか、命を捨てる戦いが良かったか?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
「……色々言いたい事もあるんだろう。仕事が終わってから聞かせてくれ」
カムイが気遣ってそっとしてくれることがありがたかった。依頼の内容もあるけど、それでも一番嫌になっているのは自分の事だ。勝手に舞い上がって勝手に不機嫌になる。それを頭では理解しているのに抑えきれない。心底自分が嫌になってくる。
◆
村長達との話し合いは難航を極めた……訳ではなかった。現状の村の防備が貧弱であることを指摘し何よりも優先するのは防備の充実と説けばあっさりと理解を得られた。説得には長い時間が掛かると思っていたがそんなことは無く、もしかしたら村長達もモンスターに対する村の防備の貧弱さを自覚していたかもしれない。その後の合意では拡張以前にまずは村の防備が最優先。それで手始めに資材収集、木材の確保をすることになった。
これにも理由がある、まず村にモンスターが来た場合は柵で迎撃を行う。その時の攻撃手段は投石が主で倒すよりは追い払う事を重視している。それでも頭のいい奴はいるもので投石を避け柵を乗り越えてくる。そうなれば後は武器を持っての接近戦だ、石で、棒で、包丁で、使える物は全て使って大勢で取り囲んで仕留める。これは危険であり、最悪の場合は人死が出る。
ならば乗り越えられないように柵を強化すればいい。だが子供でも考え付く事を大人達が考え付かない訳が無い。そして村の現状を、碌な資材もなく村にある柵と門を維持するので精一杯だと詳しく知らされた時は頭を抱えた。
強化したいが資材がない、これが問題だ。村の安全な近場の木は殆ど刈り尽くしあるのは若木のみ、それ以前に木材の需要は高く用途は薪や建材など多くある。だが木材は使えば擦り減り、年月が経てば腐る。安定的に供給できない現状では古くなった物から使える物を選別して再利用をする。昔なら死んだ両親が命懸けで集めた枯れ木を薪として村に持ってきた。これで村の需要をギリギリに賄ってきたのだ。そこに余剰の資材は無い。
物がないのは選択肢を狭める、これに尽きた。そんな訳で村から依頼を受けたのだが。
「それにしてもコレは難しいぞ」
村から出れば木材となる木は直ぐに見つかる。それこそ森に行けば取り放題だ。だが見つかったとしても問題があった。
「そうよね。これだけ大きいと村に持ち帰れるのかしら?」
「それ以前に切り倒すだけで何日かかるんだ」
目の前にあるのは巨木、左を、右を、後を見ても巨木。そこにお手軽な大きさの木は無く、厳しい自然に打ち勝ってきた巨木が辺り一面に生えていた。普段は唯大きいとしか感じていなかったが、伐採するとなるとその大きさに圧倒され頭を抱えるしかなかった。
「モンスターがいるとしてもここまで大きくなる必要はあるのか?小さ過ぎず、大き過ぎない木をこの森から探し出すのは骨が折れるぞ」
「大丈夫でしょ。これだけ木があるのならすぐに見つかるし、いざとなったら小さく切り分ければいいでしょ」
「それもそうだな」
どうにも俺は物事を悲観的に考えやすいが、そんな時はアヤメの機転に助けられる。もし一人だったら目も当てられない事になっていたかもしれない自信がある。
ともあれ喚いていても仕方がない、森の中を歩きアヤメとよさそうな木を一本一本見繕っていく。その努力の甲斐もあってなんとか昼には終わらせる事が出来た。
終わった後は休憩だ。今いる場所から近くにある大岩に登りそこで休憩をとる。岩の上は見渡しもよく不意打ちされ難い。それに食事も出来るとあって便利だ。
俺は干し肉と水でお腹を満たし、アヤメは疲れたのか寝そべっている。今思えば訓練で走り回ることはあっても長時間、しかも緩急の激しい山道の散策は未経験だった。その勝手の違いに体力を奪われたアヤメの息は荒い。そしてこれは明らかに俺の失敗だ。身体を鍛えるばかりで森の歩き方、体力を温存する方法を教えていないからこうなった。今日がモンスターと遭遇しない日で良かったが今後の事も考えて訓練内容を見直す必要がある。
だがアヤメは弱音を吐かずに喰らい付いてきた。そのことは褒めるべきなんだろう、だが今日のアヤメの様子は少し変だ。何故かピリピリとしていて言うなれば焦っているのだ。
「防具の着心地はどうだ?」
アヤメに贈った防具は改良を加えたものでランゴスタの甲殻を用いているから軽量で頑丈だ。構成としては胴体や頭、足など重要な部分を防御、そこに排熱の為の隙間を設けたりもしている。小手やスカートの形にした防具など工夫した点は沢山あるのだが。
「とてもいいわよ。軽くて」
取り付く島がないとはこの事か。
「それは良かった」
話の種として防具について会話をしようとするが続かない。そこで諦めてしまう俺が情けないが、会話以前にアヤメの全身から話したく無いオーラが幻視出来るほど感じられるのだ。
触らぬ神に祟りなし、とは言うが組んでいる以上どうあっても触らなければならない。さて如何したもんだと頭は考える。だが考え出したモノは現実から逃避する為に手元ある地図に書き込みをすることだ。
「何してるの?」
どうやら考えは間違ってはいなかったようだ。
「大雑把な地図を書いてる」
返事をしながら話しかけて来たアヤメに手作りの地図を見せる。其処には大まかな地形や植物、モンスターの分布などが書き込まれている。だが一番目立つのは地図上に書かれた数字だろう。アヤメも数字を見て頭を傾げている。
「村を基準として出た先を1、あとは右周りに番号を振っただけの分かり易さ第一の地図だ。後は番号を振った辺りに分かりやすい目印を書き込めば一応完成だ」
「目印って大きな岩とか木?」
「それもいいけど同じようなものが沢山あるだろ。だから一目で分かる様なものがいい。例えば洞窟とか、滝とか、それか俺達で旗を立てるのもアリだな」
そう話しながら作った地図を見る。元々は自分さえ分かればいいと適当に作った物だがハンターになったアヤメにも分かるように一から作り直した。その甲斐もあったようでアヤメも熱心に地図を読み込み分からないところは質問してくる。その数が少ない事からちゃんと読みやすく出来たと安心できた。
「よし、休憩はこれくらいで今日はもう帰るか」
「ちょっと待って、まだ日が暮れるには時間があるから地図作りしない?それに此処」
アヤメが地図で指さしたのは村からかなり離れた場所にある廃墟だ。此処は鉄集めでお世話になているから地図には詳しく書き込まれている。そのせいもあって地図は一部に突出した歪な形だ。
「此処だけ突き出ているから反対側も合わせて地図を作らない?」
「廃墟の反対側は向こうだな」
他の方角、東は廃墟、北は山、南は川で徒歩で今行ける範囲は西しかない。確かに西側は詳しく調査は行っていないから地図上では空白だ。時間があれば調査に行くべきだろう。それに今日は時間もある。
「そうだな、本格的な調査は出来ないが下見として行くか」
「それじゃ行きましょ!」
そう言ったがアヤメは立ち上がり岩から降りた。その姿はやる気に満ちているが傍目には焦っているようにも見える。
「はしゃぐのは良いが転ぶなよ」
だけど俺は何を言えば、どんな言葉を掛ければいいのか分からなかった。だから口から出たのは当たり障りのない言葉だった。
◆
「まさか森が途切れてこうも開けた場所があったのか」
アヤメの提案に従って西に歩き続ける事暫く、まさか森を抜けた先に平原があるとは思わなかった。とはいっても標高は高いままで平野というよりは高地と呼ぶべきだろう。
此処には草木が生い茂り樹木は点々とあるくらいで見晴らしは非常にいい。何より此処も自然が豊かなのだろう、大地に実った食べ物を求めて草食モンスターの群れが幾つも集っていた。見える限りではアプトノスにケルビと見慣れないモンスターもいるがどれも大人しく草を食んでいた。
「すごい……、モンスターが沢山いる」
見ればアヤメは初めて見る生きたモンスターに圧倒されている。それも無理のない事、村でも訓練でもモンスターに遭遇する事は無かった。それで隠れていた草陰から立ち上がりよく見ようとするのも理解出来た。
「あれがアプ……」
だが立ち上がったアヤメの手を引いて押し倒し、そしてアヤメの身体に覆い被さった。
「カムイ、いきなりっ!」
「静かに、小声で話せ」
いきなりの事にアヤメが狼狽え顔を赤く染めている。だがそんな事よりも耳に届いた音の方が気になる。
「何の音だ?」
耳を澄ませて音の発信源を探る。高地にいるモンスターの耳にも届いているようで向こうも騒がしくなってる。アヤメも突然モンスター達の鳴き声が活発に聞こえてきた事で何かが起きていることは理解したようだ。暴れることなく静かにして耳を澄ませている。
だが発信源を特定する前にソレが現れた、空から。
その瞬間辺りに突風が吹いた。余りの風の強さに反射で目を瞑りアヤメと自分の身を守るために伏せた。そんな中で聞こえてきたのは何かが降り立ったような音とアプトノスの悲鳴。突風が収まって目を開けると遠く離れた場所には押し倒され暴れるアプトノスがいた。
だが一番に目を引いたのは赤だった。
おそらく上、空から急降下をして現れたソレを俺は多分知っている。
「カムイ、あれって火竜だよね?」
「多分そうだろ、俺も初めて見たけど、確か名前は……」
「「リオレウス」」
リオレウスと呼ばれる竜は暴れる獲物に止めを刺す。その大きな咢で首に噛み付き引き千切ったのだ。首から溢れた暖かな鮮血は雨のようにリオレウスに降りかかり、アプトノスは少しの間身体を震わせると動かなくなった。そうしてリオレウスは皮膚も筋肉も骨さえ意に介すことは無くその身体を噛み千切り咀嚼し始めていった。
「御伽噺かと思ってた」
「俺もそうだよ、未だにあんな生物がいるなんて信じられないよ」
御伽噺で語られていた存在、それが俺達の視線の先にいるリオレウス。その身体は赤く何よりも巨大だ。その身体に見合った長く太い尾、太く鋭い爪を備えた足、強靭な咢、そして巨大な翼を備えている。
格が違う。
その姿、仕留めたアプトノスを優に超える大きさを一目見ただけでそう感じてしまう。
「これからアイツを観察する。一瞬たりとも目を離すな」
だからこそ見なくてはいけない。リオレウスの行動、攻撃、習性、仕草、どんな些細な物でも見落とさない。可能な限りの情報を得なければいけない。
「カムイ、何か口から火が見えるんだけど」
「多分それはゲップだ。見間違いに違いない」
得なければ……。
「カムイ、攻撃を受けたモンスターが泡を吹いてるけど。あれって毒じゃ……」
「きっと打ちどころが良かったんだろう、そうに違いない!」
得な……。
「カムイ、口から火の塊吐いて爆発したわよ!」
「ゲロだ!ゲロが飛び散っただけだ、そうに違いない!!」
……。
「カムイ身体を崖に擦り付けているけど、もしかして身体が痒いのかな?」
「ハハッ、そんなわけ……、いや、ありえるかも?」
そんなこんなで後悔しながらも観察を続けるが、そう長くは続かなかった。どうやらリオレウスは満腹になった様で最後にギャオーと一鳴きしてから大空に飛んでいったからだ。なんとも自由気ままなものだ。
「……なんか凄いね、それしか言えないけど」
「そうだな。多分ここら辺のモンスターでは太刀打ちできないだろうな」
「……もしかして将来戦う事になるのかな私達?」
「やめて、本当にやめて下さい。空飛ぶ相手にどうやって戦うの、それ以前にデカすぎだよ、潰されちゃうよ、食べられちゃうよ」
「カムイ落ち着いて!?私が悪かったから元に戻って!」
え、戦うの?死にたいの?頭の中で不吉な言葉が反響し冗談抜きに倒れそうになった。アヤメが支えてくれなければ倒れて頭を打っていたかもしれない。
「ごめん、心配かけた。とりあえず戦い方は考えておこう」
「やっぱり考えるんだ」
「そうだよ、考えておいて損は無いからな」
とはいえ空飛ぶ相手にどう戦えばいいのか。それ以前に村の防備に関しても未定、つまり今後どうするかも決めていない棚上げ状態。そこにリオレウスの対策も考えるとなると。
「あれっ、何かお腹がキリキリしてきたかも」
「だ、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。とりあえずリオレウスがさっき迄いた所に行ってみよう」
「何するの?」
「分かんない。けど何かあるかもしれない」
そう言ってリオレウスが散々暴れた現場を二人で調査することになったのだが。
「うわぁ……」
黒焦げの焼死体に、身体の大部分を食われた遺骸、抉られた地面、まさしく惨憺たる有様である。これだけでもリオレウスの脅威が分かるもの、正直戦うよりも逃げたいです。
「カムイカムイ!コレ!」
そんな暗い俺とは反対に興奮しているのはアヤメだ。違う場所を調査していて何か見つけたのだろう。その手には赤い板が。
「って、それ鱗っ!」
息を切らせてアヤメが持ってきた板、いやリオレウスの鱗は二枚あった。手に持った赤い鱗はそれなりの大きさにも関わらず軽い。試しに叩いてみると硬質な音が手に伝わり頑丈さを伝えてきた。この軽くて頑丈な鱗をリオレウスは身体に身に纏っているのだ。知りたかったが知りたくもない情報だ。
だがもう一つ問題があった。
「「これ、どうしよう?」」
折角手に入った鱗、しかしその利用方法が思いつかない。たった二枚では材料として扱えない、捨てるにしても勿体無い。
「……とりあえず軽くて頑丈だから防具の内側に縫い付けとこう」
「そうね、鱗といっても2枚しかないし」
そうして俺とアヤメで二枚を分け合った。そして空を見れば日も傾いている。日が暮れるまでの時間を考えるとここが潮時、何はともあれ。
「帰ろっか」
「帰りましょ」
アヤメも反対することなかった。
◆
帰りの道を二人で歩く。先頭はカムイで私はそれに付いて行く形だ。空から夕陽が差し込み周りの風景も村が近い事を教えてくれる。残された時間は少ない、話すのならもうここしかなかった。
「カムイ、ごめんなさい」
「どうした?」
カムイは歩みを止めず、その視線は前を向いているけど構わなかった。
「私、その、初めての依頼で、それに武器や防具も贈ってもらって、張り切っていたの。でも今日一日で私がカムイのお荷物だと分かって、役に立ちたかった!」
言いたいことは沢山ある。でもそれを上手く繋げる事が出来なくて自分でも何を言っているのか分からない。
「でも、上手く行かなくて、イライラして。ごめんなさい」
でも最後にちゃんとごめんなさいは言えた。言えたけど。
「そうか」
黙って進み続けるカムイが今は怖い、でも仕方がなかった。それだけの態度を一日中続けたから。
「でも今日俺はアヤメに結構助けられたぞ」
でもカムイは怒る事もなく笑って話してくれた。今日自分が何で助けられたとか、自分では気付かなかった事を教えてくれたとか。私が何気なくした行動を褒めてくれた。そして自分一人だったら上手く出来なかった事も出来たと言ってくれた。
「それに始まったばかりなんだ。だから、なんだ。お互い様だ」
「お互い様……」
「そっ、だから次も頼む」
「分かった、任せなさい!」
そう、まだ何もかも始まったばかり。明日も明後日も続いて、それにカムイが頼ってくれたのだ、落ち込んでいる暇はない。
気付けば心は晴れ、帰り道には今日の出来事を熱く話している私とカムイがいた。
アヤメ
頑張るけど空回りして落ち込む。でもカムイ的には結構助けられていたりする。頼られたことで元気になる。
カムイ
アヤメがハンターなった事で苦労も増えたが助けられることもある。これから成長してくれればいいと考えているので問題は無い。
といった話でした。